『サプライズ・エンディングス 罠』- どんでん返しの魔術師、その短編の切れ味と騙される快感【読書日記】

ジェフリー・ディーヴァーを読むたびに思うのだが、この人はやはり、人を騙して驚かせることに異様な情熱を持った作家だ。
しかも、その騙し方が雑ではない。ただ派手に話をひっくり返すのではなく、きっちり論理を積み上げたうえで、こちらが当然だと思っていた前提を最後にするりと外してくる。
だから悔しいのに気持ちいい。ミステリ好きにとって、かなりたまらないタイプの快感である。
『サプライズ・エンディングス 罠』は、そんなディーヴァーの持ち味が短編という形式の中で濃縮された一冊だ。しかも面白いのは、これが単なる短編の寄せ集めではないことだろう。
海外では電子書籍の単品として発表されていた作品を、日本独自の編集で一冊にまとめた短編集なのである。この成立の仕方そのものが、まずちょっと楽しい。
私はこういう本に弱い。ただ作品が収録されているだけではなく、「この並びでこのテーマで読ませる」という編集側の意志が見える本は、それだけで読書体験が少し豊かになる。
本書もまさにそうで、タイトルの『罠』が示す通り、それぞれ違う方向から読者の認識を揺さぶる作品が集められている。
読んでいるあいだ何度も、今まさに誘導されているな、と分かるのに、それでも引っかかる。その感じがとてもいい。
日本限定短編集というおもしろさ
本書の大きな魅力のひとつは、やはり日本限定作品集という点だろう。
海外ではばらばらに存在していた中短編が、日本では『罠』というテーマのもとで一冊にまとめられている。この時点で、すでにただの輸入短編集ではない。編集によって、作品群に新しい輪郭が与えられている。
日本のミステリ好きは、短編単体の切れ味だけではなく、一冊としてどうまとまっているかをかなり気にする。本書はそこがうまい。
犯罪組織、暗殺計画、群像劇、マフィア抗争と、題材はそれぞれ違うのに、読み終わるとたしかに同じ地平の上に置かれていた感じが残る。
どれも結局は、人がどんな先入観に引っかかるのか、どうやって物語に騙されるのかをめぐる話になっているからだ。
それに、こうして一冊にまとまっていると再読も楽しい。ディーヴァーの短編は、結末を知ったあとに読み返すと印象がかなり変わる。最初は流していた一文が急に意味を持ちはじめるし、さりげない描写が妙に気になってくるのだ。
短編をまとめて読めることで、ディーヴァーがどういうふうに罠を仕掛ける作家なのか、その癖まで見えてくる。これはかなり贅沢だと思う。
短編だからこそ見える、ディーヴァーのうまさ


絵:悠木四季
ディーヴァーは「どんでん返しの魔術師」と呼ばれることが多いが、私は本当のすごさは、そのどんでん返しを成立させる配置のうまさにあると思っている。
驚きだけなら、派手にやろうと思えばできる。だが、あとから振り返ったときに「ちゃんと書いてあった」と思わせるには、かなり繊細な設計が必要だ。
本書では、その設計の精度が短編ゆえにより見えやすい。長編なら複数の事件や人物関係の流れの中に伏線を沈められるが、短編ではそうはいかない。使える手数が少ないぶん、一つ一つの情報がかなり重要になる。背景描写も会話も、あとで思い返すとちゃんと意味がある。この無駄のなさが気持ちいい。
巻頭の『どんでん返し』は、その意味でかなり象徴的な一編だ。ミステリ作家が、現実の犯罪組織に対抗するための作戦づくりに関わるという時点で、かなりメタっぽくて楽しいのだが、面白いのはそこから先である。
小説の中でなら機能しそうな完璧な筋書きが、現実の人間相手にどこまで通用するのか。計画通りに見えるものが本当に計画通りなのか。この揺さぶり方がじつにディーヴァーらしい。
