下村敦史『あいつも誰かに殺される』- SNSで「死ね」と書かれた人が本当に死んでいく【読書日記】

SNSに誰かの悪口を書き、腹立ちまぎれに「死ね」と打ち込む。
現実なら、その一言はタイムラインを流れ、数時間後には別の話題へ埋もれていくかもしれない。
だが、その相手が本当に殺されたらどうなるのか。
下村敦史『あいつも誰かに殺される』は、そんな最悪の想像を現実へ引きずり出した長編だ。舞台となるのは、全世界で8000万人以上が利用する写真共有SNS「リアリズム」。
ある日、「ハナ」のアカウントが鈴木健三への憎悪を投稿すると、死神を名乗る「タナトス」が殺害を予告し、その直後に鈴木は高層ビルから転落して命を落とす。遺体のそばには、SNS上の投稿を印刷した紙まで残されていた。
やがて第二、第三の殺人が続き、標的も殺害方法もばらばら。共通するのは、誰かがSNSで死を望み、タナトスが応じている点だけである。さらにネット上には、自分の嫌いな人間を殺してほしいと頼む投稿まであふれ始める。
ここから怖さの質が変わる。連続殺人犯の存在より先に、社会そのものが殺人へ順応していくのだ。
2026年8月刊行の本作は、下村敦史の作家生活12年目、単行本31作目にあたる。『同姓同名』ではネット社会が無関係な人間を巻き込む暴力を描き、近年も大胆な仕掛けへ挑んできた。
その下村敦史が今回は、SNS上の軽い悪意を現実の死へ直結させ、警察小説の厚みと現代社会の嫌な手触りを真正面からぶつけてきた。
「死ね」が現実になった瞬間、社会は壊れ始める
作中アプリ「リアリズム」には、逃げ場の少ないルールがある。
通知は一日一回、完全にランダム。アプリを開けばカメラが立ち上がり、十秒以内に撮影。加工も過去ログの削除もできず、投稿失敗が三回に達するとアカウントそのものが消される。
普段なら隠したい生活空間や現在地まで強制的にさらされる。自分をよく見せるための加工も、都合の悪い過去を消す逃げ道もない。
この制約が単なる舞台設定で終わらず、アリバイや行動確認、犯人側の計画へ食い込むところが面白い。実在のSNSを思わせる親しみやすさと、そこから一段だけ悪夢へ踏み込んだルール設計の距離感もうまい。
さらに強烈なのが、タナトス出現後の群衆である。最初は自分も殺されるかもしれないと怯えていた人々が、やがて別の使い方を思いつく。嫌いな上司、恨みのある知人、許せない有名人。自分で手を下さずに済むなら、タナトスへ頼めばいい。
作中で「殺害依頼のバーゲンセール」と呼ばれるほどの異常事態へ発展し、指先だけで死を発注できる環境が整った瞬間、ネット上の悪意は冗談や罵倒から現実の殺意へ一段階進む。
下村敦史の視線は、特殊な殺人鬼から群衆の側へも向かう。誰かを晒し、叩き、社会的に消えてほしいと願う感情まで、同じ場所へ引っぱり出してしまうのだ。
その恐怖を象徴するのが、警察署へ人々が殺到するプロローグである。SNSで死を願われたと訴えるだけで老若男女が警護を求め、窓口はパンク寸前。
画面に並んだ数文字が、パンデミック映画さながらの混乱を現実社会へ引き起こす。その落差だけでも、本作が扱う悪意の厄介さは十分伝わってくる。
犯人を追うほど、人間同士のつながりが分からなくなる
捜査の中心に立つのは、警視庁捜査一課の虹ヶ谷礼太郎と、刑事の音羽沙織だ。
虹ヶ谷は人の心理へ深く入り込み、隠された急所を見抜く切れ者。一方の音羽は、凄惨な事件に揺さぶられながら現場を歩く、人間臭い視点を担う。
この二人の配置がうまいと思った。虹ヶ谷の内面はほとんど明かされず、何を考えているのか掴みにくい。だからこそ、彼が一言発するたびに場の空気が変わる。
対して音羽には迷いや傷があり、事件を前にした感情も隠さない。冷徹な観察者と、揺れる刑事。その距離が捜査場面へ独特の緊張を与えていた。
事件そのものも一筋縄ではいかない。被害者の年齢も職業も暮らしも一致せず、殺し方まで毎回違う。普通なら被害者同士の共通点を洗い出して犯人へ近づくところだが、SNSでは人間関係そのものが見えにくい。
フォロー、閲覧、匿名アカウント、偶然目に入った投稿。現実では一度も会ったことのない者同士が、画面上では簡単につながってしまう。
そのため、誰と誰が本当に結びついているのか最後まで読みづらいのだ。いかにも秘密を抱えていそうな人物が本筋から外れ、背景の一部にしか見えなかった人間が思わぬ位置へ浮上する。ネット社会特有の関係の見えなさを、そのまま犯人探しの難しさへ変えた発想は下村敦史らしい。
しかも下村敦史は、ありがちな着地点を早めにつぶしてくる。悪人を裁く歪んだ正義の執行者か、と考えたころには、警察側も同じ可能性を検討済み。
