夕木春央 『サロメの断頭台』- 戯曲を模した連続殺人事件を描く大正ミステリー

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画家の井口のアトリエに、オランダの富豪であり美術品収集家のロデウィックが訪れた。

絵を高値で買ってもらうチャンスだったが、井口は逆に盗作の疑いをかけられてしまう。

どうもロデウィックは、井口の絵とそっくりな作品をアメリカで見たことがあるらしいのだ。

描いた本人である井口には、自分の絵こそが真作であり、アメリカにある方が贋作だと自信をもって言える。

しかしそれを証明できなければ、盗作犯の汚名を着せられた上、絵を買ってもらうこともできない。

そこで井口は、かつて自分の家を訪れたことのある芸術家グループの面々との接触を試みることに。

もしかしたらその中の誰かが、井口の絵のアイデアを盗んだかもしれないからだ。

しかしなぜか彼らは、一人また一人と殺されていく。

しかも戯曲『サロメ』を彷彿とさせる方法で。

この連続殺人は一体何を意味しているのか。

井口の親友であり元泥棒の蓮野が謎解きに挑む。

目次

画家としての収入とプライドにかけて

『サロメの断頭台』は、大正ミステリー・蓮野&井口シリーズの第三弾です。

今作の舞台も大正時代の東京であり、あでやかな大正浪漫の中で、奇怪で凄惨な事件が立て続けに起こります。

モダンなムードを堪能しながら、背筋が凍る惨劇と手強い謎解きとを楽しめます。

メインとなる事件は、井口の盗作疑惑と、芸術関係者たちの連続殺人の二つ。

まず前者では、井口が自分の絵がオリジナルであることを証明するために、真の盗作犯を探すことになります。

そうしなければ、富豪のロデウィックに絵を買ってもらえないのです。

つまりこの事件は、井口にとっては収入面ではもちろん、画家としてのプライド的にも超重要!

しかもタイムリミットは、ロデウィックが帰国する二ヶ月後。

この短期間で、どこの誰がどうやって井口の絵のアイデアを盗んで、アメリカまで持って行ったのか真相を掴み、その上でロデウィックに売買契約を結んでもらわなければならないのです。

これはなかなか骨が折れそうですね。

読者としても、井口の生活とプライドとを賭けた奔走にハラハラドキドキ!

『サロメ』を模したおぞましい殺人

盗作犯を探そうとする井口ですが、なぜか容疑者たちがことごとく殺されてしまいます。

しかもこの連続殺人、どうも意味深なのです。

殺されていくタイミングもさることながら、遺体に手を加えることで、戯曲『サロメ』をなぞらえているのです。

『サロメ』とは、無垢で美しい王女サロメを中心とした、官能と狂気の物語。

いくつもの歪んだ愛情が入り乱れ、それが惨劇を招いて、人がどんどん死んでいきます。

おおよそのあらすじについては、作中で紹介されているので、ご存じない方でも全く問題ないですよ。

とにかくおぞましさと美しさとが同居したような物語であり、『サロメの断頭台』の連続殺人はこれを模した形となっています。

ひとつひとつが、とにかく耽美で無慈悲!

大正浪漫のレトロな雰囲気が、それを一層際立たせており、ゾクゾクさせられますよ。

そして気になるのが、この惨劇と井口の盗作事件との関連性。

純朴な井口には手に負える問題ではないので、井口の親友であり、もう一人の主人公の蓮野が前面に立って調査することになります。

この蓮野が実に興味深いキャラクターで、人間嫌いが高じて泥棒をしていたという美青年で、ズバ抜けて高い知性を持ち、事件を多角的に分析しながら、真相を追究していきます。

そのキレ味もまた、本書の大きな見どころ!

数々の謎をきれいに結び付け、納得感のある答えを見つけていく手腕には、惚れ惚れしますよ。

しかも蓮野自身は探偵というものを嫌っているのに、それでも能力ゆえに探偵役として活躍してしまうというジレンマがあり、そこも読者にはたまらないっ!

そしてこのまま蓮野が、スッキリ美しく収束させていくのかと思いきや、ラストに恐ろしい展開が待ち構えています。

読んだ瞬間、ギョッとして思考が停止してしまうくらいなので、ぜひお楽しみに!

舞台も人も映える大正ミステリー

『サロメの断頭台』の作者・夕木 春央さんは、『方舟』を始めとしたクローズドサークルミステリーで大ブレイクした作家さんです。

その一方で大正ミステリーも複数執筆されているのですが、むしろこちらが夕木さんの本領ではないかと思えるほど、本書『サロメの断頭台』は完成度の高い作品です。

和洋がしっくりと溶け込んだ大正の風景、その中でドロドロと渦巻く陰謀、古めかしくも残忍な犯行、時代の変革の中で生き生きと動き回るキャラクターたち。

どれをとってみても、夕木さんがこの世界観を堪能しながら楽しく執筆している感じが伝わってくるのですよね。

特にキャラクターたちが秀逸で、今時とは違う古風な価値観や美学が、とても素敵!

日本人としての品格や気骨が端々に表れている感じが良いのですよね~。

その中でも目立つのが女優の岡島あやで、井口の絵のモデルとなった女性です。

彼女の、葛藤と戦いながらの生き方は、悲壮感がありつつも華やかで、ある意味この物語の一番の肝ではないかと思います。

またレギュラー陣の一人である峯子も、ますますドタバタ感を炸裂させ、物語に花を添えています。

夕木さんのクローズドサークルミステリーを読まれた方は、ぜひ本書『サロメの断頭台』も読んでみてください。

一味違った面白さに、夕木作品を別の角度から好きになれると思います。

また本書は、シリーズ第三弾ですが、それまでの作品を読んでいない方でもスムーズに入っていけますよ。

三作目ということでキャラクター性が一層クッキリして、魅力を感じやすくなっていると思いますので、ぜひ!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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