辻村深月『この夏の星を見る』- コロナ禍ゆえの苦悩と新たな青春の形を描いた感動作

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2020年、新型コロナウイルス感染症が流行し、全国の中学生・高校生たちの日常は、大きく変わった。

茨城県の高校2年生の亜紗は、天文部の合宿を楽しみにしていたが、コロナ禍におけるイベント制限により中止になり落胆する。

東京都の中学1年生の真宙は、学校で肩身の狭い思いをしており、登校せずに済むコロナ禍に安堵している。

そして長崎県の高校3年生の円華は、旅館の家の娘であるという理由で、感染を懸念する友達に距離を置かれて悩んでいる。

それぞれに苦しみを抱える中、亜紗は合宿で行う予定だった「スターキャッチコンテスト」をオンラインで実施することを思いつく。

手作りの望遠鏡で、ターゲットの星をいかに早く見つけるかを競うコンテストだ。

真宙や円華も興味を抱いて参加し、やがてこの繋がりは、日本全国の天文部へと広がっていくことになる―。

コロナ禍の制限に負けず、夢と絆とをひたむきに育んでゆく少年少女を描いた、感動の傑作!

目次

苦境から希望を見出していく物語

『この夏の星を見る』は、突然始まったコロナ禍という非日常に翻弄される中高生を描いた青春小説です。

傑作の多い辻村深月さんですが、これは辻村さんの新たな代表作になるほどの珠玉の作品だと思います!

主人公は3人。

茨城の高校2年生で、天文部の亜紗。

渋谷の中学1年生の真宙。

長崎の高校3年生、円華です。

住む地域も年齢もバラバラの3人ですが、それぞれコロナ禍で変わってしまった日常に複雑な思いを抱いているという点で共通しています。

彼らを中心に三者三様のドラマが展開されるので、形式としては群像劇ですね。

自分たちではどうすることもできない社会の異常な流れに悩み、沈んだ気持ちで日々を過ごす3人ですが、やがてあるきっかけで出会い、新たな希望を見出すことになります。

そしてバラバラだった3つの物語はひとつになり、彼らはしがらみを断ち切りながら、大きく成長していくのです。

その様子は、読み手の心に大きな感動を与えてくれます。

以下で、主役3人の物語の流れをご紹介しますね。

・亜紗「私たちの状況、おかしいよね」

茨城の高校で天文部に所属している亜紗は、3人が出会うきっかけを作った人物です。

亜紗はコロナ禍における自粛生活で学校に行けず、友達にも会えず、今まで何気なく過ごしていた「日常」がいかに大事だったかを噛みしめています。

最初のうちは、直接は会えなくても電話があるし、通信ゲームで一緒に遊べるから別に平気と思っていた亜紗ですが、いつまで続くかわからないこの事態にだんだんと不安と寂しさが募り、ついには眠れなくなってしまいます。

「会いたいな」

この一言が、ここまで深い意味を持つようになるなんて…、しゃくりあげる亜紗の姿に、読者は胸を突かれます。

やがて亜紗は、自粛自粛の日々から一歩を踏み出すため、天文部のイベント「スターキャッチコンテスト」をオンラインで実施する企画を立ち上げるのです。

・真宙「コロナ、長引け。天変地異、起きろ」

真宙は、渋谷の公立中学校で学年でただ一人しかいない男子です。

地域の男子はみんな受験で他の中学に進学してしまい、地元の公立中に通う男子は真宙だけになってしまったのです。

周囲は女子ばかりで、真宙をからかったり、お姉さん気分で世話を焼いてきたりするので、真宙は辟易し、「学校に行きたくない。コロナ(自粛生活)、長引け!」なんて思うようになります。

自粛生活に苦しむ亜紗とは対照的ですね。

でも真宙も、いつまでもこのままでは良くないとわかっていて、やはり一歩を踏み出そうとします。

そのきっかけとなったのが、「スターキャッチコンテスト」なのです。

・円華「泣いてたこと誰にも言わないで」

円華は、長崎の有名観光地・五島列島に住む高校3年生。

家が旅館であり、コロナ禍でも生活のため観光客を受け入れているため、周囲から白い目で見られてしまいます。

親友からも距離を置かれ、部活でも孤立するのですが、円華は「コロナ禍が終われば元の関係に戻れるはず」と信じて、泣き言を言わず受け入れます。

もちろん親にも、「旅館経営のせいで孤立した」なんて口が裂けても言えず、一人で感情を押し殺し続けます。

そんな時、野球部エースの武藤に誘われて、天体観測をすることになります。

それがきっかけとなって円華は「スターキャッチコンテスト」と出会い、孤独な日々に終止符を打てるようになるのです。

心に爽やかな活力を生み出してくれる一冊

このように『この夏の星を見る』では、孤独に悩んでいた亜紗、真宙、円華の3人が、「スターキャッチコンテスト」を通じて新たな絆を育んでいく様子が描かれています。

前半に3人がいかに辛い日々を過ごしているかが丁寧に描かれ、読者としてもその辛さが身に染みてわかるため、後半になって3人が交流を深めていく場面では、もう胸が熱くなりまくりです。

特に、茨城、東京、長崎と、それぞれ全然違う場所にいるのに、同じ空を見上げて、手作りの望遠鏡で星をつかまえるところが素敵すぎて!

物理的な距離があっても、心の距離は縮めることが可能ですし、楽しみや苦しみを共有したり、互いに思いやったりすることができるのですよね。

人と人との繋がりって温かいなぁと、しみじみと感じさせてくれます。

と同時に、コロナ禍という苦境にあっても決して折れない若い情熱にも感動!

亜紗たちが多くの制限の中で工夫に工夫を重ねてイベントを成功させ、それに呼応するように日本全国の天文部が動き始めて、絆がどんどん広がっていく様子は圧巻です。

その瑞々しいパワーが、ページをめくるたびに読み手の心にも爽やかな活力を与えてくれます。

ということで、『この夏の星を見る』は、コロナ禍で苦しみ、疲れてしまった全ての人に読んでいただきたい一冊です。

「コロナ禍でも希望を持ち、こんなにも生き生きと過ごすことができるんだ」と改めて気付かせてくれるでしょう。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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