2026年8月に読んでに特に面白かった本34冊 – 夕木春央『楽園』ほか

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悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書するミステリ好き人間。

本を読み、本に人生を食われながら、今日もどうにか人間の形を保っている。

もはや読書は趣味ではなく、生活習慣であり、呼吸であり、呪いである。

幸せだね。
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……さすがに今月は読みすぎた!しかも面白い作品が多くて、いつもより長い記事になってしまった。仕方ないね。

というわけで、2026年8月に読んだ本の中から、特にこれは面白い!と思った34冊の記録である。

2026年8月に読んでに特に面白かった本34冊

1.夕木春央『楽園

──犯罪者たちが暮らす秘密の楽園へ迷い込んだ男女が、脱出のため殺人を迫られ、さらに新たな殺人事件へ巻き込まれていく極限状況ミステリ。

2.高森泉『ぼくたちの告白

──十五年前の少女転落死と、それを再現するように投稿されたWeb小説をめぐり、子供たちが隠してきた秘密と記憶の食い違いを暴く本格サスペンス・ミステリ。

3.阿津川辰海『少女は殺人の夢を見る

──古典ミステリをモチーフにした夢の殺人事件へ、獏田格と夢見灯のコンビが挑むオマージュ本格ミステリ連作集。

4.小林泰三『此方より 小林泰三未収録短編集

──ホラー、クトゥルフ、SF、本格ミステリまで、小林泰三の奇想とロジックを詰め込んだデビュー30周年記念の未収録短編集。

5.岡本好貴『帆船軍艦の殺人

──18世紀末の英国海軍戦列艦で、帆船の構造と海戦を利用した連続不可能殺人に挑む歴史本格ミステリ。

6.島田荘司『水上都市の冒険

──中学生の御手洗潔が昭和の横浜を駆け回り、五つの事件を解きながら名探偵の原点を描く青春冒険ミステリ連作集。

7.東野圭吾『永遠の記憶

──内海薫刺傷事件をきっかけに、湯川学と草薙俊平が数十年前から続く家族の秘密と罪へ迫る〈ガリレオ〉シリーズ長編ミステリ。

8.潮谷験『山上のフェイク

──皐月山の孤立コテージで起きた殺人と失踪を、現場と食い違う一冊の手記から解き明かす山岳本格ミステリ。

9.山白朝子『小説の怪人

──小説に取り憑かれた作家や編集者たちが、創作と現実の境界を踏み越えていく七篇を収めたメタフィクション怪奇短編集。

10.五条紀夫『人喰いパンダ殺人事件

──人喰いパンダによって閉ざされた洋食店で刺殺事件が起き、奇抜な設定と幾重もの真相が絡み合う特殊設定本格ミステリ。

11.稲羽白菟『造反有理 文革楼の殺人

──文化大革命下の客家円楼で、竹簡になぞらえた連続殺人とスパイ疑惑が交錯する歴史社会派×本格ミステリ。

12.倉知淳『犯人は現場に首だけ戻る

──首、腕、足などが切断された四つの猟奇殺人を、なぜ切ったのかという謎から論理的に解き明かす本格ミステリ連作集。

13.三日市零『鬼葛島の殺人

──鬼葛島で宝探しに挑む大学生たちが、鬼伝説を模した連続殺人と暗号の謎に巻き込まれる〈文理シリーズ〉第2作。

14.朝里樹『怪しい古典文学 日本の美しい怪異の世界

──『古事記』『源氏物語』『雨月物語』など26作を通して、日本の幽霊や妖怪と人々の恐怖の変遷をたどる古典文学ガイド。

15.古川日出男『夏迷宮

──第三次世界大戦と福島を軸に、戦争、震災、伝説、幻獣が交錯し、歴史と神話を大胆に組み替える大長篇小説。

16.松原タニシ『事故物件生活 恐い日常

──事故物件で13年間暮らした松原タニシが、怪異体験と不動産事情、死のある場所への感覚を綴る実録ホラーエッセイ。

17.『その人殺しは全然ムダで損だらけの手間にすぎない 戦争×ミステリーアンソロジー

──戦争を知る昭和の作家たちが、ミステリ、ホラー、SF、随筆を通して戦争の狂気と傷を描く九篇のアンソロジー。

18.東川篤哉『夜の喜劇:東川篤哉短編集

──勘違いと軽快な会話で笑わせながら、アリバイ、密室、犯人当てを本格ロジックで解き明かすコミカルミステリ短編集。

19.内田百閒『ツィゴイネルワイゼン:百閒怪異作品集

──日常と夢、生者と死者の境界がふっと揺らぎ、世界や自分自身への感覚まで狂っていく百閒怪異文学の傑作選。

20.松閣オルタ『オカルト・クロニクル 暗黒録

──怪死や失踪、未解決事件を一次資料から徹底検証し、都市伝説と事実の境界から現実の不可解さを追うノンフィクション。

21.荒木あかね『おむこさんは殺人鬼

──日常の悪意や不可解な事件に巻き込まれた女性たちが、思いがけない相棒と手を組み、鮮やかなロジックで真相を暴くミステリ短篇集。

22.牧逸馬『世界怪奇実話傑作選

──切り裂きジャックやタイタニックなど、世界を騒がせた犯罪・怪事件14篇を小説さながらの筆致で描く実録犯罪傑作選。

23.三津田信三『囁く逆婿 怪民研に於ける記録と推理

──冥婚に参加した瞳星愛が、旧家で起きた七人毒殺と逆婿様の怪異に巻き込まれ、その真相へ迫る本格ホラーミステリ。

24.ウィリアム・ハッセー『名探偵ジェリコ

──150年前の惨事をなぞる連続見立て殺人を、傷を抱えた元刑事スコット・ジェリコが追う現代英国本格ミステリ。

25.P・J・フィッツシモンズ『斜陽館殺人事件

──1928年英国の没落貴族の館で起きた塔の密室殺人を、名探偵アンティ・ブジュレーがユーモアのある会話と鋭い推理で解く英国本格ミステリ。

26.トーマス・クヌーヴェア『グデリアの死んだ家

──大洪水で流れ着いた二つの遺体をきっかけに、老女グデリアが40年間抱えてきた家族の秘密と過去を掘り起こす心理サスペンス。

27.ベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される

──元妻の無実を証明するため、アーネストがマジックショー中に起きる連続殺人へ挑むメタ本格ミステリ〈信頼できる語り手〉シリーズ第3作。

28.エリカ・クラウス『だれか、わたしを助けて

──追い詰められた人々が、誰かとの出会いや助けをきっかけに、自分の人生を選び直していく12篇の短篇集。

29.ハン・ガン『私の女の実

──傷ついた身体や貧困、孤独を描きながら、『菜食主義者』へつながるモチーフも浮かび上がるハン・ガン初期の8篇。

30.レベッカ・マカーイ『あなたに訊きたいことがある

──寄宿学校で起きた少女殺害事件を、元同級生の人気ポッドキャスターが冤罪の可能性と自らの記憶をたどりながら再検証する長編ミステリ。

31.ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い月の夜に

──老富豪の婚約をめぐる人々の欲望と秘密が、赤い月の夜の殺人をきっかけに噴き出すパルプ色濃厚な本格サスペンス。

32.A・M・バレイジ『誰かがいる部屋 A・M・バレイジ怪談傑作集

──古い屋敷や駅、庭園など身近な場所から、時間や記憶、現実の境目が崩れていく瞬間を描いた英国怪談13篇の傑作選。

33.マンリー・ウェイド・ウェルマン『銀のギターのジョンII〜罪は戸口に潜む

──銀のギターを背負うジョンと心霊捜査員コベットが、アパラチアの伝承や魔物に挑む音楽×民俗×怪奇冒険短篇集。

34.フレデリック・カウルズ『アボット荘の怪異:フレデリック・カウルズ怪奇傑作選Ⅰ

──古い館や鏡、秘宝、古文書から怪異が蘇り、吸血鬼や魔性の貴族まで現れるクラシカルな英国怪奇短篇13篇。

目次

1.夕木春央『楽園』

『楽園』

著者:夕木春央

衝撃度  : (5.0)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (5.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

山奥の楽園に閉じ込められた男女が、誰か一人の死を条件に脱出を迫られる極限クローズド・サークルミステリ。

こんな作品

切り立った岩壁に囲まれた秘密の集落、そこへ潜伏する六人の犯罪者、そして外へ出るための条件は自分も殺人犯になること。

『方舟』『十戒』で極限状況を描いてきた夕木春央が、今度は生存と倫理を真正面から衝突させる。

生きて帰りたければ、ここにいる誰かを殺せ

失踪した六十代の女性が、部屋に一枚のメモを残していた。

不動産管理業を営む迫田康之は、自分のマンションに住んでいた海原早苗の行方を調べるうち、そのメモから群馬県の山奥にある奇妙な土地へたどり着く。

恋人の沙織と現地へ向かってみると、待っていたのは四方を切り立った岩壁に囲まれ、外から存在すら分かりにくい閉鎖空間だった。

そこに暮らしているのは六人。しかも彼らは、警察から逃げ続ける指名手配犯や重い罪を抱えた犯罪者たちで、その場所を楽園と呼んで生活していた。

康之と沙織は足を踏み入れた直後に拘束され、帰りたければ六人のうち誰か一人を殺せ、と告げられる。

とんでもないルールである。

拒否すれば帰れない。従えば自分も殺人犯となり、警察へ駆け込むことさえ難しくなる。犯罪者たちは二人を殺して口を塞ぐより、自分たちと同じ側へ引きずり込むことで逃げ道を奪おうとしているのだ。この逆脅迫の構図がまず強い。

方舟』では誰かを犠牲にしなければ生き残れない状況が作られ、『十戒』では犯人を特定する行為そのものが禁じられた。『楽園』が突きつけるのはさらに直接的で、自分の手で殺すか、それとも閉じ込められ続けるかという選択になる。

しかも相手は犯罪者だ。人を殺してきた者なら、自分が生き延びるために殺してもいいのか。六人の過去を知るほど、その判断は単純になりそうで、実際にはどんどん悪化してくる。

康之と沙織の間にも考え方の違いが生まれ、二人で同じ答えを選べる保証すらなくなっていく。

誰を殺すか考えていたはずが、先に誰かが殺される

そして、この特殊ルールだけで物語を押し切らないところが『楽園』の面白いところだ。

閉じ込められた康之たちが決断できずにいる最中、楽園の内部で新たな殺人が起きる。

誰が殺したのか。なぜ今なのか。六人の犯罪者同士による争いなのか、それとも康之たちを追い込むための新たな仕掛けなのか。生き残る方法を考えるサスペンスへ犯人当ての謎が入り込み、閉鎖空間の人間関係まで一気に怪しくなっていく。

さらに嫌なのが、楽園の住人たちの親切さだ。二人が殺人を実行できるよう、必要な道具や準備まで用意しようとする。脅している側なのに手助けまでしてくれる、そのねじれた優しさが不気味で、彼らにも彼らなりの論理があることを感じさせる。

なので六人を単純な敵として見ることが難しい。それぞれが何の罪を犯し、なぜここへ逃げ込み、互いにどんな関係を築いてきたのか。そうした背景が見えてくるにつれ、誰を選ぶかという問題と、内部で起きた殺人の謎が絡み合っていく。

『方舟』『十戒』を読んできた人ほど、夕木春央ならこう仕掛けてくるだろう、と先回りしたくなるはずだ。本作はその経験さえ利用し、こちらが作った事件の見取り図を終盤で組み替えてくる。

極限状況ものとしての緊張、犯人当てのロジック、そして人を殺すという選択をどう考えるか。その三つが別々に進まず、一つの仕掛けとして噛み合っている。

法律から逃げたい六人にとって、そこは外の社会に戻らず暮らせる理想郷だったのかもしれない。しかし康之と沙織にとっては、殺人犯になるまで出口を与えられない牢獄にすぎない。同じ場所を『楽園』と呼べるかどうかは、どちら側に立っているかでまるで変わる。

『方舟』が生贄、『十戒』が禁止された推理なら、『楽園』が迫るのは加害者になる覚悟だ。

誰かを殺して外へ出るのか、それとも自分の手だけは汚さず閉じ込められるのか。

その二択が崩れ始めたとき、この『楽園』の本当の姿まで見えてくる。

悠木四季

誰かを犠牲にする『方舟』、犯人を探してはいけない『十戒』と来て、今度は自分が殺人犯にならなければ帰れない。夕木春央のクローズド・サークルへ課すルールは毎回ひどすぎて最高だ。

併読のススメ

・夕木春央『方舟

──地下建築に閉じ込められた男女が、殺人犯を見つけて一人だけ犠牲にしなければ脱出できない、究極の選択を突きつける傑作。夕木春央の伝説はここから始まった。

・夕木春央『十戒

──殺人事件が起きた孤島で、犯人が残した十の戒律を守りながら三日間を過ごすことになる、異様な緊張感に満ちたミステリ。

2.高森泉『ぼくたちの告白』

『ぼくたちの告白』

著者:高森泉

衝撃度  : (4.5)
面白さ  : (4.5)
読みやすさ: (5.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

十五年前の少女死亡事件と、それを再現する投稿小説から、子供たちの秘密と記憶の食い違いを暴く本格サスペンス・ミステリ。

こんな作品

卒業式を目前に転落死した小学六年生、迷宮入りした事件、十五年後に投稿された一篇のWeb小説。

警察さえ知らなかった事実まで書かれていた物語をきっかけに、子供たちが隠した過去がもう一度動き始める。

十五年前の殺人事件を、小説だけが知っている

卒業式まで、あと少しだった。

小学六年生の山下美緒が校舎の上層階から転落し、命を落とす。事故にも見えたが、現場には自然な転落では説明しにくい痕跡があり、やがて警察は殺人事件として捜査を始める。

ところが、相手は小学生だ。誰かが何かを隠しているように見えても、怖くて話せないのか、友達を守っているのか、それとも本当に知らないのか判断しにくい。

証言は少しずつ食い違い、肝心なところへ来ると子供たちは口を閉ざす。その壁を崩せないまま、事件は十五年間眠ることになる。

そして現在。誰でも投稿できる小説サイトへ、一篇のミステリが突然アップされる。

そこに書かれていたのは、十五年前の美緒の事件とあまりにもよく似た物語だった。さらに気味が悪いことに、当時の警察発表には含まれていなかった細部まで盛り込まれている。偶然で済ませるには、知りすぎていた。

亡くなった美緒の妹・杏月は、その小説をきっかけに姉の死をもう一度調べ始める。かつての同級生や教師を訪ね、十五年前に何があったのかを確かめていくうち、子供たちの間だけで共有されていた秘密や、当時は見えなかった人間関係が少しずつ形を持ちはじめる。

この設定がまず面白い。犯人から届いた告白文なら、その内容をどこまで信じるかという問題になる。

しかし投稿されているのは、あくまで小説だ。事実に見える部分も、作者が作った虚構かもしれず、逆に創作だと思った箇所へ本当の記憶が紛れ込んでいる可能性もある。

つまり、真相へ近づくために読むべき文章そのものが、一番信用しにくいのだ。

子供の頃に見えていた事件と、大人になってから見える事件は同じなのか

前半では、小学六年生だった子供たちの世界がじっくり描かれる。

クラス内で起きる集金袋の盗難、家庭で傷つけられている同級生、友達同士で交わされる秘密、誰かを守るために立てた逃避行の計画。大人から見れば些細に思える出来事でも、小学生にとっては学校と家庭が世界のほとんどを占めている。

その狭い世界では、友情も嫉妬も恐怖も逃げ場が少ない。とくに、ぼくの視点から描かれる子供たちの関係が生々しい。

誰かを助けたいという気持ちがあっても、相手のために取った行動が別の誰かを傷つけることがある。大人には言えない事情を抱えたまま、自分たちなりの方法で何とかしようとした結果、少しずつ状況が歪んでいく。

そこで美緒の転落死が起きる。前半で何気なく置かれていた言葉や行動も、十五年後から眺め直すと別の意味を持ち始める。その過去と現在をつなぐのが、投稿サイトに現れた小説という仕掛けだ。

杏月が昔の関係者を訪ねるたび、当時の記憶と現在の証言が少しずつ噛み合わなくなる。本人が忘れていることもあれば、自分に都合よく覚え直していることもあるだろう。十五年という時間そのものが、事件にもう一枚の膜をかけている。

さらに、過去を掘り返し始めた矢先、新たな事件まで発生する。十五年前の悲劇を誰かが再現しようとしているのか。それとも、投稿小説によって過去を暴かれることを恐れた人物が動き始めたのか。昔の事件を調べる話だったはずが、現在進行形のサスペンスへ切り替わることで、一気に緊張が高まる。

『ぼくたちの告白』というタイトルも、読み進めるほど意味が広がっていく。

誰の告白なのか。投稿小説を書いた人物なのか、十五年前の子供たちなのか。それとも、あの事件について黙ってきた全員なのか。ひとつの真実を探していたはずが、人物ごとに違う過去が重なり、事件の輪郭そのものが変化していく。

子供の頃に起きたことは大人になれば簡単に理解できる、なんてそんな単純な話にはならない。

十五年経ったからこそ言えることもあれば、時間が経ったせいで分からなくなったこともある。

そのズレをミステリの仕掛けへ組み込みながら、姉を失った杏月自身の人生へ戻していくところに、この作品の強さがある。

悠木四季

正直に言おう。歴代の『このミス』大賞シリーズの中でもトップクラスの完成度と面白さだった。

3.阿津川辰海『少女は殺人の夢を見る』

『少女は殺人の夢を見る』

著者:阿津川辰海

衝撃度  : (4.0)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (5.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

古典名作をモチーフにした夢の殺人事件へ、獏田格と夢見灯の個性的なバディが挑むオマージュ本格ミステリ短編集。

こんな作品

カー、クリスティ、クイーン、そして新本格。大学の読書会で名作ミステリを語っていた獏田格は、夢見灯の作り出す夢の世界へ迷い込み、課題本を思わせる不可能犯罪を解かなければ帰れなくなる。

古典への愛を、そのまま新しい謎解きへ作り替えた六つの連作ミステリ。

古典ミステリを読んだ夜、その名作そっくりの殺人事件へ放り込まれる

古典ミステリの読書会に参加したはずが、その晩には課題本そっくりの殺人事件へ放り込まれている。しかも事件を解けなければ夢から帰れない。

『少女は殺人の夢を見る』は、ミステリ好きなら一度は妄想したくなるような遊びを、阿津川辰海が本気の本格推理へ仕立てた連作短編集だ。

主人公の獏田格は、大学の読書サークル〈月夜のお茶の会〉へ入会し、そこで夢見灯という一風変わった先輩と出会う。彼女が主催する読書会では、カーター・ディクスンやアガサ・クリスティといった古典ミステリが課題本として取り上げられ、参加者たちは作品について語り合う。

初回の題材は、カーター・ディクスンの『第三の銃弾』。

ところが夢見先輩の淹れた紅茶を飲んだ獏田は深い眠りへ落ち、目を覚ますと現実とはまるで違う場所にいる。

そこは夢見の無意識や想像力によって組み上げられた夢の世界で、さらに目の前では、さっきまで語っていた課題本を思わせる不可能犯罪が本当に起きてしまう。

そして現実へ戻るためには、その謎を解かなければならない。

ここから始まるのが、古典ミステリを知っている人ほどニヤニヤしてしまう、猛烈に濃い謎解き遊びである。

名作をなぞるのではなく、そこから別の謎を作ってしまう

第一話『第三の短剣』は、カーの『第三の銃弾』を思わせる題材から始まる。原典を知っていれば、題名を見ただけでカー的な不可能犯罪の匂いを感じるはずだが、阿津川辰海は元ネタを再現するだけで終わらせない。

夢という特殊設定があるため、現実では成立しにくい状況まで堂々と舞台へ持ち込める。その一方、解決へ向かう段階では論理を曖昧にせず、どこに手がかりがあり、何を見落としていたのかをきっちり詰めていく。この自由さと厳密さの組み合わせが、本書の気持ちよさだ。

第二話『そして誰にも共感出来なかった』では、当然ながらクリスティの『そして誰もいなくなった』が意識される。

孤立した人々、次々と起きる事件、互いを疑わざるを得ない状況。あまりにも有名な型だからこそ、こちらも最初から警戒して読むことになるのだが、その知識すら仕掛けの一部として利用される。

原典を知っていることで有利になる瞬間もあれば、その知識がかえって思い込みを作る場面もあり、オマージュものならではの駆け引きが楽しい。

『モザイク岬の謎』では、エラリー・クイーン的なロジックや犯人当ての趣向が前へ出る。状況を整理し、証言を並べ、可能性を削っていく過程には、派手なトリックとは別種の快感があり、阿津川辰海が古典本格のどこを面白がっているのかまで伝わってくる。

そして終盤には『九角館の殺人』という、タイトルだけで新本格好きの目が止まる一篇が控えている。

もちろん『十角館の殺人』へのオマージュだが、ここでも名前を借りただけのパロディにはならない。館ものという形式、新本格が積み上げてきた約束事、そこから生まれる先入観をまとめて利用し、この連作ならではの謎へ組み替えていく。

原典を知っている人は、どこを引用し、どこを反転させ、何を新しく付け足したのかを楽しめる。一方で元ネタをすべて読んでいなくても、一つ一つの事件には独立した謎と解決が用意されているため、そのまま本格短篇として追えるのもいい。

このバランス感はとても難しいことだと思う。オマージュを強くしすぎれば元ネタを知らない人が置いていかれ、説明を増やしすぎればマニア向けの遊びが薄まってしまうからだ。

しかし本書はその中間を狙いながら、知っている人にはもう一段深い楽しみを用意する。そこが凄い。

夢見灯という少女が、連作全体をただの謎解き大会にさせない

六篇をつなぐ存在として面白いのが、夢見灯という先輩だ。

彼女はミステリへの知識も熱量も高く、どこか近寄りがたい不思議さをまとっている。そして夢の世界そのものが彼女の内面とつながっているため、事件を解くことが、そのまま夢見という人物へ近づくことにもなっていく。

獏田にとって、最初は変な先輩に巻き込まれただけだった。しかし何度も一緒に夢へ入り、事件を解き、古典ミステリについて語るうち、二人の距離にも変化が生まれる。

夢見がなぜこれほど小説へ執着するのか、なぜ夢の中で殺人事件が繰り返されるのか。連作が進むほど、その少女自身がひとつの大きな謎として見えてくる。

なので『少女は殺人の夢を見る』は、名作ミステリのオマージュ集という枠だけで語ると少し足りない。

古典を題材にした本格推理を楽しみながら、その裏側では獏田と夢見の関係が少しずつ育ち、六篇を通して一本の物語へまとまっていく。課題本を読む、夢へ入る、事件を解くという基本形を繰り返しながら、毎回まったく同じ手触りにはしない構成もよく考えられている。

カーなら不可能犯罪、クリスティなら孤立した人間関係、クイーンなら論理、新本格なら館と仕掛け。阿津川辰海は名作から表面的なアイコンだけを借りるのではなく、それぞれが何を面白くしていたのかを拾い、その楽しさを現代の連作へ持ち込んでいる。

ミステリ好きが名作について語っていたら、その作品の世界へ入り込んで自分で事件を解く羽目になる。

そんな夢みたいな設定なのに、やっていることは本気のロジック勝負。

そのギャップを六篇続けた先で、夢見灯という少女の物語までひとつにつながっていくのが、この連作の贅沢なところだ。

悠木四季

はい、大好きなやつです。ミステリオタクの夢のような作品である。

古典ミステリの名作を紹介して終わるオマージュ集ではなく、その作品の面白さをいったん分解し、夢というルールを足して新しい謎へ作り直すところが阿津川辰海らしい。

元ネタを知っているとニヤリとでき、知らなくても普通に本格ミステリとして勝負できるのが強い。

4.小林泰三『此方より 小林泰三未収録短編集』

『此方より 小林泰三未収録短編集』

著者:小林泰三

世界観  : (5.0)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (4.5)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

ホラー、クトゥルフ、SF、本格ミステリまで、小林泰三の奇想とロジックを凝縮したデビュー30周年記念の未収録作品集。

こんな作品

児童虐待の現場で遭遇する異様な存在、地下室に潜む宇宙的恐怖、量子力学を利用した密室、AIの意識、シミュレーション仮説、そして超限探偵Σ。

小林泰三がさまざまなジャンルで暴れ回った単著未収録作を集め、その異常な発想力を一気に浴びせてくる704ページの大冊。

ホラーもSFも本格ミステリも、理屈を突き詰めれば全部悪夢になる

児童相談所の職員が虐待の通報を受け、マンションの一室へ踏み込む。

そこにいたのは首輪につながれた少女と、どう考えても普通の家庭には存在してはいけない何かだった。

冒頭の『愛玩』から、小林泰三は容赦がない。嫌なものを見せるときに遠慮しないし、登場人物が理解できない状況へ追い込まれても、そこで理屈を捨てて逃げたりもしない。

何が起きているのか、なぜこんなことになったのかを真面目に考え続け、その論理が通ってしまった瞬間、状況がさらに悪化する。まさに、これぞ小林泰三!という感じだ。

『此方より 小林泰三未収録短編集』は、2020年に亡くなった小林泰三のデビュー30周年を記念して編まれた作品集で、単著へまとまる機会のなかった短篇・中篇を収録した704ページの大ボリューム。ホラー作家として入った人も、SFから知った人も、本格ミステリの人だと思っている人も、それぞれ自分の知っている小林泰三と別の顔にぶつかるはずだ。

