マルク・ラーベ『17の鍵』『19号室』- 映像のように疾走し、歴史の底へ沈んでいく傑作スリラー

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この記事を書いた人

悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書するミステリ好き人間。

本を読み、本に人生を食われながら、今日もどうにか人間の形を保っている。

もはや読書は趣味ではなく、生活習慣であり、呼吸であり、呪いである。

幸せだね。

海外スリラーには事件の謎より先に、まず光景で黙らせてくる作品がある。

マルク・ラーベの『17の鍵』と『19号室』も、その系譜に連なる二作だ。ベルリン大聖堂、映画祭、廃墟、記念碑。どの場所も美しいはずなのに、ラーベの手にかかると、たちまち犯罪の匂いを帯びる。

しかも、ただ派手な猟奇事件を並べるだけで終わらない。都市の景色は事件の舞台となり、事件の奥からは個人の傷と歴史の影が浮かび上がる。ベルリン大聖堂の丸天井、国際映画祭のスクリーン、崩れかけた療養所、ホロコースト記念碑。

観光案内なら美しく紹介される場所が、ラーベの小説では人の秘密を暴く装置へ変わる。この転換がたまらないのだ。美しい場所ほど、血の匂いが濃くなる。まさに海外スリラーの危ない快楽である。

マルク・ラーベはドイツの作家で、もともと映像制作会社を率いていた人物だという。これを知ると、なるほど、と思う。『17の鍵』も『19号室』も、場面のつなぎ方がとにかく映像的なのだ。

長く説明するより、強い画をひとつ置く。そこから人物の過去へ切り込み、次の場面で現在の事件を加速させる。小説なのに、カット割りの鋭さがある。

文章で読むサスペンスなのに、体感としてはクライムドラマを一気見している感覚に近い。

目次

『17の鍵』 大聖堂に吊るされた死体と、消えた妹の記憶

マルク・ラーベ『17の鍵』

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シリーズ第一作『17の鍵』の始まり方はなかなか強烈だ。

早朝のベルリン大聖堂。巨大なドームの下に、女性牧師ブリギッテ・リスの遺体が吊り下げられている。黒い翼をつけられ、十字架のように腕を広げた姿。そして首には、「17」という数字が刻まれた古い鍵。

この時点で普通の警察小説として読む余裕が吹き飛ぶ。宗教的なイメージ、見世物めいた猟奇性、数字の暗号。いかにもスリラーらしい派手な幕開けなのだが、ラーベが巧いのは、この異様な現場を主人公トム・バビロンの個人的な傷へ直結させるところだ。

トムはベルリン州刑事局の捜査官である。だが彼は、単に事件を追う刑事として現場に立つわけではない。「17」の鍵は、彼が14歳の頃に見つけた水死体、そしてその直後に失踪した妹ヴィオラの記憶と結びついている。つまり、事件は現在の殺人であると同時に、トムの人生そのものを食い破る過去の再来でもあるのだ。

この構造がいい。現在の捜査と、1998年の少年時代が交互に語られることで、事件の謎と家族の傷が二重に進行していく。犯人を追う物語でありながら、トム自身が自分の記憶に追いつめられていく話でもあるのだ。

しかも彼は、失踪した妹と脳内で会話してしまうほど精神的に危うい。刑事としての執念と、兄としての妄執がほとんど区別できない。ここも本作の魅力だろう。危なっかしい主人公ほど、サスペンスでは目が離せないからだ。

そんなトムの暴走を抑える役割として登場するのが、臨床心理士ジータ・ヨハンスである。彼女はトムの異常さを見抜きながら、自分自身も深い傷を抱えている。完璧な補佐役でも、便利な分析装置でもない。トムとジータは、互いの秘密を察しながら、踏み込みすぎない距離で捜査を進める。この不安定なバディ感もシリーズの大きな魅力だ。

そして終盤に存在感を増すのが、ベーリッツ療養所という実在の廃墟だ。結核療養所として始まり、戦争と冷戦の歴史を背負った場所。そこがクライマックスの舞台になることで、『17の鍵』は単なる猟奇事件から、ベルリンという都市に積もった記憶の物語へ広がっていく。

廃墟、鍵、失踪した妹。こういう道具立てを出されると、こっちの心はどうしてもざわついてしまう。この吸引力には抗えない。

『19号室』 映画祭を襲うスナッフ映像と、ジータの過去

マルク・ラーベ『19号室』

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第二作『19号室』は、前作よりさらに劇場型の色が濃い。

舞台はベルリン国際映画祭。華やかな開会式のスクリーンに、予定外の映像が流される。そこに映っていたのは、若い女性が殺害される瞬間を撮影したスナッフ映像。しかも被害者はベルリン市長の娘である。

なんという嫌で派手な導入だろう!映画祭という祝祭の場が、一瞬で犯罪の上映会に変わってしまう。これは映像を扱ってきたラーベらしい仕掛けでもある。

映されること、見せられること、目撃してしまうこと。そのすべてが恐怖へ変換される。『17の鍵』が大聖堂という空間の異様さで殴ってくる作品なら、『19号室』は映像そのものを凶器にしてくる作品と言える。

さらに面白いのは、焦点がトムからジータへ移っていく点だ。前作ではトムの妹ヴィオラの失踪が物語を引っ張っていたが、『19号室』ではジータの2001年の過去が大きく浮上する。彼女がなぜ人の心を読むように分析するのか。なぜ他者と距離を取るのか。なぜ危険な事件に関わりながら、自分の傷を隠し続けるのか。その輪郭が少しずつ見えてくる。

