今いちばん面白い海外ミステリ『ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ』のおすすめや評価や読む順番【ミステリ好き全員読んで】

ミステリ小説とは、昔から次にどんな驚きが待っているのかと期待しながら読まれてきたジャンルだ。
その歴史のなかに突然現れたのがアンソニー・ホロヴィッツの【ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ】である。
これが本当に面白くて、海外ミステリの中でいま私が一番楽しみにしているシリーズだ。王道っぽさもありながら実はクセモノで、普通の探偵ものとは明らかに違う。
何よりユニークなのが、作者であるホロヴィッツ本人が小説の登場人物として出てくるところである。しかも探偵役を務めるのはホーソーンで、ホロヴィッツはその隣で振り回されるワトソン役なのだ。
つまり、自分で自分を事件に巻き込まれて右往左往する側に置いているわけだ。これだけでもう面白いではないか。
さらにややこしいのは、作中で語られるホロヴィッツの仕事や日常が、現実の彼のキャリアとつながっていることだ。テレビドラマの脚本だとか、有名監督との打ち合わせだとか、リアルなエピソードが事件の捜査と並行して出てくるので、本当にあったことなのか、それとも作り話なのかと、混乱しながら引き込まれていく。
肝心の探偵ホーソーンはというと、頭は切れるけれど性格はとことんややこしい。そんな彼に振り回されるアンソニーとのコンビが、ただの謎解き以上にスリリングで、ちょっと笑えるくらいギスギスしている。そこがまたいいのだ。
要するにこのシリーズは、フィクションと現実の境界を壊して、作者とキャラ、さらには読んでいるこっちまで巻き込んでしまう、遊び心満載の実験的な作品なのだ。
そんなわけで、ミステリ好きの愛が詰まった【ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ】を簡単に紹介していくよ!
1.『メインテーマは殺人』(5.0)
──作者本人が偏屈な名探偵に振り回されながら、本物の殺人事件を書き記す異色のシリーズ一作目。
2.『その裁きは死』(4.5)
──手がかりに惑わされながら、信用しきれない名探偵と真相を追うシリーズ第二作。
3.『殺しへのライン』(4.5)
──孤島の殺人を追うほど、謎多きホーソーンの過去まで暴かれていくシリーズ第三作。
4.『ナイフをひねれば』(5.0)
──殺人容疑をかけられたホロヴィッツが、嫌っていた名探偵へ自分の命運を預けるシリーズ第四作。
5. 『死はすぐそばに』(5.0)
──五年前に終わった殺人を掘り返した先で、ホーソーンの知られざる過去まで見えてくる第五作。
6.『命取りのエピソード』(5.0)
──自分たちを演じる映画の現場で殺人が起こり、ホーソーンの過去まで揺さぶられるシリーズ第六作。
1.探偵と作家、どっちが主役?── 『メインテーマは殺人』
作家アンソニー・ホロヴィッツが本人役で小説へ登場する。
この時点ですでに変わった設定だが、さらに目を引くのが相棒となる元刑事ダニエル・ホーソーンの存在だ。
無愛想で偉そう、おまけに必要な説明さえほとんどしてくれない。そんな男から突然、事件の捜査へ同行し、その顛末を本にしてほしいと持ちかけられる。面倒な依頼なのは明らかだが、事件への興味を抑えきれず、ホロヴィッツは彼と行動を共にすることになる。
事件の発端も面白い。ある老婦人が自分の葬儀を手配し、そのわずか数時間後に殺されるのだ。犯人を考えながら追いかける楽しさはもちろんあるが、ページを進めるほど気になってくるのは、ホロヴィッツとホーソーンのいびつな関係である。
探偵役とその記録係を思わせる組み合わせなのに、二人の間には厚い信頼も友情もない。ホーソーンは知っていることを簡単には明かさず、ホロヴィッツは何度も置いていかれる。それでも一緒に事件を追い続ける、この噛み合わなさがシリーズ独自の味なのだ。