表題作『此方より』では、幼い主人公が研究者である伯父の暮らす奇妙な村を訪れ、屋敷の地下で未知の装置を目撃するところから、クトゥルフ神話めいた宇宙的恐怖へ踏み込んでいく。

田舎の夏休みという懐かしい風景から始まりながら、地下へ降りるほど世界のサイズが急激におかしくなる。目の前の怪物が怖いという話から、人間が世界について知っていることなど本当はごく一部なのかもしれない、という領域まで話が広がるのだ。

しかも小林泰三の場合、未知の存在を前にしても人物たちが延々と考える。仮説を立て、反論し、別の可能性を出し、相手の理屈の穴を突く。会話だけなら理系の研究室で議論しているようなのに、その議題が怪物や異次元や人間性の崩壊だったりする。

その噛み合っているようで微妙に噛み合わない議論が、恐怖と笑いを同時に生んでしまうのだ。

理屈を捏ねれば捏ねるほど、世界がおかしくなっていく

本書の振れ幅を象徴するのが、『量子密室』『強いAI』『シミュレーション仮説』といった作品だ。

量子力学や人工知能と聞くと、それだけで難しそうに感じるかもしれない。しかし小林泰三は科学概念を説明して終わらせず、だったらそれを殺人事件へ使ったらどうなる、意識の正体と結びつけたらどうなる、と物語の側へ持っていく。

『量子密室』なら、量子力学の観測問題と密室ミステリをぶつける。普通の密室ものでは、扉や窓、鍵、犯人の出入りを考える。

ところが量子の世界を条件として持ち込んだ途端、そもそも事件がどの状態で確定していたのかというところから怪しくなり、物理法則と探偵小説のルールが同じテーブルへ載せられてしまう。

こういう無茶を、無茶なまま放置しないのが面白い。どれほど突飛な設定でも、登場人物たちは真顔で論理を積み上げる。その結果、常識から見ると完全におかしい結論なのに、そこまでの手順だけ追えばなぜか納得できてしまう。

超限探偵Σのシリーズもまさにその方向で、論理的であろうとすればするほどバカミステリへ近づいていく、このねじれた感覚がたまらない。

一方、『強いAI』や『シミュレーション仮説』では、人間とは何かというところまで話が伸びていく。AIが人間と同じように考えているように見えたら、それを意識と呼んでいいのか。自分が現実だと思っている世界が巨大なシミュレーションだった場合、そこに生きる自分の価値は変わるのか。

こうしたテーマを哲学談義だけにせず、SF的な事件や恐怖へ変換してしまうのが小林泰三らしい。さらにクトゥルフ神話、怪奇幻想、ミステリ、ブラックユーモアまで混ざるので、次にどんな話が来るのか予測しにくい。

『愛玩』のように人間の倫理を嫌な形で踏みにじる話を読んだと思えば、次は宇宙規模の話になり、その次には論理を極限まで振り回す探偵が現れる。それでもバラバラには感じにくく、根っこではずっと同じ作家が書いている。

何か気持ちの悪い状況を思いつく。そこへ理屈を入れる。限界まで考える。そして普通なら引き返す地点を、そのまま通過する。小林泰三の小説には、そういう危ない加速がある。

怖いものを怖いまま描くより、なぜ怖いのかを分析し、その仕組みまで理解したところで、理解できたからこそもっと怖くなる方向へ持っていくのだ。SFでもホラーでもミステリでも、この手つきが変わらないから、小林泰三の作品だとすぐ分かる。

704ページを通して読むと、ジャンルの広さそのものにも驚かされる。クトゥルフ神話から量子力学、AI、名探偵ものまで平然と横断しながら、最後はどこか気持ち悪い場所へ連れていくのだから、本当に変で素晴らしい作家だったと思う。

ホラー、SF、本格ミステリという棚を順番に見ていたはずなのに、気づけば全部同じ地下通路でつながっていた。

『此方より』という題名は、そんな小林泰三の頭の中へこちら側から覗き込む入口のようにも思えてくる。

悠木四季

もうとにかく、小林泰三の未収録短編が読めるだけで嬉しすぎて涙が出てくる。ありがとう。ありがとう。

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5.岡本好貴『帆船軍艦の殺人』

『帆船軍艦の殺人』

著者:岡本好貴

衝撃度  : (3.5)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

18世紀末の英国海軍を舞台に、戦列艦で起きる連続不可能殺人へ挑む、帆船×本格ミステリの鮎川哲也賞受賞作。

簡単あらすじ

1795年、英国海軍の戦列艦へ強制徴募された靴職人ネビル。大勢の水兵がいる甲板で起きた刺殺事件を皮切りに、フランス艦隊との戦闘が迫る洋上で不可能犯罪が続いていく。

18世紀帆船の構造と海戦そのものをトリックへ組み込んだ歴史本格ミステリ。

逃げ場のない戦列艦で始まる連続殺人

18世紀の帆船軍艦を舞台にしたミステリと聞くと、歴史知識がないと大変そうに思えるかもしれない。

ところが『帆船軍艦の殺人』は、靴職人として普通に暮らしていた青年ネビルが、いきなり英国海軍へ連れていかれるところから始まるので、こちらも彼とほぼ同じ目線で船上生活へ放り込まれる。

1795年、フランスとの戦争によって深刻な人手不足に陥ったイギリス海軍では、街中の男を捕まえて水兵にする強制徴募が行われていた。ネビルもその犠牲となり、事情も分からないまま戦列艦ハルバート号へ乗せられてしまう。

これだけでも十分ひどい。船内は狭く、衛生状態も悪く、軍紀は厳しい。逃げようにも周囲は海で、水兵たちの間には不満や反発が渦巻いている。

そんな場所を北海へ向かって進んでいる最中、新月の夜の甲板で一人の水兵が刺殺される。しかも、その場には大勢の人間がいた。

誰にも見られず、どうやって相手へ近づいたのか。凶器はどこへ消えたのか。

船というだけでも十分閉鎖的なのに、衆人環視まで重なったことで、最初の事件からいきなり強烈な不可能犯罪になっている。

敵艦との砲撃戦さえ推理の条件になる

調査に乗り出すのは、水兵から叩き上げで海尉となったヴァーノンとネビルだ。

ヴァーノンは海軍内部の事情や船の構造を知り尽くしていて、一方のネビルは外から突然放り込まれた人物なので、軍人たちが当たり前だと思っていることにも素朴な疑問を持てる。

二人の視点を通すことで、18世紀の帆船について詳しくなくても、事件に必要な知識が自然に頭へ入ってくるのだ。

そして岡本好貴は、帆船という珍しい舞台を背景として置くだけでは終わらせない。

索具がどう張られているのか。甲板から何が見えるのか。風向きによって船がどう動くのか。乗員がどこを通り、どこへ行けるのか。そうした帆船特有の条件が、犯行可能性やアリバイを考える材料へ次々と変わっていく。

ここが本格好きにはたまらないところだ。現代の建物なら、ドアや窓、廊下の配置を調べるように、この作品では帆、ロープ、甲板、船室、船体の傾きまで確認しなければならない。

知らない世界なのに、条件が提示されるほど自分でも考えられるようになり、いつの間にか18世紀の軍艦を巨大な館として眺めている。

さらに厄介なのが、殺人事件の最中にも戦争は待ってくれないことだ。フランス艦と遭遇すれば、ハルバート号はそのまま戦闘へ入る。

砲撃が始まり、甲板では人が走り回り、船体そのものが激しく揺れる。その混乱の中でも新たな事件が起きるので、殺人を調べながら敵艦とも戦わなければならない。

普通のクローズド・サークルなら、嵐が去るまで館の中で事件を解けばいい。ここでは館そのものが大砲を撃ちながら海を移動しているようなものだ。

戦闘中なら人員配置も変わり、普段とは違う場所へ人が集まる。砲撃の轟音で音がかき消され、船体も傾く。つまり海戦は単なる派手な見せ場に終わらず、犯行を考えるうえで無視できない条件として入り込んでくるのだ。

その一方で、船の中には別種の緊張も漂っている。強制的に連れてこられた水兵たちにとって、ハルバート号は誇りある軍艦とは限らない。

理不尽な扱いに耐え、厳しい規律へ従わされ、いつフランス軍の砲弾で命を落とすかも分からない。誰が何に怒り、誰を憎んでいるのかという人間関係が、連続殺人の背景へ少しずつ絡んでいく。

つまり事件を解くことが、そのまま船という社会を理解することにもつながる。

第三十三回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作というのも納得で、歴史ものとしての面白さと、犯人・方法・動機を詰めていく本格推理がきれいに一体化している。

帆船の知識を見せるためのミステリでも、謎解きのために時代設定を借りただけの作品でもなく、1795年の戦列艦だからこそ成立する事件として作り込まれているのが強い。

ハルバート号からは逃げられない。外へ出れば北海、前方にはフランス艦隊、そして同じ船のどこかには殺人犯がいる。

船が進むほど戦況は悪化し、事件も重なり、限られた甲板の上で可能性だけが絞られていく。

『帆船軍艦の殺人』は、巨大な戦列艦を一隻まるごと推理装置へ変えてしまった、骨太で楽しい歴史本格だ。

悠木四季

帆船軍艦を舞台にしただけでも珍しいのに、ロープや甲板、風向き、戦闘時の人員配置まで全部ミステリの条件へしてしまう。海戦を楽しんでいたら、その戦闘自体が推理材料だったと気づくところが素晴らしい。

6.島田荘司『水上都市の冒険』

『水上都市の冒険』

著者:島田荘司

衝撃度  : (3.5)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

中学生の御手洗潔が昭和の横浜で五つの事件を解き、名探偵の原点を描く青春ミステリ連作集。

こんな作品

殺人事件、不気味な人形の絵、火災現場へ現れる少年、クリスマスの小さな奇跡、川に浮かぶ遺体と大量の歯磨きチューブ。

中学生時代の御手洗潔が仲間たちと昭和の横浜を駆け回る、少年冒険小説の楽しさをまとった連作ミステリ。

名探偵の原点には、推理力と同じくらい人への優しさがあった

昭和の横浜を舞台にした御手洗潔の事件簿と聞くと、まず思い浮かぶのは大人になってからの彼かもしれない。

ところが『水上都市の冒険』で描かれるのは、そのずっと前、同級生たちと街を駆け回っていた中学生時代である。

語り手もシリーズでおなじみの石岡和己ではなく、同級生の江口富雄。鈴木えり子も仲間に加わり、坂道や水路の入り組んだ横浜を舞台に、五つの事件へ首を突っ込んでいく。

後年の御手洗を知っていると、この少年時代がとても新鮮だ。大人たちが見落とした違和感を拾い、警察の考え方へ平然と疑問を差し挟む鋭さはすでに出来上がっている一方、自分はまだ中学生なのにと愚痴をこぼしたり、友人たちと勢い任せに動いたりもする。

天才名探偵の原型が見えるのに、まだちゃんと少年なのがいい。その距離感が、この連作をぐっと親しみやすいものにしている。

舞台となる横浜の雰囲気もいい。戦後の傷痕を抱えながら、高度経済成長の熱気で街が変わっていく時代。古い建物、坂道、川や運河、繁華街が入り混じる風景の中を少年たちが走り回るので、本格ミステリでありながら冒険小説のような軽快さまで生まれている。

事件そのものだけを追うというより、その街を一緒に歩いている感覚が楽しい。

難事件を解く少年より、傷ついた人を見逃さない少年

『汐汲坂の殺人』では、殺害された画家をめぐる事件に巻き込まれ、同級生の父親へ向けられた嫌疑を晴らすために御手洗たちが動く。警察が作った筋道をそのまま受け入れず、証言や現場の状況を組み直しながら別の可能性を探っていく流れには、すでに名探偵らしい冴えがある。

それと同時に、誰かが簡単に犯人扱いされてしまう危うさまで物語の中へ入り込み、単純な謎解きだけで終わらない厚みを持たせている。

『踊る人形』では、街のあちこちに描かれた謎の人形の絵が発端となり、やがて水上での冒険へ発展する。シャーロック・ホームズを思わせる題材を使いながら、警察官までうまく巻き込んで調査を進める御手洗の知恵も楽しい。五篇の中でも少年探偵団らしい勢いが前へ出ていて、横浜という舞台との相性も抜群だ。

一方、『火事マニア』や『マジシャン御手洗くん』へ進むと、この連作のもう一つの顔がはっきりしてくる。火災現場へ必ず姿を現す孤独な少年を前にした御手洗は、奇妙な行動の理由だけを暴こうとはしない。その子が何を抱え、どうしてそこへ来るのかまで見ようとする。

『マジシャン御手洗くん』でも、養護施設で心を閉ざした少年のために、御手洗は聖夜の小さな奇跡を用意する。論理で事件を解く頭脳と、人の痛みに反応する感覚が、この頃からひとつにつながっていたことがよく分かる。

書き下ろしの『歯磨きチューブの謎』は、題名からして気になる一編だ。川に浮かんでいたホステスの遺体と、大量に捨てられた練り歯磨きのチューブ。

一見すると接点の見えない二つの事実を御手洗が一本の筋へまとめていき、大がかりな建築トリックとは違う方向から論理の気持ちよさを味わわせてくれる。身近な物が事件の輪郭を変えるところも、短篇らしい切れ味につながっている。

五篇を通して事件で救われた人物が後の話へ顔を出すので、一話完結で読みやすいのに、少年たちが横浜で過ごした時間は少しずつ積み重なっていく。

そこで見えてくるのは、御手洗潔という人物の核が、中学生の頃からすでに出来上がっていたということだ。

理屈の通らないことを嫌い、大人の権威へ簡単には従わず、追い詰められた人を見過ごせない。天才的な推理力そのものより、その力を誰のために使うのかという部分に、御手洗らしさが宿っている。

昭和の横浜を駆け回る少年たちを追っていると、後年の名探偵へ向かう道筋まで自然に見えてくる。

難事件の解決と少年時代の冒険、その両方を楽しみながら、御手洗潔の原点へ触れられる連作集だ。

悠木四季

中学生なのに推理はもう御手洗潔そのもの。それでも友達と横浜を走り回る姿には少年らしさがあり、事件の真相と同じくらい、傷ついた人へどう手を伸ばすかを大切にしているところがいい。

7.東野圭吾『永遠の記憶』

『永遠の記憶』

著者:東野圭吾

衝撃度  : (4.0)
技巧性  : (4.5)
論理性  : (5.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

内海薫刺傷事件を発端に、湯川学と草薙俊平が数十年前の家族の秘密へ迫る〈ガリレオ〉シリーズ集大成の長編ミステリ。

こんな作品

買い物中の内海薫を突然刺した70歳ほどの老人、彼女へ復讐を企てる若い女性、そして数十年前まで遡る家族の秘密。

草薙と湯川が現在の事件から過去をたどり、人の記憶と罪、守るために犯した犯罪へ迫る〈ガリレオ〉シリーズ30周年記念長編。

ガリレオ30年の記憶がひとつの事件へつながっていく

スーパーで買い物をしていた内海薫が、見知らぬ老人に突然刺される。

ただ、この事件で気になるのは犯行そのものより、捕まった男の不可解な態度だ。

70歳ほどの老人は内海を刺した直後、近くのビルから飛び降りようとしながら死にきれず、そのまま逮捕される。ところが取り調べでは完全黙秘。内海との関係も、なぜ彼女を狙ったのかも、一切語ろうとしない。

捜査線上には、過去に内海が関わった事件をきっかけに、彼女へ強烈な恨みを抱く若い女性も浮かんでくる。だとしたら、その女性が老人を使って復讐したのか。

そう考えたくなるのに、二人を結ぶ接点が見つからない。しかも内海への襲撃はそこで終わらず、若い女性は入院中の彼女へ、刑事としても一人の人間としても簡単には答えを出せない究極の選択を突きつけてくる。

ここから『永遠の記憶』は、復讐サスペンスの顔を見せながら、少しずつ時間を巻き戻していく。

内海を守ろうと動く草薙俊平。その相談を受け、老人が持っていた品やわずかな痕跡から過去を探り始める湯川学。

現在の刺傷事件だけを調べていたはずが、やがて彼ら自身が昔関わった出来事へ線が伸び、さらにその奥から数十年前の家族の秘密まで姿を現す。

現在の復讐を追っていたはずが、数十年前の家族へたどり着く

本作は第一部『履歴る』と第二部『終活る』の二部構成になっていて、前半と後半で物語の見え方が大きく変わる。

前半では、誰が内海を狙っているのか、黙秘する老人は何者なのかというサスペンスが中心だ。若い女性の復讐計画も重なり、次に何を仕掛けてくるのか分からない緊張の中で、内海自身が追い詰められていく。

後半へ入ると、今度は湯川が過去をたどる側へ回る。ひとつの所持品、一人の証言、昔の事件。それらを拾い直すうち、いま起きている出来事が突然生まれたものではなく、何十年も前から続いてきた家族の選択と結びついていたことが見えてくる。

この構造がいかにも東野圭吾らしい。最初は逆恨みによる襲撃に見えていた事件が、背景を知るにつれて簡単な善悪では整理できなくなっていく。

誰かを守ろうとして罪を犯した人間がいて、その決断によって救われた人もいれば、別の誰かは長い時間を傷ついたまま生きることになった。ひとつの行為が数十年後まで別の人生を動かし続けるところに、タイトルの永遠という言葉も重なってくる。

そして、シリーズ30周年という節目を考えると、湯川学の変化も大きな見どころだ。初期の湯川には、不可解な現象を科学と論理で解きほぐしていく天才物理学者という印象が強かった。

もちろん今回も、わずかな情報から事実を組み立てる頭脳は健在。それでも彼が向き合うのは、物理法則だけでは片づかない、人間が過去をどう抱えて生きるのかという問題だ。

草薙との関係にも、長くシリーズを追ってきた時間が自然に重なる。若い頃から事件を追ってきた二人が、いまでは自分たちの過去まで振り返りながら捜査する。30年間積み重ねてきたシリーズだからこそ、昔の事件へ遡る展開そのものが、登場人物たちの年月とつながって感じられる。

内海薫も今回は単なる捜査側に立っていない。自分自身が被害者となり、それでも刑事として判断しなければならない。復讐を向けられる理由を知ったとき、法に従えばそれで終われるのか。それとも、人間として別の選択をするのか。その苦しさが事件へ感情的な重みを与えている。

『永遠の記憶』という題名が示すのは、忘れられない記憶の苦しさだけではないのだと思う。

母親が娘を守ろうとしたこと、誰かが誰かを恨み続けたこと、湯川や草薙が昔の事件に関わったこと。人間が忘れたつもりでも、その選択は別の誰かの人生へ入り込み、思わぬ形で現在へ戻ってくる。

ガリレオ30周年を飾る物語の中心に置かれたのが、派手な科学トリックより、人が抱えてきた記憶だったというのも印象深い。

内海を刺した老人がなぜ黙っていたのか。その理由を追って開かれるのは、一人の犯罪者の過去だけではなく、長い時間をかけて絡み合った何人もの人生だ。

湯川が最後に解くのは事件の仕組みであり、その向こうには、人間が忘れることのできなかった年月まで横たわっている。

悠木四季

内海刺傷という強烈な事件から始まりながら、最後に中心へ浮かび上がるのは数十年にわたる家族の記憶。ガリレオ30周年で、湯川が科学現象より人間の過去をたどる物語を持ってきたところに、シリーズの年月を感じる。

8.潮谷験『山上のフェイク』

『山上のフェイク』

著者:潮谷験

衝撃度  : (5.0)
技巧性  : (4.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

皐月山の孤立コテージで起きた殺人と失踪を、一冊の手記に仕込まれた嘘から解き明かすロジカルな山岳ミステリ。

こんな作品

同窓会の参加者が下山せず、救助隊がたどり着いた山頂には刺殺死体と一冊の手記が残されていた。ところが、そこに書かれた内容と現場の状況がどうしても一致しない。

山岳救助の緊迫感と手記のフェイクを組み合わせた、スピード感抜群の本格ミステリ。

手記の一文だけが、目の前の現実と噛み合わない

山岳救助隊が皐月山のコテージへ到着したとき、そこに待っていたのは助けを求める登山者たちではなく、刺殺された男の死体だった。

主催者の沼田俊和はすでに死亡し、一緒に同窓会へ参加していた仲間たちは全員姿を消している。ただの殺人事件なら、まず参加者たちの行方を追えばいい。

ところが現場から、サークルの元メンバー・射場由美子が書いた手記が見つかる。そして、その中のある一文がどう考えてもおかしい。

救助隊員たちがいま目の前で確認している状況と、手記に書かれた内容が物理的に両立しないのだ。

この一点から、『山上のフェイク』はぐっと面白くなる。

誰かが嘘を書いたのか。それとも手記を読んでいる側が、何かを思い違いしているのか。文章のどこまでを信用していいのか分からないまま、救助隊は失踪した人々を探さなければならない。

しかも舞台は山の上だ。天候は変わり、時間が経つほど生存者の危険は増していく。現場をのんびり保存して、あとから資料を並べて考える余裕などない。

足跡や持ち物、コテージ内部の痕跡を確認しながら、その場で次にどこを探すか判断する必要がある。つまり、山岳救助そのものが捜査になっているわけだ。

手記を読むことと、人を救うことが同時進行する

本作の面白いところは、手記の謎と山岳救助が別々に動かないことだ。

手記には、大学時代の文芸研究会メンバーが久しぶりに集まった同窓会の様子や、彼らの間に漂う微妙な空気が記されている。昔の関係がそのまま続いている人もいれば、年月を経て立場が変わった者もいる。そのうえ沼田の妹は数年前から失踪したままで、今回の集まりにもどこか重たい影を落としている。

その過去を読みながら、救助隊は現在の山を歩く。手記の中ではここに誰かがいた。しかし現場には痕跡がない。

逆に、手記では触れられていないものが実際のコテージには存在する。文章と現実を突き合わせるたび、小さなズレが積み重なり、何が本当だったのか分からなくなっていく。

ここで面白いのは、この手記が単純な嘘探しに終わらない点だ。書かれている文章が偽りなら、なぜそんな嘘を書く必要があったのか。誰を騙すための文章なのか。

手記を書いた本人が真相を隠したかったのか、それとも別の目的があったのか。そこを考え始めると、文章の内容だけでなく、手記そのものの存在理由まで怪しく見えてくる。

潮谷験らしいのは、この異常な状況から真相を逆算していくところだ。超常現象や偶然で片づけず、現場の条件と文章の矛盾をひとつずつ整理する。

ありえない一文があるなら、その一文が成立するためには何が必要なのか。そこから事件全体を組み直していくため、謎の奇抜さと解決のロジックがきれいにつながる。

そして山岳救助の緊張が、その推理をずっと急かしてくる。生存者がいるなら一刻も早く見つけたい。けれど手記を読み違えれば、捜索する方向そのものを誤る可能性がある。だから文章を解釈することが、そのまま誰かの命へつながるのだ。

手記の嘘を暴くことと、その向こうにいる誰かを救うこと。その二つが皐月山の上でひとつにつながったとき、タイトルにあるフェイクの意味まで一段深く見えてくる。

山岳サスペンスとして走りながら、最後はきっちり本格ミステリの快感へ着地する。

一気読みさせる推進力と、本格ミステリとしての完成度を兼ね備えた長篇だ。

悠木四季

手記の一文と現場の状況がどうしても噛み合わない。その違和感だけで引っ張りながら、山岳救助の緊張まで重ねてくるのがうまい。文章の嘘を見抜くことが、そのまま人を救う行動につながっていく構成が好きだ。

9.山白朝子『小説の怪人』

『小説の怪人』

著者:山白朝子

恐怖度  : (4.0)
面白さ  : (4.5)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

創作に取り憑かれた人間たちの生態を、怪異として描くメタフィクション怪奇短編集。

こんな作品

墓場へ籠もって原稿を書く作家、締切から逃亡する作家、脳内に架空の俳優を住まわせる劇作家、巨匠の頭から直接言葉を受け取る青年。

山白朝子が小説家というおかしな生き物を、怪談とブラックユーモアの両側から覗き込む七つの物語。

小説を書きすぎた人間たちは、いつから怪異の側へ回ってしまったのか

墓場に籠もって小説を書く。

それだけでもう普通の作家生活から大きく外れているが、『小説の怪人』に登場する人々を見ていると、これが特別異常とも思えなくなってくる。

締切から逃げ続けるうちに現実と物語の境目を見失う者もいれば、脳内に存在しない俳優を住まわせ、その演技を眺めながら戯曲を書く者までいるのだから、小説家という職業そのものがだんだん怪異の一種に見えてくる。

