川上未映子『黄色い家』- 善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作

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2020年、惣菜店に勤め“普通の暮らし”を送る主人公・花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。

60歳となっていた黄美子は、若い女性に対する監禁・傷害の罪に問われているのだった。

その記事を読んだことで、20年前の忘れていた記憶を思い出す花──17歳で親元を離れた彼女は、黄美子と2人の少女たちと4人で、疑似家族のように暮らしていたのだった。

懸命に稼いで生きていこうとするも、無情にも金を奪われ、次第に犯罪に手を染めざるを得ない状況に追い込まれていく4人。

ギリギリのバランスで何とか成り立っていた共同生活は、とある女性の死をきっかけに崩壊へと向かっていくのであった。

人はなぜ犯罪を行うのか、金とは人生とは何か、普通とは何か。人間社会の問題に向き合った問題作!

目次

犯罪に手を染めようとしている主人公たちを、なぜか応援したくなるほどの文章の説得力

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本作の大きな魅力の一つは、共感しにくいはずの主人公や登場人物に大いに共感し、まるで自分とキャラクターの感情が同期しているかのように感じながら読み進めていけるという点。

読んでいくにつれて主人公の過去の犯罪が明らかになるという本作の構成は、ともすると主人公に全く共感できない作品となってしまいがちです。

しかし、作者の圧倒的な描写力によって“なぜ犯罪に手を染めざるを得なかったのか”が説得力を持って描かれていて、むしろ主人公を応援してしまいたくなるほど。

10代で親を頼れなかった花は、身分を証明する手段も無ければお金も無く、必死に稼いでも理不尽にそれを奪われてしまいます。

一度貧困に陥ると自力では簡単に抜け出せない、という恐怖が真に迫って描写されており、そのあまりのリアルさに思わず感情移入しながら読んでしまいます。

主人公は決して贅沢をしたいがために犯罪に及んだのではなく、あくまで自分と仲間が生き抜いて居場所を得るためにはお金が必要で、他に選択肢は無かったという点も、主人公に共感しやすいポイントと言えるでしょう。

状況が状況なら自分も主人公たちのようになっているのかもしれない、というような読み方もできると感じました。

家を舞台に繰り広げられる4人の登場人物たちのリアルな関係性

もう一つの見どころは、「家」という社会の最小単位を舞台に、疑似家族のように暮らす4人が繰り広げるリアルな関係性の描写です。

黄色い家に共に住むことで一旦は安らぎと居場所を得たはずの4人ですが、とある出来事をきっかけにその微妙な均衡は崩れ、4人の暮らしは瓦解に向かってしまいます。

主人公が、周りに頼られることで『自分が家を維持しているんだ』という自負を感じていわば家父長のような感覚を得てしまうというのは、かなり芯を突いた描写だと感じました。

主人公が家やお金にこだわってしまう背景は十分すぎるほど描かれているので、彼女がどんどんおかしな方向に進んでしまっても納得できる余地があります。

ここまで家やお金に執着した彼女が本当に欲しかったのは、家そのものではなくそこで得られるささやかな安心感や家族とのつながりであり、それを得るためにお金が欲しかっただけなのだ、という点が、とても切なく感じられます。

主人公と黄美子の再会も、救いはあれど胸を締め付けられるようであり、もしほんの少しでも彼女らの境遇が違ったらどんな関係性だったのだろうと思わずにはいられませんでした。

普通とは何か、お金とは・人生とは何かを疑ってみたくなる一冊

作者の川上未映子さんによると、この作品では人間のどうしようもないエネルギーを物語にしたかったとのこと。

確かに、主人公を始めとした「普通に生きられない人たち」が、それでも自分なりに全力で生き抜いていくエネルギーを、本書からは得ることができます。

懸命に生き抜こうとしたけれど、育ってきた環境や貧困を理由に、リスキーな“シノギ”に手を出さざるを得なかった人々。

そして、その物語を読みながらキャラクターたちに共感し、思わず応援してしまう私たち読者。

そうなると、何が普通なのか、普通の人生とは何なのか、を問われているように感じました。

今私たちが犯罪をせずに済んでいるのは、自らの選択によるものではなく、たまたま生まれた環境や時代が良かっただけなのではないか。

近年よく言われる「親ガチャ」問題にも通じるような問いを投げかけられたようでした。

また、資本主義の日本では、つい「お金が全て」「お金さえあれば幸せになれる」と考えてしまいがちです。

そんな拝金主義に対しても、本当にお金さえあれば良いのか、過ぎたお金は身を滅ぼすのではないか、と警告している作品だと思いました。

作者の川上未映子さんは、日本大学を卒業後、音楽活動やエッセイの出版などを行い、2008年には『乳と卵』で芥川賞を受賞したという経歴の持ち主です。

弟を大学に入れるために書店員とのダブルワークでホステスとして働いたという経験もあり、そういった経験が今作の内容にも深みをもたらしているのではとも感じられます。

多数の単行本や随筆集なども発表されている他、すでに次回作の構想もあるとのこと。

今後も注目していきたい作家の一人だと言えるでしょう。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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