フィクションと現実のはざまで
自分の葬儀を手配した直後、その本人が殺害される。
まずこの幕開けがいい。犯人を考えながら追う楽しさも十分で、細かな情報の置き方にも抜かりがない。最後までこちらの推理を試し、真相へ近づくほど序盤を確かめ直したくなる展開だ。
一方、第一作ではホロヴィッツとホーソーンの距離感が少しずつ見えていく過程も大きな楽しみである。実在の作家本人が物語へ入り込み、偏屈な元刑事に散々振り回される設定も可笑しい。現実の名前や仕事まで小説へ持ち込むため、普通の探偵コンビものとは手触りがまるで違うのだ。
ホロヴィッツも単なる記録係には収まらない。捜査へ付き合いながら原稿や仕事にも追われ、ときには自分まで危険な目に遭う。作家としての日常と殺人が同じ地続きで進むせいか、虚構のはずなのにやけに生々しい。
さらに巧いのが、語り手自身が推理を外したり、ホーソーンの態度に振り回されたりするところだ。こちらもホロヴィッツの視線を通して出来事を追うので、彼と一緒に大事な部分を見落とし、別の方向へ意識を向けられてしまう。真相を知ってから振り返ると、途中で示された細部がまるで違う顔を見せるあたりも気持ちがいい。
ホーソーンの情報の扱い方も印象深い。知っていることを簡単には口にせず、必要な場面まで胸の内にしまったまま。物語を書くホロヴィッツと、答えへ近づきながら何も明かそうとしないホーソーンが並ぶことで、殺人とは別の駆け引きまで生まれるのが面白い。
『メインテーマは殺人』は、作家と探偵、現実とフィクションを大胆に混ぜながら、ひと癖もふた癖もある相棒関係を立ち上げたシリーズ第一作だ。
偏屈な探偵と、困惑しながらも事件に巻き込まれる作家。このいびつな関係の行方を覗いてみたいと思わせる時点で、ホロヴィッツの仕掛けはすでに成功しているわけだ。
悠木四季本格を読み終えるころには、もうホーソーンの次の事件が気になって仕方がなくなる。それほどまでに面白い名作だ。
2.探偵は正義の味方か?── 『その裁きは死』
ワインボトルで頭を殴られ、割れたガラスで喉を切り裂かれた弁護士。現場には「182」とペンキで書かれた数字だけが残っていた。
呼び出されたホロヴィッツは、またしてもホーソーンと行動を共にすることに。さらに捜査を進めるうち、六年前の洞窟事故まで浮かび上がり、現在の殺人と過去の出来事が複雑に絡み始めた。
数字、死の間際に残された言葉、証言の食い違い。手がかりは揃っているのに、どれも真相へまっすぐつながらない。見えているものほど信用できず、少しずつ判断を狂わされていく。
すべて見えているはずなのに、真相だけが見えない
第2作では、犯人探しの難しさが一段上がる。目につく情報は多いのに、どれを信じればいいのか判断しづらく、最後まで簡単には道筋をつかませてくれない。
「182」の意味、死に際の言葉、関係者たちの証言。どれも重要そうに見えるが、素直に受け取るほど真相から遠ざかってしまう。ホロヴィッツも相変わらず肝心な点を取りこぼし、こちらまで一緒になって別の方向へ連れていかれる。
また見落としているぞ、と声をかけたくなる場面も多い。ただ、その頼りなさがあるからこそ、ホロヴィッツと同じ位置から事件を追える。名探偵の頭の中を後ろから眺めるのではなく、何が重要なのか分からないまま手探りで進む感覚が楽しい。
一方のホーソーンは、今回も必要なことをほとんど明かさない。推理力は抜群なのに、人付き合いとなると問題だらけ。無神経な発言もあれば、偏った価値観を隠そうともしないため、ホロヴィッツが困惑するのも当然だろう。
このシリーズで特に好きなのは、そんな好感を持ちにくい男を探偵役に据えているところだ。頭脳は信用できても、人間として全面的に信頼できるかとなると話は別。その危うさがあるから、ホーソーン本人の過去や本心まで気になってくる。
