中山七里『連続殺人鬼カエル男 完結編』- 心神喪失者は罰せられない?刑法第39条に問いかける社会派ミステリー

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極めて残酷な殺害方法と稚拙な犯行声明文とで世間を騒がせた連続殺人犯・カエル男。

その正体は、ピアノ講師の有働さゆりだった。

さゆりは解離性同一性障害と診断されたため医療刑務所に収監されていたが、脱走して行方不明に。

ほどなくして、再び猟奇殺人が起こり始める。

最初の被害者は弁護士の烏森で、次が同じく弁護士の木嶋と、名字はどちらも「カ行」。

この五十音順にこだわる殺害と、現場には例の犯行声明文が残されていたことから、警察はカエル男を警戒しつつ次のターゲットを予測する。

ところが第三の被害者となったのは津万井という弁護士で、「カ行」ではなかった。

なぜカエル男は、自分がこだわり続けてきた法則を破ったのか。

カエル男を追い続けてきた捜査一課の渡瀬と古手川は、この新たな局面に翻弄され―。

目次

脱走したカエル男がさらに残虐に

『連続殺人鬼カエル男 完結編』は、「カエル男シリーズ」の最終巻です。

カエル男と言えば、死体をフックで吊り下げたり、粉砕したり炭化させたりと、人体を残虐な方法で損壊させてきた連続殺人鬼。

狂気に満ちた無慈悲な手段は、ミステリー界でも話題になりました。

そのカエル男が医療刑務所から脱走し、再び猟奇的な連続殺人を始めたというのが今作の導入部分。

解離性同一性障害(いわゆる多重人格障害)と診断されたカエル男が、今回は遺体にどれほど残忍なことをするのでしょうか。

これがもう、期待を裏切らない酷すぎる手口なのです。

第一の被害者である烏森は、長距離トラックで延々と引きずられて全身ボロボロ。

もはや原型を留めておらず、元はヒトだったとようやく判別できる程度です。

第二の被害者・木嶋はカラスの大群に全身をついばまれ、第三の被害者・津万井は食品工場の乾燥室で全身の水分を奪われカサカサに。

やはり原型はなく、あまりにも無惨。

しかも今回の連続殺人は、これまでとは違っていました。

まず、死体を損壊させるのではなく、「生きたまま」ボロボロにしたこと。

今までのカエル男では見られなかったやり方であり、より残虐性が強いです。

また、カエル男は名字の五十音順で殺すことにこだわっていたのですが、今作ではそうではありません。

なぜここに来てルールを変えてきたのか、これこそが物語の焦点!

正体は有働さゆりと判明しているので、警察の目的としては、ルール変更の謎を解き、新たな犯行を防ぎ、さゆりの身柄を確保することとなります。

捜査に当たるのは、おなじみの刑事コンビ・渡瀬&古手川ですが、二人とも突然のルール変更に首をひねるばかり。

特に古手川はさゆりに特別な思いを抱いているので、それが捜査にどう絡んでくるのか、読者としては気になるところです。

守るべきは犯人の人権か、それとも…

もうひとつ物語の焦点となっているのは、刑法第39条、「心神喪失者の行為は罰しない」 という法律です。

責任能力がない者を罰することは重大な人権侵害になるため、精神疾患などで心身を喪失している者は、たとえ人を殺しても無罪になります。

もちろん精神障害の程度によりますし、責任能力がないことを弁護士が法廷で証明する必要があります。

そして今作でカエル男ことさゆりが殺害したのは、まさにこの「精神障害者の人権を守ってきた、人権派弁護士」なのです。

「守ってきた」と言うと聞こえは良いですが、彼らの活動には実際には問題が多々ありました。

たとえば第二の被害者・木嶋は、七年前に女児を誘拐して殺害した男を、精神疾患を理由に無罪にしました。

犯人は釈放されたのですが、数年後にまた同じような殺人を犯してしまいます。

無罪放免になったことで、悲劇が繰り返されたのですね。

そういった経緯から作中では、人権派弁護士と刑法第39条がかなり疑問視されているのです。

「精神障害があるからって、殺人犯を無罪にしても良いのか?」

「守るべきは犯人の人権よりも、被害者遺族の思いや生活では?」

などなど有識者の間で議論が交わされ、やがて世間を巻き込む論争に発展していきます。

さゆりも解離性同一性障害があるため、刑法第39条で守られるべき立場です。

にもかかわらず、なぜ自分を守ってくれそうな人権派弁護士たちを殺害したのか。

しかも殺し方が残酷すぎるため、世間はさゆりが無罪になることをまず認めないでしょう。

つまりさゆりにとってこの連続殺人は、自分の首を絞めるようなものなのです。

なのになぜ、ルールを変更してまで殺害し続けたのか。

このあたりに着目しながら読むことで、本書は一層深く味わえると思います。

狂気の中に熱いドラマがある完結編

『連続殺人鬼カエル男 完結編』は、社会はミステリーで知られる中山 七里さんの作品です。

シリーズとしては、『連続殺人鬼カエル男』、『連続殺人鬼カエル男 ふたたび』に続く第三弾ですが、物語としては間に別の作品を挟んで繋がっています。

『嗤う淑女 二人』という別シリーズの作品です。

こちらは、優れた知能と美貌とを持つ稀代の悪女・美智留を描いた物語で、その中で美智留の共犯者として、さゆりが登場するのです。

時系列としては『連続殺人鬼カエル男 ふたたび』の後であり、医療刑務所から脱走した直後のさゆりが描かれています。

具体的には、美智留が立てた計画に乗って、毒殺だの、バス爆破だの、学校への放火だの、無差別殺人を好き放題にやらかす感じですね。

サイコパス同士の結託であり、これまたすごい内容なので、こちらもおすすめの一冊!

そして美智留と別れた後の物語が、本書『連続殺人鬼カエル男 完結編』です。

こちらではさゆりは共犯者ではなく、正真正銘の主犯ですから、別の意味で恐ろしい。

なにせ解離性同一性障害を持つさゆりの主義主張がモロに手口に反映されているため、ひとつひとつの殺人に深みがあるのです。

感情のはけ口だったり、恨みだったり、あるいは希望だったりと、さゆりがどんな思いで遺体をここまでグロく損壊させたのかを考えながら読むと、身震いしてきますね。

また古手川との関係が、さゆりの行動に一層の深みを与えています。

特に終盤、さゆりと古手川との会話は、狂気と緊迫感の中に大きなドラマ性があります。

最終的にさゆりが、カエル男が、どのような末路を辿るのか。

ぜひ見届けてください!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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