【自作ショートショートNo.70】『幸せの青い鳥』

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人魚姫はバカだ、あんなにも美しい声を自ら捨ててしまうだなんて。

まんまと魔女の口車に乗せられ、脚と引き換えに声を失ってしまった哀れな人魚。

おまけにそこまでしても恋い焦がれた王子様は手に入れられず、海の泡となって消えてしまうのだ。こんなバカげた話はない。

私ならそんな愚かな取引は絶対にしない。何も失わずに幸せを手に入れる方法を見つけ出してやる。

本当にバカな人魚姫、聴くものすべてを魅了するその声を捨ててしまうだなんて。

私は自分の声が嫌いだ。アルミ缶を引っ掻いたようなこのいやらしい声。

ママは可愛らしい声だって褒めてくれるけど、ちっとも嬉しくなんてない。

そういうのってただの親バカなんだ。

あーあ、私に人魚姫のような声があればなぁ……。

「ねぇリト、ご飯ができたわよー」

あ、ママが呼んでる。

「はーい、ママ」

ママはいつも私のためにおいしいご飯を用意してくれて、眠たくなったら子守唄を歌ってくれるんだ。

私はそんなママが大好き。

だけど私だっていつまでも子供じゃない。

人魚姫は幸せになれなかったけれど、私はステキな王子様を見つけて絶対幸せになってやるんだ。

でも幸せになるためには、ただ待ってるだけじゃダメ。こっちから探しに行かないと。

愚かな人魚姫と違って、私は何も失わずに世界一の幸せを手に入れてやる。

そしたらきっとこのいやらしい声だって好きになれるはずだもの。

こうして私は幸せの青い鳥を探し求めて、大好きなママのもとから飛び立つことを決めたのだ。

とびっきりの幸福を運んできてくれるという幸せの青い鳥。

普通であればそんなおとぎ話など信じはしないだろう。

でも私は幼い頃に一度、青い鳥を見たことがあるのだ。

それは青く大きな翼を広げて、私の目の前を横切っていった。

もしあの時、私に知恵があったなら青い鳥を捕えて離さなかっただろう。

けれど残念なことにその時の私はほんの小さな子供だった。

でも今は違う。あれから身体だって成長したし、知恵もついた。

もしまた目の前を横切ったら、今度こそ青い鳥を逃しはしない。

幸せの青い鳥はどこにいるんだろう、どこへ行けば会えるんだろう。

深い森や気高くそびえ立つ山々、それともどこかの町の片隅にひっそりと暮らしているのだろうか。

まずは手始めに近くの森から探すことにした。

昼でも薄暗い森の中に入っていくと、どこからともなく獣の鳴き声が聞こえてくる。

その声にぶるぶる震えながら、恐る恐る奥へと突き進む。

進むにつれどんどんその声は大きくなってきて、やがて大合唱となってさらに私を怯えさせる。

一人じゃ心細い、けれど幸せを手に入れるためだと自分に言い聞かせ、怯えた心を奮い立たせる。

こうして森の隅々まで探してみたけれど、幸せの青い鳥は見つからない。

ひょっとしたら水辺にいるのかもしれない。

そう思った私は次に川に沿って探してみることにした。

恐ろしかった森とは違って、ちょろちょろ流れる水の音は、束の間の安心を私に与えてくれた。

キラキラ光る水面に目を凝らし、さやさやそよぐ野草の間をくぐり抜け、見逃がさないよう注意深くゆっくりゆっくり探す。

だけどここにも幸せの青い鳥はいなかった。

あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。

今頃ママは何をしているのかな、私がいなくなって悲しんでくれてるのだろうか、それとも私のことなんて忘れてしまっただろうか。

世界中を旅しながら、時々はホームシックになって涙ぐんでしまう。

そんな時はママが歌ってくれた子守唄を口ずさむ。

ママほどうまくは歌えないし、やっぱり自分の声は好きになれないけれど。

私は寝る間も惜しんで旅を続けた。

だけど幼い頃に私が見た大きな翼の青い鳥はどこにもいない。

もう死んでしまったのかもしれない、絶滅していたらどうしよう、弱気な心がむくむくと浮かび上がってくる。

それでも諦めようとは思わなかった。

幼い頃に見た記憶は、それほどまで強烈に脳裏に焼き付いていたのだ。

来る日も来る日も岩々や木々の間に目を凝らす。が、青い鳥のいる気配はない。

そろそろ険しい自然を相手にするのに疲れた私は、人恋しくなったのもあって町に行ってみようと思った。

これだけ探しても見つからないのなら、もしかすると町の誰かに捕らわれているかもしれないではないか。

「町は賑やかだなぁ」

久しぶりに人々の姿を見て、気持ちが軽くなった私は自然と子守唄を口ずさんでいた。

「パパ、あの鳥さん、きれいな声で鳴いてるね」

突如、私の体にものすごい衝撃が走った。

何が起こったか分からず、バタバタ暴れるも、何かにからめとられまったく身動きができない。

パニックに陥った私の耳に、少年のものらしい声が届いてくる。

「やったよパパ。僕、鳥さん捕まえたよ。飼っても良いよねパパ」

「もちろんさ。青い鳥は幸せを運んでくれるんだぞ坊や」

「すごーい。名前はピピにしよっと!」

違う、わ、私の名前はリトよ。ピピなんかじゃない。大好きなママがつけてくれた名前なんだから——。

自分こそが青い鳥であったリトの声は誰にも届かない。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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