『此方より 小林泰三未収録短編集』- 未収録14編がつないだ、小林泰三という作家の異様な広さ【読書日記】

2020年、58歳で世を去ったホラー短編の鬼才、小林泰三。
その単著に収められないまま、雑誌やアンソロジーへ散らばっていた短編が、十四編まとめて読める。こんなに嬉しいことがあるだろうか!
しかも、その中にいるのは首輪につながれた少女、量子力学で考える密室、強いAI、クトゥルフ神話の大いなる種族、太宰治のメロス、アルセーヌ・ルパン、そして伯父の洋館に据えられた奇妙な装置である。
目次を眺めているだけで、いったい何冊分の小林泰三が入っているのかと思う。
2020年11月に小林泰三が亡くなってから、もう新しい作品集を手にする機会はないと思っていた。だから2026年7月、デビュー30周年の節目に『此方より 小林泰三未収録短編集』が角川ホラー文庫から刊行されたこと自体がまず嬉しい。
一般文芸誌、SF専門誌、学術誌、テーマ型アンソロジー、クトゥルフ神話集など、あちこちへ散らばっていた単著未収録作が14編。これを一冊で読める。
1995年、『玩具修理者』で第2回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞してデビュー。大阪大学大学院で応用物理学を専攻した経歴を持ち、やがて『海を見る人』や『天獄と地国』、『アリス殺し』、『ウルトラマンF』と、ホラー、SF、ミステリの境界を軽々と行き来していった。没後の2021年には日本SF大賞功績賞も贈られている。
そんな作家の約20年にわたる作品が集まった本なのだが、不思議と寄せ集め感が薄い。発表時期も媒体もジャンルも違うのに、読み進めるほど、小林泰三がずっと同じ場所を別方向から掘り続けていたことが見えてくる。
論理を突き詰めたら、世界は安心できる場所になるのか。
彼の小説では、だいたい逆のことが起こる。
理屈を積み重ね、前提を確認し、現象を説明できるところまで進んだ結果、最初より怖い場所に立たされるのだ。
首輪の少女から量子密室まで、振れ幅が容赦ない
巻頭の『愛玩』は、児童虐待の疑いを受けた家へ児童相談所の職員が向かうところから始まる。そこで目にするのが、首輪でつながれた少女。そこで待っていたのは一匹の怪人だった。
この光景を見れば、こちらは当然、保護する側と保護される側を決めてかかる。ところが小林泰三は、その常識を一枚ずつ剥がしていく。
人間とは何か。誰が誰を飼っているのか。愛情と所有はどこで入れ替わるのか。話が進むほど最初に持ち込んだ倫理観の足場が崩れ、最後には自分の判断基準まで怪しく見えてくる。
こういう反転は小林泰三のホラーで何度も味わってきたが、やはり強烈だ。怪物の姿そのものより、怪物を理解するために使っていた常識を壊されることのほうが怖い。
その近くに『量子密室』が収められているのも、この本の楽しさである。密室殺人と量子力学。普通なら同じ棚に置く発想からして妙なのに、小林泰三は観測や波動関数といった概念を、本格ミステリのロジックへ本気で接続してくる。
会話は理屈っぽく、議論はどんどん細部へ入り込む。それでも中心にあるのは、密室はいかに成立したのかという古典的な謎解き。個人的にも、この途方もない理屈を使って昔ながらの本格ミステリをやる感じが大好きである。
人工知能学会誌に発表された『強いAI』では意識や思考の正体へ踏み込み、『シミュレーション仮説』では私たちが現実と呼んでいるもの自体を疑っていく。『単純な形』は幾何学や生物学的な制約から世界像を組み立てる思考実験。その一方。『自分霊』では自分自身が怪異として目の前へ現れる。
扱う素材はばらばらだ。しかし、出発点はよく似ている。
当たり前だと思っている前提を一つ外したら、世界はどう見えるのか。
小林泰三はそこから逃げない。最後まで論理を走らせる。
そして論理が行き着いた先に、たいてい化け物がいる。
理屈っぽいのに、妙に人間くさい
この本を読んで改めて面白かったのが、パロディやオマージュにも小林泰三らしさがそのまま出ていることだった。
