島田雅彦『パンとサーカス』- 世直しのために政府の要人を標的にする若者たちの物語

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暴力団組長の息子・空也(くうや)と、その親友・寵児(ちょうじ)は、高校時代に「コントラ・ムンディ」という秘密サークルを作った。

ラテン語で「世界の敵」を意味するそのサークルで、二人は日々世界の滅亡を願い、新しい世界で主導権を握る想像を楽しんでいた。

卒業後は、空也は二代目組長としての修行に励み、寵児はニューヨーク留学を経てCIAのエージェントになり、それぞれの道を歩んでいた。

ところが運命のいたずらか、二人は再び一緒に「世界の敵」として活動することになった。

右翼のフィクサーが、「世直し」の話を持ち掛けてきたのだ。

終戦以来アメリカの傀儡となっている日本を正すため、空也と寵児は政府の要人たちを狙うテロを起こすことになり―。

食料(パン)と見世物(サーカス)を与えられることで安穏としている日本に、二人の若者が活を入れる。

大スケールで迫る、政治エンターテイメント巨編!

目次

実在の政治家がモデルというリアリティ

『パンとサーカス』は、現在の日本に不満を抱く二人の若者・空也と寵児が、世直しという名の連続テロを起こす物語です。

タイトルの『パンとサーカス』は、元々は古代ローマの詩人の言葉だそうで、パンは食糧を、サーカスは見世物を意味します。

当時のローマでは、民衆はこの二つがありさえすれば日々の暮らしに満足し、政治に不満を持たなかったようです。

つまり裏を返せば、「政治家は民衆に食糧と見世物さえ与えておけば、不満を持たれることなく好き勝手にできる」ということですね。

そして今の日本もまさに似た状態であり、この平和ボケした世の中を正そうと空也と寵児が大暴れする物語が、『パンとサーカス』なのです。

政治小説ということで「難しそう」という印象を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、心配ご無用。

むしろスケールの大きさと緊迫感とで、読み出したら止まらない面白さがあります。

何がすごいって、現在(作品連載中の2020年頃)の日本が舞台ですから、リアリティがものすごいのですよ。

たとえば作中の政治家は実在の人物がモデルであり、安倍元首相を思わせる政治家が登場します。

アメリカの大統領も、トランプ氏をモデルとしたであろうジョーカー大統領です。(このネーミングセンスも絶妙ですよね!)

このように現実感のある舞台で、主人公二人が右翼フィクサーと手を組んで高級官僚たちを標的とした連続テロを起こしていくわけですから、とても絵空事とは思えません。

「え、新聞で有名なあの人物まで標的に!?」

「政府は、日本は一体どうなってしまうの?」

と、ハラハラしながら読めます。

政府と国民の現状に警鐘を鳴らす作品

『パンとサーカス』は、二部構成になっています。

第一部では、主要人物たちのバックボーンが群像劇風に描かれており、いわば人物紹介編と言えます。

たとえば、空也は組織拡大のために人材派遣会業に勤しんだり、寵児は父親を「ある事情」から消されたため復讐心を燃やしたり。

こういったエピソードのひとつひとつを、複数の短編小説のように楽しめますよ。

そして第二部からがいよいよ本番で、テロという名のやりたい放題の世直しが始まります。

今の日本を変えるには、どういう組織を利用し、どういうダメージを与えれば良いかが、それはもう緻密に徹底的にシミュレーションされます。

あまりに見事な計画性に、「もしや実際に行われていることでは?」と思えるくらい!

政治家たちの描写がまたリアルで、アメリカの言いなりになっている感や、国民の顔色よりも海外の顔色を窺っている感が、しっかり描かれています。

もちろんフィクションではありますが、「確かに今の政治家って、こんな感じかも!」と大きくうなずいてしまう部分が多々あって、読みながらつい興奮してしまうんです。

と同時に、国民がこういった政治の状況に目を向けず、「パンとサーカス」を与えられながらノンビリ過ごしている様子も描かれ、ハッとさせられます。

日本を対中国の盾として使い潰す気満々のアメリカと、そのアメリカのために税金をセッセと使う日本政府。

「あれ?このままでは日本はやばいのでは……?」と読みながら疑問が湧いてくるのですが、実はこれこそが本書の真のテーマです。

ほとんどアメリカの傀儡と化している今の日本は危険であり、「パンとサーカス」に満足してマッタリしている場合じゃないぞと、この作品は警鐘を鳴らしているのです。

この危機感を真剣に受け止め、テロに深く関わっていく空也と寵児。

彼らが日本をどう変えようとするのか、政府がそれにどう対抗していくのか、驚愕の展開をぜひご自身でお確かめください!

「あの事件」の後、さらに話題に

『パンとサーカス』は、作家の島田雅彦さんが新聞で連載されていた小説です。

北海道新聞、東京新聞、中日新聞、西日本新聞で、2020年7月から2021年8月にかけて連載されました。

新聞には多くの政治家の名前が掲載されていますし、その政治家たちをモデルとした人物が登場してテロの標的となる『パンとサーカス』は、とても目を引いたようです。

そして連載が終わり、加筆修正を経て2022年3月に書籍として刊行されたのですが、なんとその後、より一層注目を集めることになりました。

というのも発売された矢先に、ある大事件が起こったからです。

元首相が自作の銃で殺害された、あの事件です。

もちろん『パンとサーカス』はフィクションですから、この事件と直接的な関係はありません。

それでも内容が「政府の要人に対するテロ」ですから、事件後にこの作品に関心を持つ人が急増したそうです。

なんとも皮肉な理由ではありますが、大きな話題になった作品であることは間違いないので、ぜひ一度読んでみることをおすすめします。

テロが一体何をもたらすのか、そして国民が何の疑問も抱かずにパンやサーカスで満足していると国が一体どうなるのかを、圧倒的なリアリティをもって感じさせてくれる作品です。

読むことが、日本のより良い未来への一歩につながるかもしれません。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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