ソプラノ歌手の天羽七音美は、新作オペラ『オルレアンの聖女』の主役に選ばれた。
「黒髪のジャンヌ・ダルク役」として大抜擢されたのである。
プロモーションのために、フランスのカンヌへと向かう七音美。
しかしそこで恐ろしい事件に巻き込まれてしまう。
パリで殺された娼婦が、カンヌのホテルの部屋番号が書かれたメモを握っていたのだ。
そこにはさらに「オルレアンの魔女」という謎めいた言葉も記されていた。
七音美は刑事エミールと共に謎を追うが、事態はフランスの残酷な歴史や魔女伝説と絡み合いながら、予想もつかなかった深みへと進んでいき―。
スリル満点、リアルな映像が頭に浮かぶ
『オルレアンの魔女』は、フランスを舞台としたミステリー小説です。
現代モノではありますが、百年戦争や鉄仮面といった暗い歴史・伝説が関わってきます。
ゴシックサスペンスを好む人には、特に興味深く読める一冊ですね。
なにしろプロローグからしてサスペンス感がすごいです。
結婚前の幸せな女性が、恋人と買い物をしている最中に、突然場面が暗転して、気が付くと暗く湿った謎の場所で縛り付けにされているのです。
そして、ジャンヌ・ダルクの鉄仮面をつけた謎の人物に問われます。
「おまえは体の全体を売られたいか、それとも一部を売られたいか」
恐怖と混乱の中、まずはハサミで髪をバッサリと切られ、そして……。
このシチュエーションだけでも恐ろしい上に、描写が丁寧なので、読みながら映像がリアルに頭に浮かびます。
不気味に光る鉄仮面、鋭く響くハサミの音、散らばる髪……その色彩や音も、行間から迫って来るようです。
このゾクゾク感が、中盤以降にはさらに加速します。
美しく着飾ったセレブ達が孤島に集まり、オペラの豪華な幕が開かれると思いきや、女性が次々に殺されていくのです。
華やかな舞台が鮮血でさらに華やかに彩られ、美しさを感じるほどのスリルと恐怖に、読み手はみるみる引き込まれていきます。
異色のコンビによる謎解きが圧巻
『オルレアンの魔女』では、サスペンスだけでなく謎解きもしっかり楽しめます。
たとえばプロローグの女性は鉄仮面の人物に髪をバッサリと切られるのですが、この髪のカラーは黒色です。
そして主人公の七音美は「黒髪のジャンヌ・ダルク役」に選ばれて渡仏します。
加えて、パリで殺害された娼婦の遺体は、髪が丸刈りにされていました。
なぜこうも「髪」が関係してくるのか。
なぜ、ジャンヌ・ダルクや鉄仮面といったフランス史まで絡んでくるのか。
犯人の真意や目的は、一体どこにあるのか。
次々に出てくる謎はどれも不可解で、どこか耽美で、ミステリーマニアの心をくすぐり続けます。
そして謎を追う七音美とエミールのコンビもまた、なんとも魅力的!
ソプラノ歌手と刑事という目新しい組み合わせもさることながら、それぞれの性格やタイプも面白いのです。
七音美は役にとことん感情移入する情緒豊かなタイプで、片やエミールは物事を数学的に分析していく理系の秀才。
真逆とも言える二人が徐々にお互いを認め合い、距離を縮めながら謎を解き明かしていく様子はどこか微笑ましく、陰で見守り応援したくなります。
そしてラストの展開もまた胸アツです。
エミールが事件に関わった人々を集め謎解きを披露するのですが、これがなんとも爽快なのです。
見事なまでに論理的な推理は、関係者をあっと言わせますし、読み手も一緒に驚愕することになります。
この関係者全員を集めての謎解きシーンは、かのアガサ・クリスティを思わせます。
ミステリーの真骨頂とも言える名場面なので、ぜひ実際に読んで辿り着き堪能してほしいです。
オペラのような美しさと迫力
稲羽白菟さんの『オルレアンの魔女』は、オペラやフランス史をモチーフにしたミステリー小説です。
世界観はもちろん構成や文章の端々までもが華麗で、まさにオペラ的な美しさと迫力のある作品です。
たとえば、まず序盤では不気味さやスリルをジワジワと出して、読み手の心を掴みます。
そして中盤では、連続殺人というショッキングな場面を怒涛のように続けて、物語を一気にヒートさせます。
そしてラストでは、謎解きがショータイムのごとく披露され、鮮やかにエンディングを迎えるのです。
このように『オルレアンの魔女』は小説でありながら、オペラ観劇のようなテンションで楽しむことができます。
ページをめくる手がどんどん熱気を帯びてきて、クライマックスでは高らかな歌声まで聞こえてきそうなくらいですよ。
といっても、オペラに関するややこしい蘊蓄は出てこないので、観劇をしたことのない方もスムーズに読めます。
フランス史についても詳しい知識は必要なく、物語を追っていくことで自然に背景が分かるようになっています。
そういう意味では『オルレアンの魔女』は、決して読み手を選ぶ奇抜なミステリーではなく、むしろ万人受けする良作だと思います。
ゴシックな世界観での優美なスリルにはとにかく彩りがあるので、映画化してもおかしくないほど。
表紙イラストも艶やかでありながらゾクッとするような荘厳な迫力があるので、ぜひ読んでいただきたいです!