『メロスの疑念』が扱うのは太宰治の『走れメロス』。友情と信頼の物語として誰もが知る名作へ、もし登場人物が徹底して論理的に考えたら、という刃を差し込んでいく。感動の前提を疑い始めると、あの有名な物語が急に別の顔を見せる。この容赦のなさが楽しい。
『最初の角逐』ではアルセーヌ・ルパンの世界へ入り込み、怪盗と知略戦という古典的な楽しさを、小林泰三流のロジックで組み替える。『大いなる種族』ではラヴクラフトの『時間からの影』で知られるイスの大いなる種族をSF的に読み直し、時空を超える精神の移動へ宇宙論的な筋道を与えていく。
名作の徹底した解体。これは元ネタへの敬意があるからこそできるものだ。
名作だからこそ構造を開き、部品を確かめ、別の組み方を試してみる。その姿勢は、どこか『玩具修理者』の修理にも似ている。元通りになる保証なんてもちろんない。
そして、小林泰三というとグロテスクなホラーや硬質な理系SFの印象が強いが、本書には別の表情もきちんと入っている。
『虹色の高速道路』や『きらきらした小路』には、時間や空間の隔たりを扱いながら、人と人とのつながりを見つめる柔らかさがある。『二人を繋ぐ夢』も、夢を共有するという幻想的な発想から、自我の境界が揺れる怖さと、人が誰かと結ばれることの危うさを同時に引き出していく。
物理法則や認知の仕組みに興味を向けながら、その中心に置かれているのは結局人間だ。
理解したい。つながりたい。信じたい。自分が自分であると確かめたい。
ところが、その願いを論理的に検証していくと、どこかで亀裂が入る。その亀裂からホラーが顔を出す。
怪異が理屈の外から乱入してくるというより、理屈の中をまっすぐ歩いていたはずなのに、いつの間にか怪異の領域へ足を踏み入れている。
私は小林泰三の怖さを、そんなふうに感じている。
散らばっていた14編が、小林泰三をもう一度見せてくれる
そして最後に待つのが表題作『此方より』。
研究者である伯父。不気味な村。夏休みに訪れた洋館。研究室に置かれた、解体と再構築を思わせる奇妙な装置。どこか懐かしさのある風景へ、説明のつかないものが少しずつ入り込んでくる。
古典的な怪奇小説の手触りを持ちながら、観察の視線は徹底して小林泰三だ。
何を見たのか。どういう仕組みなのか。此方と彼方を隔てているものは何なのか。
怖がって逃げる前に、まず考える。考えてしまう。そして考えた結果、見たくなかった構造まで見えてしまう。
ここまで13編を読んできたあとにこの作品へたどり着くと、表題の『此方』という言葉まで違って響く。
2000年代初頭から2020年前後まで、雑誌やアンソロジーへ散らばっていた作品が、2026年になって704ページの文庫へ集まった。
これは作品目録の空白を埋めると同時に、小林泰三という作家の輪郭をもう一度描き直す本でもあると思う。
ホラー作家。SF作家。本格ミステリ作家。クトゥルフ神話の書き手。パロディの名手。
どの呼び方も合っているのに、一つに決めると何かがこぼれる。その厄介さまで含めて、この14編は小林泰三という作家の面白さをよく伝えてくれる。
巻末には『夜市』の恒川光太郎による解説も収録。同じ日本ホラー小説大賞の系譜にいる作家の視点から小林泰三を見る、という締めまで嬉しい。
長く作品を追ってきた人には、とんでもなく嬉しい発掘集だと思う。初めて触れる人にとっては704ページという入口が豪快すぎるものの、ホラーからハードSF、ミステリ、クトゥルフ、文学パロディ、叙情SFまで、一人の作家がここまで遠くへ行けることをまとめて味わえる。
首輪の少女から始まり、量子密室を通り、AIと夢とルパンとクトゥルフを抜け、最後には伯父の洋館へ着く。
そこで奇妙な装置を覗き込んだとき、704ページをかけて見てきた小林泰三の世界そのものが、一度ばらばらにされ、別の形へ組み直されているように思える。
装置がどちらを向いているのか、もう確かめる必要はない。
此方に立っているつもりだった私たちの足元まで、その装置はもう届いている。
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