『悪党たちのシチュー』- 腐った政治を、洒落た会話と悪党の手際で煮込んだ危険なご馳走【読書日記】

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世の中には、タイトルだけで妙に気になってしまう小説がある。

ロス・トーマス『悪党たちのシチュー』も、まさにそのタイプだ。

悪党。シチュー。もう、ろくでもない匂いしかしない。鍋の中で何が煮えているのか、できれば知りたくない。でも蓋を開けたくなる。そういう危ない吸引力がある。

しかも原題は『Missionary Stew』。宣教師のシチューである。いきなり不穏度が二段階くらい上がる。実際、本作にはアフリカの刑務所での忌まわしい食事の記憶が影を落としていて、そのグロテスクさが作品全体の政治的な比喩にもなっている。

国家が個人を食う。権力者が弱者を食う。政治家が理想を食う。官僚が責任を食う。食われたものは、どこかの皿に上品に盛られ、もっともらしい名前をつけられる。これがロス・トーマスの世界である。

1960年代から90年代にかけてアメリカのサスペンス小説を支えたロス・トーマスは、政治、諜報、犯罪、メディア、金、裏切りを、やたら手際よく料理する作家だ。

文章は乾いている。会話は洒落ている。人物は信用できない。にもかかわらず、妙な品がある。脂っこい話をしているのに、食後感だけは妙にスマートなのだ。

なんだこの高級ジャンクフードみたいな味わいは、と思ってしまう。

目次

権力の裏口を知りすぎた作家の、冷笑と職人芸

ロス・トーマス『悪党たちのシチュー』

おすすめ度:(4.5)

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ロス・トーマスがただの想像力だけで政治スリラーを書いていた作家ではない、という点は大きい。

彼は第二次世界大戦中に従軍し、その後、ラジオ局員、政府機関職員、政治記者、編集者、選挙参謀など、権力の周辺をうろつく仕事をいくつも経験している。つまり、表玄関からではなく、裏口や通用口や喫煙所の会話から政治を見てきた人なのだ。

だから彼の描く政治には、正義の大演説よりも、資金集めの電話、密室での取引、誰が誰に借りを作ったか、どの情報をいくらで売るか、そういう泥臭い実務感がある。ここがたまらない。

理想を掲げる人物より、請求書の処理が早い人物のほうが信用できる世界である。嫌すぎるが、妙に説得力がある。

『悪党たちのシチュー』の舞台は、1984年のアメリカ大統領選挙前夜。政治資金集めに長けた選挙参謀ドレイパー・ヘールは、自分が推す候補をホワイトハウスに送り込むため、現政権を吹き飛ばせるような巨大スキャンダルを探している。

そこへ、友人ジャック・レプログルが、ウォーターゲート級の爆弾を掴んだと告げた直後、不審な事故で死ぬ。

この時点で、政治スリラーとしてはもう十分においしい。だがロス・トーマスは、そこから鍋に具材をどんどん放り込む。

元ジャーナリストのモーガン・シトロン、タブロイド紙を牛耳る怪物的な母親グラディス、麻薬王の娘、老スパイ、自称FBI、CIA、架空の中米諸国、コカイン密輸、右翼クーデター、過去の隠蔽工作。

普通なら味が濁る。ところがトーマスは、それをあえて濁らせたまま、最後には妙な旨味としてまとめてしまう。料理人としてはかなり危険である。衛生基準には引っかかりそうだが、腕は確かだ。

私が面白いと思うのは、本作の陰謀が、きれいな一本線で進まないところだ。真相へ向かって一直線に進むというより、登場人物たちがそれぞれ別の小鍋を火にかけていて、気づいたら台所全体が煙だらけになっている感じがある。

ヘールもシトロンも、最初から全体像を把握しているわけではない。むしろ彼ら自身も巻き込まれ、探り、疑い、失敗しながら進む。その不透明さが、政治というものの得体の知れなさとよく合っている。

ヘールとシトロン、乾いた連帯がたまらない

本作の中心にいるのは、ドレイパー・ヘールとモーガン・シトロンの二人である。この組み合わせがいい。非常にいい。

ミステリファンとしては、こういうバディが好きすぎる。友情です、信頼です、絆です、と真正面から言われると少し身構えてしまうが、互いに信用しすぎず、しかし仕事ぶりは認めている関係にはグッとくる。

ヘールは政治屋である。政治を信念の舞台ではなく、金と操作と根回しのゲームとして見ている。しかも彼には、あらゆる価格を1965年当時の基準で考えてしまうという変な癖がある。これが妙に可笑しい。笑えるのだが、同時に切ない。

彼は、世界がどんどん不愉快で高くつくものになっていくことに、ずっと腹を立てている男なのだ。物価だけではない。倫理も、忠誠も、政治的良識も、全部インフレして、しかも品質は下がっている。そんな顔をしている。

一方のシトロンは、元ジャーナリストである。かつてはピューリッツァー賞候補にまでなった男だが、アフリカでの監禁体験を経て、どこか人生の表通りから降りている。彼の過去には、タイトルとも結びつく忌まわしい記憶がある。だから彼は、英雄的な記者として振る舞うのではなく、むしろ感情を奥へ押し込め、淡々と調査員として動こうとする。

この二人の関係は、熱血ではない。肩を組んで夕日に向かって走ったりもしない。たぶん走ったらヘールが途中で文句を言う。しかし、互いの専門性を認める。必要な場面では動く。余計な感傷を挟まない。その乾いた連帯が、実にトーマスらしい。

