【自作ショートショート No.61】『家賃の安い部屋』

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「たしか、この辺りのはずなんだけどな」

街の中心部から少し離れた、降りたシャッターの目立つ商店街を、ひとりの若い男が歩いていた。

男は、手元のスマートフォンに表示された地図を何度も見ながら、あたりをキョロキョロと見まわしている。どうやら、何かを探しているようだ。

「……あった」

しばらく歩き回っていた男が立ち止まったのは、とある不動産会社の店舗前だった。

自社ビルだろうか、3階建ての真新しいビルは、寂れた商店街の中で異彩を放っている。

「いらっしゃいませ!ようこそおいでくださいました」

男が店舗に入ると、明るく清潔感のあるオフィスから、元気のいい声が聞こえて来た。

「あの、物件を探しているんですが」

「はい、ありがとうございます。ご希望の物件を一緒に探しましょう!」

感じのいいニコニコした笑顔で近づいてきた中年の店員は、いかにも景気の良さそうなジャケットを身にまとい、慣れた様子で新たな客を椅子へ促した。

「それでお客様、どのような物件をお探しですか?」

「えぇと、その前にひとつ確認しておきたいんですが、ここが事故物件専門というのは本当ですか?」

「はい、さようでございます。当店は、いわゆる事故物件を専門にお取り扱いしております。事故物件といいましても、もきちんとハウスクリーニングやお祓い等を済ませておりますので、安心してご入居いただけるかと思います」

「ああ、噂は本当だったんですね。よかった、実は僕、あまりお金に余裕がないもので」

「そこに関してはご安心くださいませ。当店では、事故物件ならではの大変お得な条件で契約いただける物件をご紹介いたしますので。ただし、いくつかの条件がある物件もございますが」

「よかった、よろしくお願いします」

すっかり安心した若い男は、店員に希望する条件を伝え、該当する物件を探してもらうことにした。

「そのご希望ですと、こちらの物件はいかがでしょうか。風呂トイレ別、ワンルーム十畳でお家賃2万円でございます」

「おお、相場よりだいぶ安いですね。ちなみに、ここはどんな事故物件なんですか?」

「はい、こちらは以前のご入居者様が一人暮らしのご老人でして、そのあとはご想像の通りかと。もちろん、設備はすべてフルリフォーム済みでございます」

「なるほど。あの、とても安くていいんですが、もう少し安い物件ってありませんかね?」

「こちらよりもお手頃な物件ですか。あることにはあるのですが、いくつか条件のある特別なお部屋でして……」

「どんな条件ですか?」

「まずは健康であること。持病がなく、痩せすぎても太りすぎてもいないことです」

「へぇ、それなら僕は大丈夫そうですね。今まで大きな病気をしたこともありませんし」

「次は、地方から上京したばかりの若者であること。おおむね二十五歳以下が条件です」

「それも大丈夫ですね。僕は上京してきたばかりで、二十二歳なので」

「そして最後は、身寄りがいないことです。親族がいないか、いても遠方で疎遠であったり、縁を切っていたり、とにかく定期的に連絡を取る家族や親戚がいないということですね」

「おお、それもクリアしています!実は、事情があって家族と縁を切ってきたもので、頼れる親族もいません」

「さようでございますか!おめでとうございます!それでしたら、特別なお部屋をご紹介可能でございます。……こちらでございます」

「なになに、オートロック付き、広々二十畳のワンルーム、風呂とトイレは最新式で、家賃が五千円だって!?なんですか、この好条件は!」

「はい、こちらが特別なお部屋でございます。すべての条件を満たしたお客様だけに、こっそりとご紹介しております」

「すごい。でも、こんなに破格ということは、よっぽど酷い事故物件なんでしょうか。凄惨な殺害現場とか、呪われているとか……?」

「いえいえ、こちらのお部屋の中では、これまでに人が亡くなっていません。また、呪いなどの類のハナシもまったくございません」

「それはいいですね!決めました!この部屋にします!」

「かしこまりました!ご契約、ありがとうございます!」

それから数日後、正式な契約を済ませた若い男は、中年の店員と一緒に新しい部屋を訪れていた。

「へぇ、やっぱりキレイな部屋ですね!それに広い!こんな良い部屋に住めるなんて、夢みたいですよ!」

「気に入って頂けたようで、幸いでございます」

「こんなに良い部屋なのに、よく空き部屋になっていましたね」

「そうでございますね。実はこのお部屋、ご入居者さまの入れ替わりが激しいお部屋でして……」

「そうなんですか?こんなにいいところ、出ようと思うのが不思議ですけどね。前の人は、なんで退居したんですか?」

「それがですね、ご契約日に忽然と姿を消してしまったのです」

「…え?…グゥ…!」

「ご安心ください。先日ご説明した通り、このお部屋の中では、これまでに人は亡くなっていませんので。ここでは、眠っていただくだけです。内臓はすぐに傷んでしまいますのでね……」

部屋を見回していた男は、首筋に痛みを感じた直後に気を失い、その場に倒れた。

男の意識がないことを確認した店員は、手に持っていた注射器を床に放り投げ、ジャケットのポケットからスマートフォンを取りだした。

「ああ、俺だ。たったいま寝かせたから、回収を頼む。今回も健康そうな若い男だから、内臓が高く売れるだろうよ。ああ、身寄りがいないことは確認済みだから、捜索願いが出されることもないだろうさ……」

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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