『その裁きは死』では殺人の真相だけでなく、ホーソーンそのものへの興味もさらに膨らんでいく。正しさを語る人間が、必ずしも感じのいい人物とは限らない。そんな割り切れなさを抱えたまま、ホロヴィッツは彼の隣で次々と起こる出来事を追っていく。
冷たさもあり、嫌な引っかかりもある。それでも最後まで目を離せないのは、事件と同じくらい、この二人の関係がどこへ向かうのか気になってしまうからだ。第2作にして、ホーソーンの得体の知れなさがさらに濃くなってきた。
これからシリーズにどっぷりハマっていくための、大事な2作目だ。冷たくて、暗くて、どこか歪んだ後味。でもそこにこそ、現代のミステリらしさがある。
真相にたどり着くためには、正義感だけでは足りない。そんなメッセージがはっきり伝わってくる傑作だ。
悠木四季ホーソーンの推理力は抜群だ。それでも人として信用できるかは別の話である。
3.島に閉じ込められたのは── 『殺しへのライン』
ホロヴィッツとホーソーンが向かった先は、イギリス海峡に浮かぶ小さな島、オルダニー。
目的は新作のプロモーションだったはずが、到着早々から島にはどこか張りつめた空気が漂っていた。
住民たちは巨大送電線の敷設をめぐって対立し、文学フェスティバルに集まった登壇者たちも癖のある人物ばかり。そんな中、地元の有力者が殺害される。
恨みを抱く人間には事欠かず、しかも舞台は逃げ場の少ない島の中だ。つまり犯人もまた、島の中にいる。
舞台は孤島、絡み合うのは事件と過去
孤島に限られた容疑者、外へ逃げにくい環境、誰もが何かを隠している人間関係。
古典的な犯人当てが好きなら、この時点でもう嬉しくなる。アガサ・クリスティを思わせる雰囲気をまといながら、島のどこに目を向けても疑わしい人物ばかりだ。
さらに今回は、ホーソーンの過去に関わる人物までオルダニーに住んでいる。これまでほとんど語られなかった彼の経歴へ、ようやく少し光が当たり始めるのだ。警察を追われた理由にも触れられ、いつも他人の秘密を暴く側だった男が、自分自身の過去から逃げられなくなっていく。
殺人を追う現在と、ホーソーンが抱えてきた過去。その二つが並んで進むため、今回は犯人探しだけで終わらない。何を隠しているのか、なぜそこまで話したがらないのか、事件とは別の意味でも彼から目が離せなくなってくる。
オルダニー島そのものも印象深い。送電線をめぐる住民同士の対立に加え、戦時中の歴史や外から来た人間への警戒心まで重なり、島全体に息苦しさが漂う。美しい観光地の顔と閉鎖的な一面が同居していて、事件が起きてからは景色までどこか不穏に見えてしまう。
文学フェスティバルに集まる顔ぶれも濃い。作家、批評家、料理研究家らがそれぞれ自尊心を抱え、会話の端々でぶつかり合う。出版業界を茶化すような場面も多く、殺人とは別のところでもホロヴィッツらしい意地の悪さが楽しめる。
そして気になるのが、ホーソーンとホロヴィッツの距離だ。口の悪さも冷たい態度も相変わらずだが、以前より二人の間にわずかな変化が見え始める。仲良しコンビにはほど遠いものの、ただ仕事で組んでいるだけだった頃とは少し違う。
『殺しへのライン』では、孤島で起きる殺人とホーソーン自身の過去が並行して動き、シリーズの世界がひと回り広がった。事件の真相を追いながら、この男はいったい何者なのかという興味まで膨らんでいく。三作目にして、二人の関係にも少しずつ変化の兆しが見えてきた。
クラシカルな構造をベースにしながら、シリーズ全体のキャラクター描写や物語の奥行きをしっかりと積み重ねていく。『殺しへのライン』は、そんなホロヴィッツ流ミステリの魅力が詰まった一作だ。
シリーズがここからさらに面白くなっていくことを、はっきりと予感させてくれる。
悠木四季孤島、限られた容疑者、逃げ場のない状況。こういう舞台はやっぱりワクワクするよねえ。
4.犯人にされたのは、いつもの語り手だった── 『ナイフをひねれば』