山白朝子、つまり乙一の別名義による本書が面白いのは、幽霊屋敷や呪われた土地を中心に据える代わりに、創作する人間そのものを怪談の材料にしてしまったところだ。

七篇に出てくる作家たちは、みんな何かがおかしい。

ただ、そのおかしさには説得力もある。締切に追われれば逃げたくなるし、自分の頭の中にいる人物と何年も付き合っていれば、本当にそこに存在しているような感覚が生まれても不思議ではない。

作品へ人生を注ぎ込みすぎた結果、現実のほうが創作へ引っ張られてしまう、その一線をほんの少し越えたところに山白朝子の怪談が待っている。

書いているのは誰なのか?創作そのものが怪異へ変わる

とくに強烈なのが『精神感応小説家』だ。

悲惨な事故によって身体の自由を失った大作家J先生のもとへ、ベトナム出身の青年N君が現れる。N君にはJ先生の身体へ触れることで、頭の中に浮かんだ言葉をそのまま受け取る特殊な能力があり、意思疎通すら難しくなった巨匠は彼を通して再び小説を書き始める。

設定だけ聞けば奇跡のようでも、その関係を考え始めると急に怖くなる。

N君が書き取った文章は本当にJ先生の作品なのか。頭の中にあった言葉を受信しただけなら作者はJ先生だろうが、受け取ったものを文章として外へ出したN君を単なる筆記係とも言い切れない。

さらに二人の距離が近づくほど、創作する側と受信する側の境目まで曖昧になり、怪異だったはずの能力が作家という存在そのものを揺さぶっていく。

『脳内アクター』の発想もすごく好きだ。劇作家の頭の中には、現実には存在しない俳優がいる。その人物へ役を与え、脳内で演じさせながら作品を作るという発想は、創作経験のある人ならどこか理解できそうな感覚を、とことん異常な方向へ押し広げたものだ。

登場人物が勝手に動き始めた、という作家の言葉はよく聞く。

山白朝子はそこへ、本当に勝手に動いていたらどうする、という怪談的な発想を持ち込む。比喩として使われていた創作者の感覚をそのまま現実へ移し替えるだけで、不思議なほど怖い話になってしまう。

一方、『ある編集者の偏執的な恋』では、作る側から作品へ取り憑かれる側へ視線が移る。担当作家の才能に惚れ込み、その文章を誰より理解しているつもりだった編集者の愛情は、仕事への情熱という範囲から少しずつはみ出していく。

良い作品を世に出したいという気持ちと、その作家を自分だけのものとして理解したい欲望が混ざり始めたところで、出版という仕事そのものが不穏な顔を見せる。

『墓場の小説家』『小説家、逃げた』『キ』『小説の怪人』も含め、七篇を通して描かれる作家像はばらばらだ。それでも共通しているのは、小説を書くという行為に人生を持っていかれた人間たちの姿で、創作は彼らを助けることもあれば、現実から遠ざける入口にもなってしまう。

怖いのに、どこか可笑しい。異常な作家を外側から笑っていたはずが、締切から逃げたい気持ちや、自分だけに聞こえる登場人物の声、好きな作品へ執着する感覚には親しみまで覚えてしまう。その笑いと不穏さが隣り合わせになっているから、怪談としても創作ものとしても独特の読み味になる。

そして最後まで付きまとうのが、小説を書いている人間と、小説に書かされている人間の境目だ。

頭の中で生まれた人物へ言葉を与えているつもりが、いつの間にかその人物に生活を支配される。作品を編集しているつもりが、作品への執着によって自分の人生まで変形していく。

山白朝子が描く怪人とは、化け物の姿をした存在というより、虚構へ入り込みすぎて帰り道を見失った作家や編集者たちなのかもしれない。

原稿を書く机の向こう側には、いつも虚構の世界が口を開けている。

普通の作家ならそこへ出入りして戻ってくる。しかし『小説の怪人』に集められた七人は、その境界で少し足を滑らせてしまった人々だ。

だから彼らの奇妙さを笑っているうち、創作という行為そのものまで、少し怪しく見えてくる。

悠木四季

創作の世界ではわりと聞く話を一歩だけ怪談側へずらすことで、小説家という職業そのものを奇妙な生き物に変えてしまうのが面白いところだ。

併読のススメ

・山白朝子『スコッパーの女

──小説家という人種の底知れない業や狂気、出版界に蠢く怪異を題材にした、切れ味鋭くも悪趣味な魅力が光る戦慄の怪談・奇譚短編集。山白朝子の『小説家シリーズ』は本当に面白い。

10.五条紀夫『人喰いパンダ殺人事件』

『人喰いパンダ殺人事件』

著者:五条紀夫

衝撃度  : (4.0)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

人喰いパンダに閉じ込められた洋食店で刺殺事件が起き、幾重もの真相へ突入する特殊設定本格ミステリ。

こんな作品

別れ話の真っ最中に鳴り響く緊急警報。街では人喰いパンダが暴れ、逃げ込んだ洋食店では腹を切り裂かれた死体が見つかる。

とんでもない特殊設定を、クローズド・サークルと本格推理の条件へ変えてしまうロジカル・サプライズ長編。

外には人喰いパンダ、店内には殺人犯、からの本気の論理戦

恋人との別れ話だけでも最悪なのに、その最中に街へ人喰いパンダが現れたら、さすがに人生の優先順位を考え直すしかない。

ヒロくんが恋人と向き合っていたのは、手作りソーセージと本格中華を売りにする洋食店〈大熊猫亭〉。重たい空気の中、突然街頭スピーカーから警報が鳴り、人間を襲う凶暴なパンダが街を徘徊しているので、建物から出るなという避難指示が流れる。

店にいた客と従業員は扉を固め、そのまま籠城することになるのだが、ここで終わればB級モンスターパニックである。ところが店の奥から、お腹を切り裂かれた死体が発見される。

外へ出ればパンダに喰われるかもしれない。だから誰も簡単には出入りできず、警察もすぐには来られない。その条件下で店内殺人が起きた瞬間、人喰いパンダという冗談みたいな設定が、そのまま本格ミステリの強固なルールへ変身する。

普通のクローズド・サークルなら、吹雪や孤島、崩落などが人間を閉じ込める。本作ではその役をパンダが担当し、しかも外部犯の可能性を考えようとすると、本当にパンダが殺したのかという不条理な選択肢まで推理の俎上へ載ってしまう。

笑っていいのか真面目に考えるべきなのか、その境目がどんどん分からなくなっていく。

人喰いパンダを、本格ミステリの条件に変えてしまう

〈大熊猫亭〉に閉じ込められた人々が考えなければならないのは、誰が殺したのかという犯人当てだけではない。

施錠された店へ外から侵入できたのか。被害者はいつ殺されたのか。凶器はどこから来たのか。そして、人喰いパンダという異常事態が事件へどこまで関係しているのか。

ふざけた設定の表面を一枚剥がすと、その下には条件整理と消去法を積み重ねる硬派な論理戦がびっしり詰まっている。タイトルだけ見てネタ小説だと思うと、いい意味で裏切られるのだ。

奇抜な設定を出して勢いだけで押すタイプではなく、パンダがいるから外へ出られない、外へ出られないから容疑者や犯行手段が限定される、という具合に特殊設定そのものが推理の土台へ組み込まれている。馬鹿馬鹿しさとロジックが喧嘩せず、同じ方向へ走っていくのが気持ちいい。

そして本編の合間には、◇パンダの話と題された挿話が何度も差し込まれる。

最初は何を読まされているのか分からず、本筋との距離も遠く感じる。それでも物語が進むほど、小さな違和感や断片が少しずつ意味を持ち、〈大熊猫亭〉で起きている事件と別々だったはずの線が近づいてくる。

この幕間の扱いが、本作のもう一つの仕掛けだ。◆大熊猫亭、◆籠城、◆鮮血御品書、◆難問題、◆真相破裂と進み、終盤には◆七万年之愛という、とても人喰いパンダ殺人事件から来たとは思えない章題まで待っている。

序盤のB級映画めいたノリを楽しんでいたはずが、いつの間にかもっと大きな物語へ連れていかれるので、タイトルから想像した着地点とは景色がまるで違う。

しかも五条紀夫は、変な設定を出したこと自体をゴールにしない。なぜ人喰いパンダなのか。なぜこの店なのか。なぜ幕間が挟まるのか。

序盤で笑って流した部分ほど、後から別の意味を帯びてくる。その回収が始まると、バカミステリとして眺めていたものが、緻密に組まれた特殊設定本格だったと分かってくる。

タイトルのインパクトは強烈だが、その奇抜さだけで記憶に引っかかる作品では終わらない。人喰いパンダを閉鎖空間を作る装置へ変え、そこへ不可能犯罪と犯人当てを重ね、さらに幕間の物語まで一つの構造へまとめ上げる。

最初はパンダに笑わされる。中盤では誰が殺したのかを本気で考えさせられ、終盤には自分がどこまで先入観に乗せられていたのかを思い知らされる。

『人喰いパンダ殺人事件』というタイトルから、ここまで遠くへ連れていかれるとは思わなかったです、はい。

悠木四季

人喰いパンダが街を襲う時点で完全にネタへ振り切った作品かと思ったら、そのパンダを利用して容疑者と犯行条件を絞り、本気の犯人当てを始める。この落差が最高に楽しい。

11.稲羽白菟『造反有理 文革楼の殺人』

『造反有理 文革楼の殺人』

著者:稲羽白菟

衝撃度  : (4.0)
面白さ  : (4.5)
読みやすさ: (3.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

文化大革命下の客家円楼で、竹簡になぞらえた連続殺人とスパイ疑惑が交錯する歴史社会派×館もの本格ミステリ。

こんな作品

文化大革命下の中国、紅衛兵の迫害から文化人たちを匿う巨大な客家円楼。その内部で竹簡になぞらえた連続殺人が起こり、今度は住人同士がスパイではないかと疑い始める。

歴史の狂気と館ミステリの疑心暗鬼をがっちり噛み合わせた大河本格。

文化を守るための円楼で、古典になぞらえた連続殺人が始まる

1968年の中国では、文化大革命の嵐が吹き荒れていた。紅衛兵によって古い文化や知識が攻撃され、知識人たちも次々と迫害されていく。

そんな状況から劇作家、詩人、推理作家、京劇俳優、作曲家、科学者、高僧たちを守るため、彼らは中国南部の山奥にある巨大な客家円楼・文閣楼へ集められる。

要するにここは、文化を守るための秘密の避難所だ。ところが、その文閣楼で殺人が起きる。

しかも犯人は、ただ人を殺して終わりにはしない。遺体のそばには中国古代の偉人たちの最期を記した竹簡が置かれ、被害者はそこに書かれた惨劇を再現するような姿で発見される。

文化を守るために集められた人たちが、今度は古典を使った殺人に狙われるのだ。この構図がまず強烈である。

さらに住人たちの間では、四人組側のスパイが文閣楼へ入り込んでいるのではないかという疑惑まで広がっていく。外へ出れば紅衛兵の暴力が待っているのに、内側にも殺人犯や密告者がいるかもしれない。逃げ場がないうえに、隣にいる人まで信用できない。

館ものとして考えると、全員が容疑者という王道の状況である。

ただし舞台は文化大革命の中国だ。誰かを疑い、告発し、敵だと決めつけることが、社会全体で現実に行われていた時代である。だから文閣楼の中で始まる犯人探しが、単なる推理ゲームには見えてこない。

ここが『造反有理 文革楼の殺人』のものすごく面白いところだ。

館の中の疑心暗鬼と、文化大革命そのものが重なっていく

物語は円楼の中だけで進まない。第一部の革命無罪から、四旧打破、懐疑一切、そして造反有理へ。

北京、上海、武漢、長沙、井岡山など中国各地へ視点を広げながら、文閣楼の殺人と外の世界で進む政治運動を並行して見せていく。そのため、円楼の中で誰かが誰かを疑う場面にも別の重さが生まれる。

普通の館ミステリなら、アリバイを調べ、怪しい行動を洗い出し、犯人候補を絞り込んでいくところだ。しかしこの時代では、疑うことや告発すること自体が人間関係を壊す武器になっていた。

推理小説の犯人探しと、文化大革命の人民裁判が近い場所に並んだ瞬間、本格ミステリのおなじみの形式まで怖く見えてくる。

竹簡を使った見立て殺人も、この作品だからこそ成立する仕掛けだ。古典は本来、文閣楼へ集まった人々が守ろうとしている文化そのもの。それなのに犯人は、偉人たちの死を記した竹簡を使い、その知識を殺人の演出へ変えてしまう。

守るべきものが、そのまま人を殺すための道具に変わる。この皮肉が事件への嫌らしさを与えている。

そして全編を通してプッチーニの『トゥーランドット』がモチーフとして使われるのも面白い。中国を舞台にした西洋オペラの旋律が、文革下の中国と円楼の連続殺人へ重なり、政治、歴史、芸術、本格ミステリという大きな材料をひとつの物語へまとめていく。

640ページという分量も納得できる。円楼の中だけで犯人を当てる話なら、ここまで大きな作品にはならない。中国各地で何が起きているのか、文化人たちは何を背負って文閣楼へ来たのか、そしてこの時代に知識を持つことがどれほど危険だったのか。そうした背景まで描くことで、一つの殺人事件が国家規模の狂気とつながっていく。

それでも中心には、ちゃんと本格ミステリがある。

なぜ竹簡が置かれたのか。なぜこの死に方なのか。誰がいつ、どこまで動けたのか。そして文閣楼へ集められた人々の中に、いったい誰が紛れ込んでいるのか。

歴史小説としての厚みに圧倒されつつ、同時にアリバイや見立て、証言の食い違いを追って真相を考える楽しさもしっかりある。この二つを同時に走らせているところが、本作の大きな魅力だ。

客家円楼は、本来なら外敵から住民を守るための建築である。厚い壁に囲まれ、外から簡単には入り込めないからこそ安全なはずだった。

ところが、その内側に敵がいるかもしれないと思った瞬間、強固な壁は逃げ道を塞ぐものへ変わってしまう。文化を守るために作られた文閣楼で、古典を使った殺人が起こり、守られるはずだった人々が互いを疑い始めるのだ。

館ものの全員が容疑者という構図を文化大革命そのものへ重ねたことで、犯人探しの緊張と時代の息苦しさがひとつにつながっていく。

円楼の中の事件を追っていたはずなのに、気づけば中国全体が巨大な館のように見えてくる。

そこまでスケールを広げてしまうところに、『造反有理 文革楼の殺人』の凄さがある。

悠木四季

客家円楼、竹簡の見立て殺人、文化大革命。これだけでも情報量がすごいのに、三つがちゃんとひとつの仕組みへまとまっているのが良き。

12.倉知淳『犯人は現場に首だけ戻る』

『犯人は現場に首だけ戻る』

著者:倉知淳

衝撃度  : (4.0)
技巧性  : (5.0)
論理性  : (5.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

四つのバラバラ殺人を、なぜ切断したのかという謎から久世敬太郎が意外な論理で解く連作ミステリ。

こんな作品

強盗殺人の十日後、犯人と思われる男の首だけが現場へ戻ってくる。別の事件では腕が一本余計に切られ、また別の死体からは片足が消える。

猟奇的な四つの事件を、なぜそこまでして遺体を切断したのかという一点から崩していく、倉知淳らしいユーモア本格。

猟奇殺人にしか見えない状況を、全部ロジックで説明してしまう

強盗殺人が起きた民家の門柱に、十日も経ってから生首が置かれる。

しかも首の持ち主は、どうやらその強盗殺人を起こした犯人らしい。

この時点で何が起きているのか、さっぱり分からない。犯人を捕まえた誰かが私刑にしたのか。警察へ対する挑発なのか。それとも、最初の事件とはまったく別の犯罪が重なったのか。

普通なら猟奇犯罪として身構えるところだが、『犯人は現場に首だけ戻る』が面白いのは、ここから狂人の心理へ向かわず、ひたすら理屈で首がそこに置かれた理由を考えていくところだ。

その事件へ巻き込まれるのが、フリーライターの折本光一と友人の久世敬太郎。二人が参加するのは、警察が民間人へ一日だけ捜査を体験させ、レポートを提出させる非正規雇用捜査官、通称・派遣さんという制度である。

この制度からして倉知淳らしく、絶妙に馬鹿馬鹿しい。重大事件の捜査現場へ、ほとんど素人の民間人が体験参加する。そんなこと本当にやって大丈夫なのかと思うのだが、折本たちはその立場だからこそ刑事とは少し違う角度から事件を見ることになる。

そして久世は、現場の話をぼんやり聞いていたかと思えば、いきなり真相が分かったと言い出す。

周囲は凄惨な殺人事件について真剣に議論しているのに、本人はどこかのんびりしている。この温度差が可笑しい一方、そこから飛び出す推理は思いっきり本格だ。

なぜ、わざわざ死体を切断しなければならなかったのか

表題作『犯人は現場に(首だけ)戻る ~首ヲ切ル者~』を皮切りに、本書では四篇すべてに遺体切断が絡んでくる。

次の『かゆいところに手が(もう一本分)届く ~腕ヲ切ル者~』では腕、『悪事千里を(片方の足で)走る ~足ヲ切ル者~』では足、そして『幽明境を(首も手足も)異にする ~ばらばら二切ル者~』では、ついに全身バラバラ。

並べると相当に物騒なのだが、倉知淳が狙っているのは猟奇描写の強さより、その異常な行動へ合理的な理由を与えることだ。

遺体を切断するのは面倒だし、時間もかかる。血痕や道具など証拠を増やす危険も高く、運搬にも手間がかかる。犯人にとってデメリットだらけなのに、それでも首や腕や足を切らなければならなかった。だったら、そこには理由がある。

この発想を出発点に、久世は現場の条件や証言、被害者の行動を組み直していく。猟奇的だから異常者の仕業だろう、と片づければ終わるところを、犯人が合理的な人間だったと仮定して逆方向から考える。その瞬間、意味不明だった切断行為が事件の中心的な手がかりへ変わるのだ。

『かゆいところに手が(もう一本分)届く』では、ひき逃げと思われる死体から、なぜか腕が一本分余計に切断されているという状況が現れる。

腕を一本隠すだけでも変なのに、余計に一本という表現が絡むだけで頭が混乱する。何を数えているのか、どの身体を基準に考えればいいのか。言葉遊びみたいな題名まで含め、最初からこちらの認識をずらしてくる。

『悪事千里を(片方の足で)走る』では、切断された片足を手がかりに関係者の証言を追っていくうち、当初思い描いていた被害者像そのものが変わり始める。

ここでは身体の一部が消えた理由と、人間関係の見え方が結びついていくのが気持ちいい。誰が善人で誰が悪人なのかという単純な整理まで揺さぶられ、足を切った理由が分かった瞬間、それまでの証言が別の形へ組み直される。

最終話『幽明境を(首も手足も)異にする』では、切断の規模が最大になり、四篇で積み重ねてきた発想も一段階大きくなる。

首だけ、腕だけ、足だけと来て、最後は全身。ここまで行くと、なぜ切ったのかという問題そのものが一種のパズルになり、どの部位がどこにあり、犯人にとって何を隠す必要があったのかを整理するだけでも楽しい。

しかも、事件は残酷なのに会話の調子は重くなりすぎない。折本と久世のやり取りには脱力感があり、警察側も含めてどこか変な間がある。倉知淳は昔から、この軽さとロジックの組み合わせが抜群にうまい作家だ。

猫丸先輩シリーズにも通じるところがあり、変わった人物がふわっと現れて、周囲が見落としていた一点から事件全体をひっくり返す。見た目はユーモラスなのに、解決へ入った途端、条件整理と因果関係が急に締まる。

この『犯人は現場に首だけ戻る』にも、その魅力が四篇すべてに詰まっている。

生首が門柱へ戻る。腕が余計に切られる。片足だけが消える。全身がバラバラになる。

どれも最初は狂気の産物に見えるのに、久世が一つずつ理由をつけていくと、犯人は気まぐれに切ったわけではなく、そうする必要があったと分かってくるのだ。その瞬間、猟奇事件として眺めていた景色が、論理パズルへ一気に反転する。

死体を切断するなんて、一見すれば損しかない。それでも犯人がやったのなら、切らなければもっと困る事情があったはずだ。

本書は、その面倒くさい一点を四篇かけて徹底的に掘る。

首、腕、足、全身と切断箇所まで変えながら、毎回別の理屈をひねり出すのだから、倉知淳のホワイダニット好きにはたまらない連作だ。

悠木四季

四篇全部バラバラ死体絡みなのに、怖がらせるよりなぜ切ったのかを本気で考え始めるのが面白すぎるのだ。首、腕、足、全身と毎回違う理由を用意してくる倉知淳は、やっぱりロジックの変態である。

13.三日市零『鬼葛島の殺人』

『鬼葛島の殺人』

著者:三日市零

衝撃度  : (3.0)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (5.0)
おすすめ度: (4.0)
この作品を一言でいうと

鬼葛島で鬼伝説を模した連続殺人と宝探しの暗号に挑む、孤島×体験型謎解きの〈文理シリーズ〉第2作。

こんな作品

古地図の暗号を解いて秘宝を探す3泊4日の孤島ツアー。ところが嵐で島が閉ざされ、鬼伝説になぞらえた連続殺人まで始まってしまう。

宝探しで解いたパズルや歩き回った島の地形が、そのまま犯人を追う手がかりへ変わっていく〈文理シリーズ〉第2弾。

宝探しに来た孤島で、今度は本物の殺人事件を解くことになる

孤島、古地図、伝説の秘宝、そして宝探しツアー。

ここまで並ぶだけでも楽しそうなのに、『鬼葛島の殺人』は前半で遊んでいた謎解きを、そのまま後半の殺人事件へ持ち込んでくる。

舞台は京都沖の日本海に浮かぶ無人島・鬼葛島。最近、平安時代に作られたとされる刀剣と古地図が見つかり、その地図に隠された暗号を解けば島のどこかに眠る秘宝へたどり着けるという。理学部2年生の進藤理人は、文学部の友人・柏木詩文を誘い、3泊4日の宝探しツアーへ参加することになる。

この時点では、ほとんどリアル脱出ゲームのようなノリだ。島を歩き回り、古地図を眺め、記号の意味を考え、地形と照らし合わせながら次の場所を探す。

三日市零自身が作中のパズルを手掛けているだけあって、暗号は雰囲気作りの小道具に終わらず、実際に一緒になって考えられる形で組み込まれている。

ところが天候が崩れ、本土との行き来も通信も断たれたところで空気が一変。島から出られなくなった参加者たちの前に死体が現れ、さらに鬼葛島に伝わる鬼伝説を思わせる殺人が続いていく。

楽しい宝探しだったはずの島が、そのまま殺人現場へ裏返るのだ。

宝探しで覚えたことが、全部そのまま捜査へ戻ってくる

ここからが『鬼葛島の殺人』のすごく好きなところで、前半と後半がきれいに切り分けられていないのだ。

宝探しのために覚えた道順、島内の地形、暗号に使われていた記号、どの場所から何が見えたのか。前半ではゲーム攻略のために必要だった情報が、殺人事件が起きた途端、犯人の移動経路やアリバイを検証する材料へ姿を変える。

つまり、前半の謎解きが丸ごと後半への仕込みになっているのだ。ここで理人の映像記憶も生きてくる。一度見た光景や文字、図形を写真のように保存できる能力は強力だが、それだけで事件が解けるほど万能とは言えない。

理人が正確な情報を記録し、詩文が文献や言葉の意味を読み解き、小春が人間関係の隙間へ入り込んで証言を引き出す。それぞれ違う方向から集めたものを突き合わせたとき、ようやく事件の形が見えてくるわけだ。

この役割分担が気持ちよく、とくに理人が記憶した情報は、答えそのものというより証拠保全に近い。見たものを正確に覚えていても、そこから何を読み取るかには別の頭が必要になるため、詩文とのコンビにもちゃんと意味が生まれている。

そして舞台設定も、思いきり王道だ。嵐で孤立した無人島、そこに集められた参加者たち、土地に伝わる鬼の伝承、それをなぞるように起きる連続殺人。

横溝正史を思わせる土着的な匂いまで漂うのに、その内側でやっていることは令和らしい体験型パズルという組み合わせが面白い。古典的な見立て殺人と、リアル脱出ゲームの感覚が同じ作品の中で自然につながっているのだ。

しかも鬼伝説は、ただ殺人を派手に見せるための飾りでもない。なぜその見立てなのか、犯人は何を見せようとしているのかを考えるうち、宝探しの暗号と殺人事件のロジックが少しずつ近づいてくる。前半で遊びとして解いていたものへ、後半になって別の意味が重なる瞬間が何度も用意されているのも見事だ。

