稲羽白菟『造反有理 文革楼の殺人』-『十角館』のその先へ。文化大革命と円楼が生んだ異形の館ミステリ【読書日記】

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悠木四季
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『造反有理 文革楼の殺人』

著者:稲羽白菟

おすすめ度: (5.0)
読みやすさ: (4.0)
ストーリー: (4.5)
この作品を一言でいうと

文革下の客家円楼で竹簡になぞらえた連続見立て殺人と疑心暗鬼を描く、歴史社会派×館ものの大本格。

中国南部の深山に、巨大な円形楼閣が隠されている。

そこへ集められたのは、劇作家、詩人、小説家、京劇俳優、作曲家、科学者、高僧たち。

中国全土で文化大革命の嵐が吹き荒れ、知識人や芸術家が次々と標的にされていた時代、彼らは中国文化そのものを未来へ生き延びさせるため、この文閣楼へ極秘に匿われたのである。

文化を壊す外の世界と、文化を守るために作られた内側の世界。

ところが、その文閣楼で殺人が始まる。

しかも犠牲者のそばには、中国古典の偉人たちの死に様を記した竹簡が置かれ、遺体もそこに書かれた最期を再現するような姿で発見される。

外へ逃げることはできない。仲間の誰かが犯人なのか。それとも江青ら四人組が送り込んだスパイが紛れ込んでいるのか。

文化大革命と館もの。

この二つを本気で真正面からぶつけたのが、稲羽白菟『造反有理 文革楼の殺人』である。

640ページというなかなかの長編なのだが、私が圧倒されたのは分量そのものより、その巨大さを必要とするミステリを作者が本当に組み上げてしまったことだった。

目次

文化を守るための館で、文化を使った殺人が始まる

稲羽白菟『造反有理 文革楼の殺人』

おすすめ度:(5.0)

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稲羽白菟といえば、もともと文化や舞台芸術を本格ミステリへ持ち込んできた作家である。

人形浄瑠璃と毒殺・密室を組み合わせた『合邦の密室』、歌舞伎座と『仮名手本忠臣蔵』を絡めた『仮名手本殺人事件』、ジャンヌ・ダルク伝説とフランス現代史を扱う『オルレアンの魔女』、下北沢の小劇場を舞台にした『神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿』。

舞台や芸術を飾りとして置くより、そこからしか生まれない謎の形を探してきた作家だと思う。その到達点として文化大革命を選んだのだから、とんでもない。

文閣楼に避難しているのは、まさに文革が消そうとしていた人々である。四旧打破の名のもとで古い思想、文化、風俗、習慣が攻撃され、作家や芸術家、学者、宗教家が反革命分子として糾弾されていく。その現実から文化人たちを救い出し、周恩来陣営が山奥へ匿う。

つまり文閣楼は避難所であり、文化保存庫であり、小さな理想郷でもある。そんな場所へ、科学院生命科学部長が研究成果を守るため持ち込んだ秘薬が存在する。そして、その薬が殺人に使われる。この皮肉が重い。

守ろうとした知識が人を殺し、守られた文化人たちが中国古典の死を模倣する形で殺されていく。外では文化が破壊され、内側では文化そのものが殺人の意匠へ変わってしまう。

しかも文閣楼は、客家円楼という実在の建築様式をモデルにしている。一族が共同生活し、外敵に包囲されても籠城できるよう作られた巨大な要塞建築。その防御性能が、そのまま逃げられない館の条件へ変換される発想がすごく好みだった。

奇妙な館を一から発明する方向より、歴史の中に実在する建築を使ってクローズド・サークルを成立させる。

建築そのものの意味まで事件へ噛んでくるから、文閣楼という舞台に強い説得力が生まれているのだ。

円楼の殺人と、外で進む国家規模の狂気

本書は円楼内部だけを追っていく作品で終わらない。

東京から始まった物語は、革命無罪、四旧打破、懐疑一切、造反有理という四部へ分かれ、円楼の章と北京、曲阜、上海、武漢、長沙、井岡山などの章を交互に進んでいく。

この構成がとても面白かった。円楼の中では竹簡を使った連続見立て殺人が進行している。一方、その壁の外では紅衛兵による暴力、人民裁判、権力闘争、文化財の破壊が国家規模で起きている。

館ものなら普通、外部を切り離すほど謎は純粋になるはずだ。ところが本作は逆方向へ進む。閉鎖空間を作っておきながら、その外側で何が起きているかを大量に描くのである。それによって、文閣楼の殺人事件が別の顔を持ち始める。

