【自作ショートショート No.41】『善行ポイント』

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自分のことだけを考える人間が少しずつ増えてきて、だんだん世の中がギスギスしてきていた。

犯罪も増えており、些細な喧嘩は毎日のようにあちらこちらで起こっている。

そんな世の中を憂えた政府は、善行カードなるものを作り、国民に配布した。

このカード、良いことを行えばポイントが貯まっていき、お金として使うことができるというものだった。

ただし悪いことをすればポイントは減り、悪行を繰り返せばポイントがマイナスになることもあるのだ。

善行カードそのものにはマイクロチップが埋め込まれており、携帯しているだけで自動的にAIが善悪を判断してくれる。

当初、国民たちは半信半疑だったが、道端に落ちてるゴミを拾うと1ポイント、電車内で席を譲ると5ポイント、溺れた子供を助けたら500ポイントというようにポイントが貯まっていくのを知ると、みんな進んで善行を積むようになっていった。

カール君もその一人だった。

善行カードが配られる前は電車に乗れば真っ先に空いた席に座り、行列にはしれっと割り込むような、まぁ、言ってみればごくごく平凡な青年だったのだ。

それが善行カードを手にしてからは、外に出るたびにどこかにゴミは落ちていないか、誰か困っている人はいないかとキョロキョロしながら歩くようになった。

ただ国民の誰もがカール君と同じようにキョロキョロして歩いているものだから、街はきれいなものでゴミ一つ落ちていないし、困っている人を見つけようものならワーっとみんなが集まってくる。

何しろ善行の種類によってもらえるポイント数は違う。

困ってる人を助けた方がたくさんポイントがもらえるのだ。みんな必死である。

「ちぇっ、今日は5ポイントしか貯まらなかったぜ」

一人暮らしの狭いアパートで、カール君は不満気な顔。

それもそのはず、カール君は今、無職なのである。

もともとズボラだったカール君、善行カードが配られる前に遅刻グセが抜けず会社をクビになっていた。

だから善行カードのポイントが貯まらないと、ご飯も食べられないし家賃も払えない。

とはいえちょこっと良いことをするだけでお金になるのだから、今のカール君はマジメに職を探そうともしていない。

「明日こそはいっぱい良いことをして焼肉を食べるぞ」

実にのんきなものである。

その翌日、カール君は朝早くから家を出た。もちろんたくさん良いことをするためである。

街を隅々まで回るため、カール君は自転車に乗って出かけることにした。

「困ってる人はいないかな。怪我して倒れてる人とか迷子の子供とかがいてくれればなぁ」

人助けをするために怪我人や迷子を期待するとは本末転倒もいいところなのだが、カール君はそんなこと気づきもしない。

自転車を漕ぎながら、狭い路地や車のかげまで街の至るところを確認していく。

ところがそんなふうによそ見をしていたのが良くなかった。

角から飛び出してきた人影を避けることができず、カール君は男を自転車で轢いてしまったのだ。

「ああ、やってしまった」

カール君は真っ青になった。これはちゃんと前を見ていなかったカール君が100%悪い。

どうしよう、このまま見て見ぬふりをして逃げてしまおうかとも思ったが、善行カードに組み込まれたAIはどんな悪事も見逃してくれない。

一体どれほどポイントはマイナスになっただろうかと、恐る恐るポケットからカードを取り出して確認するカール君。

次の瞬間カール君は目を見張った。なんとマイナスどころか1万ポイントも増えているのである。これだけあれば1ヶ月は焼肉が食べられる。

何が何だか分からないカール君だったが、とにかく少しでも良いことをしようと、目の前で倒れている男のために救急車を呼んだ。

そして翌日、カール君は警察から表彰された。というのも昨日、自転車で轢いた男が指名手配犯だったからだ。

大量のポイントが付与されたのも、凶悪な犯人を捕まえたことがAIに善行だと判断されたからだった。

カール君が警察から表彰される様子はテレビでも中継され、たちまち有名人になった。

そして国民は善行でコツコツ貯めるよりも、犯罪者を狙った方が効率的にポイントが貯まることを知ったのだ。

あれから一週間、善行をする者はすっかりいなくなり、その代わりに犯罪者狩りが始まっていた。

国民は血眼になって犯罪者を探し出し、力のない者は背後から武器で襲いかかり、腕に自信のある者は腕力でねじ伏せる。

今や街の至るところで、こうした小競り合いが起こるようになっていた。

ほんの少し前までは困ってる人を探し回っていたカール君も、今では両手に武器を持ち、犯罪者を狩ることに大忙し。

どう考えても善行カードが配布される前より治安は悪化しているのだが、不満を言うものはいない。

犯罪者を狩るだけでポイントという名のお金が手に入るのだから。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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