孤島ものとして王道なのに、遊び方はしっかり新しい。宝探しのために島を歩いた記憶が、後から殺人事件の地図へ変わり、何気なく解いた暗号が別の角度から意味を持ち始める。その再利用の仕方が鮮やかで、前半と後半を二度楽しませてくれる。

鬼葛島へ来た目的は、伝説の秘宝を見つけることだった。けれど嵐が島を閉ざした瞬間から、探すべきものは宝ではなく犯人へ変わる。

それでも最初の宝探しで手に入れた知識だけは消えず、最後まで彼らを助ける武器になっていく。このつながり方が、『鬼葛島の殺人』らしい気持ちよさだ。

悠木四季

孤島で宝探しをしていたら、そのとき覚えた地形や暗号が全部そのまま殺人事件の捜査に使われる。この前半と後半のつながりが気持ちよく、鬼伝説の見立て殺人まで絡んで王道と新しさを両方楽しめるのがいい。

併読のススメ

・三日市零『魔女の館の殺人

──シリーズ第一弾。魔女伝説が残る孤立した洋館で起きた不可能な連続殺人に挑む、本格ミステリの様式美と論理的解明が際立つクローズド・サークル作品。

14.朝里樹『怪しい古典文学 日本の美しい怪異の世界』

『怪しい古典文学 日本の美しい怪異の世界』

著者:朝里樹

恐怖度  : (4.0)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

『古事記』『源氏物語』『雨月物語』など26作から、日本の幽霊や妖怪の変遷をたどる怪異の古典文学入門。

こんな作品

黄泉の国で変わり果てた伊邪那美、生霊となって人を苦しめる六条御息所、人間と夫婦になる狐、怨霊、鬼、呪術。

奈良時代から江戸時代までの古典26作を怪異という一本の線でつなぎ、日本人が何を恐れてきたのかを追いかける古典文学ガイド。

『源氏物語』も『古事記』も、怪異だけ拾って読むとこんなに怖い

『源氏物語』と聞いて、真っ先にホラーを思い浮かべる人はあまりいないだろう。

けれど六条御息所の生霊が夕顔や葵の上を苦しめる場面だけ抜き出して眺めると、やっていることは相当に怖い。

『古事記』だって同じだ。伊邪那岐が黄泉の国へ妻を迎えに行き、見てはいけない姿を見てしまった途端、愛する妻との再会譚が一気に死者の国から逃げる恐怖譚へ変わる。

『怪しい古典文学 日本の美しい怪異の世界』は、こうした学校で名前だけは習った古典を、怪異という方向からもう一度読み直していく本だ。

扱われるのは奈良時代から江戸時代までの全26作。『古事記』『日本霊異記』から『源氏物語』『今昔物語集』、さらに『雨月物語』や怪談噺まで、時代もジャンルもずいぶん広い。

面白いのは、有名作品の中にこんなに怪しい話があったのかと次々に気づかされるところだ。

たとえば『日本霊異記』には、人間の男が狐と夫婦になる話があり、雷にまつわる不思議な出生譚まで出てくる。古典文学という言葉から想像する堅苦しさとは距離があり、現代の怪談や妖怪譚とそのまま地続きに感じられる話も多い。

しかも重要な箇所では原文と現代語訳が並ぶので、古文が得意でなくても入りやすい。

原文ならではの言葉遣いを味わったあと、現代語訳で内容を確かめ、さらに怪異の背景や当時の価値観まで解説してくれるのだ。

怪異を追いかけると、日本人の怖がり方まで変わっていく

26作を時代順に読んでいくと、怪異そのものの役割が少しずつ変化していくのも面白い。

『古事記』や『日本霊異記』の時代では、神や死者、自然の力が人間のすぐ近くにいる。怪異は珍しい事件というより、世界には人間の力が及ばない領域があることを示すものとして現れ、神仏や因果応報と結びつく話も多い。

ところが時代が進むと、怪異の中へ人間の感情が濃く入り始める。『源氏物語』の六条御息所が分かりやすい。抑え込まれた嫉妬や執着が生霊となり、本人の意思を越えて他人を傷つけてしまう。怪異の正体が外から来る化け物というより、人間の内側で膨らんだ感情へ近づいていくのだ。

政治の世界でも、敗れた者の怨念が恐れられる。生前に権力争いへ敗れた人物が、死後には怨霊として災いを起こすと考えられ、その怒りを鎮めるために祀られる。

現実の政治的な不安や災害まで、見えない存在の怒りとして説明しようとした時代の感覚が、そのまま物語へ刻み込まれているのである。

そして江戸時代へ近づくと、怪異は人を震え上がらせるだけの存在から、物語として味わうものへも広がっていく。

『雨月物語』のように文章として洗練された怪談が生まれ、落語では怖い話そのものが娯楽になる。昔から恐れられてきた幽霊や因縁が、今度は人前で語り、聞いて楽しむ文化へ取り込まれていくわけだ。

こうして並べてみると、日本の怪談史を読んでいるような面白さも出てくる。

神話の時代には黄泉の国や神々が怖く、やがて人間の嫉妬や怨念が幽霊を生み、さらにそれを怪談として楽しむ文化が育っていく。怪異の姿が変わるたび、その時代の人々が何を怖がり、どう説明しようとしていたのかまで見えてくる。

古典文学というと、作品名や作者、成立年代を覚えるものという印象を持ちやすい。でも鬼や怨霊、狐、生霊を追いかけるだけで、ずいぶん違う景色が開ける。

六条御息所を恋愛文学の人物として見るのと、生霊を生み出した怪異の担い手として見るのとでは、『源氏物語』の印象まで変わる。『古事記』も神話の教科書から、死者の国へ踏み込む異界譚として読めば急に生々しい。

妖怪や怪談が好きだけれど古典にはあまり触れてこなかった人には、ちょうどいい入口だと思う。

古典文学の側から怪異を探すというより、好きな怪異を追いかけていたら、いつの間にか日本文学の歴史まで歩いていた。そんな読み方ができる一冊である。

悠木四季

『源氏物語』を生霊ホラーとして、『古事記』を黄泉の国からの脱出譚として読むだけで、知っているつもりだった古典が急に別の顔を見せる。怪談好きから古典へ入っていけるのが楽しい。

15.古川日出男『夏迷宮』

『夏迷宮』

著者:古川日出男

世界観  : (5.0)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (3.0)
おすすめ度: (4.0)
この作品を一言でいうと

第三次世界大戦と福島を軸に、戦争、震災、伝説、幻獣を交差させ、歴史を虚構で組み替える超スケールの長篇小説。

こんな作品

戦争下のユーラシアをさまよう日本人兵士と、福島に造られた巨大テーマパーク。

坂上田村麻呂、八百比丘尼、人魚伝説、震災後の福島まで巻き込み、現代も古代も神話も一緒に走り出す古川日出男の大長篇。

バラバラの歴史がひとつの迷宮へ流れ込む

福島県郡山市に、平安京を模した巨大テーマパークがある。

その名も郡山ピースランド。原発事故後の土地へ造られたこの場所では、古代日本の歴史がアトラクションやキャラクターへ姿を変え、人々の娯楽として消費されている。その一方、世界では第三次世界大戦が始まっていた。

『夏迷宮』は、このどう考えても同じ小説に入りそうにない二つの景色を並べ、そこから物語をどんどん膨らませていく作品だ。

ユーラシア大陸のヨーロッパとアジアの境界にある裂け目では、日本人兵士エフが飢餓の中をさまよっている。そこで出会うのが、人魚の肉を食べたことで1600年もの時間を生き続ける尼僧と戦災孤児たち。戦争小説として始まったはずなのに、八百比丘尼を思わせる伝承が入り込んだ瞬間、歴史と神話の境目が一気に怪しくなる。

そして郡山ピースランドでは、人気アトラクション夏迷宮をきっかけに、地底の湖へ眠っていた幻獣が目を覚まし始める。

戦争、不死、人魚、テーマパーク、湖獣。

普通なら一冊の中へ詰め込むだけでも大変な材料なのに、古川日出男はさらに坂上田村麻呂、東日本大震災後の福島、ユーラシアの歴史まで引き込み、全部を一本の巨大な流れへ押し込んでしまう。

歴史を再現するテーマパークから、歴史そのものが暴れ始める

とくに面白いのが、郡山ピースランドという舞台だ。

平安京を再現したテーマパークは、一見すると過去を保存している場所に見える。しかし実際には、歴史を分かりやすく加工し、キャラクターやショーへ変換して売る空間でもある。

そこに登場するのが、坂上田村麻呂の記憶を宿したマスコット、将軍マロンである。

名前だけ聞けばゆるキャラめいているのに、その内部へ日本人兵士エフの存在が重なり始めることで、テーマパークの人工的な歴史と、本物の戦争を生きる人間の時間がぶつかっていく。この組み合わせがグロテスクで、同時にめちゃくちゃ面白い。

さらに重要な存在が、ダンサーの少女イハだ。彼女が刻む切れ切れのステップは単なる舞踊として終わらず、離れた時代や土地を結びつけるように物語全体へ広がっていく。

ひとつの身体の動きから、古代日本と現代の福島、さらにユーラシアの戦場までつながってしまうあたりには、古川日出男らしい途方もない飛躍がある。

しかも文章そのものが、この巨大な物語を動かしていく。短く切れたり、反復したり、急に速度を上げたり。意味を整理して順番に説明するというより、言葉のリズムに乗せられて次の場面へ連れていかれる感覚が強い。

世界観がこれだけ複雑でも、頭で地図を作るより先に文章が身体を引っ張っていくので、難解さと勢いがいい具合に同居する。

そして第一巻夏迷宮から第二巻冬迷宮へ進むにつれ、物語のスケールもさらに拡大する。

最初は戦争下を生きる一人の兵士と、福島のテーマパークという二本の線だった。それが人魚の不死、湖底の幻獣、坂上田村麻呂の記憶、震災後の土地、第三次世界大戦へ絡みつき、最後には人類の歴史そのものをどう見るかというところまで視野が開いていく。

ここで面白いのは、歴史が確定済みの過去として扱われていないことだ。平安時代の出来事も震災も戦争も、語り直され、演じ直され、別の神話と接続されることで意味を変えていく。テーマパークが平安京を再現するように、小説もまた歴史を作り直す装置になる。

なので『夏迷宮』を読んでいると、どこまでが現実の歴史で、どこから神話で、どこから作者の虚構なのかという区別が少しずつどうでもよくなってくる。

大事なのは、バラバラだった時間が接続されたとき、そこから何が生まれるかだ。

戦災孤児と1600歳の尼僧がいて、福島には平安京のテーマパークがあり、その地下では湖獣が目を覚ます。荒唐無稽に見える材料をここまで真正面から走らせ、最後には歴史を書き換えるという巨大な野心へ持っていく。

『夏迷宮』は、世界を説明する小説というより、世界をいったん壊して組み直す小説に近い。

第三次世界大戦の一文から始まったはずの物語が、古代も未来も神話も巻き込みながら巨大化し、気づけばこちらまでその迷宮の中を走らされている。

16.松原タニシ『事故物件生活 恐い日常』

『事故物件生活 恐い日常』

著者:松原タニシ

恐怖度  : (4.0)
面白さ  : (4.5)
読みやすさ: (5.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

事故物件生活13年間の怪異と不動産事情を振り返り、死のある場所をなぜ怖がるのかまで掘り下げる実録ホラーエッセイ。

こんな作品

電気の点滅や不可解な物音から、耳から七個の真珠が出てくる不気味な事件まで。

事故物件へ住み続けてきた松原タニシが、怪異そのものと、その部屋で普通に暮らすという現実を同じ目線から綴った怪奇ドキュメンタリー。

事故物件に13年住んだら、怪異は恐怖より先に生活になっていた

事故物件に13年も住み続けていると、怖さとの付き合い方もずいぶん変わるらしい。

最初は電気が勝手に点いた、変な音がした、それだけでも身構えていた松原タニシが、いつしか怪異のある部屋でご飯を食べ、眠り、仕事へ出かけるようになる。

この、恐怖が生活へ混ざっていく感じが『事故物件生活 恐い日常』の面白いところだ。

事故物件を扱った怪談というと、何が出たのか、どれほど怖い現象が起きたのかに目が向きやすい。けれど本書では、部屋を探して契約し、家具を置き、生活し、必要になればまた引っ越すという、ごく現実的な部分にもページが割かれている。

事故物件にも家賃があり、不動産会社とのやり取りがあり、契約や告知の問題がある。そこへ説明のつかない出来事が、ときどき普通の生活へ割り込んでくる。

毎晩幽霊が現れるわけでも、部屋へ入った瞬間から異常が続くわけでもない。何週間も何も起きず、忘れかけた頃におかしなことが起こる。その不規則さのおかげで、作り物の怪談とは少し違った生々しさが出てくる。

なかでも強烈なのが、後輩芸人の耳から真珠が七個出てきたという話だ。

心霊スポットへ行ったあと、身体に異変が起きるというだけなら怪談ではよくある。ところが、出てくるものが真珠で、しかも七個。

怖いというより最初は意味が分からず、その理解不能さがだんだん気味悪さへ変わっていく。松原タニシの実話怪談には、こういう変な話が多い。

怪異より先に、事故物件で普通に暮らしていることが面白い

本書が面白いのは、本人が怪異へ慣れすぎていることだ。

昔なら音がしただけで怯えていたのに、何年も事故物件へ住んでいると、まず現実的な原因を探すようになる。配管なのか、電気系統なのか、隣室なのか。それでも説明できなければ、まあ変なこともあるか、くらいの距離で受け止めてしまう。

その反応が可笑しいのだ。心霊現象へ慣れるという普通なら経験しない変化が、13年間という長さによって本当に日常化している。怪異を怖がらなくなったという単純な話とも少し違い、怖さを抱えたまま生活する術を身につけた、と言ったほうが近い。

しかも異変は、自宅だけに閉じ込められない。心霊番組のロケ地、映画化作品の撮影現場、全国の書店イベント、知人の留守電やLINE。松原タニシが事故物件という看板を背負って動くほど、奇怪な出来事まで一緒についてくるような感覚があり、本人の生活圏そのものが怪談の舞台になっていく。

ここで大げさに呪われた人生へ仕立てない語り方がいい。とんでもないことが起きても、そのあとには移動があり、仕事があり、イベントがあり、次の部屋探しがある。恐怖体験だけを切り取って盛り上げず、その前後の日常まで書くので、怪異だけが変に浮いて見える。

そして長く事故物件へ住んできたことで、著者の関心も少しずつ変わっていく。

人は誰でもいつか死ぬ。それなのに、誰かが亡くなった部屋と聞いただけで、私たちは急にその場所を特別視する。殺人や自死があった部屋を怖がる一方、病院や自宅で自然に亡くなった場所については、同じ感覚で避けるとは限らない。

事故物件という言葉の向こうには、怪談だけでなく、現代社会が死をどう扱っているのかという問題まで見えてくるのだ。

松原タニシ自身も、事故物件へ住み始めた頃と13年後では、死者のいる場所への感覚が変わっている。怖いから近づくという芸人的な企画から始まり、いつしか亡くなった人の人生や、その部屋がその後どう扱われるのかまで考えるようになる。その変化を追えるのも本書ならではだ。

なので『事故物件生活 恐い日常』は、怪奇現象を何十本も並べた実話怪談集とは読み味が少し違う。

耳から真珠が出る話のような強烈なエピソードもあれば、契約や家賃、部屋探しのような現実的な話もある。さらに映画撮影やイベントでの出来事まで入り、事故物件というものを中心にした13年間の生活記録として読める。

怖い話なのに、ときどき笑ってしまう。その直後、事故物件という言葉の奥にある死者の存在を意識させられ、少し居心地が悪くなる。

幽霊がいるかどうかを決めるより、誰かが亡くなった部屋で人間はどう暮らし、その死をどう受け止めるのか。

13年間そこへ住み続けた人だからこそ書ける、どこか現実的で、何かが変なホラーエッセイだ。

悠木四季

幽霊が出た、音がした、という怪談だけならここまで変な本にはならない。事故物件で寝て、食べて、引っ越して。その13年間の生活ごと書くから、怖さと可笑しさと死の生々しさが同じ場所に並んでいる。

17.『その人殺しは全然ムダで損だらけの手間にすぎない 戦争×ミステリーアンソロジー』

『その人殺しは全然ムダで損だらけの手間にすぎない』

編集:『このミステリーがすごい!』編集部

世界観  : (5.0)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

戦争を知る昭和の作家たちが、ミステリ、ホラー、SF、随筆から戦争の狂気と傷を描いた傑作選。

こんな作品

坂口安吾、夢野久作、江戸川乱歩、小松左京、山川方夫らが描いた戦争の記憶を、ミステリ、ホラー、SFという角度から集めた九篇。

暗号、召集令状、戦傷兵、疎開先の記憶を通して、戦争が普通の人間の人生をどう壊していくのかを突きつけるアンソロジー。

戦争という巨大な不条理を、ミステリ作家たちはどう物語にしたのか

戦争を扱った小説というと、戦場での戦闘や兵士の勇気を描く作品を思い浮かべるかもしれない。

しかし、このアンソロジーに集められた九篇を読んでいると、戦争の怖さはもっと身近なところへ入り込んでくる。

暗号を解こうとする男がいて、疎開先で忘れられない出来事を経験した少年がいて、ある日突然届いた一枚の召集令状によって人生を奪われる人がいる。戦争そのものを大きく描くより、そこに巻き込まれた一人の人生へ視線を寄せる作品が多い。

その入口となる坂口安吾の『アンゴウ』は、戦争と暗号を結びつけた一篇だ。

解けない暗号を追うというミステリ的な仕掛けがありながら、その奥には戦時下を生きた人間の記憶や感情が絡んでくる。謎が解ければすっきり終わるというタイプの話ではなく、暗号を解く行為そのものが、戦争の中で失われた何かへ近づく作業になっている。

夢野久作の『戦場』になると、空気はさらに重い。

軍医の手記という形を取りながら、戦場で起きる惨状や人間の壊れ方を容赦なく書いていく。戦争を勇ましく語る視線とは距離を置き、目の前で人が傷つき、精神まで削られていく現実を追う。

その生々しさには、時代を実際に生きた作家ならではの重みがある。

戦争が怖いのは、ある日突然こちらの日常へ入ってくるから

山川方夫の『夏の葬列』は、短いのにものすごく強い。戦時中のある出来事を抱えた人物が、長い時間を経て過去と向き合う。

ほんの一瞬の判断が人生の奥へ刺さったまま抜けず、その記憶が現在まで人を縛っている。戦争が終わったからといって、そこで生まれた罪悪感まで一緒に消えてはくれない。

小松左京の『召集令状』も、別の方向から怖いやつだ。

何の変哲もない日常へ、一枚の紙が届く。それだけで人生の予定も仕事も家族との時間も吹き飛び、国家の命令によって戦場へ送られる。怪物も幽霊も出てこないのに、拒否できない紙切れ一枚がこれほど恐ろしい。

いま読むと、この作品の怖さはSFというより、制度が人間の生活を一瞬で奪うことへの想像力にあるように感じる。

江戸川乱歩の『芋虫』では、戦争によって身体のほとんどを失った傷病兵と、その妻の日常が描かれる。乱歩らしい異様な肉体描写も強烈だが、ここで本当にきついのは、戦場から帰ってきたあとも人生が続いてしまうことだ。

英雄として称えられる物語の裏側で、重い障害を負った本人と家族がどんな生活を強いられるのか。戦争が終わったあとに始まる別の地獄まで見せてくる。

こうした作品を並べると、戦争とミステリの組み合わせが意外なほど相性のいいことにも気づく。

ミステリは、なぜこんなことが起きたのか、何が隠されているのかを追うジャンルだ。一方の戦争は、個人の理屈では理解しきれない暴力や偶然を大量に生み出す。その二つをぶつけることで、謎を解いた先にも人間の傷だけは簡単に片づかないという独特の苦さが生まれている。

大坪砂男、久生十蘭、仁木悦子の作品まで含め、八篇の小説はそれぞれ違った角度から戦争へ近づいていく。戦地そのものを描く話もあれば、銃後の暮らしや戦後に持ち越された記憶へ焦点を合わせるものもあり、戦争文学という一言では括りきれない広さがある。

そして最後に置かれるのが、坂口安吾の『もう軍備はいらない』だ。表題の一文も、この随筆から取られている。

八篇の小説を読んだあとで安吾の言葉へたどり着くと、この長いタイトルの意味が急に重くなる。戦争を英雄譚や国家の大義で飾る前に、結局そこで行われるのは人間が人間を殺すことだという、ごく単純で厳しい事実へ引き戻されるからだ。

『夏の葬列』で一人の記憶が壊れ、『召集令状』で一枚の紙が人生を奪い、『芋虫』では戦場から帰ったあとまで身体と生活が傷つき続ける。その八つの物語を通り抜けた最後に、安吾の言葉が置かれている。

だからこの本のタイトルは長いのに、読み終える頃にはなぜか短く感じる。

戦争について複雑な理屈を並べたあと、最後に残されるのは、人を殺すことにいったい何の得があるのかという、あまりにも単純な結論だからだ。

悠木四季

『夏の葬列』『召集令状』『芋虫』と読んでいくと、戦争の恐ろしさは戦場だけにあるのではなく、記憶や家庭や一枚の紙にまで入り込むのだと分かる。最後に坂口安吾の随筆を置いた構成も強烈だ。

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18.東川篤哉『夜の喜劇:東川篤哉短編集』

『夜の喜劇:東川篤哉短編集』

著者:東川篤哉

衝撃度  : (4.0)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (5.0)
おすすめ度: (4.0)
この作品を一言でいうと

勘違いと軽快な会話で笑わせながら、アリバイ、密室、犯人当てを本気で解かせるコミカル本格ミステリ5篇。

こんな作品

殺したはずの恋人をめぐる芝居、全員にアリバイがある犯人当て、占いの館での珍騒動、名探偵の誤算、そして怪しすぎる館の密室。

軽い会話で笑わせながら、その裏ではきっちりロジックを組み上げる東川篤哉らしさ全開の短編集。

東川篤哉のユーモアと本格推理を5篇まとめて味わえる

東川篤哉のミステリには、事件が起きているのに登場人物たちが楽しそうな瞬間がある。

殺人を扱っているはずなのに会話はどんどんおかしな方向へ進み、真面目に推理していたこちらまで笑わされる。それでも気を抜いていると、その馬鹿馬鹿しいやり取りの中へ重要な手がかりが紛れ込んでいるから油断できない。

『夜の喜劇』は、そんな東川篤哉の得意技を5篇まとめて楽しめる短編集だ。

『鳥越くんは立派な被害者』からして、状況がおかしい。主人公は同居している恋人を勢いで殺してしまったと思い込み、事件の発覚を遅らせるため、なぜか自分が被害者になりすます方向へ走り始める。

普通なら逃げるか隠すかを考えるところで、被害者役を演じるという発想へ飛ぶあたり、すでに東川ワールド全開である。

そこから始まる深夜の会話劇がまた楽しい。主人公は自分の嘘を守るために話を合わせ、その場しのぎの説明を重ねる。周囲との認識が少しずつずれ、事態はどんどんややこしくなるのだが、その笑える混乱の裏側では別の筋道がきちんと進んでいる。

会話を楽しんでいたら、いつの間にかミステリの罠へ足を突っ込んでいた。この感覚が東川篤哉の短篇にはよく似合う。

笑わせながら推理の手がかりまで隠してくる

『アリバイのある容疑者たち』は、タイトル通りアリバイ勝負だ。

容疑者は4人。ところが全員に鉄壁と思えるアリバイがあり、誰を犯人にしても時間が合わない。そこで証言をひとつずつ確認し、どこに思い込みが入り込んでいるのかを探していく。

しかも本作には挑戦状形式まで用意されている。ここまで分かったのだから、あとは自分で犯人を当ててみてください、と真正面から勝負を挑んでくる趣向で、東川作品の中でも純粋な犯人当てを楽しみやすい一篇だ。

普段はキャラクター同士の掛け合いで笑わせる作家が、ここぞというところでロジック一本の勝負を仕掛けてくる。そのギャップも嬉しい。

『どうか僕を占ってください』では、今度は占いの館という怪しげな場所が舞台になる。占いという、解釈次第でいくらでも意味が変わりそうなものを扱いながら、人間の思い込みや期待をうまく利用して話を転がしていく。

登場人物たちのやり取りは軽いのに、あとから振り返ると、会話の中にちゃんと意味が仕込まれていたことに気づかされる。

『暮林紅子の誤算』では、名探偵側が読み違えるという趣向が面白い。名探偵が推理を披露すれば、そのまま事件は解決する──そんなお約束を少しずらし、推理する側の思い込みまで事件の仕掛けへ取り込んでいく。名探偵が間違えることで、かえって別の真相が浮かび上がるあたりが意地悪で楽しい。

そして『陽奇館(仮)の密室』は、館もの好きなら題名だけでもニヤリとしてしまう。いかにも何かありそうな館、そこで起きる密室殺人、そしてタイトルに堂々と付けられた(仮)。本格ミステリのお約束を分かっているからこそできる遊びで、館ものへの愛情と茶化し方が同居している。

