大舟『三重県津市西区平山町3-15-7』- 存在しない住所が、現実のふりをして迫ってくる【読書日記】

三重県津市西区平山町3-15-7。
まず、この住所が嫌である。いや、住所そのものに嫌も何もないはずなのだが、口に出した瞬間、どこか変な引っかかりが生まれる。
三重県津市までは現実にある。だが、津市に「西区」は存在しない。「平山町」も、少なくともこの小説の中で示される形では現実の地図にそのまま置けない。つまり、現実っぽいのに、現実ではない。
ここがもう異様だ。怪物が出る前に、地図が先におかしくなる。
大舟『三重県津市西区平山町3-15-7』は、存在しない住所をめぐる記録を追いかけていくモキュメンタリーホラーだ。
小説投稿サイト「カクヨム」発の話題作であり、カクヨムコンテスト10ではホラー部門大賞とコミカライズ賞を受賞。書籍化、さらに漫画化もされた。今のネット発ホラーの勢いを語るうえで、とても重要な位置にある小説と言っていい。
ただし、この小説は「怖い話が次々出てくるよ」という単純な怪談集ではない。検索履歴、新聞記事、掲示板、迷惑電話まとめ、テレビのテロップ、YouTube、インタビュー、現地調査。そうした見慣れたメディアの断片が積み重なり、少しずつひとつの住所へ引き寄せられていく。
最初はバラバラに見える。だが読み進めるうちに、これは全部つながってないか?という嫌な感覚が首の後ろを撫でてくる。
こういう構造は個人的にもすごく好きだ。手がかりが散らばっていて、それが後から線になる。
しかもその線が、きれいな推理小説のロジックではなく、湿った怪異の血管みたいに伸びてくるのだ。
存在しない住所が、現実の地図に穴を開ける
この小説で最初に効いてくるのは、「住所」という題材のうまさだ。
住所は、私たちにとって現実を固定するための記号である。郵便物が届く。地図アプリで検索できる。役所の書類に記入できる。人が住み、道があり、区画がある。住所とは、世界がちゃんと整理されている証拠みたいなものだ。
ところが『三重県津市西区平山町3-15-7』では、その現実を支える記号がほんの少しだけ壊れている。完全なデタラメなら笑える。『火星県ゾンビ市血まみれ町』みたいな住所なら、ああ、ホラーの作り物ね、と距離を取れる。
しかし本作の住所は違う。半分だけ現実に足をかけている。津市という実在の地名に、存在しない区や町名が接ぎ木されているのだ。
このありそうでない感覚が、実に嫌なズレを生む。嫌な、というのはもちろん褒めている。ホラーにおいて、現実との距離感は命である。遠すぎれば作り物になる。近すぎれば説明が必要になる。その中間に、いちばん気持ちの悪い湿地帯がある。本作はそこを踏み抜くのがうまい。
しかも恐怖の入口が、幽霊屋敷や廃村ではなく、検索履歴やニュース速報や掲示板なのが現代的だ。スマホの画面に知らない地名が出てくる。誰かの書き込みに同じ住所が混ざっている。テレビ画面の隅に、見てはいけない文字列が一瞬だけ流れる。そういう日常のインターフェースが、少しずつ怪異に侵食されていく。
これが怖い。なぜって、スマホは毎日見るし、検索もする。地図も開く。つまり、この小説の怪異は、古びた洋館の地下室ではなく、こちらの生活導線に普通の顔で座っているのだ。これはホラーとして最高である。逃げ場がないのだから。
ネット怪談であり、同時にミステリでもある

