結城真一郎『少年ABCの完璧な選択』- 15年前の完全犯罪が、家族を持った彼らを追い詰める【読書日記】

中学2年生の少年3人が、ある少女を救うために大人2人の死へ関わってしまう。
絶体絶命の現場で彼らが選んだのは、逃げることでも証拠を消すことでもなく、刑法の因果関係の盲点を突いた「全員が同じことを言い張る」という奇策だった。
警察の確信は揺らがないのに、法的には誰の行為が死へつながったのかを立証できず、少年たちは「少年A・B・C」として社会へ戻されることになる。
結城真一郎『少年ABCの完璧な選択』は、この一度完成したはずの完全犯罪を15年後から壊していく長編である。
2026年8月26日に新潮社から刊行された本作は、2010年の少年時代と2025年の現在を往復しながら、あの夏に結ばれた友情と、いま守るべき家族を真正面から衝突させる。
『#真相をお話しします』で現代的な題材と鋭い反転を武器にした結城真一郎が、今回はもっと重たく、もっと長い時間をかけて人間の選択を追い込んできた。
少年たちは、法の穴より友情を利用した
物語の中心にあるのは、刑法上の因果関係をめぐる思考実験だ。
翔吾が大樹を殺そうとして飲み物に致死量の毒を入れ、同時に鉄平もまったく別の意思で同じことをした場合、どちらの行為が死の原因になったといえるのか。
片方が毒を入れなくても、もう片方の毒だけで死んでいたのなら、その行為がなければ結果は起きなかったという単純な因果の線が引けなくなる。
結城真一郎は、この法理上のややこしさを机上の知識として飾るのではなく、中学生3人の切迫した犯罪計画へ変換する。
現場に2人の死体があり、3人とも自分が単独で殺したと供述しながら、互いの共謀だけは否定する。本人たちが意図的に「誰が何をしたのか」を重ね合わせることで、警察は真実へ近づいても刑事責任を一本の線にできない。
完全犯罪といえば、完璧なアリバイや証拠隠滅、密室のような物理的な仕掛けを想像しやすいが、本作が武器にするのは誰が何をしたのか判別できない状態そのものだ。
しかも、この策を成立させる最後の条件は、仲間の誰ひとりとして供述を変えないことにある。法律知識が扉を開き、3人の友情がその扉を閉ざす発想まで含めてものすごく面白い。
15年後、友情より重いものが増えてしまった
第一部の少年たちは、家庭にも学校にも十分な居場所を持てず、高架下の空き家を秘密基地にしている。
翔吾、鉄平、大樹、そして虐待を受ける乃愛にとって、仲間はただの遊び相手ではなく、世界から自分を守ってくれる最後の共同体だった。だからこそ彼らは乃愛を救うために一線を越え、その後も互いを信じて沈黙を守り抜く。
ところが15年が経つと、その前提が崩れる。鉄平には妻と子どもができ、住宅ローンを返しながら働く日常があり、翔吾にも大樹にもそれぞれ少年時代から続く年月が積もっている。かつては4人だけが世界のほとんどすべてだったのに、大人になった彼らには失いたくない生活が増えてしまった。
そこへ乃愛の誘拐事件が起き、犯人はSNS上で、15年前の真犯人が名乗り出なければ乃愛を殺すと宣告する。さらに少年たちの実名、住所、勤務先まで時間を追って晒していく。かつて法の裁きを免れた過去へ、今度はネット空間の私刑が容赦なく襲いかかるのだ。
国家の刑罰を回避した者たちが、匿名の群衆による制裁へ追い立てられる反転には、結城真一郎らしい現代性がよく出ていると感じた。
第二部の大半が、鉄平の実家である食堂を舞台にした会話劇になっているのもいい。少年ABCと刑事たちは外へ駆け回る代わりに、15年前の記憶、供述、犯人から届く情報をテーブルの上で何度も組み直し、過去の誰が何を言ったのか、現在の誰が何を守ろうとしているのかを突き合わせていく。
その差が広がるほど、かつて完璧だった連帯には細い亀裂が走り、やがて食堂のような日常的な場所まで息苦しい密室へ変わっていくのだ。
「なかりせば」が、人生そのものへ広がっていく
本作で特に好きなのが、「なかりせば」と呼ばれる法理上の考え方が、途中から人生そのものを見つめる言葉へ変わっていくところだ。
あの行為がなかったならこの結果は起きなかった。この因果関係を判断するための考え方が、そのまま人物たちの15年間へ重なってくる。