ただし、ふざけているからといって謎解きまで適当にはならない。部屋の造り、人物の行動、証言の意味を拾っていくと、ちゃんと理屈で解けるように作られている。その土台がしっかりしているから、パロディ部分でも安心して笑えるのだ。

5篇を通して感じるのは、ユーモアと本格推理の距離がとても近いことである。東川篤哉は、笑いの場面と謎解きの場面をきれいに分けていない。

人物の勘違いそのものがミスディレクションになったり、馬鹿馬鹿しい会話が後から伏線へ変わったりする。だから笑って読み飛ばした部分ほど、解決編で戻って確認したくなるのだ。

文章も軽快で、一篇ずつするすると進む。それでも中身は、アリバイ崩し、密室、犯人当て、倒叙的な仕掛けと、本格ミステリの王道がしっかり詰まっている。

難しい顔をしながら読むタイプの短編集ではないのに、解決へ入るとロジックの気持ちよさをきちんと味わえる。そのバランスがとてもいい。

『夜の喜劇』というタイトルにも、この作品集らしさがあると思う。

殺人事件が起き、誰かが嘘をつき、名探偵が推理する。普通なら緊張する材料ばかりなのに、東川篤哉の手にかかると、そこへ勘違いと会話のズレが入り込んで一種の喜劇へ変わっていく。

それでも幕が下りる直前には、ちゃんと論理で事件を片づける。

笑いと本格推理、その両方を同時に楽しみたいときにちょうどいい5篇だ。

悠木四季

東川篤哉は、ふざけた会話をしている最中でもミステリ部分はちゃんと仕事しているんだよねえ、と改めて思える5篇だ。笑っていた場所があとから伏線だったと分かる瞬間がいちばん楽しい。

19.内田百閒『ツィゴイネルワイゼン:百閒怪異作品集』

『ツィゴイネルワイゼン:百閒怪異作品集』

著者:内田百閒

恐怖度  : (4.5)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (3.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

見慣れた日常がふっと狂い、今いる場所さえ信用できなくなる感覚を描く、内田百閒の怪異小説・随筆選。

こんな作品

亡友の後妻が訪ねてくる夜、意味の通じない一膳飯屋、生まれた瞬間から予言を求められる件、どこかよそよそしく感じられる自分の身体。

日常と夢の境目が曖昧になる百閒怪異文学を、東雅夫が三部構成で編んだ作品集。

何も起きていないのに、いつの間にかこちらの世界が少しずれている

内田百閒の怪異を読んでいると、怖いものが現れた瞬間を探しているうちに、いつの間にか自分の立っている場所のほうがおかしくなっている感覚になる。

夜道も、土手も、食堂も、友人の家も、そこだけ切り取れば何の変哲もない。それなのに、会話が少し噛み合わなかったり、聞こえてくる音の意味が分からなかったりするうち、現実の足元だけがゆっくり横へ滑っていく。

平凡社ライブラリーの文豪怪異小品集第15弾として編まれた『ツィゴイネルワイゼン:百閒怪異作品集』は、そんな百閒特有の怖さを、小説と随筆の両方からたっぷり拾い上げた一冊だ。

中心に置かれるのは、鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』にもつながる『サラサーテの盤』。

亡くなった友人・中砂、その後妻のおふさ、夜ごと訪ねてくる足音、そしてサラサーテ本人の声が偶然入り込んだとされるSPレコード。どれも単体では決定的な怪異と呼びにくいのに、それらが重なると、死者がこちら側へほんの少し近づいてきたような感覚が生まれる。

レコードのノイズの向こうで何かが語られている。しかし言葉の意味はつかめない。

この分からなさを、百閒は親切に説明してくれない。誰が何を求めているのか、どこから怪異が始まったのかを整理しないまま、日常と死者の気配だけを同じ部屋へ置く。

なので物語が終わっても、真相を理解したという安心感より、何かを聞き逃したような居心地の悪さがつきまとうのだ。

怪談というより、夢から戻れなくなる感覚

『冥途』では、その感覚がさらに強くなる。

語り手の私は、高い土手の下にある薄暗い一膳飯屋へ入り込む。客たちは会話をしているのに、その内容がよく分からず、自分の声も相手へ届いているのか怪しい。周囲の人々が生者なのか死者なのかさえ判然としないまま、場所の輪郭だけがぼやけていく。

何かに襲われる話ではなく、自分だけ世界のルールを知らされていないような怖さだ。

夢の中では、見知らぬ場所へいても不思議に思わないことがある。知らない人と会話し、変わった出来事が起きても、その瞬間だけは納得している。『冥途』には、その夢特有の理不尽さを起きた状態で味わわされるような気味悪さがある。

『件』は、そこへ少し可笑しさも混ざる。牛の身体に人間の顔を持つ怪物・件として生まれた私は、未来を予言したあと死ぬという役目を最初から背負わされている。柵の外には群衆が集まり、いつ予言するのかと待ち構えているのだが、本人には何を言えばいいのか分からない。

生まれたばかりなのに、周囲から役割だけ決められている。その状況は不条理そのものだが、件本人が困り果てている様子にはユーモアも漂う。

怖さと可笑しさの境目がなくなり、笑っていいのか気の毒がるべきなのか迷っているうち、死がすぐそこまで来てしまう。この変な味は、百閒でしかなかなか出せない。

第二部に並ぶ『短夜』『蜥蜴』『石畳』『白子』『波止場』『烏』『道連』なども、因果や正体を説明する怪談とは方向が違う。

なぜこんなことが起きたのかという答えより、理由が分からないままそこへ立たされている感覚のほうが前へ出る。そのため怖さが事件の外側に広がり、物語を閉じても世界そのものが元通りになった感じがしない。

第三部へ進むと、怪異はさらに内側へ入ってくる。

『夜の杉』『葉が落ちる』『夜道』『土手』『片腕』『とおぼえ』では、外にいる何かより、自分自身の感覚が信用できなくなる怖さが強い。夜道を歩いているうちに場所の距離感がおかしくなったり、自分の身体の一部が突然他人のもののように感じられたりする。

外の世界が壊れる前に、自分の輪郭が怪しくなる。この順番が嫌なのだ。

幽霊なら、まだ自分と相手を分けられる。けれど自分の腕や顔、自分が見ている風景までよそよそしくなったら、どこへ逃げればいいのか分からない。百閒の怪異には、こういう自己感覚そのものをずらす瞬間が何度も出てくる。

しかも文章は端正で、描写だけ見ると驚くほど具体的だ。土手があり、道があり、誰かの足音がして、食堂には客がいる。ひとつひとつの細部は正確なのに、それらを組み合わせた世界全体だけがおかしい。そのズレのおかげで、カフカ的な不条理やボルヘス的な迷宮に近い感覚まで見えてくる。

『松江阿房列車』のような随筆がこの作品集へ入っているのも面白い。あてもなく汽車へ乗る旅の可笑しさを楽しんでいるうち、車窓や駅の向こうへ、この世とは少し違う時間が覗いているように感じられる。

怪異小説と旅の随筆が、百閒の中では意外なほど近い。それは、どちらも境界を越える話だからだろう。

家から外へ、町から町へ、生者の世界から死者の側へ、そして自分から自分ではない何かへ。ほんの少し移動しただけなのに、いつの間にか帰り道の形が変わっている。

百閒の怖さは、何か恐ろしいものを見せることより、世界の見え方をほんの数ミリずらすところにある。

その数ミリが一度気になり始めると、夜道も土手も、レコードのノイズも、昨日までと同じものには思えなくなってしまうのだ。

悠木四季

『冥途』も『件』も、説明できないことが起きるというより、自分だけ世界の説明を聞かされていない感じが怖い。内田百閒は、夜道や土手みたいな普通の場所を、数行でこの世の外側へずらしてしまうのである。

20.松閣オルタ『オカルト・クロニクル 暗黒録』

『オカルト・クロニクル 暗黒録』

著者:松閣オルタ

恐怖度  : (4.5)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

怪死や失踪、都市伝説を一次資料から検証し、事実と後世の物語を切り分けて人間の暗部を追うノンフィクション大作。

こんな作品

大雪山に刻まれた巨大なSOS、孤島で相次ぐ失踪と怪死、吹雪の夜に現れた青い毛布の男、そして300ページ超を費やすグリコ・森永事件。

怪しい噂へ飛びつかず、記録を積み上げるほど現実の不可解さが増していく検証ルポ。

怪談より奇妙な現実を、536ページかけて資料だけで追い詰める

倒木を組んで作られた巨大なSOS。その近くから見つかった人骨と日用品。そしてテープレコーダーに吹き込まれていた、助けを求める悲痛な声。

北海道の大雪山SOS遭難事件は、事実だけ並べても怪談の導入みたいだ。ところが松閣オルタは、ここで恐怖を盛り上げる方向へ走らない。

誰がSOSを作ったのか、遺骨との関係はどうなのか、録音はいつ残されたのか。当時の報道や記録を照らし合わせ、確かめられる部分と推測しかできない部分を一つずつ分けていく。

前作『増補新装版 オカルト・クロニクル』ではUMAやUFO、心霊現象まで幅広く扱っていたが、『暗黒録』では焦点が人間へ寄った。怪死、失踪、未解決事件。怪物がいなくても、人間が関わった現実だけで十分すぎるほど不思議な話が次々と出てくる。

1930年代のフロレアナ島事件も強烈だ。文明を捨ててガラパゴス諸島へ移住した人々が、水や土地、恋愛、プライドをめぐって衝突し、やがて失踪と怪死が続いていく。

孤島、少人数の共同体、消えた人間という材料だけなら、そのまま本格ミステリへ持ち込めそうな状況なのに、現実では証言が食い違い、ひとつの説明へまとめようとするほど別の矛盾が顔を出す。

明治39年の青ゲット殺人事件も、現実と都市伝説の境目を考えさせる題材だ。青い毛布をかぶった男が親戚の危篤を偽り、農家から家人を一人ずつ吹雪の夜へ連れ出す。九頭竜川の橋には血痕が残され、その後、この事件は青ゲットの怪人として語られ、さらに別の怪人譚へ姿を変えていった。

実際の事件が年月を経て削られ、盛られ、分かりやすい恐怖へ変形していく。その過程まで追いかけるので、本書は事件集であると同時に、都市伝説が育つ仕組みを扱った本としても面白い。

300ページ超のグリコ・森永事件、その執念がすごい

そして圧倒されるのが、グリコ・森永事件を扱った三部構成だ。

536ページのうち300ページを超える分量を使い、株価操作説、企業間の裏取引、内部怨恨、海外工作員、北朝鮮ルート、キツネ目の男など、これまで語られてきた90以上の仮説と120を超える捜査線を整理していく。

脅迫状がある。録音もある。目撃証言もあり、監視映像まで残されている。

材料だけ見れば、何かしらの答えへ届きそうに思える。それでも、犯人は誰だったのか、なぜこんな事件を起こしたのかという中心部分だけが埋まらない。この空白がものすごく気味悪いのだ。

証拠が少なすぎて分からない事件とは違い、こちらは情報が多すぎる。仮説を一つ検討すると別の証言が引っかかり、その証言を重く見れば今度は別の線と矛盾する。調べれば整理されるどころか、事件が持つ複雑さのほうが膨らんでいく。

松閣オルタは、そこで分かりやすい犯人像へ飛びつかない。この説が正しい、この人物が怪しい、とまとめれば読み物としては気持ちよく終われるだろう。

しかし本書が優先するのは、記録として確認できるところまでだ。空白は空白のまま置き、その周囲だけを徹底的に掘る。だからこそ、現実の事件をミステリのように消費する感覚から少しずつ離れていく。

大雪山SOS事件も、フロレアナ島も、青ゲット殺人事件も、グリコ・森永事件も、最後に名探偵が現れて全部説明してくれることはない。現実には、証言が失われ、記録が食い違い、偶然なのか意図なのかさえ判断できない部分がいくらでも出てくる。

人はそこへ物語を置きたくなる。怪異、陰謀、怪人、秘密組織。空白が大きいほど、それを埋める説も魅力的になっていく。

『暗黒録』が面白いのは、その誘惑に乗るより、まず資料を置くところだ。懐中電灯を持って暗闇へ入り、見えたものだけを確認する。ところが光を当てるほど、その奥にさらに広い暗がりがあると分かってしまう。

536ページを使って答えを出す本というより、なぜ答えが出ないのかをここまで面白く読ませる本。

そこに『オカルト・クロニクル 暗黒録』の凄さがある。

悠木四季

未解決事件の本なのに、無理やり犯人を決めないところがいい。資料を集めるほど真相へ一直線に近づくと思いきや、かえって現実の複雑さが露出してくる。その感覚がめちゃくちゃ面白いのだ。

21.荒木あかね『おむこさんは殺人鬼』

『おむこさんは殺人鬼』

著者:荒木あかね

衝撃度  : (3.0)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (5.0)
おすすめ度: (4.0)
この作品を一言でいうと

日常の悪意や不可解な事件に巻き込まれた女性たちが、即席バディと鮮やかなロジックで逆転する現代型ミステリ短篇集。

こんな作品

殺意を抱えた夜行バス、映画館で起きた傷害事件、新幹線に置き去りにされたイヤリング、雪上の死体、そして怪しすぎる婚約者。

ひとりでは抱えきれない厄介事へ、思いがけない誰かと手を組んで挑む5つのミステリ短篇集。

婚約者は殺人鬼か、それとも浮気者か

大好きな婚約者について、殺人鬼か浮気者のどちらかを疑わなければならない。選択肢がどちらに転んでも最悪である。

表題作『おむこさんは殺人鬼』では、公園から変死体が見つかった朝、主人公の婚約者が怪しい行動を見せる。

事件との関係を疑えば怖いし、殺人と無関係だったとしても浮気の可能性が浮かぶ。本人へ直接ぶつける勇気も出ないところへ現れるのが、困っているなら話を聞くよと声をかけてくる元探偵のおばあさんだ。

ここから始まる隠密調査がいい具合に軽い。殺人鬼疑惑という物騒な話なのに、恋人の行動を探ったり、どう声をかけるか考えたりする部分には恋愛相談のような可笑しさも混ざる。

それでも公園の死体という現実が背後にあるので、笑っていたはずの会話が急に不穏な方向へ転がる瞬間もある。この、深刻さと軽さの混ぜ方が本書全体に通じている。

『同好のSHE』も入口から変だ。主人公は憎い相手を殺すつもりで夜行バスへ乗り込んでいるのに、そこで財布盗難が発生し、今度は自分が疑われる側へ回る。しかも見知らぬ女性がなぜか嬉々として庇ってくる。

どうしてそこまで助けてくれるのか。善意だけでは説明しにくい行動の裏に何があるのかを追ううち、二人が抱えていた秘密がぶつかり、単なる車内トラブルから別の物語が立ち上がる。

初対面の女同士が、互いの事情を知ったことで急に同じ側へ回る感じが気持ちいい。

ひとりで抱えていた厄介事を、誰かと組んだ瞬間にひっくり返す

『震える箱』では、映画館で起きた傷害事件を扱う。

動機として語られるのは、隣の女の貧乏ゆすりに腹が立ったというもの。あまりにも些細で、だからこそ引っかかる。そこで被疑者を専門に扱う取調官が、発言の小さなズレを拾いながら、本当に起きていたことへ近づいていく。

派手なトリックを見せるより、人が何を気にして、どの言葉を選び、どこで説明を省いたのかを追うタイプの一篇なので、会話を読むほど違和感の形がはっきりしてくる。

『置き去りイヤリング』では舞台が東海道新幹線へ移る。パーサーが見つけたのは、片方だけのイヤリング。

よくある落とし物にしか見えないのに、その持ち主や置かれた場所をたどることで、思いもしなかった犯罪へ接続していく。身近な物をひとつ置き、その意味だけを少しずつ変えていく構成がきれいで、短篇らしい切れ味もある。

『答え合わせ』は雰囲気が少し重い。雪の上に倒れていた継父。その首にはボールペンが突き立てられており、最後に口にした言葉が、犯人を示すメッセージなのか、それとも別の意味を持つのかを追っていく。

ダイイングメッセージ的な謎を扱いながら、家族の中で誰が何を見ていたのかという部分へ話が伸びるので、単純な暗号解読だけでは終わらない。

そして5篇を通して面白いのが、ヒロインたちがひとりで全部解決しようとしないところだ。

夜行バスで出会った女性、取調官、新幹線の仕事仲間、元探偵のおばあさん。もともと深い関係があった相棒というより、その場で必要に迫られて手を組むケースが多い。それぞれ違う立場や経験を持っているから、一人では見えなかったものが急に見えるようになる。

この即席バディ感が、本書の読みやすさにもつながっている。日常の中で感じる理不尽さや悪意を、ひたすら我慢してやり過ごすのではなく、誰かに話し、情報を持ち寄り、筋道を立てて考える。そうすることで、漠然と怖かった状況が解ける形へ変わっていく。その過程に爽快さがある。

荒木あかねは、若い世代の感覚を取り込みながら、ちゃんと本格ミステリの気持ちよさも外さない。SNSや現代的な人間関係を飾りとして置くより、登場人物が何を恐れ、どこで他人を信用し、どう同盟を結ぶのかという部分へ自然に馴染ませている。

婚約者を疑う話から、夜行バス、新幹線、映画館、雪上の殺人まで、5篇の入口はばらばらだ。それでも最後には、ひとりで抱え込んでいた人が誰かと並んで立つところへ戻ってくる。

『おむこさんは殺人鬼』というタイトルの軽さに誘われて入ると、思ったよりロジックは硬く、人間関係も温かい。

事件を解く気持ちよさと、誰かと手を組むことで前へ進める感覚。その二つを一緒に味わえる短篇集だ。

悠木四季

婚約者が殺人鬼か浮気者かで悩む表題作からして最高に嫌な二択なのに、元探偵のおばあさんと組んだ途端、ちゃんと推理ものへ転がっていく。5篇とも、困っている女性が誰かと手を組むことで状況をひっくり返すのが気持ちいい。

荒木あかねのおすすめ作品

・『此の世の果ての殺人

──小惑星衝突により地球滅亡が約2カ月後に迫り、法も秩序も崩壊した終末世界で、それでもなお起きた不可解な殺人事件の動機と真相を追う異色の終末本格ミステリ。第68回江戸川乱歩賞受賞作。

・『ちぎれた鎖と光の切れ端

──復讐計画が進行する孤島のリゾートホテルで発生した凄惨な連続殺人に挑む、複数の思惑と緻密な物理トリック・伏線が交錯する王道にして重厚なクローズド・サークル本格。

22.牧逸馬『世界怪奇実話傑作選』

『世界怪奇実話傑作選』

著者:牧逸馬

恐怖度  : (4.5)
面白さ  : (5.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

切り裂きジャックやタイタニックなど、世界を騒がせた犯罪と怪事件を集めた実録犯罪傑作選。

こんな作品

連続殺人鬼、女スパイ、巨額詐欺、沈没船、無人船。昭和初期に欧州で集めた膨大な資料をもとに、牧逸馬が世界各地の犯罪と怪事件を小説さながらの筆致で描いた実話集。

島田荘司が33話から14篇を選び抜いた、近代犯罪史のミステリ百科でもある。

昭和初期の作家が世界の怪事件をここまで面白く語っていた

切り裂きジャック、フリッツ・ハールマン、マタ・ハリ、タイタニック、メアリー・セレスト号。

事件名だけなら今でも聞くものばかりだが、それらを昭和初期の日本人作家が、現地で買い集めた資料をもとに猛烈な勢いで書いていたという事実からして面白い。

その作家が牧逸馬こと、長谷川海太郎である。

1928年、中央公論社の特派員としてヨーロッパへ渡った牧逸馬は、ロンドンの古書店で犯罪や怪事件に関する大量の資料を手に入れ、帰国後、それを材料に『中央公論』で世界怪奇実話の連載を始めた。

今なら海外事件のノンフィクションや実録犯罪本として扱われそうな題材だが、牧逸馬の文章は資料を整理して説明するだけでは終わらない。事件現場の空気、容疑者の異様さ、群衆の騒ぎ、被害者が置かれた状況まで、小説家の筆でぐいぐい物語へ変えていく。

たとえば『女肉を料理する男』で扱われるのは、1888年のロンドンを震え上がらせた切り裂きジャック事件。

今では世界でもっとも有名な未解決連続殺人のひとつだが、牧逸馬の手にかかると、事件年表を追う感覚より、当時のロンドンへ放り込まれるような読み味が前へ出る。

霧の街、猟奇的な殺人、正体の見えない犯人、膨れ上がる噂。史実と都市伝説の境目まで含め、なぜこの事件が100年以上も語られ続けてきたのかがよく分かる。

『肉屋に化けた人鬼』のフリッツ・ハールマン事件は、さらに凄惨だ。

第一次世界大戦後のドイツで若者たちを次々と殺害した男の犯罪を扱うのだが、事件の異常さだけで押すより、その人物がどう社会へ紛れ込み、なぜ長く捕まらなかったのかまで描くので、人間の怖さがぐっと具体的になる。

怪人を遠くから眺めるというより、実在した街の中へ普通に混ざっていた犯罪者を追う。この距離の近さが嫌なのだ。

犯罪、スパイ、遭難、詐欺……。14篇で近代史の暗部を巡る

本書が面白いのは、猟奇殺人だけを集めた作品集ではないところだ。

『戦雲を駆る女怪』ではマタ・ハリを取り上げ、第一次世界大戦下のスパイ事件へ入っていく。妖艶な踊り子、諜報活動、逮捕、処刑という劇的な生涯は、後世のイメージによって膨らんだ部分も多い。だからこそ、実際に何が起き、何が伝説として作られていったのかを追う面白さが出てくる。

『ウンベルト夫人の財産』では、今度は殺人から一転して巨額詐欺だ。存在しない莫大な財産を背景に、人々と社会を長期間にわたって信用させたテレーズ・アンベールの事件を扱う。

こんな話に本当に社会全体が巻き込まれたのかと思うほど大胆で、犯罪のスケールそのものが一種の奇談になっている。

海の事件も強い。タイタニック号の沈没を扱う『運命のSOS』、無人で発見されたメアリー・セレスト号、そして消息を絶ったワラタ号。陸上の犯罪なら人間の悪意を追えるが、海ではその相手が自然や偶然へ変わり、最後まで説明のつかない部分も出てくる。

とくにメアリー・セレスト号のような事件は、今でも怪談やオカルトの題材として頻繁に語られる。乗組員だけが消え、船は残された。何があったのかを考え始めるといくらでも想像できるが、確定できる事実には限界がある。

この、資料と想像の境界も『世界怪奇実話傑作選』の楽しさにつながっている。

牧逸馬自身の文章は大衆文学らしく勢いがあり、事件を面白く語ることへ遠慮がない。だから現代のノンフィクションと比べると、語り口そのものに時代を感じる部分もある。それでも、その古めかしさまで含めてすごく魅力的だ。

そもそも、昭和初期の日本で、海外の犯罪や怪事件をここまでまとめて紹介しようとした熱量がすごい。

しかも今回の選集では、島田荘司が原典33話から14篇を選んでいる。ミステリ史の教養として面白い事件、短篇としての完成度が高いもの、歴史的に重要な事件という軸があるので、ただ珍しい事件を並べただけの本にはなっていない。

切り裂きジャックからタイタニックまで読み進めていくと、19世紀末から20世紀初頭の世界そのものが、巨大な犯罪博物館のように見えてくる。

都市が急速に巨大化し、新聞が事件を拡散し、戦争によって国境を越えた諜報戦が激しくなり、豪華客船が世界を結ぶ。その近代化の華やかさと同じ場所で、連続殺人、詐欺、遭難、失踪も起きていた。

つまり14篇を通して面白いのは、怪事件そのものだけではない。ひとつの事件が新聞でどう報じられ、人々がどんな噂を作り、どの部分が後世まで語り継がれたのか。牧逸馬の文章を通すことで、事件と同時に、その時代が何を怖がっていたのかまで見えてくるのだ。

切り裂きジャックも、メアリー・セレスト号も、今では半ば伝説のような名前になっている。そこへ昭和初期の作家が残した文章から入り直すと、教科書的な事件名だったものが、急に血の通った出来事へ変わる。

世界の怪事件を集めた実録集でありながら、同時に昭和初期の日本人が海外の犯罪をどう見ていたのかまで味わえる、ちょっと変わったミステリ教養本だ。

犯罪史が好きな人にも、海外ミステリの源流をたどりたい人にもぜひおすすめしたい。

悠木四季

切り裂きジャックやメアリー・セレスト号を昭和初期の日本人作家がどう語ったのか、というだけでも面白い。資料をもとにしながら小説みたいな勢いで事件へ入り込んでいくので、古い実録ものなのに読みやすいのもありがたい。

23.三津田信三『囁く逆婿 怪民研に於ける記録と推理』

『囁く逆婿 怪民研に於ける記録と推理』

著者:三津田信三

衝撃度  : (4.8)
恐怖度  : (5.0)
論理性  : (4.5)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