『三重県津市西区平山町3-15-7』Amazonより引用
本作はモキュメンタリーホラーとして語られることが多いが、私はとてもミステリ寄りの快感も味わった。
提示されるエピソードは実に多彩だ。
身に覚えのない検索履歴。廃刊雑誌の未掲載エピソード。匿名掲示板のスレッド。迷惑電話の記録。真っ赤な部屋の画像。標識についての考察。不審者リスト。知恵袋の質問。YouTube上の正体不明の動画。列車内で目撃される人物。読者から届くメッセージ。
こうして並べるだけで、胃のあたりが少し重くなるラインナップである。ただ、ここで大事なのは、各話が単なる怖いネタの寄せ集めでは終わらないことだ。
もちろん、ひとつひとつの断片だけでも十分に嫌な味がする。「緑を好む女」や「真っ赤な部屋」のような視覚的に残るエピソードもあれば、電話番号や列車内の不審者のように、日常に紛れ込むタイプの恐怖もある。ホラーのレパートリーが広い。
しかし読み進めるうちに、バラバラだったはずの情報が、同じ方向を向きはじめる。そこがミステリ的で好きだ。点が線になる瞬間の快感。あの、脳内で赤い糸をピン留めしていく感じ。怪異を相手にしているのに、読んでいるこちらはなぜか事件資料を整理する探偵みたいな気分になる。
しかも、その資料が妙に本当にありそうなのだ。弁護士相談サイト、迷惑電話まとめ、オンライン百科事典、地方紙、掲示板、SNS、動画サイト。
こうした既存のフォーマットに似せた文章が続くことで、読む側の警戒心が少しずつ薄くなる。小説を読んでいるはずなのに、いつの間にかネット検索の海を泳がされている感覚になるのだ。
これが本作の怖さの根源だろう。恐怖が文章の中だけに閉じていない。画面の向こう側、検索窓の向こう側、地図アプリの向こう側へと染み出してくる。
もちろん実際には虚構である。虚構なのだが、虚構だとわかっていても、タイトルの住所を検索したくなる。そして検索した瞬間、自分も物語の調査に一歩踏み込んだような気分になる。
この参加感がずるい。ミステリであり、ホラーであり、ネット上の未解決事件を追っているようでもある。ページをめくるというより、怪しいリンクをクリックしてしまう感覚に近い。
しかもクリックしたあとで、これは押してよかったやつか?と少し後悔するやつだ。
怖さの奥に、土地と記憶の物語が沈んでいる

『三重県津市西区平山町3-15-7』Amazonより引用
『三重県津市西区平山町3-15-7』が印象に残るのは、ただ不気味なだけではないからだ。
この小説には、土地の記憶というテーマが濃く流れている。存在しない住所。地図からこぼれ落ちた場所。開発の痕跡。埋め立てられたもの。語られなかった出来事。そうした要素が重なって、単なるネット怪談を超えた手触りが出てくる。
現代の情報社会では、何でもすぐ検索できる。場所も、名前も、事件も、噂も、数秒で画面に出てくる。だが、その便利さの裏側で、検索しても出てこないもの、記録から外されたもの、誰にも覚えられなくなったものもある。本作は、その「検索できないもの」が、逆に情報空間へ噴き出してくる話として読める。
存在しない住所は、ただの不気味な記号ではない。そこには、誰かが何かを見落とした痕跡がある。あるいは、見なかったことにされたものの影がある。ホラーとしての恐怖はもちろんだが、読み進めるほどに、これは場所を奪われたものたちの物語でもあるのではないか、という感触が出てくる。
このあたりがとくに良かった。怪異をただ退治すれば終わるタイプの話ではなく、調べること、記録すること、断片を集めること自体が物語の大きな意味を持っている。ミステリでいえば、真相に近づく行為そのものが供養になっていくような感覚だ。
もちろん、ネタバレになるので核心には踏み込まない。だが、終盤へ向かうにつれて、それまで別々に見えていた怪異の断片が、あるひとつの地図を描きはじめる。
その時のゾワッとする感じは、ホラーとしての怖さと、ミステリとしての納得感が同時に来る。怖い。だが気持ちいい。ホラーを読んで気持ちいいと言うのもどうかと思うが、本当なのだ。
大舟氏の書き方は、恐怖の見せ方が派手すぎない。日常のフォーマットを使い、読めば読むほど情報が増え、増えた情報によって逆に不安が広がっていく。知れば安心するのではなく、知るほど巻き込まれる。この構造がとても現代的だ。
そして何よりタイトルがいい。『三重県津市西区平山町3-15-7』。一度見たら忘れにくい。意味がわからないのに、妙に具体的。具体的なのに、現実には置けない。この矛盾した感覚が、読み終えた後も頭に残る。
普段なら何気なく通り過ぎる検索履歴。住所の表記。知らない電話番号。ニュースのテロップ。そういうものが、ほんの少しだけ違って見えてくる。ホラー小説として、それは成功している証である。怖がらせるだけでなく、こちらの現実認識に小さな傷をつけてくるからだ。
『三重県津市西区平山町3-15-7』は、ネット怪談の形式を使いながら、土地、記憶、記録、情報の伝播をめぐる物語へと広がっていく小説だ。
モキュメンタリーホラーが好きな人はもちろん、断片がつながっていく構成に弱いミステリ好きな人にも刺さるはずである。
そしてたぶん、読んだあとに一度は地図を開きたくなる。開きたくなるが、開いたら開いたで少し嫌な気分になる。
この小説の怖さは、まさにそこに残る。
虚構だとわかっているのに、現実の検索窓へ指が伸びてしまう。
その瞬間、もう私たちも少しだけ、あの存在しない住所に呼ばれているのかもしれない。
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