似鳥鶏『新学期にだけ見える星座』- 市立高校に戻ってきたら、後輩たちが星をつないでいた【読書日記】

長く続いているシリーズの新刊を読むとき、少し変な気分になる。
久しぶりに母校へ遊びに行ったら、知っている廊下や部室はそのままなのに、そこにいる生徒は少し入れ替わっている。懐かしいのに、新しい。安心するのに、ほんの少しだけ知らない場所にも見える。
似鳥鶏の市立高校シリーズ最新作『新学期にだけ見える星座』には、まさにそういう空気がある。
市立高校シリーズは、2006年の『理由あって冬に出る』から続いている青春ミステリのシリーズだ。
幽霊騒動、文化祭、校舎の謎、家庭の中の小さな事件、卒業や進級。いわゆる日常の謎を扱いながら、ただのゆるい学園ものでは終わらない。謎の作り方はかなりきっちりしているし、会話は軽いのに、ロジックは案外しっかりしている。そこがいい。
しかもこのシリーズは、作品の中で時間がちゃんと進んでいる。ここが大きい。高校生たちが永遠に同じ学年にいるわけではなく、進級し、卒業し、新入生が入ってくる。
現実の高校生活と同じように、春が来れば顔ぶれが変わる。昔からいるメンバーに愛着がある側としては少し寂しいが、その寂しさまで作品の味になっている。
『新学期にだけ見える星座』は、シリーズ第8作。前作から約5年ぶりの新作であり、シリーズとしてもかなり大きな節目の一作だ。葉山君は3年生になり、新入生の中内修太郎と岩境ひなが美術部に入ってくる。
つまり本作は、懐かしい市立高校に戻る話でありながら、新しい世代が入ってくる話でもある。
この感じが実にいい。古い友人に再会したと思ったら、その隣に知らない後輩がいて、でも話してみると案外おもしろい。そんな新学期らしいざわざわ感があるのだ。
先輩になった葉山君が、ちょっと格好よく見える問題
本作でまず楽しいのは、語り手が変わるところだ。
これまでシリーズを読んできた身としては、葉山君といえば、どうしても「頼りないけど憎めない人」という印象がある。
伊神さんに振り回され、あれこれ考えながらも、どこかバタバタしている。名探偵というより、名探偵のそばで汗をかいている助手。申し訳ないけれど、私の中ではそういうポジションだった。
ところが本作では、新入生の中内修太郎の目を通して葉山君が描かれる。すると、びっくりするくらい先輩に見える。落ち着いている。頼りになる。部長としてちゃんとしている。謎を前にしても、わりと余裕がある。
あの葉山君が、である。
シリーズを知っている側からすると、なんだか親戚の子が急にスーツを着て就職面接に行ったみたいな気分になる。いや、立派になったねえ、でも中身は知ってるからねえ、という謎の目線になってしまう。
この視点の変化がとても楽しい。人は、誰に見られるかで姿が変わる。後輩から見れば頼れる先輩でも、昔からの仲間の前ではいつもの顔に戻る。葉山君もまさにそうだ。中内から見れば、少し底の知れない探偵めいた先輩。でもシリーズを追ってきた側から見れば、やっぱり葉山君なのである。
そして伊神さんが出てくると、その空気が一気に変わる。葉山君の先輩オーラが、すっと通常運転に戻る。いや、戻される。ここがまた笑えるのだ。新入生の前では少し格好よく見えていた葉山君が、伊神さんの前ではあっという間におなじみの葉山君になる。この落差が、長く続いてきたシリーズならではの味だ。
新キャラクターの岩境ひなも面白い存在である。彼女は、論理を一つひとつ積み上げる前に、直感で真相の近くへ行ってしまうタイプだ。ミステリとしては、これは少し危ない。
なぜなら本格ミステリでは、手がかりを拾い、順番に考え、筋道を立てて真相へ進むのが楽しいからだ。いきなり「なんとなくわかった」と言われると、いやいや、こっちは推理したいんですけど、となる。
でも本作では、その直感を葉山君があとから論理で支える形になっている。これが面白い。ひなが違和感を拾い、葉山君がそれをきちんと説明する。直感とロジックがケンカするのではなく、役割分担しているのだ。
このあたりに、現代の高校生らしさもあると思う。今の若い人たちは、言葉になる前の空気や違和感に敏感なところがある。説明できないけれど、なんか変。そういう感覚を、ミステリの中に入れている。似鳥鶏はさらっとやっているようで、けっこう器用なことをしている。
小さな謎なのに、ちゃんと苦い

