シーラッハ『コリーニ事件』- 恩人を殺した男を弁護できるか【傑作小説エッセイ】

2001年5月、ベルリンの最高級ホテル「アドロン」で、85歳の実業家ハンス・マイヤーが殺された。
後頭部を銃で撃たれ、顔は靴で踏み砕かれていた。犯人は逃げない。返り血を浴びたままロビーで警察を待っていた67歳のイタリア人、ファブリツィオ・コリーニである。
犯行そのものに謎はない。凶器も指紋も揃い、本人も殺害を認めている。ただし、コリーニは動機だけを一切話そうとしない。
国選弁護人に選ばれたのは、弁護士になって数か月のカスパー・ライネンだった。ところが資料に記された被害者の名前を見た瞬間、彼の立場は一変する。
ハンス・マイヤーは、複雑な家庭環境で育ったライネンを少年時代から支え、学費まで援助してくれた恩人だったのだ。しかもマイヤーの孫娘ヨハナは、かつて深く愛した女性でもあった。
自分を育ててくれた人物を惨殺した男を、自分の手で弁護する。
その苦しさから始まる『コリーニ事件』は、やがて一件の殺人を越え、戦後ドイツ司法が長く抱えてきた過去へ踏み込んでいく。
「あなたはわたしの祖父を殺した犯人を弁護するのよ」
『コリーニ事件 (創元推理文庫)』40ページより引用
犯人は分かっている。それでも事件は解けていない
この事件で最初から伏せられていないのは、犯人と犯行方法である。
コリーニがマイヤーを殺害した事実は揺らがず、法廷でもそこを争う余地はほとんどない。だから焦点は自然に「なぜ」へ移る。
しかし、被告人本人が黙っている。警察にも予審判事にも精神鑑定医にも理由を告げず、自分から刑を軽くしようとする気配さえ見せない。ライネンに残されたのは、膨大な捜査記録を最初から読み直し、誰も重視しなかった細部を拾う作業だった。
そこで目に留まるのが、犯行に使われた旧式軍用拳銃ワルサーP38だ。なぜ34年間まじめに働き、交通違反すらほぼ無縁だった工具工が、第二次世界大戦期の銃を持って大実業家のもとへ向かったのか。ライネンはその違和感から、ルートヴィヒスブルクにあるナチス犯罪追及の公文書館へ足を運ぶ。
黄ばんだ記録をたどるうち、2001年の殺人事件と1944年のイタリアが一本の線で結ばれていく。ここで本書の景色は一気に変わる。若い弁護士が依頼人の動機を探す法廷劇から、半世紀前の国家犯罪と戦後司法の選択をたどる歴史ミステリへ射程が伸びていく。
ライネンの前に立つのは、伝説的な法廷弁護士リヒャルト・マッティンガーである。経験も実績も桁違いで、法廷では圧倒的な存在感を持つ。その相手を前に、ライネンは感情でマイヤーを断罪することも、コリーニを救済することも許されない。
ただ記録を読み、法に従い、依頼人の権利を守るしかない。その職業倫理が物語へ独特の緊張を与えている。
法律に従った結果、裁けない犯罪が生まれた
『コリーニ事件』で胸を突かれるのは、物語の土台に現実の戦後司法史が置かれている点だ。中心にあるのは、1968年の西ドイツで行われた刑法改正である。
当時、ナチス時代の大量殺人に関わった者の多くは、最高指導者の命令に従った「幇助者」として扱われていた。そこへ刑罰の減軽を義務づける改正が重なり、適用される公訴時効まで短くなる。結果として、多数のナチス犯罪がすでに時効を迎えていた扱いとなり、捜査や裁判が打ち切られた。
ぞっとするのは、その過程が秘密警察の暴力や独裁者の命令で行われたわけではないところだ。民主的な議会で法律が可決され、裁判所が条文を解釈し、正式な手続きを踏んだ末に起きた。
形式上は合法でも、その結果が正義と一致するとは限らない。本書は、この隔たりを200ページほどの短い長編へ凝縮する。
しかも、ライネンには個人的な感情が絡んでいる。マイヤーは彼にとって善良な恩人であり、少年時代の記憶の中心にいる人物だ。ヨハナにとっては大切な祖父でもある。だから過去の資料から別の顔が見え始めても、簡単に人物像を塗り替えられない。