冥婚に参加した瞳星愛が、旧家の七人毒殺と逆婿様の怪異に巻き込まれ、天弓馬人が仮説を重ねて真相へ迫る本格ホラーミステリ。

こんな作品

亡くなった女性と生き人形を結婚させる冥婚、旧家を襲う七人の毒殺、首のない人形が立てる不気味な足音、頭の中へ囁き続ける逆婿様。

民俗学的な怪異をたっぷり怖がらせたあと、天弓馬人が仮説を何度も組み替えて惨劇の正体へ迫る〈怪民研〉シリーズ最新長編。

怪異と殺人の境目を、多重推理でひっくり返す

亡くなった異母姉の婚礼へ、自分の代わりに出席してほしい。

百古里民恵からそんな依頼を持ち込まれた瞳星愛が向かった先で待っていたのは、普通の結婚式とはまるで違うものだった。

花嫁となる美々子はすでに亡くなっていて、花婿は生前に作られた生き人形・真之輔。死者と人形を結びつける冥婚が、古い家の中で執り行われようとしている。つまり、三津田信三のホラーが好きな人にはたまらないやつだ。

死者の婚礼というだけでも十分に不穏なのに、そこへ逆婿様と呼ばれる怪異まで絡んでくる。土地に伝わる習俗なのか、一族だけが守ってきた禁忌なのか、それとも何か別のものが背後に潜んでいるのか。

愛自身も民俗学的な興味から儀式へ足を踏み入れるため、こちらも彼女と一緒になって、その奇妙な婚礼の意味を探っていくことになる。

ところが、儀式の奇妙さを味わう余裕は長く続かない。旧家で突然、一族ら七人が毒によって命を落とす。しかも惨劇はそれだけで終わらず、生首が転がり、首を失った生き人形が、ざっ、ずっ、ざぁっ、と音を立てながら動き回る。

人形そのものが怖いのか、それとも人形を使っている人間が怖いのか。

さらに愛の頭の中では、逆婿様の囁きが途切れない。目の前では大量殺人が起き、説明のつかないものが動き、耳ではなく頭の中から声まで聞こえてくる。怪異と犯罪を切り分けようとしても、どこから手をつければいいのか分からない状態へ追い込まれていく。

三津田信三の怖さは、こういう境界の曖昧さにある。怪異には何か合理的な仕掛けがあるのかもしれない。けれど、すべて人間の仕業だと思い込むにも気持ちの悪い部分が残る。

そのどちらにも完全には寄れない状態を長く保ったまま、物語を終盤の推理へ運んでいく。

怪異を怖がったあと、今度は論理で何度もひっくり返される

そして天弓馬人が動き出すと、作品の手触りが大きく変わる。

ここから始まるのが、三津田信三らしい多重推理だ。

ひとつの仮説を立てる。現場の状況や証言と照らし合わせ、矛盾があれば崩す。そこから新しい可能性を組み立てるが、それにも別の穴が見つかる。普通の解決編なら一本の推理を一直線に提示するところを、本作では真相候補そのものが次々と入れ替わっていく。

これがめちゃくちゃ楽しいのだ。七人はどうやって毒殺されたのか。誰にその機会があったのか。生き人形はなぜ存在し、首のない状態で動いているように見えたのか。そして逆婿様の怪異は、事件のどこまでに関わっているのか。

ひとつ答えが出ても、それで全部説明できるとは限らない。だったら別の仮説を考える。その仮説が成立すると、今度はさっきまで重要に見えなかった事実が急に手がかりへ変わる。この往復を重ねながら、惨劇の形が少しずつ絞られていく。

面白いのは、怪異を先にたっぷり体験させられているからこそ、論理だけで整理できそうになった瞬間にも安心しきれないところだ。

毒殺や人間関係には理屈がつくかもしれない。それでも冥婚という儀式の不気味さや、逆婿様の囁きまで全部きれいに片づいたのかとなると、どうにも引っかかる。

この感覚こそ、三津田作品を読む楽しさだと思う。本格ミステリとしては、物理的な謎を論理で解体してほしい。一方でホラーとしては、最後まで説明しきれないものもあってほしい。その二つをぶつけず、同じ作品の中で共存させる。

しかも今回は、作家生活25周年、単著50冊目という節目の作品でもある。だからといって大げさな記念作に振り切るより、三津田信三が長く続けてきた怪異と推理の持ち味を、〈怪民研〉というシリーズの形で凝縮しているのがいい。

前半では冥婚と逆婿様に怯え、後半では天弓馬人の仮説ラッシュに振り回される。その切り替わりが鮮やかで、ホラー好きと本格好きの両方へちゃんと見せ場を用意している。

死者と生き人形を結ぶ婚礼から始まり、七人の毒殺、生首、首なし人形、頭の中の囁きへ。

ここまで怪異を積み上げておきながら、最後はそれらを一つずつ論理の俎上へ載せていく。

それでも全部がただの仕掛けとして平板にならず、逆婿様という名前だけは気味の悪いまま響き続ける。

その両立に、『囁く逆婿』らしい独特の怖さがある。

悠木四季

冥婚、生き人形、逆婿様という怪談として強すぎる材料を並べたうえで、七人毒殺をちゃんと本格のロジックへ持っていくのが三津田信三らしい。ホラーと本格を両方食べたいときには最高のやつである。

三津田信三『怪民研シリーズ』の読む順番

1.歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理

──大学の『怪異民俗考究録研究会(怪民研)』に持ち込まれた、死者が歩き回る怪異や因習にまつわる不可解な記録の謎を、文献調査と精緻な論理的推理で解き明かす民俗学×本格ミステリ短編集。

2.『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理

──婚礼の儀にまつわる忌まわしい首切り伝承や奇怪な奇習を題材に、怪民研の面々が記録に潜む不条理な謎をロジカルに読み解いていく、禍々しい民俗ホラーと本格推理が融合したシリーズ第2弾。

3.『囁く逆婿 怪民研に於ける記録と推理

──旧家に婿入りした男をめぐる不気味な囁きや怪異譚など、土地や血脈に縛られた記録の真相へ怪民研が知的に迫る、不穏な民俗的情趣と切れ味鋭い多重推理が冴え渡るシリーズ第3弾。

24.ウィリアム・ハッセー『名探偵ジェリコ』

『名探偵ジェリコ』

著者:ウィリアム・ハッセー

衝撃度  : (4.0)
面白さ  : (4.5)
読みやすさ: (3.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

150年前の惨事をなぞる連続見立て殺人を、元刑事スコット・ジェリコが追う現代英国ミステリ。

こんな作品

頭部を犬とすげ替えられた男、スペインで殺された老女、リンカーンで命を奪われた若い女性。一見ばらばらの殺人を結ぶのは、150年前に橋から転落して死んだ五人の見世物芸人だった。

元刑事、元受刑者、トラヴェラー出身。人生そのものが破綻しかけたスコット・ジェリコが、自分の過去ごと事件へ飛び込んでいく英国本格ミステリ。

150年前の見世物芸人たちの死が、現代の猟奇殺人として蘇る

ウェールズでは男の頭部が飼い犬の頭部とすげ替えられ、スペインでは老女が殺され、リンカーンではインド系の若い女性が犠牲となった。場所も年齢も境遇もばらばらで、普通なら同じ犯人を疑う理由さえ見つけにくい。

ところが歴史学者キャンベル教授は、そこに150年前の出来事を見つけてしまう。かつて移動見世物小屋の芸人五人を乗せた馬車が橋から川へ転落し、全員が死亡した。その古い惨事を、誰かが現代の殺人によって再現しているというのだ。

これはもう古典本格好きにはたまらないやつである。昔の悲劇、見世物芸人、不気味な見立て、装飾された遺体、血縁の因縁。横溝正史や古い英国探偵小説を思わせる道具がずらりと揃っているのに、舞台となるのは現代のイギリスやスペインで、犯罪描写にはもっと生々しい感触がある。

その事件へ引っ張り込まれる探偵が、スコット・ジェリコだ。

元ロンドン警視庁の刑事でありながら、容疑者へ暴行を加えたことで職を失い、そのまま服役。出所後は酒と薬物へ逃げ込み、父ジョージが率いる移動遊園地の古びたトレーラーで暮らしている。

名探偵としては、ほとんど最悪のスタート地点である。しかもジェリコを壊したのは、自分自身の暴力だけではなかった。刑事時代、放火事件から三人の子どもを救えなかった記憶が頭から離れず、幻覚めいた残像や不快音となって彼の日常へ入り込んでくる。

そんな男へキャンベル教授が事件を持ち込む。さらに150年前に死んだ見世物芸人の一人、関節外しのマシューがジェリコ自身の先祖だったと分かり、事件は仕事として追える距離から一気に彼の内側へ踏み込んでくる。

ここからのジェリコがとにかく危なっかしい。観察力は鋭い。人の目線や仕草、服装のちょっとした違和感から、驚くほど早く仮説へ飛ぶ。その一方で、自分の直感を信じすぎる癖があり、感情が暴走すれば過去の失敗を繰り返しかねない。

そこで効いてくるのが、刑事時代の恩師ピート・ギャリス警部から叩き込まれた教えだ。

直感が働いたら、必ず裏を取れ。

この言葉があることで、ジェリコの推理は天才のひらめきだけで済まされない。最初に見えた答えへ飛びつかず、証拠を拾い、歴史を調べ、現場へ戻り、自分の推測そのものを疑う。

その積み重ねが、猟奇的な見立て殺人をちゃんと本格ミステリへ変えていく。

壊れた名探偵が、自分のルーツごと事件を解いていく

ジェリコが面白いのは、過去の傷を背負った刑事という設定だけでは説明しきれないところだ。

彼はトラヴェラーの家系に生まれ、移動遊園地の中で育った。そこからオックスフォード大学へ進み、ロンドン警視庁の刑事になるという、まったく違う世界を渡ってきた人物でもある。

定住者の社会へ入れば、トラヴェラーとして偏見を向けられる。一方、故郷へ戻れば警察という権力側へ行った男として距離を置かれる。どこにいても少しだけ異物だ。

さらに同性愛者としての生きづらさ、壊れた恋愛、服役歴、精神的な傷まで抱えていて、いわゆる名探偵らしい揺るぎない足場がほとんどない。それでも、彼の観察力そのものは移動遊園地で育った経験ときれいにつながっている。

ショーでは、人がどこを見るかを操る。観客の注意を別の場所へ向け、その隙に仕掛けを動かす。ジェリコは幼い頃から、そういう見せ方と騙し方を身近に見てきた。だから犯罪現場でも、何を見せようとしているのかに敏感だ。

猟奇的に装飾された死体を見て、その異様さだけに目を奪われず、犯人がなぜそんな見せ方を選んだのかへ意識を向ける。見立て殺人との相性も抜群で、派手な演出そのものが犯人の意図を探る材料になっていく。

150年前の事故も同じだ。五人の見世物芸人がなぜその馬車に乗っていたのか。それぞれどんな芸を持ち、どのように死んだのか。そして現代の被害者たちは、その誰に対応しているのか。

過去の出来事を巨大な暗号として読み解くうち、ばらばらだった現代の殺人に一本の線が引かれていく。古典本格の見立て殺人が好きなら、この部分だけでも相当に楽しい。ただ、本作はパズルだけを追って終わらない。

事件を解明するほど、ジェリコ自身もトラヴェラーとしての過去へ近づいていく。警察官になった自分、父の遊園地へ戻ってきた自分、先祖マシューへつながる血筋。そのすべてが事件と重なり、捜査がそのまま自分の人生をたどり直す作業へ変わっていく。

ここに『名探偵ジェリコ』の熱さがある。ジェリコは事件を解けば元通りになる人物ではない。子どもたちを救えなかった記憶も、暴力を振るった事実も消せないし、失った職や人間関係まで簡単に戻ることはない。

それでも、もう一度考えることはできる。自分の直感へ証拠を重ね、間違えたら戻り、別の可能性を探す。その推理の手順そのものが、ジェリコが人生を立て直そうとする姿と重なっているのがいい。

しかも事件側には、見立て殺人、過去の伝承、廃墟、血縁、装飾死体と、クラシカルな本格趣向が惜しみなく投入されている。その古典的な骨格へ、現代英国の社会、トラヴェラーへの偏見、ジェリコ自身のセクシュアリティや依存、暴力の問題まで組み込んだことで、昔ながらの名探偵ものをそのまま現代へ持ってくる形にはなっていない。

名探偵は完璧な人間である必要がない。自分の推理を間違えるし、自分自身の人生だってうまく扱えない。それでも現場へ行き、証拠を拾い、何度でも考え直せる。

スコット・ジェリコの格好よさは、その危うさと隣り合わせだ。

150年前、五人の見世物芸人を乗せた馬車は橋から川へ落ちた。そして現代では、誰かがその死を一人ずつ再現している。

過去の見世物と現代の殺人を結ぶ仕掛けを追った先で、ジェリコ自身もまた、自分がどこから来た人間なのかを突きつけられる。

事件を解くことと、自分の人生をもう一度組み立て直すこと。

その二つを同じ一本の線へ載せたからこそ、この傷だらけの男が新しい名探偵として立ち上がる瞬間がこんなにも気持ちいい。

悠木四季

150年前の見世物芸人たちの死をなぞる猟奇殺人だけでも好物なのに、そこへ移動遊園地育ちの元刑事という探偵をぶつけてくるのが最高だ。しかもこのジェリコが欠点だらけなのに、推理を始めた瞬間めちゃくちゃ格好いいのである。

25.P・J・フィッツシモンズ『斜陽館殺人事件』

『斜陽館殺人事件』

著者:P・J・フィッツシモンズ

衝撃度  : (4.5)
面白さ  : (4.5)
技巧性  : (4.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

塔の密室や遺産騒動を、名探偵アンティ・ブジュレーが軽快な会話と鋭い観察眼で解く、笑えてちゃんと解ける英国本格ミステリ。

こんな作品

1928年の英国、斜陽の気配が漂う貴族の館で起きた不可解な転落死。鍵のかかった塔の書斎から犯人は消え、死者の最期の言葉については三人がまったく違う証言をする。

黄金期本格の王道を詰め込みながら、皮肉とユーモアたっぷりに走り抜ける〈名探偵アンティ・ブジュレー〉シリーズ第1作。

塔の密室、食い違う最期の言葉、没落貴族の館。なのに会話はずっと愉快

1928年のイギリス。第一次世界大戦が終わって十年、古い階級社会の形が揺らぎ始めた時代に、アンティ・ブジュレーのもとへオックスフォード大学時代の友人から一通の電報が届く。

伯父が死んだ。しかも、その死に方がおかしい。

ブジュレーが向かったのは、かつての栄華を失いつつある貴族一族の館、斜陽館。そこで待っていたのは、塔の最上階にある書斎から伯父が地上へ投げ落とされたという、いかにも黄金期本格らしい事件だった。

転落直前、書斎からは激しく争う音と叫び声が聞こえていた。異変に気づいた人々が鍵のかかったドアを破って中へ入ったものの、室内には犯人の姿がなく、隠れられそうな場所も見当たらない。

さらに不可解なのが、死に際の言葉である。伯父の最期に居合わせた三人は、それぞれ違う内容を聞いたと主張していた。誰かが嘘をついているのか。それとも同じ言葉を別々に受け取ったのか。

密室だけでも十分楽しいところへ、遺産相続、一族の確執、秘密を抱えた使用人、頼りにならない警察まで揃ってくる。完全に古典本格のごちそうである。

ところが『斜陽館殺人事件』は、重々しい館ものとして進まない。登場人物たちは人が死んでいる状況でも口が達者で、皮肉を飛ばし、どうでもよさそうな話へ脱線し、ときには事件そっちのけで会話が盛り上がる。

その中心にいるのがアンティ・ブジュレーだ。オックスフォード大学ではボート部に所属し、旧友たちと馬鹿騒ぎをしていた過去を持つ。普段は紳士クラブで悠々と暮らし、真面目な顔で名探偵を気取るタイプでもない。むしろ、ちょっと頼りなさそうに見える。

しかし、周囲が見逃した細部をきっちり拾っている。会話の中の言い回し、人物の行動、何気なく置かれた物。

雑談しながら遠回りしているように見えた時間まで、あとから事件の輪郭へ組み込まれていく。このギャップが楽しいのだ。

ふざけた会話の裏で、密室と証言のパズルは本気で組まれている

本作のコンセプトは、P・G・ウッドハウス的なユーモアと、アガサ・クリスティを思わせる不可能犯罪の融合だ。実際、その二つがきれいに同居している。

ブジュレーと周囲の掛け合いには、英国上流社会を茶化すような軽さがあり、執事ビッカーズをはじめとする脇役たちもいちいち存在感が強い。館ものなのに陰鬱さへ傾きすぎず、会話を楽しみながらすいすい進められる。

その一方で、謎そのものは真正面から本格だ。鍵のかかった塔の書斎。直前まで聞こえていた争う音。外へ投げ落とされた被害者。そして、誰も見つからない室内。犯人はどこへ消えたのか。

そこへ三通りに食い違う最期の証言まで重なり、密室トリックだけ解けば終わりという話にもなっていない。

ブジュレーが館の中をうろつき、旧友と話し、寄り道を重ねるうち、一見どうでもよかったものが少しずつ意味を持ち始める。最初はコメディとして流していた会話まで、あとから振り返るとちゃんと伏線になっていたと分かる。このあたりは、軽い作品に見えて作りが細かい。

特にいいのが、ブジュレー自身が事件を深刻そうに扱わないことだ。名探偵が難しい顔で沈思黙考し続けるより、くだらない冗談を挟み、関係なさそうな話へ寄り道しながら、それでも頭の中では事件を整理している。その飄々とした態度のおかげで、密室や遺産争いといった古典的な材料まで新鮮に見えてくる。

そして、シリーズ第1作としての楽しさも大きい。本国では〈名探偵アンティ・ブジュレー〉シリーズの長編がすでに10作を超えているという。日本ではまだこの第1作が翻訳されたばかりだが、クリスマスの事件や古城の怪事件など、この先もいかにも楽しそうな難事件が控えている。

そう考えると、今回の斜陽館はほんの入口だ。館の塔で起きた不可能犯罪をきっちり解きながら、その途中では英国式の皮肉と馬鹿話をたっぷり挟む。クラシカルな本格が好きだけれど、重たい雰囲気ばかりでは疲れるというときにも、この軽さはちょうどいい。

塔の書斎に犯人はいない。死者の言葉は三通り。そして一族の誰もが少し怪しい。

そんな王道の材料を並べながら、最後まで肩の力を抜いて楽しませる。

アンティ・ブジュレーが次はどんな館や古城へ首を突っ込むのか、日本で続編を追える日が楽しみになるシリーズ開幕作だ。

悠木四季

密室も遺産争いもあるのに、名探偵本人がずっと肩の力を抜いているのがいい。英国黄金期っぽい館ものを、こんなに軽やかに読ませてくれる。早く続編も翻訳してくれ!

26.トーマス・クヌーヴェア『グデリアの死んだ家』

『グデリアの死んだ家』

著者:トーマス・クヌーヴェア

衝撃度  : (4.5)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

大洪水で流れ着いた二つの遺体を入口に、老女グデリアの家族の秘密と過去を三つの時代から掘り起こす心理サスペンス。

こんな作品

村を呑み込む大洪水の夜、81歳のグデリアは避難を拒み、自宅の窓から手足を縛られた男女の遺体を目撃した。現在の怪死、40年前に殺された息子、崩壊した夫婦生活。

三つの時代を行き来しながら、一人の老女がなぜ命懸けで家にとどまったのかを描く、重厚なドイツ発サスペンス。

洪水に流されてきた二つの遺体が、40年前の家族の秘密まで掘り返す

人口500人にも満たないドイツ西部の小村ウンターリンゲンを、2024年6月、大洪水が襲った。

住民たちが避難を急ぐなか、81歳のグデリアだけは自宅を離れようとせず、窓の外を流れていく濁流を見つめていた。

車も家畜も家屋の破片も押し流される夜、その水面に現れたのは見知らぬ男女の遺体。しかも、普通の水害死とはどうにも様子が違う。

この強烈な光景から始まる『グデリアの死んだ家』は、現在の怪死を追いながら、グデリアが40年間抱えてきた過去へ潜っていく。洪水で命が危ないのに、なぜ彼女は家を離れたくないのか。そこをたどるうち、物語は1984年へ戻っていく。

当時15歳だった最愛の息子ニコは、何者かに殺害されている。その日を境にグデリアの人生は大きく歪み、夫ハインツとの関係にも深い亀裂が入った。やがて夫は酒へ沈み、家族だった頃の面影だけが家の中に取り残されていく。

グデリアにとって、この家はただ暮らすための場所という意味をとうに超えている。ニコが歩いた廊下も、家族で過ごした部屋も、失った時間も、全部ここにあるのだ。

洪水が迫っても動こうとしない頑固さは、過去を知るほど痛々しく見えてくる。

洪水が引くほど、グデリアの人生に沈んでいたものが露出していく

物語は2024年、1984年、1998年という三つの時代を行き来する。

洪水下で二つの遺体を目撃した現在、ニコを失った最悪の年、そして夫婦生活が決定的に壊れた時期。最初は離れていた出来事が、少しずつ同じ家の中へ集まっていく構成だ。

この作品には、事件を鮮やかに解いてくれる名探偵は出てこない。中心にいるのは、あくまでグデリア本人である。彼女が何を覚え、何を思い出したくなくて、どこまで自分の過去を言葉にできるのか。その揺れを追ううち、40年前の事件にも少しずつ形が与えられていく。

会話は控えめで、長い時間を一人で生きてきた老女の孤独が文章の重さへそのまま重なっている。外では道路も畑も水に沈み、村とのつながりまで断ち切られた。一方のグデリアも、ニコを失ったあの日から、自分だけ別の時間に取り残されたような人生を送ってきた。

現在の洪水と、彼女自身の孤立が重なって見えるところがつらい。しかも冒頭に二つの遺体が置かれているので、過去の場面にもずっと不穏な意味がつきまとう。

手足を縛られた男女の正体、洪水の中を流れてきた理由、そして40年前のニコ殺害との接点。その三つが頭から離れず、回想の中に出てくる小さな出来事まで疑いたくなってしまう。

息子との思い出、夫との衝突、村の人々との距離。何気ない記憶の一つ一つが、現在の事件へ続く手がかりに見えてくる。一方、グデリア自身もすべてを率直に語っているとは限らず、長い年月の中で記憶の形が変わった可能性までちらつく。

だから最初は悲劇の母親として見えていたグデリアが、途中からもっと複雑な人物に変わっていくのだ。ニコを失った母であり、酒に沈んだ夫を見てきた妻であり、40年間ずっと同じ家へ執着してきた老女でもある。どれか一つの顔だけを見ても、この人の全体像には届かない。

この人はいったい何を抱えて、ここまで生きてきたのだろう。

そう思いながら先へ進むうち、現在の二つの死と過去の家族の秘密が同じ場所で噛み合い始める。犯罪サスペンスとしての緊張と、家族小説としての重さがそこで一気に重なるのだ。

タイトルの『グデリアの死んだ家』も、読み進めるほど印象が変わる。死んだのは家族なのか、夫婦としての生活なのか、それともニコを失った日に止まってしまった時間なのか。洪水は村を壊す一方、長年沈められていたものを無理やり表へ押し出す役目まで担っていた。

流れてきた遺体も、家族の秘密も、グデリア自身が抱え込んできた感情も、その濁流によって隠しきれなくなっていく。

大洪水という派手な舞台から始まるのに、最後まで中心にいるのは一人の老女と一軒の家だ。

そこへ40年分の喪失、怒り、罪悪感、家族の記憶が積み重なり、単純な犯人探しよりずっと重たい物語になる。

洪水が村から引いたあと、泥の下から道路や家財が姿を見せ、その奥ではグデリアが40年間抱え込んできた家族の時間までむき出しになっている。

悠木四季

洪水の中を縛られた男女の遺体が流れていくという掴みだけでも強烈なのに、本当に重いのはその先だった。

27.ベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』

『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』

著者:ベンジャミン・スティーヴンソン

衝撃度  : (4.8)
技巧性  : (5.0)
論理性  : (4.5)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

恋人殺しで逮捕された元妻を救うため、アーネストがマジックと殺人が交錯する劇場の謎へ挑むメタ本格ミステリ。

こんな作品

恋人殺しの容疑で逮捕された元妻、秘密を抱えた六人の容疑者、華やかなマジックショー、そして公演中に起きる第二の殺人。

手がかりは全部見せると宣言する作家アーネスト・カニンガムが、真夏のクリスマスを舞台に犯人当てへ挑む〈信頼できる語り手〉シリーズ第3弾。

劇場の幕が上がった瞬間、第二の殺人まで始まる

元妻のエリンから突然助けを求められ、急いで駆けつけてみれば、彼女の恋人はめった刺しにされて死亡。

そのうえエリン本人が殺人容疑で逮捕されている。アーネスト・カニンガムは、今回も事件への巻き込まれ方がひどい。

シリーズ第1作『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』では家族、第2作『真犯人はこの列車のなかにいる』では豪華列車と作家たちを相手にしてきたが、この第3作では元妻の無実を証明する側へ回る。しかも事件の舞台は、殺された男が経営していた劇場だ。

