『記銘師ディンの事件録 木に殺された男』- 死体から生える木、その異様を論理で解き明かす快感【読書日記】

奇妙な死体から始まる話には、どうしたって身を乗り出してしまう。
しかもそれが、ただの猟奇趣味ではなく、ちゃんと論理の入口として置かれているとなれば、なおさらである。
ロバート・ジャクソン・ベネット『記銘師ディンの事件録 木に殺された男』は、まさにそういう小説だ。
死体から木が生える。字面だけ見るとかなり派手だし、下手をすると設定のインパクトだけで押してくるタイプにも見える。
木に殺されるミステリと聞くと、ミステリ好きなら島田荘司『暗闇坂の人喰いの木』がふっと浮かぶかもしれないが、それはまた別の話である。あちらはあちらで実に濃い木なので困るが、こちらも負けてはいない。本作はそんな派手な見た目のまま、きっちり本格ミステリの土俵に上がってくる。その運び方がとてもいい。
ファンタジーとミステリの組み合わせ自体は、そこまで珍しくない。けれど、この二つは案外むずかしい関係でもある。ファンタジーは世界のルールを広げられるぶん、油断すると何でもありになりやすい。
一方で本格ミステリは、使っていいカードが増えすぎると急に緊張感がゆるむ。だからこの組み合わせは、うまくはまるとものすごく楽しいのだが、少しでもバランスを崩すと、ご都合主義の泥にはまりやすい。
本作がいいのは、その危うい綱渡りをかなり軽やかにやってのけているところだ。しかも軽やかに見せながら、裏ではかなり細かい設計をしている気配がある。つまり、私はこういうミステリが好きだ!
異世界の怪現象を、そのまま推理の材料にしてしまう
本作の舞台は、海から襲来する巨獣リヴァイアサンの脅威にさらされる神聖カナム帝国。ここだけ聞くと、まずファンタジーとしてのスケールの大きさに目が行く。
だが面白いのは、その世界の成り立ちが単なる飾りではなく、事件の理屈とがっちり結びついている点だ。この世界の技術は機械ではなく、生体工学を基盤にしている。
植物や菌類、虫、さらにはリヴァイアサンの血までが、インフラや行政や捜査の実務に組み込まれている。建築も医療も人体改変も、その延長線上にある。
ここが本作のいちばん気持ちいいところだ。ふつうなら異世界の奇抜な設定は、まず魅力として消費される。見た目が面白い、発想が面白い、というところで終わってもおかしくない。だがベネットは、それをそのまま推理小説のルールに変えてしまう。
死体から木が噴き出したのも、謎めいた呪いではなく、この世界の生体工学的な法則の中で説明されるべき現象として扱われる。つまり、異様さそのものが手がかりになっているのだ。この運びがうまい。
本格ミステリを読むとき、設定が大きければ大きいほど、その設定が推理の外側で飾りになっていないかを気にしてしまう。大仕掛けなのに、解決段階では結局ふつうの動機とふつうの手口に戻ってしまう作品も、まあそれなりにある。
その点、本作はかなり律儀である。世界観そのものが事件の発生条件であり、捜査の方法であり、解決の論理そのものになっている。だから読んでいて、設定だけが先に走って話が後ろからついていく感じがない。異世界なのに、足場がしっかりしているのである。
しかもこの作品、フェアプレイの感触までちゃんとある。もちろん現実とは違う法則で動いている以上、最初は少し戸惑う。だが、何が可能で何が不可能かが見えてくるにつれて、怪奇が怪奇のままで終わらず、きれいにパズルとして組み上がっていく。
この感覚はかなり気持ちがいい。カーの不可能犯罪やクイーンの論理の積み上げが好きな人ほど、たぶんこの感触にうれしくなるはずである。
ディンとアナのコンビがちゃんと魅力的である
そして本作をぐっと親しみやすいものにしているのが、やはりディンとアナのコンビである。天才探偵と助手、という古典的な型に見えつつ、その関係がこの世界ならではの身体性によって組み直されているのが面白い。
語り手ディンは、経験した感覚情報を完璧に保存できる記銘師である。要するに、見たもの聞いたもの匂いまでも、あとからかなり鮮明に再生できる。
