小学六年生の省一は、カメラマンの父、母、高校生の姉、中学生の兄の五人で暮らしていた。
ある時、保険会社のキャンペーン「幸せな家族」のモデルとして、一家でCM出演することに。
しかし撮影が始まる直前、密室状態のスタジオで父が遺体となって発見される。
警察の調べが難航する中、今度は兄が台所で煮えたぎる鍋の湯をかぶって死亡する。
これは事故なのか、殺人なのか?
さらに家族二人を失ってショックで心を病んだ母親が、何者かに殺されてしまう。
続いて省一の親友、そして姉までもが、立て続けに殺される。
とうとうひとりぼっちになった省一。
この連続死は、なぜ起こったのか。
一体誰が、この幸せな家族を壊したのか。
ヒントとなるのは、その頃はやった唄の歌詞。
一連の死は、まるでその歌詞をなぞるように進んでいたのだ―。
子供が語る家族全員の死
『幸せな家族-そしてその頃はやった唄』は、家族が次々に死んでいき、たった一人取り残された省一を描くミステリー小説です。
ジャンルとしてはジュブナイル(児童文学)ですが、そうは思えないくらい内容がダーク!
冒頭から結末までとにかくドロドロの展開が続き、読めば読むほど心が黒く染まっていく感じがする、すごく怖くてインパクトのある作品です。
物語は、幸せそうに暮らす五人家族のもとに、CMの出演依頼が来るところから始まります。
多忙な父親に合わせたスケジュールで撮影がスタートするのですが、開始早々に父親が死に、兄が死に、と家族が立て続けに不審死していきます。
これだけでもショックなのですが、それに輪をかけるのが、語り手が省一だという点。
省一の目線で、家族一人一人の死に様が事細かに語られるのです。
小学生の男の子が家族を全員失う過程を自ら語る様子は、あまりにも可哀想で、読者の胸をザクザクと突いてきます。
しかもひとつひとつの死が壮絶!
父親はスタジオで首を切られて死んでおり、現場が密室状態だったので警察はお手上げ。
兄は台所で煮えたぎった鍋の湯をかぶり、全身にひどい火傷を負って死亡。
母親は、真夏の炎のように咲き誇るカンナの花壇で変死。
どれも衝撃的な死に様ですし、その上親友や姉まで殺されるので、もう本当に救いがないです。
「子供がこんな目に遭うなんて…」と、語り手が子供だからこそ、読者は余計に辛く感じてしまいます。
が、ほどなく読者は気が付くことになります。
実は、子供を可哀想に思うことこそが、盲点だったのだと!
真の焦点は殺害動機
次々に殺される家族。
唯一誰からも狙われず、いつも安全な場所にいて、元気に最後まで生き残るのは、語り手である省一。
この時点で、読者には犯人の目星がつきます。
しかも後半で、とある唄の歌詞が明かされるのですが、この内容により犯人の正体は確定的になります。
ある人物が一家を殺してまわる唄であり、一連の死は全て歌詞をなぞらえて行われているからです。
当然その人物こそが犯人、ということになりますね。
そう、この物語、実は犯人の正体は比較的早い段階でわかるのです。
問題となるのはフーダニットではなくホワイダニット、つまり殺害動機ですね。
なぜ犯人が幸せそうに暮らす一家を殺し続けたのか、その理由を探ることが物語の真の焦点となります。
その後物語では、家族間に秘められた歪な人間関係が語られ、その中から徐々に殺害動機が見えてきます。
自己愛だったり、妄執だったり、憎悪だったりと、それらがどんどん薄気味悪く積み上がっていくのですが、その過程はかなり怖いです。
家庭って一種の閉鎖空間ですから、外の世界から隠されている分、とことん陰湿にねじ曲がっていくのですよね。
家族の一人一人がどこか狂っていて、ひずみを生み続け、それが積もりに積もった時に一体どうなるのか。
戦慄の殺害動機とともに、この家族が迎えることになる悲壮な末路を、ぜひ見届けてください。
読了後には、きっと恐ろしいほどドス黒い余韻が残ることになると思います。
強烈な爪痕を残す名作
『幸せな家族-そしてその頃はやった唄』は、今は亡き児童文学作家の鈴木 悦夫さんが、1989年に発表した作品です。
約40年前の作品ということもあり絶版になっていたのですが、「子供の頃に読んで以来忘れられない」「もう一度読みたい」という熱いリクエストが続き、2023年にめでたく復刊となりました。
改めて読んでみて思ったのは、「やはりジュブナイルとは思えない」という一言に尽きます。
暗さといい酷さといい、深さも重さもジュブナイルの領域をはるかに超えており、読んだ人にことごとくトラウマを与えかねない作品なのです。
最初に刊行された時にも全国各地の少年少女に衝撃を与えたそうですが、復刻版もまた物議をかもすことになりそうです。
いえ、核家族化が進み、ゆとり世代やコロナの時代を通り過ぎた今だからこそ、より大きな波紋を呼ぶかもしれません。
そのくらいインパクトがあり、時を超えてなお激しく人の心に刺さる作品なのです。
そういう意味で、本書は歴史に残るレベルの傑作と言えます。
とりわけ強烈なのが、省一と姉の関係性。
省一と父、省一と兄、省一と母もそれぞれドロッとした関係なのですが、姉についてはより高次のレベルでドロドロしているというか、一種の信頼であり、支配であり、愛ですらあるのですよね。
これについては、ぜひご自身で読んで考察してみてください。
きっとおぞましさのあまり、心がざわざわしてくると思います。
そしてその上で改めて表紙をじっくり見ると、あることに気がついて一層ゾワッとしますよ。
あの木は…、あのブランコは…。あぁ、怖すぎる…。
とにかく本当に、読み手の心に強烈な爪痕を残す作品ですので、興味がありましたらぜひ!
日々に「たいくつ」を感じている方には、特におすすめしたいです。
その理由は、読めば必ずわかります。
たいくつ病、おそるべし…。