画像 Amazonより引用
本作は全5話からなる連作短編集だ。それぞれの話に独立した謎がありつつ、全体として新入生たちが市立高校という場所になじんでいく流れになっている。
最初に出てくるのは、作法室で壺が割れる事件。誰もいないはずの部屋で、なぜか壺が割れる。こういう謎はやっぱりいい。派手な殺人事件ではない。世界の危機でもない。でも、なんで?と素直に思える。この素朴な不可解さが、日常の謎の入り口としてとても気持ちいい。
壺が割れる。誰もいなかった。では、どうして割れたのか。こういう小さな謎に、ちゃんと理屈を与えていくところに、このシリーズの楽しさがある。スマホやGPSが出てくる時代になっても、壺が勝手に割れた理由を考える楽しさは変わらない。ミステリの基本体力みたいなものだ。
『水平移動するガーベラ』も印象に残る。視覚的なトリックが中心になっていて、図解も使われる。図が出てくるミステリというのは、それだけで少しテンションが上がる。さあ見て、ちゃんと考えてみて、と作者に盤面を渡される感じがあるからだ。
日常の謎は、ともすると地味に見える。でも、花がどう動いたのか、誰が何を見間違えたのか、どこに錯覚があったのか。そういう小さな要素を組み合わせるだけで、ちゃんとパズルになる。大事件じゃなくても、ミステリは成立する。むしろ、小さいからこそロジックの美しさが見えやすいところもある。
一方で、『無からは何も湧かない』では、少し苦いものが混じってくる。市立高校シリーズは会話が軽くて、ユーモアも多いので、つい安心して読んでしまう。
でも似鳥鶏は、人間のイヤな部分もちゃんと書く作家だ。悪意、身勝手さ、ちょっとしたズルさ、他人を雑に扱う感じ。そういうものが、学校という身近な場所にふっと入り込んでくる。
ここが好きだ。日常の謎は、必ずしも優しいだけのジャンルではない。小さな違和感の奥には、その人の考え方や欲望が隠れていることがある。事件としては小さくても、その裏にある感情は軽くない。中内にとっても、ただ楽しい部活生活が始まっただけではなく、人間って案外めんどくさいな、という現実に触れる時間になっている。
青春ミステリというと、どうしても爽やかで明るいものを想像しがちだ。でも本当に高校生活を思い出すと、そんなにきれいなことばかりでもなかったはずだ。仲良しの空気の中にも、妙な緊張や小さな不満や、言葉にしにくい気まずさがあった。『新学期にだけ見える星座』は、そういう部分もちゃんと拾っている。
だからこそ、物語に温度がある。笑えるし、軽い。でも軽いだけではない。放課後の部室でだらだら話しているような空気の向こうに、ほんの少し苦いものが見える。そのバランスが、市立高校シリーズらしい。
星座というタイトルがやっぱりうまい

画像 Amazonより引用
そして『新学期にだけ見える星座』というタイトルがとても好きだ。
星座というのは、夜空に散らばっている星を人間が線でつないで、そこに形を見つけるものだ。星自体は、ただそこにあるだけである。でも、それをどう結ぶかによって、白鳥にも、オリオンにも、名前のある形にもなる。
これは推理にとても近いと思う。目の前にある事実、証言、違和感、偶然に見える出来事。それらは、ひとつひとつではただの点にすぎない。でも、探偵がそれをつなぐと、急に形が見える。ああ、そういうことだったのか、と腑に落ちる。
ミステリの気持ちよさは、まさにそこにある。手がかりをたくさん集めるだけではだめで、どことどこを結ぶかが大事なのだ。似鳥鶏は、その線の引き方がうまい。しかも、いかにも名探偵が大演説する感じではなく、部活の会話や先輩後輩のやり取りの中で、ふっと形を見せてくる。
「新学期にだけ」という言葉もいい。新学期は、誰もが少しだけ違う顔をする季節だ。上級生は先輩らしく振る舞い、新入生はどこに立てばいいのか探っている。クラスも部活も人間関係も、まだ固まりきっていない。だからこそ、その一瞬だけ見える形がある。
葉山君が先輩として見えるのも、中内が新しい視点として入ってくるのも、ひなが不思議な直感を持つ存在として現れるのも、全部この「新学期」という空気に合っている。春のはじめだけ、まだ名前のついていない星座が見える。そんな感じがある。
市立高校シリーズは、時間が進むシリーズだ。そこには当然、寂しさもある。ずっと同じメンバーで、同じ部室にいてくれるわけではない。誰かは卒業し、誰かは先輩になり、誰かは新しく入ってくる。
でも本作は、その変化を寂しいだけのものとして描かない。新しい人が入ってくることで、別の星座が見えるようになる。そこがとても優しい。
あとがきも、いつもの似鳥鶏らしさがあって楽しい。方向音痴エピソードがなかなかの勢いで、本編とは別方向に読ませてくる。もはやあとがきまで含めて一つの芸である。作品の軽さ、作者のユーモア、読んでいるこちらとの距離の近さ。そういうものが、最後までちゃんと続いている。
『新学期にだけ見える星座』は、長く続いてきたシリーズの続編でありながら、新しい入口にもなっている作品だと思う。
初期作から追ってきた人なら、葉山君の成長と変わらなさにニヤニヤできる。伊神さんが出てきたときの安心感もかなりある。一方で、本作から入る人も、中内と一緒に市立高校へ足を踏み入れることができる。
派手な事件で世界が揺れるわけではない。けれど、壺が割れ、花が動き、誰かの言葉に小さな違和感が残る。その点と点をつないでいくうちに、放課後の校舎にひとつの形が浮かび上がる。
市立高校シリーズは、まだまだ続いていける。むしろ本作で、新しい線が引かれたように感じた。
葉山君たちが見ていた星空に、中内やひなたちの星が加わった。
次はどんな形が見えるのか。
そう考えると、また新学期のチャイムを聞きに行きたくなってしまうのである。


