『ハウスメイド3 最後の秘密』- 家族を守るために、人はどこまで怪物になれるのか【読書日記】

念願のマイホームを手に入れたはずなのに、なぜか隣家の窓が気になって仕方がない。
庭先で交わされる笑顔には妙な含みがあり、近所の人間は夫の行動をやけに詳しく知っている。子どもたちの様子も少しずつ変わり、夜の家からは説明のつかない物音まで聞こえてくる。
こんな住宅街には絶対に住みたくない。
しかし、ミステリ小説として眺めるなら話は別だ。
整えられた芝生、愛想のいい隣人、カーテン越しの視線、家庭内に入り込むハウスメイド。郊外サスペンス好きの大好物が、ロングアイランドの袋小路にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
フリーダ・マクファデン『ハウスメイド3 最後の秘密』は、世界的な人気を獲得した〈ハウスメイド〉シリーズの第3作であり、ミリーの物語を締めくくる完結篇である。
第1作『ハウスメイド』と第2作『ハウスメイド2 死を招く秘密』でミリーは、裕福な家庭に雇われるハウスメイドとして、屋敷の内部に隠された秘密と対峙してきた。ところが今回は立場がひっくり返る。
かつて他人の家を内側から観察していた彼女が、自分の家を持ち、夫と子どもを守り、ハウスメイドを雇う側へ回るのだ。なんという意地が悪いひっくり返しだろう。
ミリーはようやく手に入れた幸福の中心で、自分が築いた生活そのものを人質に取られてしまう。失うものがなかった頃の彼女は強かった。今の彼女には、失いたくないものが多すぎる。
そこへ隣人の視線や夫への疑念、子どもの異変が次々と重なっていく。安心を買うための家が、巨大な罠へ姿を変えていくのである。
ハウスメイドだったミリーが、家を守る側へ回る
ハウスメイドを引退したミリーは、夫エンツォと子供たちと暮らしている。
前科を抱え、不安定な仕事を転々としていた過去を思えば、郊外の一戸建ては彼女が長い時間をかけて勝ち取った生活の証しだろう。
ところが、念願の新居へ越してきた直後から、ミリーの感覚は休む暇を失っていく。
隣家に暮らす華やかな女性は、エンツォへ露骨な関心を向ける。向かいの家の女性は住宅街を監視し、意味深な警告を投げかけてくる。さらに、子どもたちは新しい学校や近所の人間関係の中で、それまで見せなかった表情をのぞかせ始める。
どこまでが現実の危険で、どこからがミリーの疑心暗鬼なのか。この境界が揺れ続ける感覚こそ、本作の楽しいところだ。
ミリーには、過去の経験によって鍛えられた観察眼がある。人が嘘をつく瞬間、家庭内の空気が歪む瞬間、笑顔の裏に敵意が浮かぶ瞬間を、彼女は敏感に察知する。
ただし、その鋭さは本人を救う武器であると同時に、心を削る刃にもなる。
夫が何かを隠している気がする。隣人の親切が罠に見える。子どもの沈黙に最悪の理由を想像してしまう。しかも彼女は重度の高血圧を抱え、医師からストレスを避けるよう忠告されている。いや、この住宅街でストレスを避けろなんて、吹雪の中で濡れるなと言うくらい無茶であるが……。
ミリーの身体は、彼女がまだ認めたくない危険を先回りして察知しているようにも映る。血圧計の数字が上がるたび、こちらの緊張まで一段跳ね上がる仕掛けだ。
そして何より恐ろしいのは、ミリーが自分自身を信用しきれなくなっていく点である。
過去に人を傷つけた経験を持つ彼女は、家族を守るためならどこまで踏み込むのか。その境界を誰よりも理解している。
だからこそ、疑惑の中で最初に浮かび上がる容疑者が、自分や家族になってしまうのだ。
美しい住宅街は、巨大なのぞき穴である
舞台となるのは、一見すると理想的な郊外住宅地だ。
家々の外観は整えられ、庭には手入れが行き届き、住民たちは親しげに声をかけ合う。けれど、その親密さには息苦しいほどの近さがある。
誰が何時に帰宅したか。夫がどの家の庭で働いているか。子どもが誰と遊び、どんな問題を起こしたか。住民たちは互いの生活を、自分の家のテレビ番組のように眺めている。
壁で区切られているはずの家々が、視線によって一本につながっているのだ。