数人が殺されていく館の中では、犯人は誰か、毒はどう使われたのか、竹簡の見立てには何の意味があるのかという本格ミステリのロジックが動く。しかし外では、人数の桁そのものが違う暴力が進行中だ。

そして恐ろしいのは、やがて外側の論理が円楼内部へ入り込んでくるところである。

あいつはスパイかもしれない。あの人物は信用できるのか。敵はこちら側に潜んでいるのでは。

疑念が広がり始めると、文化人たちを救うために作られた場所で、外界と同じ相互監視と告発の構造が再演されてしまう。

この部分を読んでいて、クローズド・サークルという形式が文化大革命と恐ろしいほど相性のいいことに気づかされた。館ものでは全員を疑うことがゲームの前提になる。しかし文革の世界でも、隣人、友人、家族まで疑い、思想をチェックし、敵を探す行為が日常化していた。

ミステリでは楽しいはずの全員容疑者が、ここでは歴史的恐怖と接続してしまうのである。

この構造は現代にも妙な近さを持っている。根拠の弱い情報が広まり、誰かにレッテルが貼られ、集団の感情が一方向へ走る。文革ほどの暴力へ直結しなくても、言葉による告発や排除そのものは見覚えのある光景だ。

だから半世紀前の中国を描いているのに、遠い時代の特殊な出来事として処理しにくい。

本作の大きなモチーフとして使われるプッチーニのオペラ『トゥーランドット』も、この構造と深く結びついている。

三つの謎を解けなければ求婚者は斬首される。謎解きと死が直結したオペラであり、冷酷な王女トゥーランドットの姿は、文化芸術の世界を強大な権力で支配した江青とも重なっていく。

代表的なアリア『誰も寝てはならぬ』は、知識人迫害を描いた映画『キリング・フィールド』ともつながる。稲羽白菟が幼いころに触れたポル・ポト政権下の惨劇、その源流へ文化大革命という歴史が伸び、そこからオペラ、本格ミステリ、京劇、中国古典まで一本の線で結ばれていく。

素材だけを見ると、とんでもない情報量だ。それでも散漫になりにくいのは、稲羽白菟が異質な文化を並べて豪華に見せる方向より、それぞれをミステリの構造へ変換していく作家だからだと思う。

『トゥーランドット』も京劇も竹簡も円楼も、最終的には謎を考えるための装置として動き始めるのだ。

『十角館の殺人』を受け継ぎ、その先へ進む館

そして本作には、綾辻行人『十角館の殺人』への強い意識もある。

稲羽白菟自身、『十角館』を館もの本格ミステリの大きなマイルストーンと捉えている。

館ものを書く以上、その存在を避けて通るより、真正面から受け止めたうえで、そこから何を作れるかを考える。本作におけるオマージュも、そこから始まっている。

目指したのは、『十角館』と似た作品を作ることより、その達成を土台にして、自分なりの方法で館ものを先へ進めることだったという。その姿勢がよく見えるのが、まず文閣楼そのものだ。

『十角館』が十角形なら、こちらは円形。ただし稲羽が選んだのは、ミステリのために考案した架空の奇妙な建物ではなく、中国南部に実在する客家円楼である。

複数の家族が共同生活を送り、外敵に襲われた際には籠城戦にも耐えられるよう作られた要塞型の住居。その現実の建築条件を利用して、逃げ場のない館を成立させている。

これは『仮名手本殺人事件』にも通じる稲羽白菟らしい発想だ。あちらでは実在の歌舞伎座と、上演中に客席への出入りが禁じられる通さん場という決まりを利用して密室を作った。

本作でも同じように、ミステリの都合に合わせて世界を作るより、すでに存在している文化や建築が持つ制約を拾い上げ、それ自体を謎の条件へ変えていく。

私はこの方法がとても好きだ。円楼が丸いから珍しい、という話で終わらず、なぜこの建物なら人々を匿えるのか、なぜ外界から切り離されるのか、その歴史的な役割までクローズド・サークルの成立条件に組み込まれている。

館の形と物語の背景が別々に置かれず、文化大革命という時代と建築そのものがぴたりと噛み合っているのである。

『十角館』との関係は、建物だけに及ばない。『十角館』では、登場人物たちに海外ミステリ作家の名前をもとにした呼び名が与えられ、それぞれの名前が人物を示す記号として働く。その記号性そのものが、物語の仕掛けとも深く結びついていた。