その仮説を崩したうえで次へ進むため、こちらの予想だけが次々と置いていかれる。情報が増えるほど犯人像がぼやける感覚が、この広域連続殺人にはよく似合う。
本当に怖いのは、タナトスを必要とする側かもしれない
タナトスの正体以上に目を引いたのが、出現後の社会の変化だった。
警察署には自分を守れと訴える人々が押し寄せ、ネットでは模倣の殺害予告が飛び交う。その一方で、本物の殺人鬼へ標的を差し出そうとする人間まで現れる。死神が一人出現しただけで、社会の底に沈んでいた攻撃性まで一斉に露出する怖さ。
引越業者で働く岩崎拓也のパートでは、この息苦しさがさらに具体的な形を持つ。長い引きこもり生活から抜け出そうとした彼を待っていたのは、年下の先輩による罵倒と暴力だった。
酷暑の中で荷物を運び、自尊心まで削られていく最中、ポケットから「リアリズム」の通知音が響く。現在地も生活も差し出せ。社会から逃げたい人間にさえ、スマートフォンからそんな命令が届くのだ。
ルッキズム、貧困、いじめ、パワーハラスメント、ネットリンチ。人々が抱えた不満と劣等感が積み重なり、誰かが代わりに殺してくれるならと考える地点まで押し出されていく。
だから本作は、SNSを題材にした連続殺人だけで終わらない。画面の向こうへ投げた言葉が、生身の人間へどんな重さで届くのかを徹底して可視化する。
そして終盤、散らばっていた人物や投稿、事件の断片が一気に別の意味を帯び始める。連載版から単行本化する際には大幅な改稿が施され、寄り道となるエピソードまで削除。その結果、416ページの長さを感じさせない高密度のサスペンスに仕上がった。
警察の地道な捜査を積み重ねながら、最後は人間の悪意そのものと向き合う場所まで連れていかれる。
「死ね」と書くことは簡単だ。
けれど、その短い二文字を誰かが拾い、現実の死へ変えてしまった瞬間、人はどこまで責任を背負えるのか。
『あいつも誰かに殺される』が本当に怖がっているのは、死神の存在より、画面のこちら側にいる私たちなのだ。
下村敦史のおすすめミステリ5選
1.下村敦史『ネタバレあり~双紋島の殺人~』
冒頭で「名探偵が最初に死ぬ」「共犯者がいる」など、7つのネタバレを先に明かしてしまうミステリ。
普通なら最後まで伏せられるはずの情報を最初から知った状態で、誰が犯人なのか、偽名を使う人物は誰か、過去を描いた章はどこなのかを探っていく発想が面白い。
ネタバレされているのに真相へ近づくほど謎が増えていき、先入観まで巧みに利用される。情報を隠すのでなく、あえて見せることで惑わせる大胆な傑作。
2.下村敦史『そして誰かがいなくなる』
猛吹雪で外界から閉ざされた豪華な洋館に、作家や評論家、編集者、名探偵らが集められた。館の主が盗作の告発を予告した直後、密室状態の書斎から忽然と姿を消し、一同は不可解な事件へ巻き込まれていく。
面白いのは、舞台となる洋館が下村敦史自身の自邸をもとに作られているところ。実在する間取りを使った密室や消失の謎に加え、視点の切り替えを利用した仕掛け、多重に用意された解決まで楽しめる。
現実の建物をそのまま謎解きの舞台へ変えてしまった、遊び心たっぷりの作品。
3.下村敦史『闇に香る嘘』
全盲の村上和久は、孫娘の腎移植をきっかけに、中国残留孤児として帰国した兄へ疑いを持つ。自分は兄の顔を一度も見ていない。その事実から、家族の過去をたどる調査が始まった。
音、匂い、白杖の感触、わずかな気配。目で確かめられない世界を主人公と一緒に進むため、何気ない会話や物音まで怖く感じられる。さらに、満州開拓団や中国残留孤児の歴史が家族の秘密と結びつき、戦争の傷まで物語へ入り込む。
第60回江戸川乱歩賞を満場一致で受賞した、下村敦史のデビュー作。
4.下村敦史『ヴィクトリアン・ホテル』
100年の歴史を持つ高級ホテル、その閉館前夜が舞台。炎上に苦しむ女優、人生に絶望した老夫婦、文学賞へ臨む若手作家、スリの男など、事情を抱えた宿泊客たちが同じ夜を過ごす。
それぞれ別々に進んでいた人生が少しずつ絡み合い、善意や悪意が思わぬ形で連鎖していく群像劇が面白い。さらに、各章の視点や時間のずれを利用した小説ならではの仕掛けも用意され、終盤ではホテルで起きていた出来事の見え方まで大きく変わってくる。
5.下村敦史『全員犯人、だけど被害者、しかも探偵』
ある男の死に関わった7人が密室へ集められ、48時間以内に真犯人を決めるゲームへ参加させられる。
ただし、生き残れるのは犯人と認定された一人だけ。全員が自分こそ殺したと主張し始める、ひねりの効いた設定だ。
自分の犯行を証明しながら、他人の自白の矛盾も暴かなければならない。犯人、被害者、探偵の役割が入り乱れ、次々と殺害方法が塗り替えられていく推理バトルがとにかく楽しい。
集団バッシングや加害者意識まで絡み、ゲーム感覚の面白さだけで終わらない一冊。


