『オカルト・クロニクル 暗黒録』- 怪異より怖い、いまだ埋まらない現実の空白【読書日記】

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悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書するミステリ好き人間。

本を読み、本に人生を食われながら、今日もどうにか人間の形を保っている。

もはや読書は趣味ではなく、生活習慣であり、呼吸であり、呪いである。

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悠木四季
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北海道の大雪山で、倒木を組んだ巨大な「SOS」が空から見つかる。

近くには人骨と日用品、さらにテープレコーダー。再生すると、男の声で「たーすーけーてーくーれー」という悲痛な叫びが流れてくる。

もう、現実の出来事とは思えない。

『オカルト・クロニクル 暗黒録』には、こういう怪談より怪談じみた事件が、536ページにわたってぎっしり詰め込まれている。

2026年4月、二見書房から刊行されたA5判の大冊。前作『増補新装版 オカルト・クロニクル』から約4年ぶりの第2弾である。

著者の松閣オルタは、2013年頃からWEBサイト『オカルト・クロニクル』を運営し、会社員として働きながら怪事件や奇現象を追い続けてきた人物。

本書はサイト掲載記事の大幅改稿に、二本の書き下ろしを加えた構成となっている。そのうち一本にあたる「グリコ・森永事件」は三部作へ膨らみ、全体の半分以上を占めるほどの大ボリュームだ。

UMA、UFO、心霊現象、歴史的怪異などを幅広く扱った前作に対し、今回は人間の狂気、怪死、失踪、未解決事件へぐっと寄せている。

タイトル通りとても暗い。けれど、事件の凄惨さを面白半分に眺めるような本ではなく、残された資料から「実際に何が起きたのか」を粘り強く探っていく検証ルポである。

目次

怪談より怖い現実を、資料から組み直す

松閣オルタ『オカルト・クロニクル 暗黒録』

おすすめ度:(5.0)

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前半の五章だけでも、扱う時代と場所は幅広い。

1930年代のガラパゴス諸島では、文明を捨ててフロレアナ島へ渡った移住者たちが、水と自尊心と愛情を奪い合う。

理想郷を求めてきた医師夫妻、別の移住者一家、自らを「ガラパゴス女王」と称する男爵夫人、そして彼女が連れてきた二人の愛人。

狭い島にこれだけ濃い人物が集まれば、当然のように揉める。やがて失踪と怪死まで起きてしまう。

舞台だけ見ると、孤島を使った本格推理のようだ。ところが、これは実話である。しかも関係者の手記は互いに食い違い、誰の証言を信じればいいのかもはっきりしない。閉ざされた島の中で、人間関係が少しずつ壊れていく。その生々しさが怖い。

続くプマプンク遺跡の章では、精密なH型石材を「古代宇宙飛行士の技術」とする説を、考古学や加工実験から検証していく。レーザー加工でなければ作れない、宇宙人が建設した、という派手な説をひとつずつ確認し、当時の石器や研磨材、型枠でも加工できた可能性を示す。

こういう話になると、超自然説を否定した瞬間に急に味気なくなる本もある。松閣オルタの文章は、そこで終わらない。宇宙人を持ち出さなくても、古代の人々が積み上げた技術と労力は十分すごい。その現実的な驚きへ話をつなげてくれるのだ。

明治39年の福井で起きた青ゲット殺人事件は、さらに不気味だ。青い毛布をかぶった男が「親戚が危篤だ」と農家を訪れ、家人を一人ずつ吹雪の夜へ連れ出す。翌朝、九頭竜川の橋には大量の血痕が残され、川から遺体が見つかった。

犯行の手口だけでも異様だが、本書は事件そのものに加え、後年それが「青ゲットの怪人」や「赤マント」のような都市伝説へ変わっていく過程まで追っていく。新聞に残った断片的な記録と、人々が語り継いだ怪談。その間にあるズレが面白い。

人はわからない部分があると、そこへ物語を足したくなる。正体不明の男はいつしか怪人になり、現実の殺人事件が学校や街角の怪談へ変わっていく。事件の真相と同じくらい、恐怖がどう育っていったのかにも目を向ける。この視点がとても『オカルト・クロニクル』らしい。

ノアの箱舟の章では、旧約聖書、ギルガメシュ叙事詩、ギリシャ神話、アジアやポリネシアの洪水伝承を横断する。大雪山のSOS遭難事件では、人骨の性別判定、遺留品、録音テープ、発見時期のずれを細かく並べ直していく。

神話から平成の遭難事件まで、題材はずいぶん飛ぶ。それでも調べ方は一貫している。新聞、捜査資料、裁判記録、関係者の手記、現地の地形。

ネット上で広まった話をそのまま使わず、できる限り元の資料へ戻る。魅力的な説ほど疑ってかかる。その慎重さがあるから、安心して読み進められるのだ。

三百ページかけて、昭和最大の迷宮へ

後半の「グリコ・森永事件」三部作に入ると、本の熱量がさらに上がる。

第一部の「時系列篇」は、1984年3月18日の江崎グリコ社長拉致事件から、車両放火、食品会社への脅迫、青酸入り菓子の店頭配置、1985年8月12日の終息宣言までを、日時単位で追いかける大ドキュメントだ。

「かい人21面相」が新聞社や企業へ送りつけた脅迫状、挑戦状も、誤字や不自然な仮名遣いを直さず掲載されている。当時の和文ライターの機種、現金受け渡しの指示、警察の配置、企業側の対応。事件名とキツネ目の男くらいしか知らなかった私には、驚くことばかりだった。

