『悪魔情報 ある失踪したネットアイドル捜索スレ』- スレッド形式ホラーの到達点がここに【読書日記】

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インターネットの片隅には、冗談と怪異の境目が曖昧になる場所がある。

誰が書いているのかわからない。真面目なのか、ふざけているのかもわからない。助けを求める声があり、その横でどうでもいい茶々が入り、気づけば画面の向こうで何かとんでもないことが起きている。

匿名掲示板のスレッドには、そういう独特の熱と雑さと不穏さがあった。

城戸『悪魔情報 ある失踪したネットアイドル捜索スレ』は、その空気を小説として再現した一冊だ。しかも単なる懐かしのネット文化パロディでは終わらない。

掲示板の軽口、下ネタ、煽り、大喜利めいた応酬の奥から、本気の怪異がぬっと顔を出す。笑っていたはずなのに、いつの間にか足元の床が抜けているみたいな体験だ。

前作『悪魔情報』に続くシリーズ第2弾である本作は、2005年前後の匿名掲示板文化を模したスレッド形式で進んでいく。

収録されているのは、『人の心が読めるんだけど質問ある?』『何者かに毎晩後をつけられてるんだが』『永遠について』、そして表題作へつながる『失踪したネットアイドル穴井牢屋を捜索するスレ』など全6スレッド。

どれも最初は、ネットでよく見る怪しげな書き込みのように始まる。だが、レスが積み重なるにつれて、ただの釣りでは済まされない異常事態へ変わっていく。

私がこのシリーズに惹かれるのは、ホラーとして怖がらせる以前に、スレを読んでいる感覚そのものを楽しませてくれるところだ。小説を読んでいるというより、昔どこかで開いたまとめサイトのログを、夜中に延々とスクロールしている感じに近い。

しかもそこに、きちんと物語としての設計がある。ふざけたレスの山が、後になって思わぬ意味を持つ。しょうもない言葉が、怪異のルールとつながる。これが面白くてたまらないのだ。

目次

掲示板という名の劇場

『悪魔情報 ある失踪したネットアイドル捜索スレ』

おすすめ度:(4.6)

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『悪魔情報』シリーズの基本的な流れは、語り手が謎の存在「jake」を消す手がかりを求めて、固定ハンドルネーム「悪魔情報」が現れたスレッドを集めていく、というものだ。つまり私たちは、単発の怪談を読んでいるようでいて、同時に大きな謎の一部も追っている。

この二重構造がいい。各スレッドは、それぞれ一本のネット怪談としてちゃんと面白い。変なスレが立ち、住民が集まり、ふざけたり疑ったりしているうちに、いつの間にか本物の怪異が顔を出す。

それだけでも十分に読ませるのだが、そこへ「悪魔情報」という謎のコテハンが現れると、話の見え方が一気に変わる。ばらばらに見えた怪異が、同じ世界のどこかで響き合っているように思えてくるのだ。単発怪談の気軽さと、シリーズ全体を追いかける楽しさ。その両方が同じ画面の中で走っている。

そして何より、掲示板の再現度がいい。スレ主、名無しさん、コテハン、茶々を入れる者、やたら詳しい者、無意味なことを言う者。全員の名前も顔もわからないのに、レスの温度だけでなんとなく存在感が立ち上がる。

これは小説というより舞台劇に近いのではないか、と思った。狭いスレッド空間の中で、全員が即興で言葉を投げ合い、場の空気を作っていくこの感じはやっぱり好きだ。

ただし本作が再現しているのは、現実のネットそのものではない。実際の匿名掲示板にあった不快な部分はうまく調整されている。だからこそ、こちらは余計なストレスに引っかからず、あの頃のネットっぽさだけを浴びることができる。

言ってしまえば、これは理想化された掲示板だ。汚いのに、どこか愛嬌がある。くだらないのに、妙に人間くさい。

その空間に怪異が入り込むと、途端におかしな化学反応が起きる。深刻な事態が進んでいるのに、誰かがふざける。死人が出そうなのに、くだらないレスが挟まる。普通なら緊張感が壊れるはずなのに、本作ではその脱線こそが怖さを増幅させる。

なぜなら、スレ住民たちは最後までネットのノリを捨てられないからだ。危機が本物だとわかっても、言葉の反射神経だけは止まらない。そこが妙にリアルで、同時におそろしい。

失踪したネットアイドルと、観客席の崩壊

表題作『失踪したネットアイドル穴井牢屋を捜索するスレ』は、本作の中心に置かれた長編パートだ。

ネットアイドルの穴井牢屋が、福井県鯖江市でのイベントを最後に姿を消す。さらに、彼女を追っていたファンたちまで、アカウントごと消えている。そこで掲示板の住民たちが、残された情報を持ち寄り、失踪の謎を追い始める。

この導入がとてもいい。ネット上に残った断片を集める感じ。過去の投稿、イベントの痕跡、誰かの証言、消えたアカウント。まさに現代の怪談である。怪異は山奥の廃村や古い屋敷だけでなく、検索履歴やSNSの空白にも宿る。ここに本作の現代性がある。

面白いのは、最初は失踪したアイドルを探す話だったはずのものが、途中から探している側が巻き込まれる話へ反転していくことだ。

掲示板の住民たちは、本来なら安全な場所にいる。画面の前であれこれ言っているだけの観客だ。だが、このシリーズではその観客席が安全ではない。書き込む。検証する。メールを送る。ほんの少し関わる。その瞬間、怪異の対象になってしまう。