ジータの過去には、自殺未遂、謎の救助者、そして暴力的な若者たちによる追跡が絡む。ここでラーベは、サスペンスの速度を落とさずに、人物の内面へ深く潜っていく。

トムとジータは似ている。どちらも過去を終わらせられず、現在の事件を通して自分の傷に向き合わされるのだ。だからこそ、この二人の関係には単なる相棒以上の緊張がある。信頼しているようで、信用しきってはいない。支え合っているようで、互いに隠し事が多すぎる。なんとも不穏で、そこがいい。

『19号室』では、ホロコースト記念碑も重要な舞台となる。ベルリンの中心にある記憶の場所が、現代の犯罪と重なる瞬間、物語のスケールが一段変わる。

ラーベの作品では、個人のトラウマと都市の歴史が別々に存在しない。トムやジータの傷は、ベルリンという街に刻まれた傷と響き合う。だから事件は、犯人当てだけで完結しない。

人が何を隠し、国が何を葬り、家族が何を語らずにきたのか。そこまで掘り返されるのだ。

映像的スピードと、歴史の影が同時に走るシリーズ

『17の鍵』と『19号室』を続けて読むと、マルク・ラーベという作家の持ち味がよくわかる。

まず、とにかく読ませる速度がある。章の切り替え、過去と現在の接続、ラスト直前で視点をずらすタイミング。どれも映像編集のリズムに近い。テレビ制作の現場で鍛えられた人が小説を書くと、こういう強度が出るのか、とうっとりしてしまった。

一方で、スピードだけの作品でもない。ラーベのシリーズには、旧東ドイツ、ベルリンの壁、国家による監視、強制養子縁組、冷戦の残響といった、ドイツ現代史の影が濃く流れている。ここが作品をぐっと重くしている。

事件は派手だ。遺体の演出も、犯行予告も、映像の使い方も、エンタメとして強い。だが、その奥にあるのは、国家や家族が個人を壊していく恐ろしさである。

トム・バビロンという名前も象徴的だ。バビロン。混乱、分裂、言葉の通じなさ。彼は刑事でありながら、自分の記憶すら整理できない。ジータは心理士でありながら、自分の過去を完全には扱いきれない。

二人とも、他人を救う立場にいながら、自分自身の内部に未処理の事件を抱えている。そこにシリーズものとしての強さがある。毎回の事件を解決するだけなら一作ごとに終われるが、トムとジータの傷は巻をまたいで続く。だから次を読みたくなる。ずるい設計だ。

日本版は創元推理文庫から刊行され、翻訳は酒寄進一。ドイツ語圏のミステリを追っている人にはおなじみの名であり、この重い空気と疾走感を日本語で読めるのはありがたい。

装画や装幀も、数字と不穏なモチーフを前面に出していて、シリーズものとして並べたくなる雰囲気がある。本棚に置いたときの、何か隠していそうな顔もいい。海外スリラーの文庫は、こういう佇まいも大事だ。

『17の鍵』は、失踪した妹と過去の水死体をめぐるトムの物語として始まる。『19号室』は、映画祭の惨劇を通してジータの過去へ踏み込んでいく。

二作を通して見えてくるのは、ベルリンという街が抱える歴史の層と、人間が抱え込んだ秘密の層が、ぴたりと重なっていく構図である。

猟奇殺人、数字の暗号、失踪した少女、映像犯罪、廃墟、記念碑、国家の暗部。材料だけ並べても、ミステリ好きの食指が動く要素ばかりだ。だがラーベの真価は、それらを単なる飾りにせず、人物の痛みと都市の記憶へ結びつけるところにある。派手な事件の裏側で、ずっと過去が息をしている。だから怖い。そして、だから面白い。

『17の鍵』と『19号室』は、スリラーとしての牽引力と、歴史ミステリ的な奥行きをあわせ持ったシリーズの序盤である。読み始めると、トムの妹ヴィオラはどこにいるのか、ジータの傷はどこへ向かうのか、ベルリンの地下にまだ何が眠っているのか、気になって仕方がない。

数字はただの記号に見えて、過去へ続く入口でもある。17、19。その先に何が眠っているのかを知りたくて、また次の巻へ手を伸ばす。

ベルリンの闇は深い。だが、この暗さなら、もう少し迷っていたいと思ってしまう。

Amazonの聴く読書『Audible(オーディブル)』で聴ける神ミステリ10選

① 綾辻行人 『Another
② 有栖川有栖『月光ゲーム
③ 森博嗣『すべてがFになる
④ 麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件
⑤ 今村昌弘『屍人荘の殺人
⑥ 殊能将之 『ハサミ男
⑦ 青崎有吾 『体育館の殺人
⑧ 知念実希人 『硝子の塔の殺人
⑨ 夕木春央『方舟
⑩ アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった

悠木四季

あの傑作ミステリを「聴ける」という奇跡!

私も利用しているけれど、「読む」とはまた違った良さがある。

何より、寝ながら聴いたり、散歩中に聴いたりと便利すぎるのだ。

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悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書するミステリ好き人間。

本を読み、本に人生を食われながら、今日もどうにか人間の形を保っている。

もはや読書は趣味ではなく、生活習慣であり、呼吸であり、呪いである。

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