【自作ショートショート No.63】『死ねない男』

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「う、うわあああ」

ふぅ、た、助かった。どうにか雪崩には巻き込まれずに済んだようだ。

「だ、誰か助けてくれー。おーい」

何時間経ったんだろうか。雪崩を避けたはいいものの、俺は崖から転がり落ちてしまっていた。

「おーい、誰かいないかー。俺はここだー」

とはいえ、こんな真冬の雪山に人がいるわけない。あぁ、それにしても寒い。

俺はザイルを使って崖をよじ登ろうとしてみるが、ダメだ、力が入らない。骨があちこち折れてるようだ。

ちくしょう、俺の悪運もここまでか。こんなところで誰にも気づかれず、死んでいくのかよ……うん、だがまぁ、山で死ねるなら本望——

「——おい」

「ん?なんだ?誰か呼んだか?」

俺はゆっくりと辺りを見回す。どこまで行っても真っ白な雪景色。

こんなところに人がいるわけないじゃないか。とうとう幻聴まで聞こえるようになってきた。

「おい、こっちだ」

「ん?」

やっぱり何か聞こえるぞ。俺の耳もいよいよおかしくなってきちまったか。

「バカもん、上じゃ、上を見ろ」

「上?う、うわあああ!」

そこにはあり得ない角度で頭上から俺を覗き込んでるナニカがいた。人ではないナニカだ。

「な、何だ?!」

「わしは山の神」

「や、山の神だと」

「そうじゃ。ずいぶん困っておるようじゃな。助けてやらんでもないぞ」

「俺を?この俺を助けてくれるってのか?」

「お前はこれまであちこちの山々を登ってきたじゃろ」

「ああ、これでも一応は登山家のはしくれだからな」

「そのようじゃな。それに免じて一度だけ助けてやろう」

「本当か?本当に助けてくれるっていうのか?」

「あぁ、じゃがわしはこの通り、実体のない存在じゃ。お前を崖から引っ張り上げるほどにの力はない」

「なんだよ、それじゃダメじゃねえか」

「わしにできるのは死なぬ体を与えることくらいじゃ」

「なんだと?!そんなことができるのか?」

「できるとも。こう見えても一応山の神じゃからの」

「それって俺を不死身にしてくれるってことなのか?」

「ふむ。死なぬ体じゃから不死身ってことになるよのぉ」

「めちゃくちゃすげえじゃねえか。山の神さんよ、早く不死身にしてくれ。俺もう死にそうだよ」

なんだ?山の神が光ったぞ。さっきより意識がはっきりしてきた。これはいったい?

「お前をたった今、不死身にしてやったぞ」

「本当かよ、すごいじゃないか。これで俺は不死身になったんだな?」

「そうだ。体の傷も治っておるじゃろ」

確かに体の痛みがなくなってる。折れた骨も治ったらしい。

「助かったよ山の神さん。サンキューな」

「ふむ。ではさらばじゃ」

山の神は俺の前から一瞬で姿を消した。それにしたってまさか神なんてものが実在するとは驚いたぜ。

そのおかげでこうして不死身の体になったわけだ。

それもこれも日ごろの俺の行いが良かったからだな、うん、きっとそうだ。そうに違いない。

体の怪我さえ治れば、こんな崖を登るくらいわけもない。

俺は山の神に与えてもらった不死身の体ですいすい崖をよじ登っていった。

「よし、登りきったぜ」

俺は雪崩が起きた場所を大きく迂回し、もともと予定していたルートへ戻った。

さてと、これからどうするかな。

普通なら危険を考えてすぐにでも下山すべきだが、今の俺は無敵だ。というわけで再び登頂を目指すことにする。

「あー、それにしても体が軽い。調子がいいぜ」

不死身ってのは登山家にとっちゃ最高の肉体だ。

何しろどれだけ危険な山も難易度の高いルートも、死を恐れず挑戦できるんだからな。

これからは誰も成し遂げたことのない前人未到の山を次々制覇して、俺の名を世にとどろかせてやるぜ。

「よし、あともう一歩で頂上だ」

さっきより吹雪きが強まったのか、先が見辛い。

いくら不死身とはいえ寒さは感じるみたいだし、俺はもっとペースを上げることにした。その瞬間——

「う、うわあああ」

雪山にできた裂け目、クレバスに落ちてしまったのだ。

「うぅ……痛くないぞ。不死身で良かった」

何しろ俺は死なないのだから、たとえクレバスに落ちようと全く問題ないと思っていた。ところが——

あれから何か月、いや何年経ったのだろうか。ひょっとしたら何十年かもしれない。

俺はまだクレバスにいる。固い氷の壁に挟まれてまったく身動きが取れないでいるのだ。

真っ暗なクレバスで凍えるような寒さ、おまけにずっと腹が減りっぱなし。

それでも死ねないのだ。せめて意識を失うことができればいいが、それもできない。

クリアな意識のまま、この先、何十年、何百年もここから出られないと思うと気が狂いそうになる。

いや、いっそ狂ってしまった方が……。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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