三日市零『鬼葛島の殺人』- 鬼の伝承と宝探し、その先で始まる本気の孤島ミステリ【読書日記】

平安時代のものとされる刀剣と古地図が発見された、京都沖の無人島・鬼葛島。
その古地図には暗号が仕込まれていて、島のどこかには伝説の秘宝が眠っているらしい。そこへ三泊四日の宝探しツアーに出かけるというのだから、ミステリ好きとしてはもう無視できない。
無人島、古文書、暗号、秘宝、鬼の伝承。しかも天候が崩れ、通信まで途絶え、帰りたくても帰れなくなったところで死体が出る。そして一人で終わらず、島に伝わる鬼の物語をなぞるように惨劇が続いていく。
三日市零『鬼葛島の殺人』は、第9回ほんタメ文学賞たくみ部門大賞を受賞した『魔女の館の殺人』に続く文理シリーズ第2弾である。
2026年7月にハーパーBOOKS+から刊行され、全392ページ。前作では山奥の洋館と脱出ゲームを組み合わせていた三日市零が、今度は思い切って海へ出て、孤島クローズドサークルへ挑んだ。
山奥の館から無人島へ、脱出ゲームから宝探しへ、魔女から鬼へ。シリーズらしさを受け継ぎながら、ミステリ好きが喜ぶ王道の道具を惜しげもなく投入してくるのが嬉しい。
しかも古典的な孤島ものをそのまま再演する方向には向かわず、三日市零が得意とするリアル謎解きの感覚を物語の骨組みにまで入り込ませているため、どこか懐かしいのに遊び方は新しい。
王道の孤島ものが好きで、暗号も見立て殺人も宝探しも好き。
そんな欲張りな人に向けて、全部まとめて持ってきたような作品である。
宝を探す二人がそのまま事件を解く二人になる
主人公は理学部2年生の進藤理人。そして相棒となるのが文学部2年生の柏木詩文だ。
理人には、一度見た風景や文字、図形を写真のように記憶できる映像記憶の能力がある。
現場で誰がどこにいたのか、図面のどこに何が描かれていたのか、暗号にどんな記号が並んでいたのか。普通なら曖昧になっていく視覚情報を、彼はほぼそのまま頭の中へ保存できる。
それほど強力な能力を持ちながら、推理の中心へ出るのは詩文のほうである。文学部に通う詩文は、歴史や言葉、民俗的な知識を手がかりに、理人が保存した情報同士をつなげて意味を見つけていく。
普段はマイペースで掴みどころがなく、理人からアホさと賢さの振れ幅が大きすぎると思われるような人物なのに、事件へ頭が切り替わった瞬間の知的瞬発力がすさまじい。この落差のおかげで、名探偵らしい格好よさと大学生らしい親しみやすさが同居している。
理系の理人が情報を保存し、文系の詩文がそこから物語を読み取る。文理シリーズという名前が、そのまま二人の推理方法へ落とし込まれているわけだ。
ここで好きなのが、語り手の理人が単なる記録係に終わらないところである。理人が見て覚えていなければ詩文の推理は成立せず、反対に、情報を記憶しただけでは事件の形は見えてこない。
そこへ詩文の解釈力が入って初めて、ばらばらだったものに筋道が生まれる。二人の能力がきれいに噛み合っていて、一人の万能型名探偵にすべてを任せるより、コンビで事件を組み立てていく面白さが前へ出ているのだ。
さらに前作から続投する小春が、人間関係の側から事件へ食い込んでくる。彼女が得意とするのは対人交渉で、相手との距離を詰め、会話の中から証言や感情を引き出していく。
見る理人、意味を見つける詩文、人から情報を引き出す小春。この三方向から容疑者たちへ近づいていくので、推理場面も単調にならない。
物証、暗号、人間関係が少しずつ重なり、やがて事件全体の形が見えてくる過程には、シリーズものとしてキャラクターの役割が固まってきた楽しさもある。
謎解きゲームを遊び終えた頃、孤島ミステリの顔が変わる
三日市零という作家の経歴を知ると、なぜこのシリーズがこういう形になったのかもよく分かる。
もともとリアル脱出ゲームが好きで、コロナ禍によって外出しづらくなった時期、小説を書き始めたという経歴の持ち主だ。
最初はスマートフォンのメモ機能で台詞や作中パズルを作り、原稿が4万字を超えてからパソコンへ移行。最終的には16万字まで書き上げ、それが改稿を経て『魔女の館の殺人』へつながっていった。
三日市零というペンネームまで、最初に書いた爆弾解除場面のカウントダウン、3、2、1、0に由来するというのだから面白い。