ホーソーンとの凸凹コンビに限界を感じたホロヴィッツが、ついに契約打ち切りを宣言。これでもうあの理不尽な探偵と関わらずに済む……はずだった。
ところがその直後、ホロヴィッツが脚本を手がけた舞台を酷評した劇評家が殺され、しかも現場に残された凶器から彼自身の指紋が検出される最悪の展開に。
警察には逮捕され、周囲から向けられる視線も一変。追い詰められた彼が最後に頼れる相手は、皮肉にもダニエル・ホーソーンしかいなかった。
犯人当ての舞台で、まさか自分が疑われるとは
シリーズ第4作は、これまでとまったく違う角度から攻めてくる。なんといっても、いつもは記録係だったホロヴィッツが、今度は事件の容疑者にされてしまうのだ。
無実なのに状況証拠は揃い、弁明するほど疑いが濃くなる八方ふさがり。いつも事件を横から眺めていた男が、これまでとは正反対の立場に置かれたことで、物語の緊張感も大きく変わる。
しかも、真犯人を見つけるまでに残された時間は48時間。次々と現れる証言や証拠がホロヴィッツを追い込み、腰を据えて考える余裕さえ与えてくれない。焦りと疑念を抱えたまま走り続ける展開には、これまでのシリーズとは違う切迫感がある。
作中では、ホロヴィッツが実際に手がけた舞台『マインドゲーム』も重要な役割を担う。現実の経歴や仕事が小説へ入り込み、事実と創作の境目まで揺らいでいく。本人を語り手に据えたシリーズだからこそ、この入り混じり方がよく映える。
さらに目を引くのが、物語そのものがホロヴィッツを閉じ込める罠へ変わっているところだ。証拠と証言が積み重なるほど、無実の彼が少しずつ犯人に仕立て上げられていく。ホーソーンが見抜くのは、隠し通路でも秘密の装置でもない。すでに完成しかけた有罪の筋書きに潜む、ほんの小さな綻びだ。その一点だけが、追い詰められたホロヴィッツを救う道になる。
ホロヴィッツには申し訳ないが、シリーズを追ってきた身からすると、ここでついに立場が大きく入れ替わったかと嬉しくなってしまう。これまではホーソーンの推理を横で見ていた男が、自分の無実を証明してもらうため、嫌っていた相手へ助けを求めるしかない。その皮肉が、二人の間にこれまでとは違う緊張を生んでいる。
犯人探しの緊張感に加え、証拠や証言によって一人の人物像が固められていく怖さまで味わえる第4作。ホロヴィッツ自身を事件のど真ん中へ投げ込んだことで、シリーズの景色も大きく変わった。
ここまで積み上げてきた二人だからこそ成立する、ひねりの利いた一冊である。
5.過去は終わっていない── 『死はすぐそばに』
事件が起きず、新作のネタにも困っていたホロヴィッツ。そこで目をつけたのが、ホーソーンが五年前に解決した一件だった。
舞台はロンドンの高級住宅地。殺されたのは近隣住民から嫌われていた金融業界の男で、凶器にはクロスボウが使われていた。すでに決着したはずなのに、ホーソーンは当時の話になると途端に口を閉ざす。
仕方なくホロヴィッツが一人で調べ始めると、かつて彼と組んでいた元警官ジョン・ダドリーの存在へ行き着いた。
過去をたどるほど、ホーソーンの知らない顔が浮かび上がる
第5作で追うのは、現在進行中の殺人ではなく、五年前に終わった事件だ。
いつものホロヴィッツによる一人称に加え、当時の捜査を描く三人称の場面も挟まれる。現在と過去を行き来するうち、当時は気づかれなかった違和感が少しずつ形を持ち始めた。
ここで大きな存在感を放つのが、ホーソーンの元相棒ジョン・ダドリーだ。今のホロヴィッツより前に彼と組んでいた人物だけに、その目に映るホーソーンはどこか別人のようでもある。昔の知人から、自分の知らない一面を聞かされるような感覚があり、これまで伏せられていた時代まで気になってしまう。
再調査を進めると、当時の証言や報告書と現在の話に食い違いが現れる。一度は解決した殺人なのに、別の角度から確かめると辻褄の合わない箇所が出てきた。終わったはずの出来事がもう一度揺れ始め、五年前の結論そのものまで怪しくなっていく。
