大学生の宇月理久と篠倉真舟は、いとこ同士。
楠谷 佑(くすたに・たすく)というペンネームを使い、二人一組のミステリー作家として活躍している。
次回の作品で、土着信仰のある村を舞台にしようと考えた二人は、イメージを掴むために、友人の伝手で秩父の山村「宵待村」を訪れた。
宵待村は案山子の生産がさかんな村で、随所に凝った作りの案山子が置かれており、新作のイメージにピッタリ。
さっそく取材に取り掛かった理久と真舟だが、奇妙な事件が立て続けに起こる。
まずは烏が毒矢で射られ、次に案山子の頭が射られ、さらには人まで射殺されてしまったのだ。
しかも殺人現場には雪が降り積もっており、足跡がない。
二人はミステリー作家として、この雪の密室での謎解きに挑戦するが―。
王道スタイルが逆に新しい
『案山子の村の殺人』は、大学生作家の理久と真舟が、山村での殺人事件を追うミステリー長編です。
大学生ということで一見青春ミステリーっぽいのですが、読み始めてみると、これがなかなかどうして手強く、決して片手間で読める作品ではないことがわかります。
随所に古典ミステリーや本格ミステリーの要素が散りばめてあり、推理脳がかなり刺激されるのです。
まず舞台設定からして興味深いです。
宵待村は相当な山奥にあり、村に出入りするには吊り橋を渡っていくしかなく、いつクローズドサークル化するかわからないスリリングな場所です。
さらにこの村は案山子の産地であり、いたる所に趣向を凝らした案山子が立っています。
ちょっとゾッとするような光景ですし、なにより、いかにもトリックに利用できそうな感じが、ミステリー好きをワクワクさせてくれるんです。
住んでいる人々もどこか陰気で閉鎖的で、権力を持つ一族がいたり、挑発行為や結婚の無理強いなどがあったりとドロドロしており、これまたミステリー好きのツボを突いてきます。
もちろん起こる事件も、「待ってました!」と目を輝かせずにいられない内容です。
ある人物が毒矢で殺されるのですが、遺体は雪の上に倒れているのに周囲に足跡がないという、いわゆる「雪の密室」状態。
加えて村には、違法ハンターやシンガーソングライターなど、普段はいないはずの人間が不自然に集まっています。
この怪しさが魅力なのですよね~!
このように『案山子の村の殺人』は、ミステリー好きにはたまらない展開が続く、正統派のミステリーです。
特殊設定系など奇をてらったミステリーが多い昨今では逆に目新しく、純粋に推理を楽しませてくれます。
挑戦状は2度出される
『案山子の村の殺人』には、他にも大きな見どころがあります。
怪しい人や怪しい状況をしっかり提示した後で、満を持したように、作者から「読者への挑戦状」が入るのです。
そう、エラリー・クイーンなど本格的な推理小説でおなじみの、「推理に必要な情報は全て揃いました。さあ、どうぞ犯人を当ててください」というアレです。
こういうところも、ミステリー好きの心をくすぐってくれます。
しかも挑戦状は、なんと2回出てきます!
どちらも難解で、推理のしがいがあります。
というより、誰も彼も怪しく見えるし、殺害トリックも様々なパターンが考えられるしで、特定するのが難しいのですよ。
ヒントは多いのですが、ミスリードもやたらと多いので、読者はとことん惑わされます。
フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットのいずれも謎に包まれており、その全てをスバリと言い当てるのは至難の業!
もちろん読者だけでなく、主人公コンビも頑張って推理します。
理久と真舟は二人で一人の作家ですが、性格は正反対で、物静かな理久に対し、真舟は明るくて社交的。
このデコボコとした二人が、ミステリー作家ならではの推理力を発揮して鋭い意見を交わす様は、名探偵同士の推理合戦のようで圧巻です。
時にはその推理力が仇となってドツボにはまることもあり、それもまた読者にはワクワク。
しかもこの二人が仲が良く、お互いを思いやったりプレゼントを贈ったりすることもあるのが、また素敵。
本格ミステリーでありながら、こういった心温まるシーンも多いところも、『案山子の村の殺人』の魅力のひとつですね!
本格派の粋を集めたミステリー
作者の楠谷佑さんは、『家政夫くんは名探偵!』など、ラノベ寄りのミステリーを執筆する作家さんとして知られています。
ところが本書『案山子の村の殺人』は、コテコテの本格ミステリー。
しかも「読者への挑戦状」があることからもわかるように、正統派の古典ミステリーを意識した構成になっています。
普段と毛色が違う作品、ということですね。
と言っても決して不慣れな感じはせず、むしろ「楠谷さんは、もともとこういう本格ミステリーを執筆したかったのでは?」と思えるくらいキッチリとした仕上がりです。
怪しさ満点の舞台設定、計算しつくされたヒントとダミー情報、大胆でありながら緻密なトリックなどなど、どれを取っても本格ミステリーにおいて大切な要素。
そのいずれもが、本書ではビシッとキマっているのです。
さらに注目すべきは、主人公の理久と真舟が、ペンネームを「楠谷 佑」としているところ。
つまり主人公(語り手でもあり探偵役でもある)が作者と同じ名前ということですね。
この手法は、それこそエラリー・クイーンと同様ですし、日本の作家だと有栖川有栖さんが使っていることでも有名です。
もっと言うと、エラリー・クイーンはいとこ同士の推理作家であり、そこも理久&真舟と共通しています。
このように『案山子の村の殺人』は、本格ミステリーの粋を集めたような作品です。
楠谷さんならではのハートフルな展開もあるので、従来のファンの方も、本格ミステリーを愛する方も、どちらも存分に楽しめます!