『名探偵ジェリコ』- こういう名探偵を待っていた! 傷だらけのジェリコが挑む150年前の惨劇と見立て殺人【読書日記】

刑務所を出たばかりの元刑事。
酒と薬に溺れ、父親が営む移動遊園地の古びたトレーラーハウスで毎日を潰している。
しかも彼の頭には、かつて救えなかった子供たちの姿と声がまとわりついている。
そんな男のところへ、150年前の惨劇を調べてほしいという依頼が舞い込む。
ウィリアム・ハッセー『名探偵ジェリコ』は、こんなところから始まる物語だ。2023年にイギリスで刊行された 『Killing Jericho』の邦訳で、矢口誠訳により2026年8月、文春文庫から登場した。
Fingerprint賞のジャンル破り犯罪小説部門最優秀賞を受賞し、シアクストン・オールド・ペキュリア犯罪小説賞の最終候補にも選ばれた作品である。
何より、タイトルにもなっているジェリコがとにかく強烈だ。
頭は抜群に切れる。観察眼は鋭い。人の服装や仕草を見ただけで、その人物がどこから来て何をしてきたのかを次々と言い当てる。
ホームズ系の名探偵を思わせる能力だが、その一方で感情の制御が苦手で、思い込みも激しい。過去には容疑者を暴行して捜査を台無しにし、自分まで刑務所へ入ることになった。
名探偵なのに、最初から人生がボロボロなのである。
私はこういう探偵が好きだ。完璧な天才が悠然と事件を解いていくタイプも好きだが、推理力そのものが本人を救ってくれない探偵には、また別の面白さがある。
ジェリコの場合、事件を解くことと自分自身を立て直すことが、ほとんど同じ線上に置かれているのだ。
150年前の事故が現代の殺人へ姿を変える
ジェリコを事件へ引っ張り出すのは、ケンブリッジの歴史学者ラルフ・キャンベル教授である。
教授が注目しているのは、150年前にブラッドベリエンドという町で起きたトラヴェラーズ橋落橋事故。
移動見世物小屋の芸人五人を乗せた馬車が橋から川へ転落し、全員が命を落とした惨事だった。その中には関節外しのマシューと呼ばれたマシュー・ジェリコもおり、彼はスコットの祖先にあたる。
そして現代では、互いに接点の見当たらない奇妙な殺人が続いていた。ウェールズでは、男の頭部が飼い犬の頭部とすげ替えられる。スペインでは老女が惨殺され、さらにリンカーンではインド系の若い女性が犠牲となる。
場所も年齢も背景もばらばら。それをキャンベル教授は、150年前の事故にまつわる伝承を再現した連続見立て殺人だと見抜く。
遠く離れた複数の殺人が、古い伝承を介して一本につながる。しかも殺人現場には猟奇的な演出が施され、過去の惨劇そのものが巨大な暗号のように機能している。
現代的な犯罪小説の生々しさを持ちながら、骨格には古典的な本格ミステリの趣向がしっかり埋め込まれているのがいい。
見立て殺人、過去の因縁、荒れ果てた屋敷、異様な土地の伝承。こういう単語が並ぶだけで嬉しくなってしまう。
雰囲気には映画『セブン』を思わせる猟奇犯罪スリラーの冷たさがあり、その奥では横溝正史作品のように土地と過去が現在の殺人へ食い込んでくる。それでも推理の中心にあるのは超自然現象や犯人の狂気ではなく、あくまで観察と論理だ。
ジェリコは幼い頃から移動遊園地で育った。ショーマンは観客を見る。どこへ視線が向いているのか、何を信じたがっているのか、どんな仕掛けなら騙せるのか。そこで身につけた技術が、そのまま犯罪捜査の武器になっている。
この設定も面白い。ホームズ型の観察術を単なる天才設定として与えず、ジェリコの生い立ちと結びつけているからだ。
ただし彼には致命的な癖もある。直感が鋭すぎるため、自分の推測を信じすぎるのである。
元上司ピート・ギャリス警部から繰り返し言われてきたのが、直感が働いたら必ず裏を取れ、という教え。名探偵の弱点が推理能力の低さではなく、推理能力への過信というところも面白い。
そして物語は、その危うさを容赦なく突いてくる。
名探偵なのにどこへ行っても居場所がない
ジェリコはトラヴェラーの家系に生まれた。
父ジョージはジェリコ・トラヴェリング・フェアを率いるショーマンで、ジェリコ自身も幼い頃から移動遊園地の世界で育っている。しかし彼はそこを離れ、オックスフォード大学で英文学を学び、その後ロンドン警視庁の刑事になった。