『魔の交差点』もよかった。複数の人物の視点が少しずつ交差していく群像劇なのだが、読んでいるうちにこちらの頭の中で勝手に一つの事件像ができあがっていく。
そして、その像が最後に崩される。人は断片しか見ていないのに、すぐ全体を分かった気になってしまうのだな、とあらためて思わされる一編だった。
『麗しきヴェローナ』も印象に残る。シェイクスピア的な悲劇を思わせる設定を置いておいて、そこに寄りかかったこちらの予想をずらしてくるあたりが実に意地が悪い。
だが、その意地の悪さがうれしい。こういう知っているはずの物語が罠になる感覚は、ミステリならではの楽しさだと思う。
リンカーン・ライム短編のうれしさ
本書の中でやはり目を引くのは、『完全犯罪計画』だろう。リンカーン・ライムものと聞くだけで、シリーズのファンとしてはかなりうれしい。しかもこれは、単なるおまけではなく、長編の幕間に置かれる短編としてちゃんと機能している。
ライムの魅力は、天才的な頭脳だけではない。四肢麻痺という大きな制約を抱えながら、それでも論理と観察で事件に挑んでいくところに、この人物の強さと危うさが同時にある。
本作で面白いのは、その「自分は備えている」「自分は安全を計算できる」という認識そのものが揺さぶられることだ。単なる襲撃ではなく、認識の足場を崩してくるのがいい。
そしてやはり、アメリア・サックスの存在が効いている。ライムものは科学捜査の面白さも大きいのだが、シリーズを追っていると、この二人の関係の温度もかなり大事だと分かる。本作のような短い尺でも、その信頼関係がちゃんと見えるのがうれしい。
さらに、ウォッチメイカーの影がちらつくことで、短編なのにシリーズ全体の緊張感にも接続されている。このへんはやはり抜け目がない。
単体でも楽しいし、シリーズの流れの中で読むとさらにおいしい。ファンにとってかなり気分のいい一編だった。
罠に引っかかる快感こそディーヴァーである
本書を読んであらためて思うのは、ディーヴァーの作品は騙されたこと自体が快感になるようにできている、ということだ。
普通なら騙されるのは嫌なはずなのに、ミステリではそれがうれしい。しかも、その騙しが公正で、論理的で、美しく決まっていればいるほど、むしろ満足感が増す。本書はまさにその感覚をしっかり体験させてくれる。
もちろん、長編のような大きなうねりや、たっぷりしたカタルシスを期待すると、短編ならではの余白が少し物足りなく感じる人もいるかもしれない。
でも私は、その余白も含めてこの本の魅力だと思った。全部を説明し切らず、少しだけ不穏さを残して終わる。その感じが『罠』というタイトルにとてもよく似合っている。
そして忘れてはいけないのが、池田真紀子訳の安定感である。ディーヴァーの無駄のない文体、情報の速さ、伏線の潜ませ方を、日本語でここまで自然に読ませるのはやはりすごい。
ミステリの翻訳は、意味が通ればいいというものではない。ヒントを出しすぎず、かといって不自然にもせず、結末でちゃんと「あれがそうだったのか」と思わせなければならない。本書はそのバランスがとても気持ちよかった。
『サプライズ・エンディングス 罠』は、ディーヴァーの短編技巧をまとめて味わえる一冊であり、同時に「人はどうやって騙されるのか」を軽やかに突きつけてくる本でもある。
長編ほどの重さはない。だが、そのぶん一撃が鋭い。短い時間でしっかり足元をすくわれたい人には、かなり向いている。
罠だと分かっていても踏みにいきたくなる。
いや、罠だと分かっているからこそ踏みにいきたくなる。
その倒錯した楽しさを、これほど見事に作品へ変えてしまうあたり、やはりディーヴァーは頼もしい。
ミステリ好きとしては、こういうふうにきれいに騙される時間を、いつまでも歓迎したいのである。
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