腐った世界を生きるには、正義感だけでは足りない。腕前、距離感、皮肉、そして少しばかりの義理がいる。本作はそれをよくわかっている。

さらに脇役が濃い。モーガンの母グラディス・シトロンは、全米規模のタブロイド紙を動かす女帝であり、かつてはOSSの工作員でもあったという、設定だけで別シリーズが一本作れそうな人物である。しかも息子すら駒として扱おうとする。

母性というより、情報戦の化身だ。こういう人物を出しておきながら、単なる怪物で終わらせないあたりがトーマスの恐ろしいところである。彼女には彼女の理屈があり、生き残りの美学がある。最低なのに、妙に見事なのだ。

ベルヴィータ・キーツも忘れがたい。麻薬王の娘という危険物件そのものの背景を持ちながら、物語に色気とユーモアと予測不能さを持ち込む。こういう人物が出てくると、プロットが一気に暴れ出す。

真面目な政治スリラーのはずなのに、どこかブラックな喜劇にも見えてくる。悪党の数が増えるほど、作品が軽やかになる。この逆説が、ロス・トーマスの大きな魅力である。

悪党だらけの世界で、プロであることの美学

絵:悠木四季

ロス・トーマスの小説では、善人と悪人の境界があまり単純ではない。というより、まともな善人はだいたい早めに食われる。では何が人間を支えるのか。私は、そこにプロフェッショナリズムがあると思う。

ヘールは政治のプロであり、シトロンは調査と文章のプロである。グラディスは情報操作のプロであり、悪党たちもそれぞれ自分の悪事において妙に熟練している。彼らは道徳的に立派ではない。むしろ立派からは遠い。だが、仕事の手際、判断の速さ、情報の扱い方には、独自の美学がある。トーマスはそこを見逃さない。

ここが、単なる告発小説とは違うところだ。本作は政治腐敗を描いている。CIAやFBI、選挙資金、中央アメリカでの汚い工作、メディアの下品さ、政治家の空虚な上昇志向も描く。

だが、糾弾一辺倒ではない。むしろトーマスの視線は、もっと冷えていて、もっと意地悪だ。世界は最初から腐っている。では、その中で誰がどれだけ鮮やかに立ち回るか。そこに小説としての興奮がある。

会話の書き方もすごくいい。トーマスの登場人物は、説明しすぎない。必要な情報を全部こちらに並べてくれる親切な案内人ではない。わかっている者同士の会話が先に進み、こちらは少し遅れて追いかけることになる。

これが面倒といえば面倒なのだが、その面倒さが大人の娯楽としての味になっている。全部噛み砕いて口元まで運んでくれる小説ではない。自分でスプーンを持て、ただし鍋の中身については保証しない、という態度である。

モルディダ・マン』や『女刑事の死』と比べても、『悪党たちのシチュー』はかなりトーマスらしさの濃い作品だと思う。『モルディダ・マン』には賄賂と国際交渉のプロの手つきがあり、『女刑事の死』には復讐と哀感のハードボイルドな味がある。

対して本作は、もっと混沌としている。話の具材が多く、スパイスもきつい。だが、その混沌こそが政治の本質だと言わんばかりに、最後には妙な納得感へ着地する。

2026年に新潮文庫の海外名作発掘として本作が刊行されたことには、大きな意味があると思う。1983年の作品でありながら、古びたというより、むしろ現代のほうが追いついてしまった感覚があるからだ。

政治とメディアと金と陰謀が絡み合い、誰も全体像を掴めないまま騒動だけが加速していく。これはもはや過去のアメリカ政治だけの話ではない。形を変えれば、今の世界にもいくらでも転がっている。

ただし、本作は説教臭くない。ここがありがたい。腐敗を描きながら、ちゃんと小説として楽しい。悪党たちは腹立たしいが魅力的で、陰謀は複雑だが退屈ではなく、会話は冷たいのに妙に笑える。かなり危険なバランスで成立している。鍋の中身は不穏なのに、料理としては美味しそうに見える。こういう小説はなかなかない。

『悪党たちのシチュー』は、政治スリラーであり、ブラックな犯罪小説であり、プロたちの仕事小説でもある。

腐った世界を前にして、青臭い理想を振りかざすのではなく、皮肉を口にしながら、それでも自分の手際だけは手放さない人間たちの物語だ。私はそこに、妙な格好よさを感じる。

悪党ばかりの鍋を覗きこむと、当然ながら澄んだスープなど出てこない。濁っていて、辛くて、妙なものが沈んでいる。

けれど、ひと口味わうと、もう少しだけ確かめたくなる。ロス・トーマスという作家は、その危ない味つけを知り尽くしている。

『悪党たちのシチュー』は、政治の腐臭を、洒落た会話と職人芸で煮込んだ、とても癖のあるご馳走である。

悪党の料理にしては、あまりにも手際がよすぎる。

そこがまた、困ったことに最高なのだ。

Amazonの聴く読書『Audible(オーディブル)』で聴ける神ミステリ10選

① 綾辻行人 『Another
② 有栖川有栖『月光ゲーム
③ 森博嗣『すべてがFになる
④ 麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件
⑤ 今村昌弘『屍人荘の殺人
⑥ 殊能将之 『ハサミ男
⑦ 青崎有吾 『体育館の殺人
⑧ 知念実希人 『硝子の塔の殺人
⑨ 夕木春央『方舟
⑩ アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった

悠木四季

あの傑作ミステリを「聴ける」という奇跡!

私も利用しているけれど、「読む」とはまた違った良さがある。

何より、寝ながら聴いたり、散歩中に聴いたりと便利すぎるのだ。

この記事を書いた人

悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

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