トラヴェラーの側から見れば、定住者社会の権力機構へ入った男。外の社会から見れば、移動生活者の出身者。どちらへ行っても完全には馴染めない。
さらにジェリコは同性愛者でもある。大学時代にはハリー・ムアハウスという恋人がいたが、自身の感情の激しさもあって関係は壊れてしまった。
家族、恋人、警察、トラヴェラー社会。そのどこにもすんなり戻れない男が、150年前に同じトラヴェラーたちが命を落とした事件を追う。この構図が作品をぐっと深くしている要素だと思う。
著者ハッセー自身も移動遊園地のショーマンの息子として育った人物であり、フェアグラウンドの生活や独特の言葉、血縁意識、定住者から向けられる偏見を知っている。その経験があるからこそ、作中の移動遊園地には妙な観光地っぽさがない。
華やかな照明や音楽の裏側に生活があり、家族がいて、外から向けられる視線がある。ジェリコが刑事になったことを父や仲間がどう受け止めたのかも単純な家族喧嘩では片づかない。彼が一度共同体を離れたという事実そのものが、人間関係の奥に刺さっている。
そしてもう一つ、ジェリコを苦しめ続けるのが過去の放火事件だ。ポーランド移民の子供三人が焼き殺され、容疑者として浮かんだレニー・ケリガンにジェリコは激しい暴行を加えた。その結果、裁判は混乱し、ケリガンは自由の身となり、ジェリコ自身が収監されてしまう。
しかも現在のケリガンはブラッドベリエンドで極右活動を率い、反移民感情を煽っていた。ここから作品の社会的な部分が、見立て殺人と絡み始める。
町にはモスク建設への反対運動があり、排外主義が広がり、移民やトラヴェラーへ向けられる敵意が露骨に姿を見せる。ブレグジット以降のイギリス社会に広がった分断や不寛容を背景に置きながら、それを作品の外側から説明する材料として扱わず、ジェリコ自身の人生と事件の構造へ組み込んでいる。
だから社会派のテーマと本格ミステリの仕掛けが別々に走らない。
150年前に見世物として扱われた人々の歴史と、現代社会で排除される人々。その二つが事件を通して重なっていくのである。
古典的な本格ミステリを2020年代の探偵でやるところがいい
『名探偵ジェリコ』を読んでいて私が嬉しかったのは、社会的なテーマを抱えながら、本格ミステリとしての遊びを遠慮していないところだった。
見立て殺人を出す。古い伝承を出す。怪しい土地を出す。奇怪な死体を出す。名探偵には人間離れした観察眼まで持たせる。
そして作中人物自身が、古風な探偵小説めいた事件だと感じている。
ここまで堂々と本格の道具箱を開けておきながら、舞台は現代イギリス。探偵はトラヴェラー出身で、同性愛者で、前科持ち。過去の暴力と薬物依存を抱え、死んだ子供たちの幻覚に悩まされている。
古典的な名探偵像を2020年代へ連れてくるとこういう形にもなるのか、と嬉しくなった。
特に好きなのは、ジェリコが単なる被差別者として描かれていない点だ。彼自身も暴力を振るい、大きな失敗を犯している。頭が切れる一方で思い込みも強く、人を傷つけることもある。
だから応援したくなるし、同時に危なっかしい。事件の論理を追う楽しさと、この男が次に何をやらかすのかという不安が一緒に走っていく。この二重構造がシリーズ探偵ものとして強いと思った。
英国ではすでに続編となる、第2作『Jericho’s Dead』第3作『Burying Jericho』も刊行されている。しかもハリーや父ジョージ、ギャリス警部との関係も続いていくという。これは日本でもぜひ続きを読みたい。
『名探偵ジェリコ』という邦題を見ると、どこか端正な英国探偵ものを想像するかもしれない。
でも実際に待っているのは、血まみれの見立て殺人と差別に荒れる町、その中心へ自分の傷ごと飛び込んでいく、31歳の元刑事である。
読み終えて特に気になったのは、犯人の仕掛けと同じくらい、ジェリコという男の続きだった。
移動遊園地へ戻った元刑事が、次はどんな奇妙な事件に出会い、どんな失敗をしながら真相へたどり着くのか。
どうやら私はもう、この面倒くさい名探偵を追いかける気になっているらしい。