そこでは有名マジシャンのブレイズを中心とした公演が目前に迫り、舞台裏には怪しい人間がきっちり六人揃っている。愛憎も金銭トラブルもあり、誰もが何かしら秘密を抱えているという、本格ミステリとして嬉しい配置だ。

これだけでも十分楽しいのに、スティーヴンソンは開演後にもう一段アクセルを踏む。大勢の観客が見守るなかで第二の殺人が発生し、舞台上ではマジックによる錯覚が飛び交い、裏側では本物の殺人犯が動いていたという、ミステリ好きには嬉しすぎる状況だ。

そして今回もアーネストは、自分が信頼できる語り手であることをやたら強調してくる。

嘘はつかない。必要な手がかりはきちんと提示する。どのあたりまで読めば推理材料が揃うのかまで教えてしまう。普通なら作者が裏側でこっそりやることを、主人公自身が堂々と口にするわけだ。

このシリーズの楽しいところは、事件の謎を追いながら、同時にミステリ小説そのものについてアーネストが横からずっと喋っているところにある。

ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則を持ち出したかと思えば、自分がいま書いている物語の構造まで茶化し、伏線の位置について平然とヒントを寄こす。それだけ手の内を見せても、簡単には解けない。

全部見せます、それでも騙します、という作者からの挑戦状みたいな作りなので、こちらも自然と証言や小道具の細部まで気になってくる。

マジックの種明かしと殺人トリックが、同じ舞台の上で重なっていく

今回の劇場という舞台は、このシリーズとの相性が抜群だ。

マジックは、見えているものを信用させ、その裏で本当の仕掛けを動かす芸。その原理はミステリのミスディレクションともきれいに重なり、観客の視線をどこへ向けるかという問題が、そのまま事件の手がかりになっていく。

それでいて、手品師がいるから何でもあり、という雑な話にはならない。誰が何を見たのか。その瞬間、舞台のどこへ注意が向いていたのか。目撃した光景は、本当にそのまま受け取っていいのか。証言を並べるほど劇場そのものが巨大なトリック装置に見え始めるところが面白い。

そこへアドベントカレンダーが絡むのも楽しい趣向だ。舞台はオーストラリアなので、クリスマスなのに真夏。雪景色とは正反対の暑さの中で、クリスマスまでの日数だけがカウントダウンされ、その可愛らしい小道具が殺人事件の仕掛けにも食い込んでくる。この祝祭感と殺人の組み合わせが不穏でいい。

しかもアーネストには、いつものように悠長に構えていられない事情がある。元妻エリンは、警察から見れば犯人候補として申し分ない状況に置かれている。彼女を救うには真犯人を探すだけで足りず、なぜエリンが犯人に見える状況が作られたのかまで説明しなければならない。

この展開がシリーズ第3作として面白い。これまでのアーネストには、自分が物語を書いていることをどこか楽しんでいるような余裕があった。今回は元妻の人生がかかっているため、いつものメタな軽口の裏に焦りが混ざる。

ふざけているようで、本気で助けたい。その温度差のおかげで、アーネストという人物にも少し厚みが出ている。

そして今回もスティーヴンソンは、本格ミステリのルールをいじりながら、そのルールの中できっちり勝負してくる。

ダイイング・メッセージ、六人の容疑者、第二の殺人、舞台上の錯覚、アドベントカレンダー。派手な材料を次々と並べつつ、最後に必要となる情報は前もって置かれている。解決へ入ると、それまで冗談に見えていた言葉や何気ない舞台上の動きまで別の意味を持ち始め、その回収が気持ちいい。

メタミステリなのに、謎解きそのものを茶化して終わらないところも好きだ。笑いながら古典的なルールをいじり、そのうえで最後は真正面から犯人当てを成立させる。今回のマジックショーは、そのシリーズの姿勢をそのまま舞台化したような事件だ。

手品師は観客へ仕掛けを見せながら、本当の仕組みだけを隠す。

アーネストも手がかりを全部見せると宣言しながら、肝心の意味には簡単に気づかせてくれない。

幕が上がった瞬間から始まっていたのは、劇場のショーだけではなかったというわけだ。

悠木四季

好きな本格ミステリの材料を全部舞台へ載せ、その横でアーネストがミステリのルールについてずっと喋っている。このシリーズは、ふざけているのに謎解きは毎回きっちり本気だから最高に好きなのだ。

〈信頼できる語り手〉シリーズの順番

1.『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる

──全員が殺人経験者という忌まわしい一族の雪山リゾート集会で起きた事件に挑む、古典的ミステリのルールを遵守しつつメタ視点と緻密な伏線回収で魅せる新世代の本格ミステリ。

2.『真犯人はこの列車のなかにいる

──大陸横断列車で開催されたミステリ作家イベントで起きた殺人に挑む、乗客(全員が推理作家)の誰もが容疑者という極限状況を描いた、アガサ・クリスティへの敬意とメタ本格の技巧が光るシリーズ第2弾。

28.エリカ・クラウス『だれか、わたしを助けて』

『だれか、わたしを助けて』

著者:エリカ・クラウス

世界観  : (5.0)
面白さ  : (4.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.8)
この作品を一言でいうと

極寒の町や荒廃した都市で追い詰められた人々が、他者との出会いをきっかけに人生を選び直す12篇。

こんな作品

マイナス60度の町に縛られた若い町長、善意のせいで仕事を失った女性、DV夫の支配から抜け出そうとする妻。

誰かに助けてほしいと願う人々と、その声を聞いてしまった人々を通して、救うことの優しさも危うさも描いた12篇の短篇集。

誰かに救われても、人生はそこで終わらない

マイナス60度まで気温が下がるシベリアの町オイミャコンで、22歳のヴェラは町長を務めている。

父親の跡を継いだのは15歳のとき。まだ若い彼女が、流刑の歴史や土地への執着を抱えた大人たちをまとめながら、自分自身もその町から離れられずにいた。そんなところへ、アメリカから一人の青年がやってくる。

収録作『極寒の街』は、恋愛をきっかけに外の世界への扉が開く話でもあるが、単純にここから逃げれば自由になれる、という方向へは進まない。ヴェラにとって故郷は息苦しい場所であると同時に、自分の歴史そのものでもあるからだ。

誰かと出会ったことで人生を変える勇気が生まれる。それでも、最終的にどこへ行くかを決めるのは本人。その距離感が、この短篇集全体に通じている。

表題作『だれか、わたしを助けて』では、善意そのものが危険なものとして描かれる。

政治も経済も荒れた都市オーロラで、ある女性が人を助けようとしたことをきっかけに仕事を失う。さらに彼女の危機を目撃した高校生の少年も、自分の身を守るか、目の前の人間へ手を伸ばすかという厄介な状況へ追い込まれてしまう。

人助けは美しい。けれど、助けに入った側まで仕事や安全を失うかもしれない。それでも目の前で誰かが傷ついていたら、本当に見なかったことにできるのか。

クラウスはそこを簡単な感動話にまとめず、善意にかかる現実的な代償まできっちり描く。だから、誰かが手を差し伸べる瞬間にも、胸が温かくなるだけでは済まない緊張がある。

誰かの手を借りても、最後に自分を救うのは自分自身

『神を畏れるごとく我を畏れよ』は、12篇の中でも特に強烈だ。

DV夫から精神的な支配を受ける妻の前へ幽霊が現れる。設定だけ見るとゴーストストーリーなのだが、怪異は恐怖を与えるためというより、長いあいだ押し込められていた女性の怒りを引き出す役目を担っている。

夫は妻を大切な存在として持ち上げながら、実際にはその言葉によって行動や意思を縛ってきた。愛している、大切にしている、特別な存在だ。優しそうな言葉ほど、使い方によっては檻にもなる。

そこで出てくる、自分で自分を救いたいという感覚がいい。誰かに連れ出してもらうだけでは終わらず、自分の人生を自分の手へ戻そうとする意志が物語の芯になっている。

ほかにも『ピアノ』『ダッジ通りの北側』『ヘラジカを食べてくれ』『バンコクにいると』『立っている男』『ユダヤ人』『ブルー・ホール』『心臓と大血管損傷』など、舞台も人物も大きく変わる。

共通しているのは、人生の分岐点へ立たされた人だ。土地を離れるか。誰かの死を手助けするか。見知らぬ子どもへ手を伸ばすか。愛する相手と一緒にいるのか、それとも自分を守るため離れるのか。

しかも、どの選択が正しいのか簡単には決められない話が多い。誰かを助ければ別の誰かが傷つくこともあり、善意が自分自身を追い詰める場合さえある。それでも人は、ときどき他人の悲鳴を聞いてしまう。

その瞬間に何をするのか。

エリカ・クラウスは、そこへ大げさな英雄を置かない。登場するのは怖がり、迷い、間違え、ときには逃げたくなる普通の人たちだ。それでも最後の最後で、小さな選択を自分の手に取り戻そうとする。

だからタイトルの『だれか、わたしを助けて』も、読み進めるほど意味が広がっていく。誰かに助けを求める声であり、目の前の人間を救いたいという願いでもあり、自分自身へ向けた言葉にも聞こえてくる。

助けてもらった瞬間ですべてが解決するほど、人生は都合よくできていない。その先には、またいつもの暮らしがあり、自分で選ばなければならない日々が待っている。

この12篇が見せてくれるのは、その地味で面倒な続きを引き受ける人たちだ。

差し伸べられた手につかまったあと、自分の足でもう一歩進む。

その瞬間に、この短篇集の温かい部分がある。

悠木四季

誰かを助ければ全部めでたし、とはしてくれないところがいい。助ける側にも失うものがあり、救われた側にもその先の人生が続いていく。それでも手を伸ばす人がいる、という描き方がすごく好きだ。

29.ハン・ガン『私の女の実』

『私の女の実』

著者:ハン・ガン

世界観  : (5.0)
独創性  : (5.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.5)
この作品を一言でいうと

1990年代後半の韓国を背景に、傷ついた身体や貧困、孤独を描き、『菜食主義者』へつながる原点も味わえる8篇。

こんな作品

ソウルの高層マンションで植物へ変わっていく妻、暴力的な父と暮らす少女、全身の火傷痕を隠す夫、煤煙の街で顔を洗い続ける青年。

傷ついた身体と言葉にできない痛みを見つめながら、『菜食主義者』へつながるモチーフまで鮮やかに浮かび上がる初期短篇集。

ハン・ガン文学の原点が詰まった8つの短篇

ソウルの高層マンション13階で暮らしていた妻の身体に、ある日、謎の痣が浮かび始める。やがて彼女は言葉を失い、ベランダに立つ身体は少しずつ植物へ近づいていく。

表題作『私の女の実』で起きることは幻想的なのに、その変化へ至るまでの生活には現実味がある。結婚して4年、夫は妻の苦しさを十分に理解せず、彼女は日々の生活の中で少しずつ自分の居場所を失っていた。

そしてついに、人間であることそのものから降りてしまう。

夫が大きな植木鉢を買い、植物となった妻をそこへ植えて水をやる展開はどこか美しく、同時にぞっとする。妻がなぜ植物へ変わったのかを説明するより、そうなるしかなかった身体の感覚をそのまま見せてくるところが強い。

後の『菜食主義者』を知っていれば、ここで思わず声が出るはずだ。人間社会の暴力や欲望から離れ、植物へ近づこうとする女性。身体が本人の意思とは別の言葉を語り始める感覚。『菜食主義者』で世界的に知られることになるモチーフが、すでにこの初期短篇の中でくっきり形を持っている。

ただ、この一冊を『菜食主義者』の原型として眺めるだけではもったいない。『日暮れ時に犬たちはどんな気持ちだろう』では、酒浸りで暴力的な父親と暮らす少女が登場する。腹を空かせ、消えた母の面影を追いながら、子どもの目で大人たちの世界を見ている。

貧困も家庭内暴力も重い題材だが、少女の視線には子ども特有の鋭さがあり、そのせいで大人の身勝手さが余計にはっきり見える。悲惨さを大きな言葉で説明するより、お腹が空いていることや家の中の匂い、父親の様子といった細部から生活そのものを立ち上げる書き方だ。

『赤ちゃん仏』では、夫婦のあいだに隠されていた身体の秘密が中心になる。夫は人気ニュースキャスターで、外から見れば申し分のない人生を送っていた。しかし身体には幼い頃に負った大きな火傷痕があり、その傷をめぐって夫婦の距離まで揺らぎ始めてしまう。

ここでも身体は、単なる肉体として扱われない。傷痕には過去が刻まれ、本人が言葉にできなかった感情まで染み込んでいる。

夫婦が互いを知っているつもりでも、身体に刻まれた記憶までは簡単に共有できない。その隔たりが痛い。

植物、傷痕、空腹。身体が言葉より先に悲鳴を上げる

8篇を通して目立つのは、人間の身体がやたら雄弁なことだ。

痣が浮かぶ。植物へ変わる。火傷痕が隠されている。空腹が続く。顔を何度も洗う。

登場人物たちは、自分の苦しさをうまく説明できないことが多い。そこで身体のほうが先に異変を起こし、その人が抱えてきたものを外へ押し出してしまう。

『ある日彼は』に登場する本配達員の青年も印象的だ。ソウルの煤煙の中で顔を洗い続ける彼と、少女ミンファとの交流が描かれるが、そこには都市で生きることそのものへの疲労がまとわりついている。

1990年代後半の韓国という時代背景も、この8篇を読むうえで大きい。急速な都市化や経済的不安、家父長的な価値観の重さ。社会の変化に置いていかれた人々や、家族の中で声を持てない人々が何度も姿を見せる。

とはいえ、ハン・ガンは社会問題を説明するために人物を置いているわけではない。まず一人の人間がいて、その人がどう傷つき、何を見て、どんな身体で今日を生きているのかを追っていく。その積み重ねから、結果として時代の息苦しさまで浮かび上がる。

文章の美しさもすでに強烈だ。熟した桃の果実のような日差し、切断された舌を思わせる牡丹の花びら。きれいなものと痛々しいものを同じ比喩の中へ入れ、目にした瞬間の美しさと不穏さを一緒に渡してくる。

この感覚がハン・ガンらしい。『私の女の実』には、のちの作品でさらに深く掘り下げられるテーマがいくつも顔を出している。身体への暴力、言葉を失った人々、植物への変容、家族という場所の息苦しさ、それでも他者の痛みへ手を伸ばそうとする姿勢。これが20代後半の作品だと思うと、その早さにも驚かされる。

完成された作家の昔の作品を資料的に読むというより、すでにハン・ガン文学の核が動き始めている短篇集として楽しめるのがいい。

表題作の植物になった妻から『菜食主義者』へ線を引くのも面白いし、ほかの7篇を通して、もっと広い作家像まで見えてくる。

人間の傷は、いつも言葉になって現れるとは限らない。

痣になったり、火傷痕として残ったり、空腹や沈黙になったり、ときには葉や茎へ姿を変えたりする。

ハン・ガンは、その身体から漏れ出した声を拾い上げる。

『私の女の実』の8篇には、後の代表作へ続くものも、その頃にしか書けなかった荒々しい感触も一緒に詰まっている。

悠木四季

妻が植物になっていく表題作を読むと、『菜食主義者』へ続く道がものすごくはっきり見える。でも面白いのはそこだけじゃなく、火傷痕や空腹、沈黙まで、人の身体に刻まれた痛みを8篇それぞれ違う形で拾っているところだ。

30.レベッカ・マカーイ『あなたに訊きたいことがある』

『あなたに訊きたいことがある』

著者:レベッカ・マカーイ

世界観  : (4.5)
独創性  : (4.0)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.0)
この作品を一言でいうと

寄宿学校の少女殺害事件を、元同級生の人気ポッドキャスターが冤罪の可能性から再検証する長編ミステリ。

こんな作品

1995年、名門寄宿学校で女子生徒タリア・キースが殺害され、一人の青年が有罪となった。それから20年以上が過ぎ、元ルームメイトのボディ・ケインは母校へ戻り、学生たちと事件を再検証するポッドキャスト制作へ。

記録と証言を洗い直すほど、当時の捜査だけでなく、自分自身の記憶や偏見まで揺らいでいく重厚なミステリ。

28年前の少女殺害事件を掘り返すほど、自分の記憶まで信用できなくなる

1995年、ニューハンプシャー州の森に囲まれた名門寄宿学校グラナダ校で、女子生徒タリア・キースが殺害された。

容疑をかけられたのは、学校の運動部でトレーナーをしていたアフリカ系青年オマール・エヴァンス。警察は現場の状況や目撃証言をもとに彼を逮捕し、そのまま有罪判決へと進んだ。

事件はそれで終わったことになっていた。

しかし20年以上が過ぎても、タリア殺害事件はネット上から消えない。ポッドキャストや素人探偵コミュニティでは新しい説が次々と語られ、誰かの人生をめぐる悲劇が半ば娯楽として消費されている。

そんな母校へ戻ってくるのが、当時タリアのルームメイトだったボディ・ケインだ。現在は映画論の教授であり、人気ポッドキャスターとしても活動中。短期集中講座のためグラナダ校へ戻った彼女は、学生たちと過去の事件を再検証する番組制作へ乗り出す。

ここからが手強い。警察記録を読み直し、当時の友人たちへ話を聞き、事件の時間軸を組み直す。そうしているうちに、オマールを犯人と決めつけた捜査の粗さや、人種的な偏見、学校内の力関係が少しずつ見えてくる。

一方で、ボディ自身の記憶にも揺らぎが出始めた。

自分はあの頃、本当に何を見ていたのか。誰を信じ、誰を疑っていたのか。

そして、オマールが犯人だという空気に、自分も流されてはいなかったか。

事件の再検証が、そのままボディ自身への再検証へ変わっていく。

犯人を探すほど、過去を語ることの危うさまで見えてくる

ポッドキャストという題材と、この物語の相性がとてもいい。

昔の事件を掘り起こし、証言を集め、音声として編集して世間へ公開するのがポッドキャストであり、そこには必ず編集する側の視点が入る。何を残し、何を切り、誰の言葉を信じるか。その選択だけで、同じ事件でも印象は大きく変わってしまう。

ボディ自身も、その危うさと無縁とは言えない。彼女は事件を追う側でありながら、同時に当時の当事者でもある。

自分の記憶に穴があり、後から知った情報によって昔の印象が変わっている可能性も高い。過去を正しく語り直したいという気持ちと、自分自身も物語を作る側だという自覚が、ずっとぶつかり続ける。

特に重いのが、オマール・エヴァンスの存在だ。彼は本当に十分な弁護を受けられたのか。証言はどこまで確かだったのか。警察や学校関係者が彼を見る目に、人種的な偏見は混ざっていなかったのか。ひとつ疑い始めると、事件全体の土台までぐらついてくる。

さらに調査は、学校内で力を持っていた男性教師や、生徒と教師の距離感、当時なら見過ごされがちだったグルーミングの問題へ広がっていく。1990年代には普通のこととして流された言動が、現在の視点から見るとまるで違う意味を帯びてくるのも怖い。

しかも、過去を掘り返せば誰かが救われるとは限らない。新しい仮説を広めれば、別の人間へ疑いが向く。古い証言を訂正すれば、その証言を信じて生きてきた人の人生まで揺さぶるかもしれない。正しさを求める行為そのものが、誰かを傷つける可能性を抱えている。

だからこの小説は、犯人当ての面白さと同じくらい、過去を再編集することの怖さが強い。

寄宿学校という舞台もよく合っている。閉鎖された環境では、人気者と孤立した生徒の差がはっきりし、教師の権力も大きい。噂、恋愛、嫉妬、憧れが狭い校内をぐるぐる回り、その中で一度ついた印象が事実のように扱われてしまう。

20年以上経った現在では、そこへさらに記憶の変質が重なる。誰かは忘れ、誰かは自分に都合のいい形で覚え、誰かは同じ話を何度も繰り返した結果、その語りを本物の記憶だと思い込んでいるかもしれない。証言を集めれば集めるほど、真実へ一直線に近づく感覚は薄れていく。

それでもボディは調査をやめない。自分の記憶まで疑いながら、誰かの人生を決めてしまった過去へもう一度向き合う。その執念が、この物語を単なる犯人当てよりずっと大きなものにしている。

『あなたに訊きたいことがある』という題名も、この物語によく似合う。

訊きたい相手は、容疑者から昔の友人、教師、警察、そして過去の自分自身へと広がっていく。誰かの一言が一人の人生を左右した事件だからこそ、質問することにも、答えることにも重さがある。

タリアを殺したのは誰だったのか。

その謎を追ううち、事件の真相と一緒に、誰が信じられ、誰の言葉が軽く扱われ、誰の人生なら犠牲にしても構わないと社会が無意識に判断してしまったのかまで浮かび上がる。

ミステリの緊張と社会小説の重さが同時に押し寄せる作品だ。

悠木四季

昔の事件を掘り返して真犯人を探す話かと思ったら、自分の記憶まで疑わなければならなくなるのが怖い。犯人当てと冤罪、偏見、昔の沈黙が全部絡んでくる重たいミステリだ。

31.ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い月の夜に』

『赤い月の夜に』

著者:ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ

衝撃度  : (3.0)
面白さ  : (4.5)
読みやすさ: (4.0)
おすすめ度: (4.0)
この作品を一言でいうと

老富豪の婚約をめぐる欲望と秘密が、赤い月の夜の殺人を機に噴き出すパルプ色濃厚な本格サスペンス。

こんな作品

若い人気女優を妻にしようとする老富豪、巨額の遺産を狙う親族、成功を妬む敵対者、胸の内に愛憎を抱えた関係者たち。

血のような赤い月が昇る夜、ひとつの殺人をきっかけに、それぞれの秘密と企みが絡み合っていく。『赤い右手』のロジャーズが20代で書いた、過密で異様な群像ミステリ。

老富豪の婚約をきっかけに、欲望だらけの人間たちが一斉に動き出す

映画産業で巨万の富を築いたティモシー・グレイディが、若く美しい女優ローズ・ドーンとの婚約を決めたところから、周囲の空気は早くもきな臭い。

ローズ自身は愛情よりも、生活に困る母親への思いと自責の念に押される形で、この縁談を受け入れていた。

一方、グレイディのまわりには、彼の財産を欲しがる親族や、成功を妬む仕事上の敵、過去の因縁を抱えた者たちが集まっている。誰もが表向きは平静を装いながら、胸の内では別の計算を進めているという、いかにも事件が起きそうな布陣だ。

そして赤い月が夜空へ昇った晩、ついに館で殺人が起きる。

ここからがロジャーズらしい。ひとつの事件を順番に整理していくというより、複数の人物の思惑、昔の出来事、隠された感情が次々と割り込んできて、話がどんどん横へ広がっていく。

証言を一つ聞けば別の人物が怪しくなり、その人物を追えば今度は過去の因縁が顔を出す。

誰かの秘密が別の誰かの動機とつながり、人物相関そのものが巨大な謎みたいに膨らんでいくのだ。

犯人探しより先に、人間関係そのものが迷宮になっていく

『赤い月の夜に』は、とにかく詰め込み方が異様だ。

老富豪と若い女優の婚約だけでも十分に波乱の種なのに、そこへ遺産、嫉妬、恨み、過去の恋愛、仕事上の対立まで重なってくる。登場人物たちは誰もが何かを隠し、証言もすんなり信用できない。そのせいで、事件の輪郭を追うほど人間関係のほうが複雑になっていく。

でもこの過剰さこそ、後の『赤い右手』へつながるロジャーズの持ち味だ。普通なら整理して削るところを、彼は逆に盛ってくる。

回想を入れ、別の人物の事情を足し、さらに怪しい出来事まで積み上げるという徹底ぶりだ。その結果、物語全体が悪夢のような密度を帯びていく。

しかも、ただ混乱させて終わりという作りでは済ませない。前半では脇道に見えた話や、人物の何気ない言動が、後になると別の意味を持って戻ってくる。話が散らかっているように見えて、最後にはそれぞれの断片が事件の像を作り直す。その回収があるからこそ、過密さそのものが快感へ変わる。

赤い月というゴシックなイメージもいい。血の色を思わせる月の下で、誰もが他人を疑い、秘密を隠し、過去の感情を抱えたまま動き回る。論理で真相へ迫る本格ミステリの骨格がありながら、全体には怪奇小説めいた不穏さがまとわりつき、現実の館まで悪夢の舞台に見えてしまうほどだ。

ロジャーズが20代で書いた処女長篇という点も面白い。後年の作品で完成される、回想を重ね、人物の視点をずらし、最後に一気に伏線を拾うスタイルの原型が、すでにここでむき出しだ。

