古賀鳴海は、なんでも屋でアルバイトをしているイケメン大学生。
ある夏休み、ヤンデレの恋人・翠に強引に連れられて、彼女の実家に行くことに。
静岡県の山奥にあり、通称「天狗屋敷」と呼ばれるその屋敷では、翠の親類である霊是一族が大騒ぎをしていた。
七年前に当主が失踪したまま見つからず、ついに死亡扱いとなり、遺言状が開封されることになったのだ。
山林を始めとした莫大な遺産を巡り、目の色を変える一族。
そんな中、相続人となった当主の双子の弟が死亡してしまう。
さらに棺の中にあったはずの遺体が突如として消え、一族は騒然。
その上、当主の息子までもが何者かに殺される。
翠に付き従う鳴海は否応なく事件に巻き込まれるが、偶然居合わせたアルバイト先の店主・樋山が、なんでも屋として事件解決に挑むことになり―。
ラノベ風の「犬神家」オマージュ
『天狗屋敷の殺人』は、旧家の遺産を巡り、関係者たちが次々に謎の死を遂げていくという本格ミステリー長編です。
なんと、かの横溝正史『犬神家の一族』のオマージュ作品!
そのため序盤から謎がたっぷり散りばめられ、読者の頭を悩ませてくれます。
たとえば、七年前に忽然と姿を消した当主。
当主の双子の弟は、遺言状を開示したとたん心臓発作で死亡。
しかも遺体は棺から消失。
かと思えば、実は生きていたと思わせるビデオメッセージが出てきたり。
第二の殺人が起こったり。
遺産はもちろん莫大だし、一族の面々は一癖も二癖もあるし、胡散臭い山林ブローカーや医師、不気味な老人や和尚など、見るからに怪しげな人物もゾロゾロ登場します。
この因縁やら陰謀やらが渦巻いている感じ、これぞ横溝正史の世界観ですよね!
横溝大好きな本格ミステリーファンは、間違いなく心を惹きつけられる舞台設定でしょう。
そして『天狗屋敷の殺人』は単なるオマージュで留まらず、強烈なオリジナリティもねじ込んできます。
メインキャラクターたちがかなり個性的で、たとえば主人公の鳴海が超がつくほどのイケメンだし、ヒロインの翠はドン引きレベルのヤンデレだったりするのですよ。
さらに探偵役の樋山は横柄なチンピラ風で、見た目も、長髪+金縁グラサン+シルバーアクセじゃらじゃらと、ちょっとお近づきになりたくない感じ。
このように、キャラクター設定が非常に濃いです。
とにかくアクが強いので、事が起こるたびに個性がぶつかり合ってドタバタするものだから、ノリやテンポの良さは最高!
『犬神家の一族』のオマージュでありながら、読みやすさはラノベ級と言えます。
ラノベ的に本格ミステリーを楽しめる、それが『天狗屋敷の殺人』という作品の一番の特徴ですね!
大掛かりなトリックに唖然
ノリがラノベ的とはいえ、『犬神家の一族』のオマージュ作品ですから、謎解きはかなり難解です。
序盤の死体消失トリックからして不可解で、手品みたいに棺の中身が消えるので、登場人物も読者も狐につままれたかのようにポカンとするばかり。
第二の殺人もこれまた厄介で、凶器は毒矢なのですが、状況的にあり得ない。
他にも密室内に天狗のお札が貼ってあったりと、どこかオカルトな雰囲気もあり、読者を一層惑わせます。
本当に天狗がいるのかな、とすら思えてくるくらい。
さらに、例のアクの強い面々がいちいち拗らせてくるのが、猪口才すぎて面白い!
特にヤンデレなヒロイン・翠の存在が絶妙ですね~。
キレるとすぐに包丁を出してきますからね、怖い怖い。
横柄な探偵役・樋山もぶっとんでおり、高飛車すぎて警察すらタジタジ。
そして彼らに挟まれ翻弄される、哀れなイケメン主人公も良い味を出しています。
そんなわけで彼らのせいで謎解きすらドタバタなのですが、いずれの謎も解決編でバッチリ解き明かされます。
ここで読者は、またしてもビックリ。
詳しくはネタバレになるので伏せますが、とにかくトリックが大掛かりなのです。
物理的というか、細かな仕掛けが複数用意されており、それらが順に発動していくことで規模がどんどん大きくなっていく感じです。
たとえるならドミノ倒しのような爽快さで、これをあの規模のトリックに使うという発想がすごい。
まず見抜けないし、だからこそ真相が明かされた時には、気持ち良すぎてテンションが上がります。
この快感、ぜひご自身で味わってほしいです!
発売直後に即重版となった、異例のデビュー作
『天狗屋敷の殺人』は、大神晃さんのデビュー作です。
もとは『天狗屋敷の怪事件』というタイトルで第10回新潮ミステリー大賞に応募された作品であり、最終選考まで残ったものの、惜しくも受賞には至りませんでした。
それでも貴志祐介さん、道尾秀介さん、湊かなえさんといった錚々たる選考メンバーが大絶賛。
そして映画化まで検討される中、改題して隠し玉として出版されたのが、本書『天狗屋敷の殺人』なのです。
特に道尾秀介さんは、「怖いもの知らずが書いた壮大な嘘」「これだから小説は面白い!」と、太鼓判を押しまくり!
そのおかげか『天狗屋敷の殺人』は、紙の本が敬遠されつつあるご時世にもかかわらず、発売直後から売れに売れて、品切れの書店が続出したとか。
隠し玉としては異例の重版も即座に決定しました。
これほど評価されている作品ですから、ミステリーファンとしては読まない手はなさそうですね。
特に横溝正史がお好きな方は必読ですよ〜。
ベースは『犬神家の一族』ですが、トリックの方向性など『獄門島』を思わせる部分も多いですし、他にも横溝作品における小ネタがあちこちに点在。
きっと作者の大神さんご自身が横溝正史の大ファンで、溢れんばかりの愛情が作品の随所に反映されているのでしょう。
横溝ファンが読めば、「そうそう、これよ、これ!」と、かなりのシンパシーを感じながら楽しめると思います。
逆に、「横溝正史は敷居が高そう…」とためらっている方にも、本書はおすすめです。
ノリがラノベなので、横溝作品の雰囲気を味わいつつも、サックリ気軽に読めますよ。
将来有望な作家さんですし、ぜひこの機会に作品に触れてみてくださいね。