人間には、誰かに愛された記憶と、別の場所で犯した行為が同居する場合がある。法廷が扱えるのは証拠と法律だが、一人の人生はそれだけで綺麗に分割できない。シーラッハは感情を煽らず、事実を短く並べる。
その乾いた文体だからこそ、ライネンが知るマイヤーと、公文書に記録された過去との距離が重く響くのだ。
一つの小説が、ドイツ法務省を過去へ向き合わせた
『コリーニ事件』には、刊行後にも驚くべき続きがある。
2011年にドイツで出版された後、作品が広く読まれたことで、1968年の法改正と戦後司法をめぐる議論が再燃した。翌2012年、ドイツ連邦法務省は省内のナチス時代との関係を調べる独立歴史家委員会を設置している。
調査は数年に及び、2016年には「ローゼンブルク・プロジェクト」の成果が公表された。そこで明らかになった事実の一つが、1959年当時、法務省の局長・課長級職員の77パーセントが元ナチ党員だった事実である。戦争が終われば過去まで消えるとは限らず、新しい国家の行政組織にも人員と思想の連続性が残っていた。
シーラッハ自身の家系も、この歴史と深く結びつく。祖父バルドゥール・フォン・シーラッハはナチ党の最高幹部の一人で、ニュルンベルク裁判で人道に対する罪により有罪判決を受けた人物だった。
刑事弁護士として犯罪者を弁護してきた経験と、自らの家系が背負う過去。その二つが『コリーニ事件』の底で重なっている。
だから本書は、ナチスの残虐行為を告発して終える物語にはならない。法を守るとは何か。弁護士は誰のために働くのか。合法的な手続きが過去の罪を覆ってしまったとき、その事実とどう向き合うのか。
答えを大声で示す代わりに、ライネンが一つずつ資料を読み、法廷で言葉を選ぶ姿を置いている。
殺人現場から始まった物語は、最後には一人の被告人だけを裁く場所から遠く離れた。
ベルリンの法廷とルートヴィヒスブルクの地下書庫、その間には半世紀を超える時間が横たわっている。
他のシーラッハのおすすめ
1.『犯罪』
刑事事件専門の弁護士フェルディナント・フォン・シーラッハが、実際に扱った事件をもとに描いたデビュー短編集。
半世紀にわたり妻の虐待に耐えた医師、犯罪一家に生まれた青年、異国で人生を立て直す男など、11編それぞれが人間の思いがけない転落や選択を映し出す。
特徴は、感情を煽らず、事実を淡々と積み重ねる乾いた文体。犯罪者を単純な悪人として切り分けず、その行為へ至るまでの人生や偶然まで視野に入れるため、短い物語の奥に重い余韻が生まれる。法は人をどこまで裁けるのか、人間はどこで境界線を越えるのか。
ドイツでクライスト賞を受賞し、日本でも2012年本屋大賞翻訳小説部門第1位に選ばれたシーラッハの代表作である。
2.『罪悪』
『犯罪』に続くフェルディナント・フォン・シーラッハの第二短編集で、全15編を収録。
祭りの最中に起きた集団暴行、過去の事件を暴くDNA鑑定、寄宿学校の陰惨ないじめ、DVの末に訪れる決着など、さまざまな事件を通して「罪は誰のものなのか」を描いていく。
前作以上に目を向けるのは、法律と人間の感覚が食い違う瞬間だ。証拠が足りなければ罪を問えず、正しい手続きを守っても被害者が救われるとは限らない。更生した人間を過去の犯罪で裁くべきか、偶然が重なった悲劇の責任を誰へ負わせるのか。
感情を抑えた簡潔な文章だからこそ、司法では割り切れない人間の複雑さが鋭く浮かび上がる。
3.『刑罰』
『犯罪』『罪悪』に続く三部作の完結編で、前作から約10年を経て発表された全12編の短編集。
夫の罪を背負って服役した女性、被害者へ共感したことで審理から外される参審員、人身売買犯を無罪へ導いた若手弁護士など、法の内側と外側で苦しむ人々が描かれる。
本作が見つめるのは、裁判所から下される判決だけに収まらない「罰」だ。罪を償っても消えない後悔、職務を正しく果たした末に生まれる苦痛、誰とも分かり合えない孤独。
シーラッハ特有の簡潔で乾いた文章はそのままに、前2作以上に人間の内面へ深く踏み込み、国家の法では裁ききれない人生の重さへ視線を向けている。


