蜂巣敦『「八つ墓村」は実在する』- あの『八つ墓村』はどこから生まれたのか?【読書日記】

横溝正史『八つ墓村』を読んだことがある人なら、田治見要蔵が頭に灯りをつけ、猟銃と日本刀を手に村を駆け抜ける場面を忘れるのは難しい。
八人の落武者殺し、祟り、閉ざされた山村、洞窟、そして三十二人殺し。あれほど禍々しい世界が、いったいどこから生まれたのか。
蜂巣敦『「八つ墓村」は実在する』は、その源流を現地まで歩いて確かめに行くノンフィクションである。
本書が追うのは、大きく二つ。1938年に岡山県の山村で起きた津山三十人殺しと、美作地方に残る落武者殺しの伝承だ。
蜂巣敦は編集者の比嘉健二、写真家の関根虎洸とともに岡山県北部を歩き、事件現場、墓地、首塚、地蔵、峠、温泉地まで足を運んだ。調査は足掛け三年に及び、2005年の単行本刊行から約21年を経た2026年8月、比嘉健二の解説を加えたちくま文庫版が登場している。
最初は横溝ファンの好奇心を刺激する企画のようだ。ところがページを進めるほど空気は一変。
小説のモデル探しから始まった旅は、昭和の大量殺人、村落共同体の排除、戦国期の落武者狩り、怨霊を祀る信仰、さらに現代の都市伝説まで巻き込みながら、美作の土地そのものへ踏み込んでいく。
田治見要蔵のモデルを追うと、現実の惨劇へ辿り着く
『八つ墓村』冒頭の三十二人殺しには、津山三十人殺しの影がある。
1938年5月21日未明、岡山県苫田郡西加茂村の貝尾集落で、21歳の都井睦雄が村民30人を殺害し、3人へ重軽傷を負わせた事件だった。蜂巣敦たちは2003年、その現場となった集落へ向かう。
そこで目にする墓地の描写が重い。複数の墓石に同じ昭和十三年五月二十一日の命日が刻まれ、一家の血筋が途絶えた墓も並ぶ。
小説の舞台を訪ねていたはずなのに、目の前にあるのは創作上の小道具ではなく、実際に人が死んだ証拠だ。ここで本書は、横溝作品の元ネタを探す紀行から、現実の記憶へ向き合うルポへ姿を変える。
史実を追うほど、田治見要蔵と都井睦雄の差も明瞭になる。『八つ墓村』では、要蔵の凶行は突発的な狂気として描かれていた。
一方の都井睦雄は、弾薬を準備し、散弾銃を改造し、送電線を切り、襲う相手まで選別。結核による進学断念、徴兵検査の丙種判定、村内での孤立などが積み重なり、個人的な怨恨が計画的な大量殺人へ結びついた経緯が浮かぶ。
ここまで読むと、横溝正史が史実をそのまま小説へ移さなかった意味もよく分かる。人数や扮装など印象的な要素は借りながら、人物像も動機も大きく変え、現実の事件をフィクションの中で別の形へ作り直した。
その距離があるからこそ、『八つ墓村』は事件の再現に収まらず、祟りと因縁を抱えた独自の世界になったのだ。
八人の落武者は、完全な作り話でもなかった

絵:悠木四季
もう一つの柱は八人の落武者殺しだ。
小説では、戦国時代に村人が黄金へ目を奪われ、落ち延びてきた武者たちを殺害し、その後に災厄が続いたため死者を八つ墓明神として祀った。
いかにも横溝正史らしい伝奇的な由来だが、蜂巣敦の現地調査から、美作地方に残る似た伝承や痕跡が次々と姿を現す。
中国山地には、落武者伝説、首塚、供養塔、祟り神の伝承が数多く残る。戦乱期には、逃げる武者を農民が襲い、武具や馬、金品を奪う落武者狩りも現実に行われていた。
その一方、非業の死を遂げた者の怨念を恐れ、墓や地蔵を建てて鎮めようとする信仰も広がった。殺した相手を恐れ、その死者を今度は土地の守り神として祀る。『八つ墓村』の底に流れる不穏さは、こうした民俗の記憶と重なっている。
特に惹かれたのは、横溝正史が一つのモデル地を丸ごと写して八つ墓村を作ったわけではなかった点だ。津山事件の現場、落武者伝説、首切峠や人形峠、路傍の石仏、新見市の満奇洞。離れた場所に散っていた現実の断片を拾い、一つの村へまとめ上げている。
満奇洞の扱いにも惹かれる。横溝は津山事件の現場から地理を意図的にずらし、新見周辺へ舞台を移したうえで、巨大な鍾乳洞のイメージを地下空間へ取り込んだ。
実在の事件から距離を置きながら、岡山の土地に漂う歴史や伝承は濃密に残したわけだ。その組み合わせ方を知ると、『八つ墓村』の舞台にも一気に奥行きが出る。
小説の舞台を探す旅が、最後には土地の記憶へ変わる
本書は途中から、津山事件と落武者伝説の外側へ調査範囲をさらに広げる。
ネット黎明期に広まった杉沢村伝説、美作の温泉街、山中一揆や改正一揆まで視線を向け、怪談や事件が時代を越えて姿を変える過程も追跡対象に。
杉沢村伝説のくだりも読み応えがある。山奥の村で一人の男が住民を皆殺しにし、村ごと地図から消されたとの都市伝説には、津山事件と映画『八つ墓村』のイメージが混ざり、ネット時代に新しい民話へ変形した可能性が示される。
現実の事件は小説や映画を経由し、さらに都市伝説となって別の土地へ移動。そこで見えてくるのは、怪談が昔話だけに属さず、今も作られ続ける文化であることだ。
ただし、本書は怪奇スポット巡りの興奮だけで押し切らない。取材班が現地で道を尋ねた際、住民から三十人殺しの村はあっちだと突き放される場面がある。
外から来た人間には文学史や犯罪史でも、そこで暮らしてきた人々には家族や土地へ刻まれた現実である。その温度差にぶつかったことで、取材する側の好奇心まで揺さぶられた。
ここが本書をただの元ネタ本にしない。横溝正史の作品世界へ近づこうとして現地を歩いた結果、創作の向こう側に生身の人間と、現在も続く共同体があった。取材が思い通りに進まず、道に迷い、住民に拒まれる迷走まで記録したからこそ、土地の重さまでこちらへ伝わってくる。
国土地理院の地図に八つ墓村の名前はない。それでも、津山事件の記憶、落武者狩りの伝承、峠に並ぶ石仏、満奇洞の地下空間、美作の村落史をひとつずつ辿れば、横溝正史が何を材料にあの村を作ったのかが見えてくる。
虚構の村を探しに行った旅の果てで出会うのは、モデルとなった一地点ではなく、美作の山々に散らばる無数の現実なのだ。
『八つ墓村』を知っているほど、この本のあとで小説の景色は違って見える。
田治見要蔵にも、八つ墓明神にも、暗い鍾乳洞にも、別々の土地と時代が重なり、これまでフィクションとして眺めていた場面にも別の重さが加わる。
蜂巣敦が三年かけて歩き回った末に見つけた八つ墓村は、地図の上ではなく、岡山の山中に積み重なった歴史と記憶の中にあったのだ。
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