誰の話を信じるかで、同じ出来事の印象も大きく変わる。これまではホロヴィッツの目を通してホーソーンを知ってきたが、今回はダドリーの記憶や当時の記録まで加わった。それぞれ少しずつ内容がずれているため、一つの証言だけに頼るほど危うさが増していく。
さらに、公式にまとめられた記録さえ絶対とは限らない。誰が見たのか、誰が書いたのか、その違いだけで事実の輪郭まで変化する。犯人を探すだけでなく、残された記録そのものを疑いながら読む感覚が、この第5作ならではの味だ。
『死はすぐそばに』では、一件の殺人を掘り返すうち、ホーソーン本人への印象まで少しずつ変わっていく。ジョン・ダドリーとの過去、警察時代の姿、そして現在のホロヴィッツとの距離。シリーズを追ってきた身としては、この男についてまだ知らないことが山ほどあったのかと思わされる。
解決済みだった五年前へ戻り、そこから新たな疑問を掘り起こす第5作。事件の真相と一緒に、ホーソーンの過去にも一歩踏み込み、シリーズ全体への期待まで大きく膨らんだ。
ここまで来たら、次の一冊も追わずにはいられない。
悠木四季犯人探しと一緒に、ホーソーン本人の過去まで追えるのが今回は大きい。
6.本当の標的は誰だったのか── 『命取りのエピソード』
自分たちの事件が映画になった撮影現場で、偽物のホーソーンが殺される
自分が書いた事件簿が映画になる。普通なら誇らしい話だが、アンソニー・ホロヴィッツに限っては、そう簡単に喜ばせてもらえない。
映画化されたのは、ホーソーンとの最初の事件を記録した『メインテーマは殺人』。ところが原作者のホロヴィッツは脚本にも演出にも口を出せず、その横では本物のダニエル・ホーソーンが警察描写のテクニカル・アドバイザーとして重宝されている。
しかも撮影現場は監督、脚本家、俳優、プロデューサーそれぞれのエゴがぶつかり合い、いつ爆発してもおかしくない状態だ。
そして本当に死人が出る。ホーソーン役を演じていた若手俳優デヴィッド・ケインが、撮影用トレーラーの中で刺殺されたのだ。扉に掲げられていたのは俳優本人の名前ではなく、「ホーソーン」のプレート。
さらにケインは本物のホーソーンと体格や容姿まで似ていたため、ある不穏な可能性が浮かぶ。犯人はケインを殺したかったのか。それとも、本物のホーソーンと間違えて刺したのか。
偽物のホーソーンが殺されたことで、本物の過去まで掘り返される
シリーズ第6作『命取りのエピソード』は、2026年9月に邦訳が刊行された〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉最新長編。
今回は第1作そのものを劇中映画へ変え、本物のホーソーンと彼を演じる俳優、本物のホロヴィッツと彼を演じる俳優が同じ撮影現場へ集まる。シリーズが続いたからこそ成立する、なかなか意地の悪い遊びである。
被害者デヴィッド・ケインは尊大で、周囲との衝突も多かった。監督、脚本家、共演俳優、プロデューサー、芸能エージェントまで、それぞれに彼を恨む理由がある。映画業界の人間関係を追うだけでも容疑者は次々と浮かぶが、本当の標的がホーソーンだった可能性が出た瞬間、捜査は別の方向へ動き始める。
そこで浮上するのが、ホーソーンが警察官時代に担当した約10年前の事件だ。彼に逮捕された男は有罪判決を受け、その後獄中で命を絶った。しかし遺族は冤罪を疑い続けている。現在の殺人を追いながら、ホロヴィッツは相棒が隠してきた過去を探るため、ノース・ヨークシャーのリースへ向かう。
ここから俄然、シリーズものとしての面白さが増していく。ホーソーンはこれまで、自分の私生活をほとんど語ってこなかった。
両親を早くに失ったこと、少年時代を過ごした屋敷フォス・ホール、全焼した学校セント・エドウィンズ。断片的だった過去が少しずつつながり、なぜ彼があれほど他人を遠ざけ、自分について語ることを嫌うのか、その背景まで見え始める。
