矢野アロウ『マイボディ・オン・ザ・ムーン』- 月の裏側に置かれた首なし死体から、人類の未来まで吹き飛んでいく巨大SF【読書日記】

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』『三体』に比肩する面白さの日本SFが刊行されると言ったら、信じてもらえますか?
こんなキャッチコピーを見て、読まずにいられようか。
いや、無理である。少なくとも私は無理だった。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と『三体』の名前を並べられた時点で、心の中で宇宙船の発射ボタンが押されている。しかも、それが日本SFだという。ここで手を伸ばさない選択肢がどこにあるのか。財布より先に好奇心が開く。
矢野アロウ『マイボディ・オン・ザ・ムーン』は、そんな挑発的な惹句に真正面から応える、上下巻一〇〇〇ページ超えの巨大長編である。
月の裏側で発見される、首から上のない人間の身体。米中露をはじめとする国家間の緊張。脳神経科学、ALS、仮想空間、スパイ夫婦、IT長者、車椅子の少女、そして人類が宇宙へ向かう理由。
要素だけ並べると、完全に情報の洪水である。けれど読み始めると、その洪水がただの混乱ではなく、巨大な物語を動かすエンジンになっていることがわかってくる。
月面に置かれた謎の身体を起点に、科学と政治と個人の傷がどんどん接続されていくのだ。気づけばこちらも、首なし死体の謎を追っていたはずなのに、「身体とは何か」「意識はどこに宿るのか」「人類はなぜ宇宙を目指すのか」まで考えさせられている。
しかも、ただ難しい話を積み上げるだけの作品にしないところがいい。ヤンの妙な会話劇には笑えるし、ミントの暴走にはひやひやするし、ジャムと南井の対話には胸の奥をつかまれる。ハードSFの興奮と、群像劇の情念が同時に押し寄せてくる。
これは確かに、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』や『三体』の名前を出して売り込みたくなる気持ちもわかる。大風呂敷を広げるだけ広げて、そのまま月面まで持っていくタイプの一冊だった。
月の裏側の死体が、地球の醜さを照らす
物語の発端は、月の裏側である。
この場所の選び方からしてずるい。月の表側ではなく、裏側。地球からは見えない、ずっと沈黙していた場所。
そこに中国の月面探査機が到達し、謎の人工構造物を発見する。大のSF好きというわけでなくても、この時点で椅子に座り直すところだ。
内部には、透明なカプセルが整然と並んでいる。その中に収められているのは、座禅を組んだような人間の身体。ここまでは、いい古典SFの香りがするぞと余裕を持っていられる。
だが、問題はその次である。
どの身体にも、頭部がない。首から上が、きれいに失われている(ここでテンション爆あがり)。
月面。人工構造物。透明なカプセル。座禅を組む身体。そして首なし死体。こんな材料を並べられて冷静でいられる人がいるだろうか。私は無理だ。もともとミステリ好きなもんで、私の脳は即座にざわついたし、心は宇宙服も着ないまま月面へ飛び出していた。
誰が置いたのか。なぜ頭部がないのか。これは死体なのか、保存された身体なのか。そもそも人間なのか。疑問が一気に噴き上がる。
この導入には、ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』的なロマンが濃厚に漂っている。月で見つかる異常な遺体。人類史を根底から揺さぶる発見。科学者たちが知性を総動員し、宇宙と過去の謎へ挑んでいく。
そういう王道SFの快感が、まず入口で堂々と待ち構えている。こういうのが読みたかったんだよ!と言いたくなるつかみだ。
しかも本作は、そのロマンをきれいな夢物語として包まない。人類史上最大級の発見を前にしても、地球の国々は急に仲良く手を取り合ったりしない。アメリカ、中国、ロシアを中心に、月の裏側という新たなフロンティアをめぐって、利権、軍事、情報戦が一気に火を噴く。
