阿津川辰海 『デッドマンズ・チェア』- コトダマ犯罪捜査がたどり着いた、異能力本格ミステリの次なる地平【読書日記】

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異能力と本格ミステリは、相性が悪そうで、実はめちゃくちゃ相性がいい。

なぜなら、本格ミステリとはそもそも「何ができて、何ができないのか」を見極めるジャンルだからだ。

密室なら、出入りできたのか。アリバイなら、その時間に移動できたのか。毒殺なら、誰がその毒を扱えたのか。つまり、ミステリの中心にはいつも能力の範囲がある。

阿津川辰海『デッドマンズ・チェア』は、その発想を大胆に拡張した作品である。前作『バーニング・ダンサー』に続く、コトダマ犯罪調査課シリーズ第二弾。隕石落下をきっかけに世界中で発現した超常能力「コトダマ」をめぐり、警視庁公安部公安第五課、通称SWORDが犯罪と対峙する物語だ。

この設定だけ聞くと、能力バトル寄りのエンタメを想像するかもしれない。もちろん、それは間違っていない。確かに派手にやる。いや、むしろ前作以上にやる。

横浜で起きる鳥類射殺事件、小鳥遊沙雪の拉致、中国マフィア「楊会」の襲来、能力者狩り、警察内部の不信。もう事件が渋滞していて、横浜の空気がだいぶ物騒である。

だが、本作の面白いところは、派手な能力のぶつかり合いをやりながら、その根っこにきっちり「推理する快楽」が残っている点だ。

コトダマは何でもありの魔法ではない。動詞一語に基づき、一人につき一つだけ。能力者は世界に百人。誰かが死ねば、その能力は別の誰かに移る。さらに、それぞれの能力には発動条件や範囲、弱点がある。

つまり、これは異能力バトルの顔をした、制約推理の小説なのだ。

目次

コトダマは魔法ではなく、推理のためのルールである

阿津川辰海『デッドマンズ・チェア』

おすすめ度:(4.8)

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コトダマという設定の肝は、派手さよりもむしろ不自由さにある。

たとえば「入れ替える」「硬化する」「放電する」「伝える」「聞く」といった動詞が能力になる。ここだけ抜き出せば少年漫画的で、とてもワクワクする。

だが阿津川辰海は、そのワクワクをそのまま暴走させない。むしろ、能力を細かい条件で縛る。どこまで届くのか。何を対象にできるのか。どんな動作が必要なのか。相手の能力を見抜くには、目の前の現象から逆算するしかない。

ここが実にミステリ的である。犯人が密室を作ったとき、探偵は「扉が本当に閉まっていたのか」「窓は開けられたのか」「鍵は誰が持っていたのか」を調べる。

しかし本作では、それが「この能力は何を対象にしているのか」「発動距離はどのくらいか」「能力者本人の認識はどこまで関係するのか」という形に置き換わる。やっていることは超常現象の解釈だが、思考の筋道はかなり古典的な本格ミステリに近い。

しかも、コトダマ遣いは世界に百人しかいない。そして死ねば能力が別人へ移る。この循環がえげつない。能力を持つことは、優越ではなく標的になることでもある。

椅子取りゲームならぬ、命取りゲーム。座った瞬間から誰かに狙われる席。そう考えると、『デッドマンズ・チェア』というタイトルの不吉さが、一気に現実味を帯びてくる。

この世界では、能力者であること自体が「死者の椅子」に腰かけることなのだ。

第二弾で一気にギアを上げる、横浜逃亡劇とチームの不信感

シリーズ二作目の難しさは、設定説明に頼れないところにある。

第一作なら、世界観の紹介、能力の説明、チームの結成、それだけで物語が動く。

だが第二作では、同じ説明を繰り返すと勢いが落ちる。ではどうするか。そこで本作は分かりやすい答えを選んでいる。

最初から全速力で走るのだ。

横浜で発生する鳥類射殺事件。次は人間だ、という犯行声明。そこへ小鳥遊沙雪の拉致が重なり、中国人の少年少女、李天祐と楊美鈴の事情が絡む。さらに上海マフィア「楊会」が日本へ能力者狩りを送り込む。

警察側も一枚岩ではない。三笠葵への不信、永嶺スバルの過去、チーム内の緊張。もう、どこを向いても火種だらけである。これでよく公安第五課がもっているな、と心配になるレベルだ。しかし、この混線ぶりが本作の推進力になっている。

前作『バーニング・ダンサー』が、コトダマという設定を警察捜査の中にどう組み込むかを見せる作品だったとすれば、『デッドマンズ・チェア』は、そのルールに慣れた状態で、どこまで物語を加速できるかに挑んだ作品だ。

特殊設定ミステリは、第一作で世界観を理解した瞬間、どうしても驚きの純度が少し落ちる。未知のルールに戸惑う段階から、既知のルールを使って展開を読む段階へ移るからだ。

