【自作ショートショート No.60】『毒殺夫婦』

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ある夫婦がいた。

大きな屋敷に、多くのメイド。広い庭園に、ズラッと並ぶ高級車。

まさに裕福そのもの。誰もがうらやむ暮らしぶりだった。

しかしこの夫婦は、お互いに恨み合っていた。

度重なる浮気、軽蔑、無関心。

そんなものが積み重なり、もはや憎しみしかなくなっていたのだ。

いっそこの世から消えてほしい。夫は、妻の毒殺を計画した。

「酒にコッソリ毒を入れ、飲ませよう。そうすればもう、あの侮蔑の視線ともおさらばだ。思う存分、女遊びができる」

そして妻の方も、夫の毒殺を計画していた。

「料理にコッソリ毒を入れ、食べさせましょう。そうすればもう、浮気に苦しむことはないし、遺産も思うままよ」

意思さえ固まれば、後は早い。

ある晩の食卓で、二人はそれぞれ計画を実行に移した。

ディナーに毒を盛ったのだ。お互いがお互いを殺そうとしているなんて、知る由もなく。

先に動いたのは夫だった。

メイドがディナーを食卓に並び終えると、窓を指さした。

「ほらごらん、今宵は月が綺麗だね」

そして妻が窓を見たスキに、内ポケットから毒の小瓶を素早く取り出し、妻のグラスに一滴垂らした。

冷汗が流れた。

―バレやしないだろうか。もしもバレたら、妻に飛び掛かり、食前酒を無理やり口に流し込んでやろう……。

妻は妻で、毒を盛るタイミングを窺っていた。

だから夫が月の話を振ってきたのは、有難かった。話に乗れば、チャンスを作りやすい。

「あら本当。綺麗な月ね」

と、窓からぼんやりと眺めて見せ、それからおもむろに、夫に冷たい視線を向けた。

「もっともあなたには、あの女の方が、美しく見えるのでしょうけどね」

「な、なんのことだね、女だなんて……」

夫は明らかに、冷汗をかいていた。目がキョロキョロと泳ぐ。

そのスキを狙って、妻は袖に忍ばせておいた毒の小瓶を取り出し、夫の前菜に一滴垂らした。

緊張で心臓が破裂しそうだった。

―もしもバレたらどうしましょう。その時は、この毒入り前菜を、夫の口めがけて投げつけましょう……。

そうとも知らず夫は、妻に食前酒のグラスを差し出した。

この女が毒で苦しむ姿を、早く見たい。

「さぁ、そんな話はよして、食事にしよう」

妻はそれを、即座に拒否。

「わたくし、お酒を飲む気分になれませんの。まずは前菜をいただきましょう。さあ、あなたも召し上がって」

早く食べさせて、この男が毒で転げまわる姿を見たい。

「いや、まずは食前酒だ。なにやら顔色が悪いじゃないか。そんな時こそ酒だよ」

夫は、毒入り食前酒を勧める。

「空腹状態での飲酒は、体に悪いわ。あなたも前菜から食べるべきよ」

妻は、毒入り前菜を勧める。

「食前酒が先だ。マナーは守るべきだろう」

「前菜が先よ。マナーより体への配慮が大事だわ」

「いいから、食前酒だ!」

「前菜を食べなさいよ!」

お互いに、相手を殺したくてたまらない。なんとか毒を口に入れさせようと躍起になった。

―この女、意地でも飲まない気か!

夫はいきり立ち、グラスを持って妻の方へと向かい、顎をつかんで無理やり飲ませようとした。

―この男、意地でも食べない気ね!

妻はカッとなり、前菜を手づかみで夫の口へと押し付けた。

どちらも、決して口を開かなかった。万が一自分の口に、毒が飛び散ったら大変だからだ。

だからお互い、口を硬くつぐんだまま、食前酒を、前菜を、相手の口元になすり続けた。

「旦那様、奥様!どうされました?」

異変に気付き、メイドが廊下から駆け入ってきた。

しかし夫も妻も、口を開くわけにはいかない。黙って相手を睨みつけるしかなかった。

メイドは、双方の口元が汚れていることに気づき、それぞれにナプキンを手渡した。

「まずは、これでお拭きください」

夫も妻も、渡されたナプキンで口を拭った。

少しでも毒がついていたら危険だから、念入りに拭いた。

そしてその直後。

二人が倒れた。

どちらの顔も、みるみるドス黒くなっていった。

両手は首を絞めるかのように喉を抑え、口からは泡がよだれと共に流れ落ちた。

明らかに、毒の症状だった。

二人は床で、数十秒間もがき苦しんだ。もがきはやがて、痙攣に変わった。

そして二人仲良く、ピクリとも動かなくなった。

「あ……」

一部始終を見ていたメイドの口から、声が漏れた。

メイドは二人の死を確認すると、ピョン!と床を跳ねた。

「あぁ~良かった!二人とも死んでくれたわ!」

そして威勢よく万歳をしてから、肩をすくめた。

「笑っちゃうわ。どっちも私に、毒の仕入れをコッソリ頼むのだもの。どっちの言うことを聞いても、私は秘密を知る者として殺される。だったら……」

クックッと声を殺して笑う。

「だったら、二人に死んでもらうのが一番よね」

メイドはやおら、床に落ちた2枚のナプキンを拾い上げた。

「これにも毒を含ませておいて、正解だったわ。二人ともあれだけ拭いたら、毒を吸い込むのも当たり前よ」

廊下の向こうから、バタバタと足音が聞こえてくる。

他のメイドたちが、物音に気付いて駆け寄ってくるのだろう。

「私の仕業だなんて、絶対にバレっこないわ」

鼻で笑い、手にしたナプキンを放り投げた。

「だってこの食卓には、証拠がたくさんあるのだもの。夫婦で殺し合った証拠が、ね……」

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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