『斜陽館殺人事件』- 黄金期ミステリの楽しさを2020年代でもう一度【読書日記】

古い館の一角にそびえる塔の二階から、男たちが激しく争う声が聞こえてくる。
異変に気づいた人々が駆けつけるものの、重厚なオーク材の扉には内側から鍵がかかっている。ようやく扉を破って書斎へ踏み込むと、争っていたはずの相手はどこにも見当たらない。
残されているのは開いた窓。そして地上には、そこから転落した伯父が倒れていた。
さらに奇妙なのが、その最期だ。死に瀕した伯父が口にした言葉を、その場にいた三人はそれぞれまったく違う内容として証言する。
鍵のかかった塔の書斎。消えたもう一人の人物。食い違う三つの最期の言葉。
P・J・フィッツシモンズ『斜陽館殺人事件』は、こうしたクラシカルな謎を惜しげもなく並べた〈名探偵アンティ・ブジュレー〉シリーズ第1作である。
原題は『The Case of the Canterfell Codicil』。2020年に発表され、日本では中山宥訳によって2026年7月、創元推理文庫から刊行された。
館、密室、遺産、怪しい一族、そして飄々とした素人探偵。
私の好きな海外本格の要素が、ほとんど一式そろっている。
しかも、それを重々しく扱わないのが『斜陽館殺人事件』のいいところだ。
冗談ばかり言っている男が、いつの間にか事件の中心にいる
アンティ・ブジュレーは、ロンドンの紳士倶楽部で暇を持て余している高等遊民である。
名探偵として事件を求めて歩いている様子もなく、普段は友人たちと喋り、冗談を飛ばし、特に生産的とも思えない時間を過ごしている。そんな彼のもとへ、オックスフォード大学時代の旧友フィドルズから助けを求める電報が届く。
フィドルズには、伯父を殺した疑いがかけられていた。アンティが向かうキャンターフェル館は、これまた絵に描いたような英国カントリー・ハウスだ。
ノルマン人の侵入を防ぐために築かれた古塔、重厚な書斎、温室、庭園、長い歴史を背負った調度品。一族の家長であるキャンターフェル少佐を中心に、遺産をめぐる思惑を抱えた親族や客人たちが集まっている。
第一次世界大戦から十年ほど。かつて大きな権力と財産を持っていた英国貴族の暮らしにも、少しずつほころびが生まれている。
だからなのだろう。『斜陽館』という邦題がよく似合っている。館そのものは立派なのに、そこを支えてきた階級や財産、価値観は少しずつ傾いている。
誰が財産を継ぐのかという問題が、一族にとって単なる金銭の話に終わらず、自分たちがこれからどんな立場で生きていくのかという不安まで背負っているのだ。
そんな場所をアンティは、場違いなくらい軽い調子で歩き回る。しかし彼の会話を追っていると、冗談の合間に他人の言葉をよく聞き、行動の細かなずれを拾い、誰が何を知っているのかを頭の中で整理していることが見えてくる。
警察が状況証拠からフィドルズを犯人と決めつけていく一方で、アンティはその結論に飛びつかない。
本人の軽さと推理の確かさが同居しているから、探偵役として実に楽しい。
しかも天才ぶって他人を見下ろすタイプでもない。洒落た会話を交わしながら事件の中へ入り込み、気がつけば人間関係の中心まで把握している。
その自然な身のこなしが、シリーズものの主人公として強いのである。
密室、三つの証言、消えた絵、そして遺言
中心にあるのは、もちろん古塔の書斎で起きた転落死だ。
伯父がいた部屋は、扉の内側から施錠されていた。しかも鍵は室内側の鍵穴に刺さったまま。事件直前には複数の人物が激しい争いの音を聞いているため、部屋の中にセバシチャン以外の誰かがいたことも強く示されている。
ところが、扉を破ったときには誰もいない。窓から逃げたのか。どこかに隠れたのか。そもそも本当に二人いたのか。
この古典的な密室だけでも十分に遊べるのだが、本作はさらに別の謎を次々と重ねてくる。
特に楽しいのが、伯父の最期の言葉をめぐる証言だ。
