伊坂幸太郎『マイクロスパイ・アンサンブル』- 見知らぬ誰かの幸せを願いたくなる、心温まる連作短編集

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いじめられっ子で父親からも日常的に暴力を振るわれている少年が、逃げ出した先でエージェント・ハルトと出会う。

それがきかっけで自身もトレーニングを積んでエージェントとなるが、あるミッション中にトラブルが起こった。

逃亡用に用意されていた飛行機が、エンジンのないグライダーだったのだ。

自分で飛ぶことはできそうになく、絶望する少年。

しかしその時、不思議な力が働いて―。

一方、就職活動中に彼女にフラれた松嶋は、失恋のショックで一晩中あてもなく車を走らせていた。

そして猪苗代湖に辿り着いたが、そこである物を見つけて―。

二つの物語を絶妙に交錯させた、胸が熱くなること必至の連作短編集。

目次

七年間の成長を感動的に

『マイクロスパイ アンサンブル』は、スパイになった元いじめられっ子の少年と、就職活動中に失恋した松嶋の物語です。

二人の主人公による二つの物語を交互に描いていく、いわゆるカットバック形式で進んでいきます。

全7話の連作短編集で、それぞれの章題は「一年目」「二年目」となっており、最終話が「七年目」。

つまり一話ごとに一年が経過しているわけです。

その間に、主人公たちはそれぞれ成長していくのですが、そこが第一の見どころです。

いじめられっ子だった少年はスパイとなって、戦う力はおろか、誰かを簡単に殺す力まで得ます。

恐ろしい事態になり、自分をさんざんいじめてきた奴らでさえビビッて泣いてしまう状況でも、毅然としていられるくらい強くなるのです。

読み手は、それまでに少年がイジメや父親の暴力でどれくらい辛い思いをしてきたかを知っているので、彼が強くなった姿に涙腺崩壊!

一方もう一人の主人公の松嶋は、最初こそ求職中に失恋して、ショックのあまり車で放浪するという何だか頼りないイメージでしたが、やはりだんだんと成長していきます。

きちんと就職しますし、時には自己嫌悪に陥るような失敗をするものの、一歩ずつ着実に大人の男性としての芯の強さを持つようになるのです。

一年ごとに進む物語だからこそ、読み手には彼らの成長が伝わりやすいですし、愛着も年を追うごとに深まっていきます。

最後の七年目には、立派になった彼らを見ることで感無量!

胸がジーンと熱くなるような、幸せな読後感に浸ることができます。

何気ない行動が誰かの運命を変える

スパイの少年と松嶋の物語は、一見なんの接点もありません。

でも実は大きな関わりがあります。

本人たちは気づいていないのですが、命運を左右するほどの影響を与え合っているのです。

たとえば、松嶋が猪苗代湖で見つけたおもちゃの飛行機を、そっと投げて飛ばすシーンがあるのですが、これがスパイ少年にとって大きな救いとなります。

また翌年に、同じく猪苗代湖で松嶋がふと車のライトをつけるのですが、これもまたスパイ少年の危機を救うことになります。

スパイ少年と松嶋は、お互いのことを全く知らない赤の他人です。

でもちょっとした行動が、偶然誰かの役に立ったり、救いになったりしているのですね。

こういうシーンが、『マイクロスパイ アンサンブル』には、いくつもいくつも出てきます。

そしてこれこそが、『マイクロスパイ アンサンブル』のもうひとつの見どころであり、真のテーマなのです!

我々の何気ない行動も、どこかで誰かを助けているかもしれません。

些細な一言が、世界に素敵な影響をもたらしているかもしれません。

そう思うと、自分の平凡な毎日や、辛い日々ですらも、価値があることのように思えてきませんか?

その思いはやがて大きな自己肯定感となり、自分の人生をより前向きな気持ちで堂々と歩めるようにしてくれそうな気がします。

スパイ少年と松嶋は、こうして知らず知らずのうちに良い影響を与え合いながら成長し、幸せな結末を迎えます。

我々も彼らのように、言動のひとつひとつに素敵な意味を持たせながら、ハッピーエンドへと進みたいですね。

『マイクロスパイ アンサンブル』を読んでいると、そんな希望が湧いてきます。

音楽フェス「オハラ☆ブレイク」のための作品

『マイクロスパイ アンサンブル』は、作者の伊坂幸太郎さんが「オハラ☆ブレイク」という音楽フェスのために執筆した作品です。

「オハラ☆ブレイク」は一年に一度、猪苗代湖で開催されます。

伊坂幸太郎さんはそこに来場した人々のために、一年に一作ずつ短編を書き上げ、小冊子として毎年無料で配布してきました。

2015年から始まり、7年目の2021年に最終話が完成し、そこにプロローグとエピローグとを付け加えて一冊にまとめたものが、本書『マイクロスパイ アンサンブル』なのです。

そのため作中には、猪苗代湖はもちろん、フェスで紹介された様々な楽曲が出てきます。

シーンの雰囲気や登場人物の心情にピッタリ合う歌詞が引用されているのですが、特に素敵なのが、これ。

「僕の大好きなあのヒトが ちゃんと幸せだったらいいな」

『希望の星』という楽曲の歌詞です。

とても心温まる歌詞ですよね。

こういった歌詞が要所要所で挟まれることで、物語はより感動的に盛り上がりますし、テーマはますます読み手の胸に染み渡るのです。

まさに音楽フェスのために綴られた作品ですね!

伊坂幸太郎さんのファンはもちろん、「オハラ☆ブレイク」に興味のある方、胸がホッコリするような物語が好きな方は、ぜひ読んでみてください。

実は世界設定に意外な秘密が隠されていて、気付いた時には「なるほど、だからこのタイトルなのか!」と大いに納得できると思うので、ミステリーが好きな方にもおすすめです。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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