あの夏の事件がなければ、彼らは罪を背負わずに済んだかもしれない。一方、その出来事を含めた15年を生きたからこそ、いまの家族や仕事や生活へ辿り着いた者もいる。
過去を消したい気持ちと、そこを消せば現在の自分まで別物になってしまう感覚が同時にあるので、簡単にやり直せばよかったと言えない重みが生まれている。
この二重性によって、『少年ABCの完璧な選択』は法理トリック一本で走る犯罪小説からぐっと遠くへ進むのだ。完全犯罪を成立させた瞬間だけでも十分に面白いのに、結城真一郎が見つめるのは、その計画を15年間維持した人間が何を失い、何を手に入れ、いま同じ選択を迫られたらどう変わるのかという部分である。
タイトルの『完璧な選択』も、読み進めるほど意味が揺れる。14歳の彼らにとって最善だった行動が、29歳の現在にもそのまま通用するとは限らない。少年時代には友情を守ることが自分を守ることとほぼ重なっていたのに、大人になると友達と家族が別々の方向へ引っ張り始める。
15年もの歳月を隔てた意味は、この残酷な天秤に集約されているように思う。
『#真相をお話しします』とは違う結城真一郎がいる
創作背景を知ると、本作の狙いもさらに面白く見える。
結城真一郎は、『#真相をお話しします』によって定着した、SNSや配信などの現代的な題材を使い、短い距離で強烈などんでん返しを決める作家のイメージを、自分自身で更新したかったと語っている。
担当編集者とは、東野圭吾『白夜行』のように、時間の経過と人間の業を長編で描く作品を目指したという。
その意図は作品全体にしっかり表れている。本作にもSNSは登場し、個人情報の暴露や劇場型犯罪には『#真相をお話しします』で培った現代社会への感覚が活かされている。
しかし中心に置かれたのは即効性のある驚きより、15年間で変わってしまった人間関係だ。舞台となる横浜・鶴見についても、著者は何度も現地へ足を運び、街の空気や感触を身体で掴んでいった。
そうした積み重ねがあるから、少年時代の高架下の秘密基地も、大人になった鉄平の生活も、単なる犯罪計画の背景に見えない。法のロジックが精密であるほど、その中で生きている人物の汗や家族の重さが必要になり、本作はそこを丁寧に埋めている。
『救国ゲーム』の制度への視線、『#真相をお話しします』のSNS感覚、『難問の多い料理店』の限られた情報から推理を進める会話劇、『どうせ世界は終わるけど』で描いた若者たちの選択まで、過去作で磨かれてきた武器が一本の長編へ集まったような感触もある。
15年前の完全犯罪は法律的に精巧で、そのアイデアだけでも十分に惹きつけられる。しかし、私がもっと強く感じたのは、あのとき3人を守った友情そのものが、歳月を経て彼らを追い詰める側へ回る怖さだった。
少年時代には一生変わらないと思えた約束も、仕事を持ち、配偶者を持ち、子どもを持てば、その重さは少しずつ変わっていく。
それでもあの夏に交わした誓いは、15年経っても彼らを自由にはしてくれなかった。
結城真一郎のおすすめ作品4選
『#真相をお話しします』
現代のデジタルカルチャーに潜む人間の悪意と、ラストの鮮烈などんでん返しを描いた大ヒット短編集。
第74回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した『#拡散希望』をはじめ、散りばめられた緻密な伏線が最終盤の数行で一気に反転する切れ味の良さを味わえる傑作。
『救国ゲーム』
過疎化と地方切り捨てをめぐる国家規模のテロ事件と、ドローンや自動運転車を使った首なし死体の不可能犯罪が絡み合う社会派サスペンス。
地方を救うべきか、それとも見捨てるべきか。その重い問題を背景に置きながら、最先端技術を駆使した大胆な謎解きが展開していく。
『名もなき星の哀歌』
第5回新潮ミステリー大賞を満場一致で受賞した長編。
人の記憶を抜き取り、売買できる世界を舞台に、二人の青年と謎めいた歌姫をめぐる事件を描いた青春ミステリ。
記憶を失ったあとも、その人は以前と同じ人間でいられるのか。そんなテーマを、切なさを帯びた真相とともに描き出す。
『どうせ世界は終わるけど』
100年後に小惑星が衝突し、人類が滅亡すると知らされた世界で、それでも今を生きようとする人々を描く連作短編集。
高校生や就活生、親子など、それぞれの小さな選択がやがて世界の未来へつながっていく終末群像劇。