捜査官としては便利すぎる能力だが、その便利さには当然代償もある。忘れられないのである。
惨劇の記憶も、不快な感触も、薄まってくれない。これはなかなかしんどい。しかも彼は識字障害を抱えていて、文字情報にはうまくアクセスできない。この組み合わせがとてもいい。万能のようでいて、かなり不便でもある。能力がそのままヒーロー性にならず、生きづらさと直結している。
一方のアナは、感覚過敏ゆえに暗い部屋にこもり、現場に出ない。それでもディンの持ち帰る情報から、事件の構造を切り出していく。これがもう、安楽椅子探偵としてかなり魅力的である。皮肉屋で高慢で、でも頭の回転はおそろしく速い。こういう人物を見ると、ミステリ好きの脳内ではだいたい拍手が起きる。私の脳内でも起きた。
ただ、本作の良さは、二人が単に名コンビとして気持ちよく機能するだけではないところにある。ディンは情報を運び、アナはそれを構造として読む。片方だけでは成立しない。その分業がそのまま信頼関係になっていく。
しかもそれが、いかにもな熱い友情ものとして盛られすぎないのがいい。あくまで職務上の関係から始まり、互いの欠落を理解しながら、少しずつ相手なしでは回らない形になっていく。この温度感が絶妙なのだ。
べたつかないのに、ちゃんと愛着が育つ。こういうバディものはやはり応援したくなるし、長く付き合いたくなる。
犯人探しの先で、帝国そのものの歪みまで見えてくる


絵:悠木四季
本作が設定の面白さだけで終わらないのは、殺人事件の向こうに帝国の構造そのものが見えてくるからでもある。
最初は一つの怪死として始まる捜査が、防壁の設計ミス、官僚機構の隠蔽、階級社会の歪みへとつながっていく。この広がり方がうまい。事件がどんどん大きくなるというより、最初から社会の深いところにつながっていたことが、あとからじわりと見えてくる感じなのだ。
ここで描かれる悪は、わかりやすい怪物ではない。むしろ、システムを維持すると言いながら、実際には自分の地位と利益を守ることしか考えていない連中の鈍い腐敗である。
本作の面白さは、この腐敗を革命の物語としてではなく、メンテナンスの物語として描いているところだと思う。世界をひっくり返す英雄ではなく、壊れかけた仕組みを何とか保たせるために、目の前の不正を取り除く人々の話になっている。
私はここがとても好きだった。大きな理想を叫ぶのではなく、不完全で、たしかに歪んでいて、それでも崩れたらもっとまずいシステムの内側で、少しでもまともな判断を通そうとする。その営みを、地味だからと切り捨てずに描く小説は良い。
ミステリという形式は、乱れたものを整える物語と相性がいいけれど、本作はそこでさらに一歩進んで、整えるべきもの自体が脆く、常に変化を必要としていると示してみせる。秩序は完成品ではなく、手入れを続けるしかないものなのだ、という感覚である。
だから『記銘師ディンの事件録 木に殺された男』は、ファンタジーと本格ミステリを混ぜた珍しい作品、というだけでは終わらない。異世界の派手なガジェットを使いながら、論理の筋道、身体の代償、国家の維持、記憶の重みまでを一本の線で結んでいく。その設計がとてもいい。
そして何より、難しいことをやっているのに、読んでいてちゃんと楽しい。ここはかなり大事である。頭のいい小説はいくらでもあるが、頭がよくて、しかもぐいぐい読ませる小説はそう多くないし、ありがたい。
死体から木が生える、という異様な光景から始まりながら、最後には世界の仕組みそのものの話にまで届いてしまう。この伸びやかさと緻密さの両立こそ、本作のいちばんの魅力だと思う。
ファンタジーが好きな人にも、本格ミステリが好きな人にも勧めたくなるが、私としてはやはり、論理で世界を切り分けていく快感に目がない人にこそ刺さる作品だと感じた。
こういう変なものを、ここまできっちり料理されると、もう降参するしかないし、それが嬉しくて逆に元気になる。
木に殺された男の話で元気になるのもどうかと思うが、それくらい面白かった。



