細部を知れば知るほど、事件はわかりやすくなるどころか、どんどん奇妙になっていく。

続く「諸説篇」では、株価操作、企業との裏取引、内部関係者、怨恨、海外工作員、北朝鮮ルート、キツネ目の男をめぐる説など、九十以上の仮説と百二十を超える捜査線を整理する。

九十説!多すぎる。普通なら、それだけ候補を並べれば何かしら全体像が見えてきそうなものだ。ところが、この事件では情報が増えるたびに別の可能性が生まれ、前の説と衝突する。

犯人グループは企業内部に詳しかったのか。警察無線を傍受していたのか。金ではなく株価操作が目的だったのか。そもそも、本当に現金を受け取っていなかったのか。

読んでいる私も、ある説に納得しかけては別の資料で立ち止まったりした。その繰り返し。まさに迷宮である。

そして第三部の「再解析篇」では、これまで浮かび上がった説を、現実的な条件からひとつずつ確認していく。

たとえば、事件の象徴となったキツネ目の男。本当に犯行グループの中心人物だったのか。それとも、警察に捕まっても組織全体を語れない、切り捨て前提の監視役だったのか。企業が裏で金を払ったという説は、会計監査や税務調査、巨額現金の運搬という現実の壁を越えられるのか。

ここで松閣オルタは、派手な黒幕を持ち出して話をまとめようとしない。証拠が足りない説には、きちんと足りないと書く。推測と事実の境界もぼかさない。

私はこの慎重さが好きだ。未解決事件の本では、最後に著者独自の真犯人説を打ち出し、「これが真相だ」と盛り上げる形も多い。そのほうが読み物として気持ちよく終われるのだろう。

けれど、現実の事件には、どれだけ調べても埋まらない穴がある。松閣オルタは、その穴を無理やり閉じず、なぜ開いたままなのかを調べていく。

犯人を当てる本というより、事件が迷宮になった理由を解剖する本。グリコ・森永事件の三百ページには、そんな面白さがある。

わからない部分へ勝手に答えを置かないところがいい

この本を読んでいると、未解決事件がオカルトへ変わる瞬間が見えてくる。

オカルトの語源には「隠されたもの」という意味があるという。幽霊やUFOに限らず、現実の中にぽっかり開いた説明不能の穴も、オカルトと呼べるのかもしれない。

グリコ・森永事件には、脅迫状、録音、目撃証言、監視映像、捜査記録といった大量の痕跡がある。それなのに、犯人の正体と動機という中心部分だけが抜け落ちている。情報が多いぶん、その空白は余計に目立つ。

そして人は、空白があると埋めたくなる。黒幕は誰か。企業は金を払ったのか。キツネ目の男は何者だったのか。巨大組織が裏にいたのか。

わかりやすい答えを置けば、話はきれいにまとまる。今は動画やSNSで、「真相はこれ」「犯人はこの人物」と断定する情報も次々に流れてくる。数分で理解した気分になれるし、結末まで用意されているから気持ちも収まりやすい。

だが『暗黒録』は、その気持ちよさへ簡単には乗らない。

二年以上かけて資料を集め、現地を見て、説を分類し、最後に「ここから先は確定できない」と示す。それは歯切れの悪さではなく、事件や被害者に対する誠実さだと思う。

わからないものを、わかったように語らない。当たり前のようでいて、未解決事件を扱う本では大切な姿勢だ。

一方で、文章はずっと重苦しいわけでもない。自虐や毒舌、プロフィールに紛れ込む架空の著作名など、ところどころに軽い笑いが入る。殺人や失踪を笑いの材料にせず、凄惨な話を読み続けるための小さな休憩として使っている。その距離感も良かった。

前作のようなUMA、UFO、心霊、失踪が入り交じる賑やかさを期待すると、今回はグリコ・森永事件の比重に驚くかもしれない。

ただ、時系列、諸説、再解析の三方向から、ここまで事件を整理した資料性は圧倒的である。怪談本、事件本、歴史書、検証ルポ。その全部が、一冊の中でつながっている。

雪原に組まれた巨大なSOS、九頭竜川の橋に残された血痕、和文ライターで打たれた不自然な仮名遣い、監視現場を横切ったキツネ目の男。

どれも、確かに記録として残っている。

それでも、中心の空白だけは埋まらない。

『オカルト・クロニクル 暗黒録』は、その空白へ勝手な顔を描き込まず、暗い穴のまま目の前へ差し出してくる。

怪異より怖いのは、現実に説明のつかない部分が残ってしまうこと。

そして、その穴から目をそらさないための理性が、この分厚い一冊には詰まっている。

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悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書するミステリ好き人間。

本を読み、本に人生を食われながら、今日もどうにか人間の形を保っている。

もはや読書は趣味ではなく、生活習慣であり、呼吸であり、呪いである。

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① 綾辻行人『Another
② 有栖川有栖『月光ゲーム
③ 森博嗣『すべてがFになる
⑤ 今村昌弘『屍人荘の殺人
⑥ 殊能将之『ハサミ男
⑦ 青崎有吾『体育館の殺人
⑧ 知念実希人『硝子の塔の殺人
⑨ 夕木春央『方舟
⑩ アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった
悠木四季
四季
悠木四季
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