ここがまたいい。宇宙からとんでもない謎が現れているのに、人類側の反応があまりにも人類である。崇高な驚異を前にしても、国家は国家の計算をやめない。誰が先に情報を握るのか。誰が技術を独占するのか。
月面の静寂の裏で、地球の政治と欲望がぎらぎら動き出す。この落差がたまらない。宇宙SFのロマンと、現代国際情勢の生臭さが、同じ場面でぶつかって火花を散らしている。
宇宙からの驚異を前にした人類が、急に高潔な存在へ変わることはない。国家は国家の論理で動き、軍は軍の計算をし、スパイはスパイとして働く。
ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエル周辺の紛争、アメリカ政治の不安定さなど、現実の二〇二〇年代の空気が物語の底に敷かれているため、宇宙SFなのに足元の泥が妙にリアルなのだ。
中でもヤン・ヂャンミンのパートは楽しい。NASAに勤める中国系アメリカ人の画像解析技術者でありながら、中国側の潜伏スパイでもある男。さらに妻イザベラも、彼を監視するCIA工作員だったという夫婦関係。
世界情勢は最悪、月には首なし死体、家庭では諜報戦。夕食のテーブルに機密情報が混ざる家庭なんて嫌すぎるが、この二人のやり取りには妙な可笑しみがある。
重たい国際謀略の中で、スパイ夫婦コメディみたいな風味がふっと差し込まれる。その緩急がうまい。
身体を失う話が、身体の重さを連れてくる
『マイボディ・オン・ザ・ムーン』でいちばん引き込まれたのは、宇宙の謎そのものよりも、「身体」というテーマの扱い方だった。
月で見つかった〈ルナ・ボディ〉は、特殊な免疫システムを持っている。その性質は、頭部の移植、つまり脳を別の身体へ移す可能性につながっていく。ここで物語は、ファーストコンタクトから一気に医学、倫理、哲学の領域へ踏み込む。
人間は脳さえ残っていれば同じ人間なのか。新しい身体を得た意識は、元の自分と連続しているのか。身体を交換できるようになったとき、自己という感覚はどこに宿るのか。SFとしては超王道のテーマだが、この作品ではそれが抽象論に流れず、ちゃんと生身の痛みを伴って描かれる。
その中心にいるのが、タイ人脳神経科学者ジャムと、ALSを患う死刑囚・南井真一である。南井は連続殺人の罪で収監されながら、病によって身体の自由を少しずつ奪われていく。肉体は動かなくなり、声も届きにくくなり、それでも意識だけは鋭く残る。ジャムは彼と対話を重ねながら、科学者としても、一人の人間としても揺さぶられていく。
ここで単純な感動路線に流れないのがいい。南井は清らかな被害者として置かれている人物ではない。だからこそ、彼の身体をめぐる話は、安易な救済の物語にならない。犯罪、病、意識、倫理。読んでいるこちらも、どこに立てばいいのか迷わされる。その迷いごと、作品の奥へ連れていかれる感じがある。
そしてミントである。左半身に重い障害を抱え、電動車椅子で生活する少女。彼女は自分の身体に怒りを抱き、仮想空間で自由に動くVTuber「ベティちゃん」に憧れている。やがて彼女は、死んだ配信者の機材を手に入れ、ベティちゃんとして配信を続ける。
この展開は、倫理的に相当危うい。死者のアイデンティティを奪う行為であり、普通に考えればかなりアウト寄りである。だが、ミントの欲望は簡単に断ち切れない。自分の身体に縛られてきた少女が、アバターを通じて初めて世界へ飛び出していく。その切実さがあるからだ。
仮想空間は逃避であり、同時に拡張でもある。ミントは現実から逃げているのか、それとも別の身体を獲得しているのか。そのあわいが、ルナ・ボディの謎とぴたりと響き合う。
四つの物語が、月面の一点へ引き寄せられる

絵:悠木四季
この作品は最初からきれいな一本道を歩かせてくれない。そこがまず面白い。
ヤンの章を読んでいると、米中対立のただ中に放り込まれたスパイ小説の顔をしている。ジャムの章に入ると、脳と身体をめぐる医学SFとして空気が変わる。