そんな作家なので、このシリーズに登場するパズルも雰囲気作りの小道具として置かれているわけではなく、クロスワードや暗号、図形問題などを三日市自身が作問している。
別解が生まれないようテストや解き直しを重ね、専門的な知識を大量に要求するより、作中に提示された情報とひらめきから正解へ進めるよう設計されているのである。
だから登場人物が解説してくれるのを待たず、自分でも考えられるのが面白い。ページをめくる手を止め、図を見直し、さっき出てきた情報を思い出しながら答えを探す時間そのものが、小説を読む行為へ組み込まれているのだ。謎解きキットも用意され、紙へ書き込んだり折ったりしながら作品世界へ参加できる仕掛けまである。
そして『鬼葛島の殺人』で特に面白くなったと感じたのが、そのパズルを置く場所である。
前作『魔女の館の殺人』では九つの謎解きが物語全体に配置されていた。一方、本作では宝探しに関わるパズルをおおむね中盤までに集中させ、前半から中盤にかけては無人島を歩き回りながら暗号を解く体験型ミステリとして走る。そして後半へ入るにつれて、物語の重心が連続殺人へ移っていく。
ここで読み味が大きく変わる。宝の場所を考えていた頭が、いつの間にか犯人の行動やアリバイ、殺害方法、見立ての意味へ切り替わっているのだ。
謎解きゲームと殺人事件を一緒に扱うと、パズルを解く楽しさがサスペンスを止めたり、逆に事件が重すぎてゲーム部分を楽しみにくくなったりする。その難しさに対して、本作は前半と後半で力のかけ方を変えることで、両方の気持ちよさをしっかり拾っている。
しかも前半の宝探しが終わったからといって、そこで得たものが用済みになるわけでもない。島を歩き、暗号を解き、伝承を知った時間が、そのまま事件を見るための材料へ姿を変えていく。
遊びとして始まった謎解きと、本物の殺人事件。その境目が少しずつ崩れていく構成こそ、本作で一番好きなところだった。
鬼伝説の島で、新本格とリアル脱出ゲームが出会う
鬼葛島という舞台に並ぶ道具だけを眺めれば、古典的な本格ミステリの香りが濃い。
悪天候によって外界と切り離された島。逃げ場を失った参加者たち。禍々しい鬼の伝承。それをなぞる連続殺人。秘密を抱えた人々。そして事件を追うにつれて浮かび上がってくる過去の因縁。
横溝正史や新本格あたりで孤島ものに夢中になった人なら、この舞台を見ただけで期待するものがいくつも浮かぶはずだ。
島へ渡り、天候が荒れ、船が使えず、通信まで途絶える。現実なら絶対に遭遇したくない条件が、小説の中では最高の舞台装置へ変わる。
『鬼葛島の殺人』は、そんな平成新本格的な世界へ、令和のリアル脱出ゲーム文化を持ち込んでいる。
古地図を読み、暗号を解き、実際に島を歩いて宝を探す。そこには現代の体験型イベントらしい軽快さがあるのに、少し進んだ先で待っているのは鬼の伝承と見立て殺人だ。古いミステリの文法と新しい遊び方が一つの島でぶつかり、その二つを理人と詩文という文理コンビがつないでいく。
暗号やパズルも単独のイベントとして浮かず、事件の仕掛けや人物の行動、真相へ至る情報と絡み合っているのがいい。そのため、脱出ゲームが好きな人には謎を解く楽しさがあり、本格ミステリが好きな人には孤島、見立て、アリバイ、ロジックというご馳走が待っている。
前作『魔女の館の殺人』が脱出ゲームと館ものをつなぐ第一歩だったとすれば、『鬼葛島の殺人』では、このシリーズだから成立する形がさらに鮮明になったと思う。
歴史ロマン、暗号、キャラクターミステリ、孤島クローズドサークル、鬼伝説、見立て殺人、そして論理による解決。
392ページの中へ多くの要素を入れながら、それぞれを別々の見せ場として並べるのではなく、一つの宝探しから連続殺人の真相までをつないでいる。
古地図を手に鬼葛島へ渡ったとき、理人たちの目的は島に眠る秘宝を見つけることだった。けれど暗号を解き、島を歩き、鬼の伝承をたどっていくほど、彼らが掘り起こすものは宝から遠ざかり、人が長いあいだ隠してきた秘密へ近づいていく。
宝探しツアーの参加者として上陸したはずの鬼葛島で、最後に見つけなければならなくなるものは、黄金でも古刀でもない。
この島でいちばん深く隠されているのは、鬼の正体なのである。