稲羽白菟は今回、その発想を別の方向へ伸ばしている。『造反有理 文革楼の殺人』に登場する主要人物は中国人で、名前も中国名だ。しかし作者は、それらの名前を単に外国らしさを示すものとして置くより、本格ミステリにおけるキャラクター名という記号として意識している。

ここが面白いところだ。本作は徹底して文化大革命期の中国を描きながら、その悲劇を中国という特定の国だけに閉じ込めようとはしていない。

名前を記号として扱うことで、文閣楼で起きていることが、現代の日本にも、別の国にも、未来のどこかにも起こりうる出来事として輪郭を変えていく。

互いを疑い、誰かを敵と決め、言葉によって排除し、集団の熱狂が個人の理性をのみ込んでいく。その構造に国境はない。

中国史を題材にした歴史小説として読むだけでは、ここを取りこぼしてしまう気がする。本作の芯にあるのは、日本の本格ミステリが積み重ねてきた技法であり、その技法を使って文革という巨大な歴史を現在へ引き寄せる試みなのだ。

『十角館』から続く、人間描写という問題

さらに稲羽は、『十角館』を語る際に避けて通れない、本格ミステリと人間描写の問題にも踏み込む。

『十角館』刊行当時、人間が描かれていないという批判があったことはよく知られている。

登場人物をある程度記号化し、ロジックと構造を優先する本格ミステリにとって、人間を描くとはそもそも何を意味するのか。人物の内面を細かく書けば、それで人間を描いたことになるのか。本格ミステリという形式そのものに、別の形で人間へ迫る方法があるのか。

本作では、そんな議論を登場人物たち自身が交わしていく。これが作品の内容とよく噛み合っているのだ。

文閣楼へ集められた人々は、本格ミステリの容疑者として見れば閉鎖空間へ配置された駒でもある。同時に、文化大革命によって人生や仕事、尊厳を奪われかけた一人ひとりの人間でもある。

誰が犯人なのかを疑う視線と、この人を単なる容疑者として見ていいのかという感情が、こちらの中で何度もぶつかる。

論理のために人物を配置する本格ミステリと、人間を集団のラベルへ押し込めていく文化大革命。

まったく別のものに見える二つが、本作では人間を記号化するという一点で危うく接近する。そのうえで稲羽白菟は、記号として配置された人物から、どこまで個人の生を取り戻せるのかを640ページかけて追っていく。

そう考えると、『十角館』へのオマージュという言葉の意味も少し変わって見える。

館、名前、閉鎖空間、外部と内部、そして本格ミステリにおける人間。

『十角館』が日本の新本格へ投げ込んだものを一つずつ拾い上げ、それを文化大革命というまったく別の歴史と衝突させる。その結果として生まれたのが文閣楼なのだと思う。

さらに面白いのが、ノックスの十戒への挑発である。第十戒には、中国人を登場させてはいけないという、1920年代当時の偏見をそのまま映した悪名高い項目がある。本作の主要人物は中国人。最初から堂々と踏み越えている。

館ものの伝統を愛しながら、その伝統が抱えていた古い価値観には従わない。古典本格のルールを使いつつ、ルールそのものまで検証の対象へ持ち込んでしまう。その姿勢まで含めると、タイトルの造反有理が俄然面白くなってくる。

物理的にもすごい本である。喜国雅彦の装画、坂野公一による装幀、函入り上製本、登場人物一覧を載せた独立した栞。巻末には千街晶之の解説と参考資料まで収録され、帯には島田荘司、貫井徳郎、竹本健治、京極夏彦という面々が並ぶ。

ただ、私が最後に圧倒されたのは、その豪華さよりも、タイトルの意味だった。

革命無罪。四旧打破。懐疑一切。そして造反有理。

人々を扇動し、文化を壊し、隣人を疑わせた言葉が章題として並び、最後には造反せよという言葉が、本格ミステリそのものへ向け直される。

巨大な円楼の中で、竹簡に書かれた古代の死がひとつずつ現実になっていく。その外では、別の種類の狂気が国全体を覆っている。

その二つの狂気の間に置かれるのが、謎を解こうとする理性だ。

文閣楼は外敵から人を守るための建築だった。

最後に試されるのは、厚い壁の強さではなく、その壁の内側で人間が理性を守り切れるかなのである。

この記事を書いた人

悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書するミステリ好き人間。

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