福知山線脱線事故に遭遇した報道カメラマンが感じた違和感を追っていく本格ミステリー『加速していく』。
奇特な探偵が密室殺人事件を解いていく、見取り図付きの密室本格ミステリー『噤ヶ森の硝子屋敷』。
人気コミック・『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』の二次創作『前髪は空を向いている』。
たった三ページで犯人を特定する、どんでん返しの切れ味鋭い『your name』。
百合小説×アクション・ノワールという異色の評判作、『恋澤姉妹』。
そして表題作、架空の言論統制国家で思想犯として捕らえられた主人公が、当てれば釈放されるという“十一文字のパスワード”を論理的に探し当てようとするディストピア小説、『11文字の檻』。
上記を含め全8作を収録した、作者の10周年の集大成とも言えるジャンルを超えた短編集!
収録作全てが違うジャンル。珠玉の中の珠玉作品を集めた短編集
読後、多くの人が持つ感想に、
「一冊でいろんなジャンルの小説が読めた!」
があるのではないでしょうか。
それもそのはずで、あらすじを見てもわかる通り、この短編集にはありとあらゆるジャンルの小説が収録されているのです。
なぜかというと、本作は、これまで作者がいろいろなアンソロジーなどで発表してきた作品に書き下ろしの表題作を加えた短編集だからと言えます。
つまりはジャンルを問わずに活動してきた作者のこれまでの活動が反映された短編集なのです。
ジャンルが多岐にわたる上、どの作品をとっても面白いというのも本作の特徴の一つ。
発表時にも大きな反響を呼んだ『恋澤姉妹』は、女性同士の絆を書く百合小説にアクションやノワール・ミステリーといった要素を取り込んだ盛りだくさんな一作。
実際の大事件を題材とした本格ミステリーや、見取り図を使った密室殺人ミステリーなど、本格派のミステリー好きを満足させつつ、人気コミックシリーズの二次創作小説まで収録しています。
何といっても誰もが絶賛するのは、表題作でもある『11文字の檻』でしょう。
他の作品が全て素晴らしいのは前提として、この表題作だけでも元が取れたと言えるほどの作品となっています。
ノーヒントで候補が無限とも言えるパスワードをどうやって正解するのか?
ぜひ読んでみてください。
この作者ならではの個性的な登場人物たち
上記で書いたとおり、違うジャンルの短編を集めた本作ですが、敢えて共通の面白い点を挙げるとしたら『個性的な登場人物たち』ということになるでしょうか。
とびぬけて個性的な登場人物たちが織り成す物語は、ともすればくどい読み味となってしまいがちですが、軽妙で気の利いた言い回しによってスッと読みやすい文章となっています。
たとえば、密室殺人の謎を解く『噤ヶ森の硝子屋敷』には、やたらと廃墟好きで、謎解きの報酬に建物の跡地を要求するというとんでもない探偵、薄気味良悪が登場します。
すでに取り上げた『恋澤姉妹』の恋澤姉妹は言わずもがな、超人的で化け物じみた力を使って、自分たちを観測しようとする人物の命を奪っていくというとんでもない姉妹。
下手をすれば陳腐な話になってしまいそうな設定なのに、読み応えのある作品に仕上がっているのは、もう流石という他にないです。
かと思えば、『11文字の檻』ではディストピア社会で無理難題に取り組み続ける根気のあるキャラクターが登場するなど、本当に個性豊かな人物が現れます。
周りより一つ飛び出たキャラクターは、実は作者の他の長篇シリーズにも登場するので、本作で作風が気に入ったという方には、他の作品シリーズもおすすめです。
「これだけは読んでみてほしい」が集まった短編集。決して後悔しないはず!
本作には、上記で紹介しきれなかった作品『飽くまで』『クレープまでは終わらせない』を含め、8作もの短編集が収録されています。
どれもが「これだけは読んでほしい」と言えるレベルの素晴らしい短編であり、どんなひともどれか一つは気に入る作品が見つかるはずです。
ちなみに、作者によれば「洗練された短編集を求めているなら、この本はおすすめしない」とのこと。読みたい作品だけ読む、というぜいたくな読み方もできそうです。
また、本作の特徴として、本の最後に作者による各短篇の作品解説が入っているというのもポイント。
一読してわかりづらいと感じても作品解説を読めば理解につながるというのは結構助かる点だと感じました。
作者の青崎有吾さんは、1991年横浜市に生まれ、2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞して小説家デビューを果たしたという、若くして才能に溢れた作家の一人。
今作ではどちらかと言うとチャレンジングな作品が多いものの、本格ミステリー作家として数々の作品を発表しています。
デビュー作『体育館の殺人』を含む裏染天馬シリーズ、漫画化・アニメ化もされたアンデッドガール・マーダーファルスシリーズなど、たくさんのシリーズ物や短篇を発表しており、本短篇集で気に入った作品と似た作風の小説を探して読むのも楽しいかもしれません。
2022年でデビュー10周年を迎えた青崎有吾さん。
題名に「集成」とあるとおり、作者の10年間の一つのまとめとなった作品であり、今後どんな作品を発表するのか待ち遠しくなる短篇集です。