ここでマクファデンが描くのは、閉鎖空間へ集められた人々の恐怖である。
古典的なクローズド・サークルでは、嵐や雪、孤島などが人間を閉じ込める。だが本作では、住宅ローンと家族、近所付き合いがミリーを逃げられなくする。
引っ越したばかりの家を簡単に捨てることは難しい。子どもの学校もある。夫の仕事もある。何より、ここから逃げれば、自分が異常だったと認めるような気分になる。
そのためミリーは、違和感を抱えたまま住宅街に留まり続けるしかない。この構造がサスペンスとして抜群に効いている。
豪邸の地下室や鍵のかかった屋根裏部屋も怖いが、毎朝ごみを出す場所で隣人と顔を合わせる恐怖には、もっと生活に密着した嫌らしさがある。怪しい人物を避けたくても、相手は隣に住んでいる。カーテンを閉めても、こちらが閉めた事実まで見られている。
さらに本作では、家族の内部にも視線が向けられる。親は子どもを守ろうとして観察し、子どもは大人が隠していることを想像以上によく見ている。夫婦は愛情を持ちながらも、互いの過去と秘密をすべて知っているとは限らない。
家族とは、もっとも近くにいる他人でもある。
この事実を、マクファデンは郊外ミステリの仕掛けへ容赦なく組み込んでくるのだ。
家族を守るためなら、どこまで怪物になれるのか
マクファデンの文章は、短い章と素早い展開を重ね、考えるより先に次のページへ手を伸ばさせる。
文学的な装飾をたっぷり味わう作品というより、疑惑を投げ、ひっくり返し、さらに奥から別の疑惑を取り出すことへ全力を注ぐタイプだ。
いわば極上のサスペンス・ジャンクフードである。
一章だけ読むつもりが、気づけば数十ページ進んでいる。途中で寝ようとしても、次の章の最初だけ……という悪魔の契約が始まる。そして、その契約はだいたい守られない。翌日の眠気まで含めて〈ハウスメイド〉体験なのだろう。
そしてもちろん、今回も後半に入ってから物語は容赦なく加速する。前半で積み重ねられた違和感や疑念が一気に形を変え、見えていたはずの人間関係まで別の顔を見せ始めるのだ。
そういうことだったのかと思った直後に、さらにもう一段ひっくり返される。この畳みかけこそ〈ハウスメイド〉シリーズの醍醐味であり、マクファデンのサービス精神が最も爆発する瞬間だ。
終盤は、どんでん返しを警戒して読んでいるこちらの読みまで利用してくる。身構えているのに驚かされる。もう完全に作者の手のひらの上である。
ただ、本作の魅力は意外な真相の連打だけに収まらない。物語の底には、家族を守るための暴力という重い主題が流れている。
ミリーとエンツォは、善良で平凡な家族を作ろうとしてきた。ところが二人の過去には、誰かを守るために一線を越えた記憶がある。危険が子どもへ近づいたとき、その衝動が再び目を覚ます可能性は消えない。
守ることと傷つけることが、同じ手の中に置かれているのである。さらに本作では、子どもたちの存在が大きな意味を持つ。
親は子どもを無垢な存在として扱いたがるが、子どもは大人の嘘や恐怖を驚くほど正確に読み取っている。家族が沈黙によって秘密を守れば、その沈黙の作法まで次の世代へ伝わっていく。
血縁によって受け継がれるのは、顔立ちや癖ばかりではない。危機に際して何を選び、誰を守り、どこまで口を閉ざすのか。その倫理まで家族の中で学習されていく。
この視点が加わることで、『最後の秘密』は単なるご近所サスペンスから、家族という小さな共同体の恐ろしさを描く物語へ踏み込んでいる。
シリーズ第1作でミリーは、他人の家へ入り込み、その内部に潜む怪物を暴いた。
完結篇となる本作で彼女が向き合うのは、自分が築いた家庭と、その中に受け継がれていくものだ。
ハウスメイドとして秘密を見つける側にいた女性が、最後には秘密を守る側へ回る。この円環は美しく、同時にぞっとするほど皮肉である。
この住宅街には、今日も手入れされた庭が並び、隣人たちは笑顔で挨拶を交わしている。
ただ、その笑顔の裏で誰が誰を見ているのか。
ここで生き延びるために必要なのは、正しさよりも、秘密を抱えたまま笑える強さなのだ。
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