コーツの人生は、IT黎明期から宇宙へ伸びていくアメリカ神話の裏面みたいだし、ミントの物語は、仮想空間で別の身体を欲しがる少女の、危うくて痛い青春譚として立ち上がる。
普通なら散らかる。というか、読んでいる途中では少し散らかって見える。月の裏側で見つかった首なし死体を追っていたはずなのに、気づけば家庭、病院、起業、配信、民族、国家、宇宙開発まで出てくる。情報量が遠慮を知らない。こちらは首の行方を気にしているのに、小説のほうは人類の行方まで抱え込もうとしてくる。欲張りにもほどがある。
けれど、その欲張り方が矢野アロウ作品の面白さでもある。ルナ・ボディという異物は、単なる謎の物体として置かれているだけではない。ヤンにとっては国家と家族の裂け目を照らすものになり、ジャムにとっては意識と身体の境界をこじ開けるものになる。コーツにとっては人類を動かす物語の核となり、ミントにとっては自分の身体から外へ出るための、危険な出口に変わっていく。
このあたりが特に良かった。月面にある首なしの身体が、四人それぞれの人生の傷口にぴたりと触れていくのだ。宇宙の謎を追っているはずなのに、いつの間にか見えてくるのは、国家に引き裂かれた家族であり、病に削られていく肉体であり、喪失から逃れられない男の執念であり、アバターの中にしか自由を見つけられない少女の怒りである。
つまり本作の群像劇は、人数を増やしてスケール感を出すための仕掛けでは終わらない。四人の視点は、それぞれ別の方向から「身体とは何か」という一点を刺しにくる。
脳だけで人間は人間のままでいられるのか。アバターをまとった自己は本物と言えるのか。人類を宇宙へ向かわせるのは、科学なのか、恐怖なのか、それとも誰かが作った物語なのか。
ばらばらに見えた物語が、少しずつ同じ重力圏へ落ちていく。その感覚がいい。月の裏側に置かれた身体は、遠い宇宙の謎であると同時に、私たち自身の身体を映す鏡でもあったのだ。読み進めるほど、首を失ったあの身体が、どこか自分たちの未来の姿にも見えてくる。
結局のところ、『マイボディ・オン・ザ・ムーン』は、月の裏側で見つかった首なし死体の謎から始まり、人間がどんな身体で生き、どんな物語に突き動かされ、どこまで遠くへ行けるのかを描いた巨大なSFである。
良かったのは、スケールの大きさだけで押し切らないところだ。月、宇宙開発、国家間の対立、意識の移植、仮想空間。並べればいくらでも派手な要素はある。けれど、その中心にはいつも、身体を持って生きる人間の痛みや欲望がある。
病に削られていく身体。国家に引き裂かれる家族。アバターの中でしか自由を感じられない少女。喪失を抱えたまま、人類を宇宙へ導こうとする男。大きな話をしているのに、足元の感情がちゃんと熱い。
だからこの作品は、宇宙の謎を追う興奮と、人間の生々しさを同時に味わわせてくれる。首のない身体という異様なイメージが、最後には「私たちは何を自分の身体と呼び、何を自分自身と呼ぶのか」というところまで広がっていく。その広がり方が実にSFらしく、同時に妙に切実で、そこにぐっときた。
大風呂敷を広げる作品はたくさんある。けれど『マイボディ・オン・ザ・ムーン』は、その風呂敷の上に、宇宙だけでなく、人間の弱さや滑稽さや祈りまで乗せてくる。
首なし死体の謎に惹かれて読み始めたはずが、最後には人類の未来を少し本気で考えてしまう。
ここまで読み手の視線を月面から人類全体へ押し広げてくる腕力が、たまらなく良かった。
そしてありがたいことに、『マイボディ・オン・ザ・ムーン』には【無料試し読み版】が用意されている。
月の裏側で発見された頭部のない数十体の遺体。
この作品の設定を聞いた時点でワクワクしたなら、最初の数十ページだけでも心を奪われるはずだ。
上下巻の大作にいきなり飛び込むのは少し勇気がいる。だからこそ、まずは無料試し読み版から入ってみるのがいいと思う。
少しでも気になった方は、ぜひそこで月の裏側の扉を開けてみてほしい。
たぶん、気づいたときにはもう、ルナ・ボディの謎を追っているはずだ。