一方のホロヴィッツは相変わらずである。自分こそホーソーンの相棒だと思っているのに、現地警察の女性刑事サラ・ミルンズとホーソーンが親しげに捜査を進める姿を見て嫉妬。その勢いで単身ヨークシャーへ飛び出し、独自調査を始めるものの、またしても自信満々に見当違いの方向へ走ってしまう。名探偵の記録者でありながら、推理だけはなぜここまで外すのか。このシリーズらしい笑いも健在だ。
そして今回は、そのホロヴィッツ自身が書いてきた本まで物語の中へ取り込まれる。現実の作家ホロヴィッツが小説を書き、その小説内のホロヴィッツがホーソーンの事件を記録し、その記録が劇中で映画化され、さらに映画では別の俳優が二人を演じる。本物、記録、映画、過去の事件が何層にも重なり、自分を演じる人物を本人が目の前で見るという倒錯した状況まで生まれる。
それでも、メタフィクションの派手さだけへ逃げないのがホロヴィッツのうまいところだ。映画関係者の行動、何気ない会話、現場に残された細かな痕跡はきちんと提示され、ホーソーンが最後に拾い上げる材料も物語の中へ置かれている。
語り手ホロヴィッツが重要性に気づかず通り過ぎるので、こちらも一緒になって見落としてしまう。そのフェアな意地悪さが心地いい。
悠木四季シリーズを追ってきた人ほどニヤリとできる場面が多い、シリーズファンへのご褒美みたいな一作だ。
おわりに── アンソニー・ホロヴィッツが仕掛けた、ミステリの再構築

絵:悠木四季
結局のところ、アンソニー・ホロヴィッツの【ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ】には、名探偵ものの楽しさと、それを現代的に作り替える面白さがこれでもかと詰まっている。
黄金時代のミステリにしっかりと敬意を払いつつ、そのお約束をズラしたり解体したりしながら、新しい形に組み立て直している。パロディでもパスティーシュでもなく、愛情のこもった遊びと挑戦だ。
そしてシリーズを通して最大の謎は、実は個々の殺人事件ではなくてホーソーン本人。彼は一体どんな人間なのか、過去に何を抱えているのか。そこが物語の縦糸になっていて、読む手を未来へ未来へと引っ張っていく。
しかもややこしいのは、語り手が実在のホロヴィッツであることだ。現実の作家、作中のアンソニー、そして架空の名探偵ホーソーン。この三つが絡み合って、ときにぶつかり、ときに笑わせる。その相互作用が、このシリーズを他にないユニークなものにしている。
つまりこのシリーズには、フェアな謎解き、奇妙なユーモア、現実と虚構を行き来する遊びまで、ミステリ好きが喜ぶ要素がぎっしり詰まっているのだ。
このパラドックスの絶妙なバランスこそが、【ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ】の最大の魅力だと思う。
ミステリがどこまで進化できるのか。
その最前線を覗きたい人にはうってつけの、唯一無二のシリーズなのである。
1.『メインテーマは殺人』(5.0)
──作者本人が偏屈な名探偵に振り回されながら、本物の殺人事件を書き記す異色のシリーズ一作目。
2.『その裁きは死』(4.5)
──手がかりに惑わされながら、信用しきれない名探偵と真相を追うシリーズ第二作。
3.『殺しへのライン』(4.5)
──孤島の殺人を追うほど、謎多きホーソーンの過去まで暴かれていくシリーズ第三作。
4.『ナイフをひねれば』(5.0)
──殺人容疑をかけられたホロヴィッツが、嫌っていた名探偵へ自分の命運を預けるシリーズ第四作。
5. 『死はすぐそばに』(5.0)
──五年前に終わった殺人を掘り返した先で、ホーソーンの知られざる過去まで見えてくる第五作。
6.『命取りのエピソード』(5.0)
──自分たちを演じる映画の現場で殺人が起こり、ホーソーンの過去まで揺さぶられるシリーズ第六作。
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