その場にいた三人が同じ男の言葉を聞いているはずなのに、警察へ語った内容は三者三様。それぞれが自分に都合のよい嘘をついているのか、聞き間違えたのか、それとも別の仕掛けがあるのか。ここから一族それぞれの秘密や利害がほどけていく。
そしてこの作品がいいのは、物語の口当たりが重くないところだ。アンティたちはよく喋る。事件の話をしている最中にも冗談が入り、英国紳士らしい皮肉が飛び交い、ときには事件と関係が薄そうな雑談まで続く。
しかも、この会話が単なる息抜きとして置かれていないところがうまい。誰かの何気ない言葉遣い、話題の選び方、説明のわずかなずれ。そうしたものが後から事件の構造へ入り込んでくる。軽口を楽しんでいるうちに手掛かりを通過していた、と気づかされる瞬間があるのだ。
作者フィッツシモンズが掲げたという「P・G・ウッドハウスが不可能犯罪ミステリを書いた世界線」という発想は、まさにこの作りに表れていると思う。
ウッドハウス風の会話劇の横に密室ミステリを置いたというより、両者を一つの文章の中で動かしている。笑える会話が人物像を作り、その人物像が証言の信頼性に影響し、さらに会話そのものが推理材料へ変わる。
ユーモアとロジックが別々に仕事をしていない。その噛み合い方が気持ちいいのだ。
黄金期ミステリの遊び方を、いまの小説として蘇らせる
館、遺産、親族、密室、ダイイングメッセージ。
材料を並べれば、アガサ・クリスティやドロシー・L・セイヤーズ、マージェリー・アリンガムが活躍した英国黄金期の探偵小説のようだ。
フィッツシモンズはその様式をよく知ったうえで、現代のテンポへ組み替えている。
アンティの人物造形にはP・G・ウッドハウスのジーヴス&ウースターものやブランディングズ城ものの気配があり、不可能犯罪とユーモアの組み合わせという点ではレオ・ブルース、エドマンド・クリスピン、R・T・キャンベル、さらに映像作品『奇術探偵ジョナサン・クリーク』へと続く系譜も思い浮かぶ。
ただ、過去の名作を知っている人だけが楽しむパスティシュには作られていない。
密室があり、目撃証言が食い違い、怪しい人物が何人もいて、館の中では別の小事件まで起こる。その材料をアンティが整理し直すことで、ばらばらだった事実が一つの構図へ集まっていく。
私が本格ミステリに求めている快感は、やはりここにあるのだ。
最初は説明不能に見えた状況が、最後には人間の行動と物理的条件だけで説明できる形へ変わる。
派手な奇跡を起こさなくても、最初から置かれていた事実の見え方を変えるだけで世界が反転する。
この瞬間のために密室ものを読んでいる、と言いたくなるタイプの作品だ。
中山宥の訳も、この軽快さをよく支えている。1920年代英国らしい少し古風な言い回しを保ちながら、会話は滑らかで、アンティの皮肉も日本語の中で自然に転がっていく。早川洋貴の装画と内海由の装幀も、直接的な派手さを避けながら、衰退へ向かう貴族社会と古い館の陰影をうまく拾っている。
そして何より、本作はシリーズの入口でもある。〈名探偵アンティ・ブジュレー〉シリーズは、すでに長編だけで10作を超えているという。
日本ではようやく第1作『斜陽館殺人事件』が紹介されたところだが、この先も翻訳が続いてくれたら嬉しい。これからどんな事件が待っていると思うと、シリーズを追いかける楽しみまで一緒に始まった気分になる。
『斜陽館殺人事件』というタイトルを見れば、どこか沈んだ物語を想像するかもしれない。
確かにキャンターフェル家を包む時代は傾いている。古い身分制度も、巨大な館を維持できる財産も、いつまでも続くものではない。
それでも塔の二階では、内側から鍵のかかった書斎が口を閉ざし、地上では死にゆく男が最後の言葉を告げる。そして、その言葉は三人の口から三つの形になって語られる。
そして殺人が解決したあとに頭に浮かぶのは、やはりあの古塔だ。
キャンターフェル館では、古い貴族社会そのものが傾いていた。
けれど、その斜めに差し込む光の中で、密室殺人だけは実に楽しそうに輝いている。


