岡崎琢磨『鏡の国』- 亡き大作家の遺作には、削除された裏エピソードがあった

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2年前に亡くなった有名ミステリー作家の室見響子が、デビュー前に執筆したという「鏡の国」。

原稿や著作権を相続した姪の桜庭怜は、この作品を響子の遺作として発表することにした。

出版準備が着々と進む中、怜は響子の担当編者をしていた勅使河原に呼び出される。

勅使河原によると、どうやら「鏡の国」には、削除されたエピソードがあり、それによって違和感の残る作品になっているそうなのだ。

もしかしたらそのエピソードは、響子が読者への謎解きとして、意図的に削除したものかもしれない。

だとすると、謎を残したまま出版するのは編集者の怠慢であり、不本意だという。

そこで怜は改めて作品を読み直し、亡き伯母が遺した「最後の謎」に挑むことになり―。

目次

作中作も丸ごと読める

『鏡の国』は、作中作「鏡の国」に秘められた謎を解く青春ミステリーです。

「鏡の国」は稀代のミステリー作家・室見響子が、デビュー前である約40年前に書き、未発表のままだった幻の作品。

響子はそれを、どういうわけか死の直前になってから書き直し、しかも重要なエピソードをあえて削除したようなのです。

なぜ40年も経ってから削除したのか、そこには何が書かれていたのか。

読者は怜と一緒に「鏡の国」を読み、謎を探っていくことになります。

実は『鏡の国』は、全体の大部分が「鏡の国」となって、一通り読めるようになっています。

つまり読者は、本編と作中作を同時に楽しめるわけですね。

40年前の作品と言っても決して古臭くなく、むしろ読みやすいところがミソ。

というのも、本編の舞台設定が近未来である2063年なので、その40年前である「鏡の国」の舞台は、ちょうど現代に当たるからです。

具体的には、新型コロナウイルスが蔓延し、緊急事態宣言が出されていた時代。

読者にしてみれば本編よりも身近な世界であり、むしろこっちが本編と思えるくらいスンナリ入り込めます。

それを40年後の近未来から探っていくわけですから、逆説的な感じがして面白いですね。

ルッキズムの世界で狂い苦しむ人々

さて、この作中作「鏡の国」がどのような物語なのかというと、一言でいえば、精神疾患系ドラマです。

メインキャラクターたちがそれぞれ精神的な問題を抱えており、苦悩にあえぐ様子が描かれています。

たとえば、元アイドルで現ウェブライターの響は、「身体醜形障害」を発症しています。

これは、自分の外見の欠点を異常に気にするという障害。

他人にはわからないような些細な欠点でも、響には相当なコンプレックスとなっており、それが日々の生活に支障を来たしています。

また響の幼馴染である郷音は、子供の頃の火事で顔に火傷を負っており、そのために心まで病んでいます。

そしてレストランのコックである伊織は、先天的な「相貌失認」により人の顔を判別できず、仕事や恋愛で苦労しています。

彼らに共通しているのは、外見に過度にこだわる価値観、いわゆるルッキズムです。

響はルッキズムだから些細な欠点でも異常に気にしますし、郷音は火傷ゆえに見た目に過敏になっており、伊織は人の顔が分からないという障害ゆえに、逆に人をガン見せざるをえなくなっているのです。

それぞれの苦しみは根深く、読んでいる読者にまで不安が伝染し、ページを追うごとに絶望的な気分が増していきます。

でもそのような中にも友情や愛情といった救いがあり、それらが物語を美しく盛り上げていく……、のですが、なんだか違和感のある終わり方をします。

そう、例の「削除されたエピソード」によって、です。

このように作中作「鏡の国」は、とてもドラマチックです。

だからこそ、一体どんなエピソードが削除されたのかが気になって、読者は本編での謎解きをより強く楽しむことができるのです。

繰り返される反転で気が抜けない

作者の岡崎琢磨さんといえば、「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズで有名です。

コミック化されている上、人気声優による朗読劇も配信されているので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

このシリーズでは心の奥底の闇がよく描かれているのですが、本書『鏡の国』でもそれが顕著です。

闇ならではのしめやかな暗さと温かさとがあって、読みながら胸が締め付けられることが多いのですよ。

「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズがお好きな方であれば、きっとより深く物語に入り込めると思います。

また本書では、繰り返される「反転」も大きな特徴のひとつとなっています。

タイトルに「鏡」というワードが入っているだけあって、本編でも作中作でも物語が幾度となくひっくり返されるのです。

これが読者の不安をいい感じで駆り立ててくれるので、ますます没頭して読んでしまうのですよね。

そしてようやく落ち着いたかな~と思った頃に、ダメ押しのように追加の反転が!

さらになんとカバーにまで、ある重大な仕掛けが施されています。

このように、とにかく用意周到で、サプライズに満ちた作品なのです。

何度も新鮮な驚きを味わわせてくれるので、最後まで気が抜けず、心地よい緊張感を味わえます。

また、ルッキズムを通して価値観についても深く考えさせられるので、人生の指針にもなりうる作品だと思います。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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