本作はその変化を逆手に取っている。コトダマとは何かを一から説明するより、能力者同士の駆け引き、敵の能力の推測、チーム内の信頼崩壊、逃亡劇のスピード感へ比重を移す。結果として、ミステリでありながらバトル漫画的なドライブ感もあるのだ。

藤本タツキ氏の漫画『チェンソーマン』的なサブカルチャーの匂いをまとったキャラクター配置も、その疾走感を後押ししている。三笠葵の底知れなさ、永嶺スバルの傷を抱えたリーダー性、桐山アキラの前衛感、坂東宏夢のベテラン感。それぞれが記号的でありつつ、ただのパロディに落ちないぎりぎりのラインで配置されている。

このあたりはとても器用だと思う。キャラクターの出力は派手なのに、物語の芯はあくまで「誰が何を知り、何を隠し、何をできるのか」という情報戦に置かれている。ミステリ的には、ここがたまらない。バトルの絵面で読ませながら、脳内では推理盤がカタカタ動くのである。

死者の椅子が示す、能力と信頼の残酷な関係

『デッドマンズ・チェア』というタイトルも象徴的だ。

死を呼ぶ椅子。座った者が非業の死を迎えるという伝承。これだけでも不吉だが、本作に重ねると意味がいくつも浮かんでくる。

まず、コトダマ遣いの立場そのものが「死者の椅子」である。能力を持つことは、価値を持つことでもある。利用される価値、殺される価値、奪われる価値。百人しかいない能力者の座は、特別席ではなく危険席だ。

そこに座った瞬間、周囲の視線は羨望ではなく計算になる。誰が味方で、誰が自分の死を利益に変えようとしているのか。そんな世界は嫌すぎるし、絶対に暮らしたくないが、ミステリ的には最高の設定だ。

次に、公安第五課の中にも椅子がある。三笠葵という課長の椅子だ。彼女の存在は、チームの秩序を支えると同時に、全員の不信を呼び込む。指揮官の椅子に座る者は、味方でありながら疑われる。

命令を下す立場にいるのに、心から信用されない。これはなかなかしんどい構図である。警察組織という合理の器に、オカルトじみた能力と、サブカル的な支配者像が混ざり合う。その結果、チームものの熱さと、スパイ小説めいた疑心暗鬼が同居するのだから面白くならないわけがない。

そしてもう一つ、本作には「空席」の感覚がある。失われた者の席。もう戻らないはずの人物。そこに誰が座るのか、あるいは座っている者は本当に以前と同じ存在なのか。

死と蘇生のモチーフは、単なる超常的な驚きではなく、同一性への不安を連れてくる。一度死んだ人間が戻ってきたとして、それは本当に同じ人物なのか。記憶が続いていれば同じなのか。身体が同じなら同じなのか。あるいは、周囲がそう信じたいだけなのか。

ここに、本作の一番嫌な味がある。

特殊設定ミステリというのは、ルールを突き詰めるほど冷たくなるものだ。能力は便利な道具ではなく、人間関係を壊す装置にもなる。誰かを救う力は、同時に誰かを疑わせる力になる。

蘇生が可能なら、死は軽くなるのか。能力が継承されるなら、人の命は席替えの札のように扱われるのか。本作はそうした不穏さを、横浜逃亡劇のスピードの裏に忍ばせている。

もちろん、細部にツッコミどころがないわけではない。視点の切り替えや、アクション描写のリアリティラインには、人によって引っかかる部分もあるだろう。

そういう意味では、精密な本格と少年漫画的な勢いの接合部に、わずかな摩擦も残っている。だが、その摩擦込みで、本作は攻めた続編だと思う。

『デッドマンズ・チェア』は、特殊設定ミステリを単なる設定勝負から一段進めている。能力のルールで謎を作るだけでなく、その能力が人間関係をどう歪めるか、組織をどう壊すか、死の意味をどう変えるかまで踏み込んでいるからだ。

異能力バトル、本格ミステリ、警察小説、サブカルチャー的キャラクター劇。その全部を一つの椅子に座らせて、ぎしぎし音を立てながら走らせている。

そして不思議なことに、その椅子はまだ壊れていない。

むしろ、次に誰が座るのかを見届けたくなる。危険な椅子だと分かっているのに、こちらまで身を乗り出してしまう。

これだから特殊設定ミステリは怖い。ルールを理解した瞬間、もう安全圏にはいられないのである。

Amazonの聴く読書『Audible(オーディブル)』で聴ける神ミステリ10選

① 綾辻行人 『Another
② 有栖川有栖『月光ゲーム
③ 森博嗣『すべてがFになる
④ 麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件
⑤ 今村昌弘『屍人荘の殺人
⑥ 殊能将之 『ハサミ男
⑦ 青崎有吾 『体育館の殺人
⑧ 知念実希人 『硝子の塔の殺人
⑨ 夕木春央『方舟
⑩ アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった

悠木四季

あの傑作ミステリを「聴ける」という奇跡!

私も利用しているけれど、「読む」とはまた違った良さがある。

何より、寝ながら聴いたり、散歩中に聴いたりと便利すぎるのだ。

この記事を書いた人

悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

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