ここがネット怪談として怖いところだ。昔ながらの怪談なら、「その場所へ行ってはいけない」「その儀式をしてはいけない」みたいな距離感がある。けれど本作の怪異は、クリックや投稿やメール送信といった、あまりにも日常的な行為から入ってくる。特別な覚悟などいらない。むしろ軽いノリでやってしまう。その軽さが命取りになるのだ。

そして、そこに現れるのが「悪魔情報」である。オカルトにもSFにも歴史にも妙に詳しく、怪異のルールを解説してくれる謎のコテハン。普通なら頼れる導き手になりそうな存在だが、彼は万能の救済者ではない。

むしろ言っていることが突飛すぎて、スレ住民から普通に舐められる。ここがいい。救世主めいた存在なのに、掲示板ではただの変な人扱いされる。このズレこそが本作の味だろう。

ただ、彼の言葉によってスレッドの見え方は一気に変わる。バラバラに見えていた現象が、急にひとつの地図の上に並びはじめるのだ。なんとなくヤバい、なんとなく怖い、で済んでいたものに、妙な理屈とルールが生まれてしまう。

これがまた怖い。わからないまま怖いのも嫌だが、少しだけわかってしまう怖さはもっと嫌である。ここでホラーとしての温度がぐっと上がるのだ。

笑いながら世界が壊れていく

本作を語るうえで避けて通れないのが、恐怖と笑いの同居だ。

普通、ホラーでギャグを入れすぎると怖さが薄まる。ところが『悪魔情報』は、むしろギャグがあるから怖い。

スレ住民たちは、どれだけ状況が悪化してもふざける。下品な書き込みもする。揚げ足も取る。どうでもいい方向へ話を脱線させる。こちらも笑ってしまう。笑ってしまうのだが、その横で怪異は容赦なく進行している。

この落差こそ『悪魔情報』の魅力だ。怪異の側は、掲示板のノリに付き合ってくれない。冗談を言っても、茶化しても、煽っても、現象は止まらない。

だからこそ、人のふざけた言葉が逆に切実に見えてくる。スレ住民たちのバカバカしいやりとりは、恐怖から目をそらすための防具でもあるし、集団でパニックを処理するための儀式でもある。

私は『悪魔情報』のこういうところが好きだ!ネット文化独特の妙な面白さを感じて仕方がないのである。匿名で、無責任で、軽くて、時にはどうしようもない。けれど、誰かが書き込めば、どこからともなく返事が来る。事件めいたものが起これば、野次馬も考察勢も冷やかしも集まってきて、勝手に場が動き出す。

そこにあるのは、きれいな善意だけではない。悪意もあるし、茶化しもあるし、暇つぶしの残酷さも混ざっている。それでも画面の向こうには、たしかに人の気配が残っている。『悪魔情報』は、そのぐちゃぐちゃした人間臭さを、そのままホラーの燃料に変えているのだ。

また、城戸の文章は文字だけで笑わせることに対してとても貪欲だ。掲示板形式なので、地の文による説明は少ない。ほぼレスの応酬だけで状況を進め、笑わせ、怖がらせ、伏線まで仕込む。これは見た目以上に難しいはずだ。

しかも、前半で散らばったふざけた要素が、後半で思わぬ理屈を得て回収される。くだらなさと構成力が見事に両立しているわけだから、これはもう職人芸だ。

『悪魔情報 ある失踪したネットアイドル捜索スレ』は、ネットノスタルジーをくすぐるだけの一冊ではない。掲示板という匿名空間で、言葉がどう暴走し、笑いがどう恐怖と結びつき、悪意や冷やかしがどのように世界の輪郭を崩していくのかを描いた、現代的な怪異小説だ。

ページをめくる感覚は、どこかスクロールに似ている。次のレスが見たい。次の展開が知りたい。もう少しだけ読もうと思っているうちに、スレッドの底へ引きずり込まれていく。

笑っていたはずなのに、気づけば背後が気になっている。ホラーとしても、ギャグ小説としても、ネット文学としても、これは相当に攻めた一冊である。

匿名掲示板という、今では半ば過去の文化になりつつある場所を使いながら、本作が描いているものは古びていない。むしろ、SNS時代の私たちにもそのまま突き刺さるものだ。

画面越しなら安全だと思っている。匿名なら責任が薄いと思っている。見ているだけなら巻き込まれないと思っている。

けれど、『悪魔情報』の世界では、その油断こそが入口になってしまう。

ネットの向こう側にあるものは、本当にただの情報なのか。誰かの冗談なのか。あるいは、こちらを見つめ返している何かなのか。

そんな不気味な感触を、くだらない笑いと一緒に差し出してくる。『悪魔情報 ある失踪したネットアイドル捜索スレ』は、ネット怪談の皮をかぶった、言葉と空間の暴走劇だ。

レスの向こうに、何かがいる。スレッドを閉じたあとも、何となく画面の端が気になる。もう更新されないはずのログに、次のレスが増えていそうな気がする。

そんな不安が一度でも頭をよぎったなら、この本の勝ちである。

そして私は見事に負けた。

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悠木四季

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この記事を書いた人

悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

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