【自作ショートショート No.56】『肉』

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アキラは仕事で出張へ出た帰り、田舎のとあるレストランへと立ち寄った。

外観は見窄らしく、とても小洒落たレストランとはほど遠いものだった。

昼食を食べる場所を探していたアキラであったが、このレストランには立ち寄るまいと通り過ぎるところであった。

しかし、アキラがレストランの横を通り過ぎる時に、窓から中が垣間見えた。

中には数名の客がいたのだが、どの客も皆、ふくよかな体型をしていた。

「こんな人たちばかりが来るなんて、余程美味しい料理を出すのだろうか?」

アキラは気になって、レストランの入り口までやってきた。

店の前にある小さな看板には「特別な肉をご用意しています」と表記されてあり、店の客とその肉が気になったアキラは、このレストランへと足を踏み入れたのだ。

「お客様、当店のご利用は初めてですね?」

店に入ると、すぐに料理人がやってきた。

どうやらこの店はこの料理人が一人で切り盛りしているらしく、他には従業員らしい人物はいなかった。

「はい」

入ってすぐに初めてだと分かるとは、きっと常連客が多い店に違いない。

常連客が多いということは、きっと通いたくなるほど美味しい店なのだろうとアキラは思った。

「当店のメニューは特別な肉のコースのみなっておりますが、よろしいですか?」

「特別な肉とは何でしょう?」

「それは当店の極秘事項でございまして、申し上げられません」

「何の肉か言わずに客に提供するというのかい?」

「ご納得頂けないのでしたら、またの機会にどうぞ…」

料理人はそう言いながら、少し残念そうに入り口へと促した。

客に何の肉を食べさせるのか言わない店など、信用ならないことはない。アキラはこのまま店を出てしまおうかと考えた。

そんなアキラの隣りを、二人の客が通り過ぎって行く。

「いやぁ、今日もとても美味しかったよ」

「本当に、いつ食べても最高のお肉だわ。また来るわね」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」

満足そうな笑みを浮かべた二人の客が、料理人にそう挨拶をして店を後にした。

「肉の種類は問わない。案内してくれないか」

アキラは二人の客を見て、ますますこのレストランが気になってしまった。

そして、何の肉なのか分からない「特別な肉」というものを怖いもの見たさで食べてみることにした。

「ありがとうございます。では、こちらへ」

アキラは席に案内され、しばらくして「特別な肉」のコース料理がやってきた。

「何だこれは、こんな美味しい肉は食べたことがない」

アキラは一口食べた瞬間に感動し、思わず声を出してしまった。

「そう言って頂けると、ありがたいです」

料理を持ってきた料理人は、そう言って頭を下げた。

「もう、これが何の肉かなんてことはどうでもよくなってしまったよ」

アキラはそう言うと、無我夢中で特別な肉のコース料理を食べた。

そして、あっという間に平らげてしまった。

「実に美味しかった。またぜひ食べに来るよ」

「お待ちしております」

アキラは大平ん満足して店を後にした。

そしてそれからというもの、アキラはこの店に通うようになった。

最初は数ヶ月に一度、出張帰りに寄る程度だったのだが、その頻度は段々と月に一度になり、数週間に一度になり、毎週になり、とうとう、三日に一度は訪れるようになっていた。

アキラはすっかり特別な肉の虜になってしまっていたのだ。

そののめり込みようときたら凄まじく、時々店が貸切になっていて入れないと、次に食べる時までその肉のことしか考えられない程であった。

そしてそうしているうちに、アキラは最初に窓から見た常連客のようにふくよかになっていった。

ただ、アキラには一つ気になることがあった。

アキラはこの店の常連になると同時に、他の常連客とも仲良くなって行った。

しかし、アキラより先に常連になっていた人たちが、ある日からパタリと店に来なくなることだった。

もしかすると、あまりに長いこと常連をやってきると飽きるのかもしれないと思いつつ、こんな美味しい肉に飽きることがあるのかと不思議でもあった。

しかし、一人、また一人と常連客たちは店を訪れなくなった。

そして、アキラより古く常連だった人たちはついに誰も店を訪れなくなってしまったのである。

アキラそんな客たちとは違い、相変わらず店に通っていた。

アキラは特別な肉の味に飽きることなく、通う頻度も三日に一度から二日に一度へとさらに増えていた。

そんなある日店に入ると、アキラ以外の客が誰もいなかった。

「今日は誰もいないのだね」

「はい、今日はお客様の貸切です」

「貸切?頼んだ覚えはないのだが…」

「はい、常連様向けに、私の方で特別に手配させて頂きました。どうぞ、こちらへ」

料理人はそう言っていつもとは違うフロアへと案内した。

アキラはもしかすると、一定以上の常連になるともっとランクの高い肉を食べさせてもらえるのかと勘繰った。

それならば、他の常連客達がたちまちいなくなったことも納得できる。

しかし、アキラの予想とは裏腹に案内されたフロアには別の常連客の姿はなかった。

そればかりか、机や椅子のようなものもなく、ただ肌寒いだけの空間であったのだ。

「こんな何もない場所で特別な肉を食べるのかね?」

「いいえ、お客様はもう何もお召し上がりにはなりません」

料理人はそう言うと、部屋の入り口の方へと歩き出した。

「それはどいうことかね?」

アキラが問いかける。

料理人は入り口まで向かい、振り向いた。

「お客様は今からここで冷凍され、特別な肉になるのです」

ガチャン、と、扉が閉まった。

今日も店の中では、料理人が何も知らない常連客へ「特別な肉」を提供していることだろう。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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