整然とした黄金期本格を期待すると、少し面食らうかもしれない。しかし、話がどんどん増殖し、人物の秘密が別の秘密を呼び、気づけば大きな迷路へ放り込まれている感覚はこの作者ならではのもの。

老富豪の結婚話から始まったはずなのに、最後には遺産、愛憎、嫉妬、過去の因縁、殺人が全部同じ夜へ集まってくる。

赤い月の下で誰が何を望み、誰がどこまで嘘をついていたのか。

その混線ぶりごと楽しむのが、『赤い月の夜に』のおいしい読み方だ。

悠木四季

人間関係がこんがらがりすぎて、事件そのものより誰が誰を恨んでいるのかを追うだけでも面白い。若いロジャーズが、思いついたものを片っ端から詰め込んだような勢いがあって、その過剰さが癖になるのだ。

32.A・M・バレイジ『誰かがいる部屋 A・M・バレイジ怪談傑作集』

『誰かがいる部屋 A・M・バレイジ怪談傑作集』

著者:A・M・バレイジ

恐怖度  : (5.0)
世界観  : (5.0)
面白さ  : (4.5)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

古い屋敷や駅、庭園など身近な場所から、時間と現実が崩れる瞬間を描くA・M・バレイジの怪奇小説傑作選。

こんな作品

故障した車を降りてたどり着いた一軒家、誰もいないはずの客室に漂う気配、予定とは違う駅で降りた男が迷い込む町。

幽霊そのものを大きく見せるより、日常の景色がほんの少しずれた瞬間の怖さを描くA・M・バレイジの怪談13篇を集めた、本邦初の単行本作品集。

英国怪談の古典的な怖さを13篇で味わう

人里離れた一本道で車が故障し、暗闇の中に見つけた古い屋敷へ一晩泊めてもらう。

怪談の入口としては王道そのものだが、表題作『誰かがいる部屋』は、その王道を余計な飾りなしでじっくり怖くしていく。

フェアチャイルド夫人が通された客室には、見たところ誰もいない。しかし、どうにも一人きりとは思えない。空気が冷たく感じられ、視界の外に何かが立っているような気配だけが消えず、部屋そのものが少しずつ信用できなくなっていく。

ここで派手な怪物を出さないのがバレイジらしい。見えないからこそ、どこにいるのか分からない。何も起きていないように見える時間まで怖くなり、夫人が感じている違和感をこちらまで拾い始める。その、まだ何も見ていないのにもう嫌だ、という感覚がとてもいい。

『間違った駅』は、もっと幻想寄りの一篇だ。列車に乗っていた男が、なぜか本来の目的地とは違う駅で途中下車してしまい、知らない町へ足を踏み入れる。そこに漂う懐かしさ。初めて来たはずなのに、どこか記憶の奥へ触れたような感覚がある。

時間がずれたのか、自分の記憶がおかしいのか、それとも別の場所へ入り込んだのか。

明快な説明より現実が少しだけ横へ滑ったような感触を残す一篇で、これが1916年の作品と知って驚いた。

後のタイムスリップものを思わせる発想がありながら、中心にあるのはSF的な仕掛けより、失われた時間へ触れてしまった人間の寂しさである。

怖いのに、どこか懐かしい。時間と記憶が怪異へ変わっていく

全13篇を通して強く感じるのは、過去がいまの景色へ染み出してくる怖さだ。

『パドック・クロスでの出来事』『子供は大人の父なり』『遊び友達』などでは、子供時代の記憶や昔の出来事が現在へ戻り、登場人物の足元を揺らしていく。昔は終わったはずなのに、場所だけが覚えていたような感触があり、そこへ入った人間だけが取り残されてしまう。

古い屋敷や庭園、クリスマスの夜といった舞台も、このタイプの怪談によく似合う。

『グレニスター街の庭園』では庭という身近な場所が異界との境目めいた表情を見せ、『博奕打ちの部屋』や『ブローディーン荘』では建物そのものに過去の気配が染みついているようで落ち着かない。

どの話も大声で脅かす感じは薄く、気づいたときには現実の手触りが変わっている。

しかもバレイジの短篇は、テンポがいい。古典怪談というと、状況説明や屋敷の描写が長く続く印象もあるが、バレイジは必要なものだけを置いて、わりと早く怪しい場所へ連れていく。

短い紙幅の中で空気を変え、最後にちょっとした寒気や哀しさを置く。その切れ味が現代でも読みやすい理由だろう。

怖さと一緒に哀愁があるのも好きだ。幽霊が出た、呪われた、というだけで終わらず、そこに昔の人間の思いや、戻れない時間への執着が絡む。

だから怪異を目撃したあとに感じるのは恐怖だけではなく、もう会えない誰かや、二度と戻れない場所へ触れてしまったような感覚でもある。

本書が嬉しいのは、そんなバレイジの短篇を13篇まとめて読めるところだ。

これまで日本ではアンソロジーでぽつぽつ紹介されることが多かった作家だけに、『間違った駅』『遊び友達』の新訳を含め、一冊で作風をたどれるのはありがたい。

表題作の王道怪談から、時間のずれ、子供時代の記憶、庭園や屋敷に潜む異変まで、怖さの幅広さも魅力だ。

夜道や古い家が少し怖くなる怪談もあれば、昔の記憶を思い出したときの胸のざわつきに近い話も少なくない。

A・M・バレイジの怪談は、幽霊を見せることより、見慣れた世界の輪郭を少しだけ狂わせる。

その数ミリのずれが、いつの間にか部屋や駅や庭園を別の場所へ変えてしまう。

古典怪談の気持ちよさを味わいながら、時間と記憶が生む奇妙な怖さまで楽しめる13篇だ。

悠木四季

『誰かがいる部屋』みたいな、姿を見せないまま気配だけで怖がらせる怪談はやっぱり強い。『間違った駅』の時間が少しずれたような感触もよくて、古典なのに今読んでも新しい。

33.マンリー・ウェイド・ウェルマン『銀のギターのジョンII〜罪は戸口に潜む』

『銀のギターのジョンII〜罪は戸口に潜む』

著者:マンリー・ウェイド・ウェルマン

恐怖度  : (3.0)
面白さ  : (5.0)
世界観  : (4.0)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

銀のギターを背負うジョンの怪異譚と、心霊捜査員リー・コベットの事件簿を収めた、音楽×民俗×怪奇冒険のシリーズ決定版。

こんな作品

深い山道を歩き、土地に伝わる歌を集め、人ならざるものと出会えば銀の弦を鳴らす。流浪のバラッド語りジョンの少年時代から後年の冒険までに加え、若き心霊捜査員リー・コベットの全5篇も収録。

チェロキーの伝承、魔女、怪魚、樹魔、古い呪術が入り交じる、アパラチアの匂いが濃い怪奇幻想短篇集。

銀の弦を鳴らして山に棲む古い魔物へ立ち向かう、アパラチア民俗ホラーの決定版

アパラチアの山道を、ギター一本背負って歩く男がいる。

金はほとんど持たず、土地に伝わる古い歌を集めながら村から村へ渡り歩く流浪のバラッド語り、ジョンだ。

その旅先で出会うのが、普通の人間には少々荷が重い連中ばかりなのが楽しい。山に棲む古い魔物、チェロキーの伝承から抜け出したような異形、魔女の呪術、説明のつかない怪異。ジョンは剣も銃も持たず、銀の弦を張ったギターと知恵、それに真っ直ぐな人柄で対抗していく。

この組み合わせが最高に格好いいのである。怪異へ挑む主人公と聞くと、退魔師や魔術師のような人物を想像しやすいが、ジョンの魅力はもっと生活臭のある親しみやすさだ。

腹が減れば飯を食い、道端で人と話し、昔の歌を教われば耳を傾ける。その延長で、たまたま土地に巣食う厄介なものへ首を突っ込んでしまうのだ。だから怖い話なのに、どこか昔話を聞いているような温かさがある。

今回の『銀のギターのジョンII〜罪は戸口に潜む』が嬉しいのは、ジョンの完成された姿だけでなく、その前後までまとめて見せてくれるところだ。

まだ銀のギターを手にしていなかった少年時代、借金の肩代わりとして強欲な主人に奉公し、湿地帯の奥でカエルめいた妖物と出会う。のちに伴侶を得て、自分一人の人生を超える責任まで引き受けていく姿が収められ、シリーズの輪郭もぐっと広がる。

『この骨は生き返ることができるのか?』のように、死者を蘇らせる歌が思わぬ騒ぎを招く話もいい。歌は人を慰める一方、ときには古い土地に眠る危険なものまで呼び起こしてしまう。

音楽が雰囲気づくりの小道具で終わらず、怪異と人間を結ぶ力そのものとして扱われているのが、このシリーズの好きなところだ。

歌と伝承がそのまま怪異退治の武器になる

ウェルマンのアパラチアは、山の景色だけを借りた背景の枠を大きく超えている。

旧約聖書のイメージ、チェロキーの伝承、ヨーロッパ系移民が持ち込んだ民話や歌が同じ土地で重なり、その混ざり方自体が怪異の正体へつながっていく。

たとえばチェロキー伝承に由来する怪魚ダクワ。別の一篇には意志を持った柳がさまよい、季節外れの魔女まで姿を見せる。怪物の姿そのものより、その土地で長く語られてきた記憶や信仰が前面に出て、現代の人間の暮らしへふいに顔を出すという形だ。

そこで大事になるのが、ジョンが古い歌を知っていることだ。古い歌には、その土地の人々が何を恐れ、何を信じ、どうやって災いを避けてきたのかが詰まっている。

ジョンは歌詞や言い伝えを手がかりにしながら、目の前の怪異へ近づいていく。その姿は探偵にも似ていて、民俗学と怪異退治を同時にやっているような面白さがある。

もう一つ嬉しいのが、若き心霊捜査員リー・コベットの5篇だ。ジョンが旅人として怪異へ出会うのに対し、コベットはもう少し捜査員らしく事件へ向き合う。

『魚怪ダクワ』『さまよう柳』『季節外れの魔女』など、題名からして怪しさ全開だが、こちらにもウェルマン特有の土地感覚と人情がしっかり流れている。

ジョンとコベットを並べて読むと、同じ超自然世界でも見え方が変わるのが面白い。片方は歌と旅の人、もう片方は調査と対決の人。同じ怪異へ触れても、物語のテンポや手触りが違うため、一冊の中で単調になりにくい。

さらに巻末の解説やコラムも濃い。ジョンとコベットの関係、アパラチアの食文化、デルタ・ブルースとアパラチア・カントリーの違い、チェロキーの怪魚伝説まで踏み込み、短篇を読んだあとに土地の背景をもう一段深く知ることができる。物語だけ楽しんでも十分だが、音楽史や民俗学まで気になってくる作りが嬉しい。

銀のギター一本で山を歩き、古い歌を集め、その歌を怪異へ立ち向かう力へ変えてしまう。それがジョンだ。

そんなジョンの姿には、怪物退治のヒーローとは少し違う魅力がある。強いから勝つというより、その土地の言葉と歌を知り、人の話を聞き、古い知恵を借りることで道を切り開いていくのだ。

山の奥にいる魔物より、そこへ何百年も積み重なった伝承のほうが大きく感じられる。

その中を銀の弦の音だけがすっと通っていく。

この景色こそ、〈銀のギターのジョン〉シリーズを読む楽しさだと思う。

悠木四季

銀のギターで魔物と戦う、と聞くだけでも格好いいのに、実際は歌や伝承を手がかりに土地の怪異を解いていくのがもっといい。アパラチア民俗ホラー好きにはたまらない一編だ。

34.フレデリック・カウルズ『アボット荘の怪異:フレデリック・カウルズ怪奇傑作選Ⅰ』

『アボット荘の怪異:フレデリック・カウルズ怪奇傑作選Ⅰ』

著者:フレデリック・カウルズ

恐怖度  : (4.8)
世界観  : (4.5)
面白さ  : (4.5)
おすすめ度: (5.0)
この作品を一言でいうと

古い館や鏡、秘宝から怪異が立ち上がり、吸血鬼や魔性の貴族まで現れるクラシカルな英国怪奇短篇集。

こんな作品

歴史ある館に現れる邪悪な貴族、17世紀の失踪事件を追う研究者、完璧な美貌の裏に異形を隠した公女。古文書、秘宝、鏡、古城、墓碑、手相占いと、英国古典ホラーの好きなものが次々と顔を出す。

M・R・ジェイムズの流れを受け継ぎながら、もっと派手で色彩の濃い怪異へ踏み込んだフレデリック・カウルズ初の本格邦訳傑作選。

古い鏡、廃修道院、魔性の貴族。英国怪談の王道を13篇まとめて浴びる

古い館、由来の分からない鏡、風化した墓碑、誰も近づきたがらない森の城。

こういう道具立てが好きなら、『アボット荘の怪異』はたまらなく楽しい。

表題作の舞台となるアボット荘も、いかにも何か起きそうな英国の古い邸宅だ。長い歴史を抱えた館へ、普通の人間とは思えない気配をまとった貴族が入り込み、一族の過去と現在が不穏につながっていく。

怖さの出し方は、いまのホラーよりずっとクラシカルだ。まず場所があり、古い記録があり、昔そこで起きた出来事が少しずつ顔を出す。その先にようやく怪異が姿を見せるため、館や土地そのものへ嫌な気配が染み込んだような感覚になる。

『リシーン』では、17世紀のコーンウォールで姿を消した牧師の足跡を研究者が追う。教会の記録や墓碑を調べるうち、昔その土地で信じられていたものが輪郭を持ちはじめ、過去と現在が一本につながる構成だ。

古文書を読んでいたら、余計なものまで掘り当ててしまった。こういうタイプの怪談が好きな人には嬉しい一篇である。

『闇の公女』はまた雰囲気が変わり、国際スパイもののような入口から始まる。魅惑的な公女の周辺を調べる探偵が、彼女の完璧すぎる美貌の奥に人間離れしたものを見つけてしまうという一篇で、怪談とサスペンスの距離がぐっと近い。

この振れ幅がカウルズの面白さだ。M・R・ジェイムズの系譜にある古物怪談の落ち着いた骨格を持ちながら、吸血鬼や魔性の存在、呪い、スパイ活劇めいた要素まで平気で放り込む。

そのため古典怪談の気品は保ちつつ、話ごとの色もしっかり濃い。

古いものを調べた瞬間、封じられていた怪異まで起き上がる

『フィレンツェの鏡』『隠された宝』『森の中の城』『アプトン・ストンウォルドの怪事件』など、題名を眺めているだけでも怪奇小説好きの食指が動く。

鏡には過去が映り、秘宝には持ち主の欲望が絡み、古城や廃墟には昔の記憶が沈んでいる。カウルズは、歴史を感じさせる物や場所をまず置き、その背後から人間の理解を超えたものを引っぱり出す。

この流れがとても英国怪談らしくて好きだ。怖さの方向も一種類に絞っていない。『ジプシーの手』のように占いや呪いを扱う話もあれば、『聖パヌクリタス』のように宗教的な気配をまとった作品もあり、『桃色の舞姫』では題名からして少し異質な色が漂う。

13篇を続けて読むと、カウルズが古典的な型を守りながら、その中で思いきり遊んでいたことも見えてくる。

M・R・ジェイムズなら、学者が古文書や遺物へ触れ、そこから得体の知れないものを呼び込む流れが王道だ。カウルズにもその味はしっかりあるが、もっと物語を動かし、怪異そのものを前へ出す場面が多い。

だから古典怪談なのに、意外と読みやすい。重厚な館の描写や歴史的背景を味わわせたあと、ちゃんと事件が起き、人物が危険へ近づき、最後には怪異の正体へ深く踏み込む。古風な雰囲気だけで引っぱらず、短篇としての起伏もきちんと用意された作りだ。

本書が嬉しいのは、日本でまとまって読める機会がほとんどなかったカウルズの作品を、13篇一気に味わえるところだ。

1930年代の英国怪奇小説には、いま読んでも魅力的な空気がある。古い屋敷や修道院、石造りの教会、森の奥の城へ現代人が足を踏み入れ、何百年も前から眠っていた何かをうっかり起こしてしまう。

この、触らなくていいものに触ってしまった感覚が何度読んでも楽しい。

しかもカウルズの場合、そこへ魔性の貴族や吸血鬼めいた存在まで飛び込んでくるので、英国古典怪談の端正さとパルプ的な勢いが同じ一篇の中でぶつかり合う。

古い鏡を覗き、教会記録を調べ、森の城へ入り、美しすぎる公女の秘密を追う。やっていることは毎回違うのに、その先では決まって歴史の影が待っている。

『アボット荘の怪異』は、英国怪談の王道を楽しみながら、少し派手で癖のある怪異までまとめて味わいたい人にぴったりの一冊だ。

著:フレデリック・カウルズ, 編集:BOOKS桜鈴堂, 翻訳:BOOKS桜鈴堂
悠木四季

古い鏡や教会記録を調べていたら、本当に余計なものまで出てきてしまう。こういう英国怪談の王道が好きなら相当刺さるはずだ。

おわりに

2026年8月に読んでに特に面白かった本34冊

1.夕木春央『楽園

──犯罪者たちが暮らす秘密の楽園へ迷い込んだ男女が、脱出のため殺人を迫られ、さらに新たな殺人事件へ巻き込まれていく極限状況ミステリ。

2.高森泉『ぼくたちの告白

──十五年前の少女転落死と、それを再現するように投稿されたWeb小説をめぐり、子供たちが隠してきた秘密と記憶の食い違いを暴く本格サスペンス・ミステリ。

3.阿津川辰海『少女は殺人の夢を見る

──古典ミステリをモチーフにした夢の殺人事件へ、獏田格と夢見灯のコンビが挑むオマージュ本格ミステリ連作集。

4.小林泰三『此方より 小林泰三未収録短編集

──ホラー、クトゥルフ、SF、本格ミステリまで、小林泰三の奇想とロジックを詰め込んだデビュー30周年記念の未収録短編集。

5.岡本好貴『帆船軍艦の殺人

──18世紀末の英国海軍戦列艦で、帆船の構造と海戦を利用した連続不可能殺人に挑む歴史本格ミステリ。

6.島田荘司『水上都市の冒険

──中学生の御手洗潔が昭和の横浜を駆け回り、五つの事件を解きながら名探偵の原点を描く青春冒険ミステリ連作集。

7.東野圭吾『永遠の記憶

──内海薫刺傷事件をきっかけに、湯川学と草薙俊平が数十年前から続く家族の秘密と罪へ迫る〈ガリレオ〉シリーズ長編ミステリ。

8.潮谷験『山上のフェイク

──皐月山の孤立コテージで起きた殺人と失踪を、現場と食い違う一冊の手記から解き明かす山岳本格ミステリ。

9.山白朝子『小説の怪人

──小説に取り憑かれた作家や編集者たちが、創作と現実の境界を踏み越えていく七篇を収めたメタフィクション怪奇短編集。

10.五条紀夫『人喰いパンダ殺人事件

──人喰いパンダによって閉ざされた洋食店で刺殺事件が起き、奇抜な設定と幾重もの真相が絡み合う特殊設定本格ミステリ。

11.稲羽白菟『造反有理 文革楼の殺人

──文化大革命下の客家円楼で、竹簡になぞらえた連続殺人とスパイ疑惑が交錯する歴史社会派×本格ミステリ。

12.倉知淳『犯人は現場に首だけ戻る

──首、腕、足などが切断された四つの猟奇殺人を、なぜ切ったのかという謎から論理的に解き明かす本格ミステリ連作集。

13.三日市零『鬼葛島の殺人

──鬼葛島で宝探しに挑む大学生たちが、鬼伝説を模した連続殺人と暗号の謎に巻き込まれる〈文理シリーズ〉第2作。

14.朝里樹『怪しい古典文学 日本の美しい怪異の世界

──『古事記』『源氏物語』『雨月物語』など26作を通して、日本の幽霊や妖怪と人々の恐怖の変遷をたどる古典文学ガイド。

15.古川日出男『夏迷宮

──第三次世界大戦と福島を軸に、戦争、震災、伝説、幻獣が交錯し、歴史と神話を大胆に組み替える大長篇小説。

16.松原タニシ『事故物件生活 恐い日常

──事故物件で13年間暮らした松原タニシが、怪異体験と不動産事情、死のある場所への感覚を綴る実録ホラーエッセイ。

17.『その人殺しは全然ムダで損だらけの手間にすぎない 戦争×ミステリーアンソロジー

──戦争を知る昭和の作家たちが、ミステリ、ホラー、SF、随筆を通して戦争の狂気と傷を描く九篇のアンソロジー。

18.東川篤哉『夜の喜劇:東川篤哉短編集

──勘違いと軽快な会話で笑わせながら、アリバイ、密室、犯人当てを本格ロジックで解き明かすコミカルミステリ短編集。

19.内田百閒『ツィゴイネルワイゼン:百閒怪異作品集

──日常と夢、生者と死者の境界がふっと揺らぎ、世界や自分自身への感覚まで狂っていく百閒怪異文学の傑作選。

20.松閣オルタ『オカルト・クロニクル 暗黒録

──怪死や失踪、未解決事件を一次資料から徹底検証し、都市伝説と事実の境界から現実の不可解さを追うノンフィクション。

21.荒木あかね『おむこさんは殺人鬼

──日常の悪意や不可解な事件に巻き込まれた女性たちが、思いがけない相棒と手を組み、鮮やかなロジックで真相を暴くミステリ短篇集。

22.牧逸馬『世界怪奇実話傑作選

──切り裂きジャックやタイタニックなど、世界を騒がせた犯罪・怪事件14篇を小説さながらの筆致で描く実録犯罪傑作選。

23.三津田信三『囁く逆婿 怪民研に於ける記録と推理

──冥婚に参加した瞳星愛が、旧家で起きた七人毒殺と逆婿様の怪異に巻き込まれ、その真相へ迫る本格ホラーミステリ。

24.ウィリアム・ハッセー『名探偵ジェリコ

──150年前の惨事をなぞる連続見立て殺人を、傷を抱えた元刑事スコット・ジェリコが追う現代英国本格ミステリ。

25.P・J・フィッツシモンズ『斜陽館殺人事件

──1928年英国の没落貴族の館で起きた塔の密室殺人を、名探偵アンティ・ブジュレーがユーモアのある会話と鋭い推理で解く英国本格ミステリ。

26.トーマス・クヌーヴェア『グデリアの死んだ家

──大洪水で流れ着いた二つの遺体をきっかけに、老女グデリアが40年間抱えてきた家族の秘密と過去を掘り起こす心理サスペンス。

27.ベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される

──元妻の無実を証明するため、アーネストがマジックショー中に起きる連続殺人へ挑むメタ本格ミステリ〈信頼できる語り手〉シリーズ第3作。

28.エリカ・クラウス『だれか、わたしを助けて

──追い詰められた人々が、誰かとの出会いや助けをきっかけに、自分の人生を選び直していく12篇の短篇集。

29.ハン・ガン『私の女の実

──傷ついた身体や貧困、孤独を描きながら、『菜食主義者』へつながるモチーフも浮かび上がるハン・ガン初期の8篇。

30.レベッカ・マカーイ『あなたに訊きたいことがある

──寄宿学校で起きた少女殺害事件を、元同級生の人気ポッドキャスターが冤罪の可能性と自らの記憶をたどりながら再検証する長編ミステリ。

31.ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い月の夜に

──老富豪の婚約をめぐる人々の欲望と秘密が、赤い月の夜の殺人をきっかけに噴き出すパルプ色濃厚な本格サスペンス。

32.A・M・バレイジ『誰かがいる部屋 A・M・バレイジ怪談傑作集

──古い屋敷や駅、庭園など身近な場所から、時間や記憶、現実の境目が崩れていく瞬間を描いた英国怪談13篇の傑作選。

33.マンリー・ウェイド・ウェルマン『銀のギターのジョンII〜罪は戸口に潜む

──銀のギターを背負うジョンと心霊捜査員コベットが、アパラチアの伝承や魔物に挑む音楽×民俗×怪奇冒険短篇集。

34.フレデリック・カウルズ『アボット荘の怪異:フレデリック・カウルズ怪奇傑作選Ⅰ

──古い館や鏡、秘宝、古文書から怪異が蘇り、吸血鬼や魔性の貴族まで現れるクラシカルな英国怪奇短篇13篇。

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この記事を書いた人

悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書するミステリ好き人間。

本を読み、本に人生を食われながら、今日もどうにか人間の形を保っている。

もはや読書は趣味ではなく、生活習慣であり、呼吸であり、呪いである。

幸せだね。
Amazonの聴く読書『Audible(オーディブル)』で聴ける神ミステリ10選
① 綾辻行人『Another
② 有栖川有栖『月光ゲーム
③ 森博嗣『すべてがFになる
⑤ 今村昌弘『屍人荘の殺人
⑥ 殊能将之『ハサミ男
⑦ 青崎有吾『体育館の殺人
⑧ 知念実希人『硝子の塔の殺人
⑨ 夕木春央『方舟
⑩ アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった
悠木四季
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