【自作ショートショート No.31】『食糧危機』

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「……次の議題は、食糧危機についてだったな。それでは、まずは状況報告を聞こうか」

世界的に有名な超高級ホテルの会議室では、なんとも重たい空気で会談が行われていた。

重厚感のある広いテーブルの周りでは、大国の首脳たちが、本音か建て前か、みんな難しい表情を見せている。

「はい、報告いたします」

首脳の一人から水を向けられた男は、部屋の隅で椅子から立ち上がり、手元の資料を読みながら、話し始めた。

「えー、みなさまご存じの通り、十数年前から、世界中で食糧危機が起きています。途上国では、主に急激な人口増と作物の病が原因となり、生産している食糧そのものが不足しているため、供給が全く追い付いていない状況です。また、これまで安定した食糧供給を続けていた先進国におきましては、記録的な猛暑、想定を超える豪雨、これまでに経験したことのないような嵐などが頻発したことにより、農作物の生産に深刻な影響が出ている状況で……」

「もう分かった。それはまさにここにいる全員が『ご存じ』だ。そんなことより、飢餓による死者はどれくらいになっているんだ?」

「は、はい。飢餓による死者ですが、途上国を中心に、世界で十億人にのぼっています。この数字には、食糧を争って各地で発生している戦闘行為による被害者の数も入っており、今後ますます増加すると思われます」

「増加というと、どのくらいに?」

「専門家の試算によりますと、このままの状況が続けば、一年間に一億人のペースで被害者が増えていくということです」

報告を聞いた首脳たちは、誰もが言葉を失い、うつむいていた。

「想像していたよりも、かなり深刻だな。このまま世界人口が減り続ければ、多くの国で経済活動が破綻してしまうだろう。それだけは避けなければならない。そこで、彼の出番というわけだ」

首脳の一人が口を開くと、他の面々は、顔を上げてとある人物に視線を移した。

「私たちの力が地球のみなさまの役に立つのなら、こんなに嬉しいことはありません」

人間と同じ見た目に同じ言語、にこやかな笑顔で話すのは、とある宇宙人だった。

彼は数年前に地球に降り立ち、これまで地球人たちと友好な関係を築いてきた。

彼の星は地球よりも文明が発展しているようで、首脳たちはこれまでにも何度か、素晴らしいアドバイスを受けてきたのだ。

とりわけ農作物の育成に関しては、地球にない知識や技術を有していて、いくつかの実験では、すでに目覚ましい成果を上げていた。

そこで、地球全体の食糧危機を解決するために、本格的に知恵を借りようということになったのだった。

「ああ、期待しているよ。この現状を変えられる力は、もはや地球にはないんだ。恥ずかしながらね」

「はい、おまかせください。私たちの星も、何度も食糧危機に瀕し、その度に乗り越えてきましたからね。そのノウハウをお伝えしますよ」

宇宙人はそう言うと、首脳たちに説明をはじめた。

まず最初に、農作物を天候の変化に強く改良する方法。

これで、猛暑や大雨によって収穫量が激減するのを防ぐことができる。

次に、栄養や水が乏しい土地で農作物を栽培する方法。

これで、これまで使えなかった土地を農業に利用することができる。

最後に、収穫量をこれまでの数倍にする方法。

これらを組み合わせることで、先進国でも途上国でも、十分な量の収穫が可能になるという。

「なんと素晴らしい!さっそく、各国で実践しようじゃないか!キミが地球に来てくれてよかったよ……ありがとう!」

「お役に立てそうでよかったです」

宇宙人は、にっこりと笑いながらそう言った。

「キミのおかげで、地球は食糧危機を脱することができそうだ。なんとお礼を言ったらいいのか……。そうだ、何か欲しいものはないか?我々にできることであれば、なんでも言ってくれ!」

「いえいえ、それには及びませんよ。私は地球人が大好きなんです。だから、みなさんに元気でいてもらうのが、何より嬉しいんです」

なんの欲もない宇宙人の笑顔に、首脳たちは顔を見合わせ、いたく感激していた。

世界中の様々な栄誉賞を、まとめて彼に贈ろうという話も出たのだが、宇宙人はそれも遠慮するのだった。

それから数年後。

あの会談の直後から、宇宙人のアドバイスは世界各国に伝えられ、食糧危機はすっかり改善された。

それに伴って人口の減少は止まり、少しずつではあるが、人口が増え始めたのだった。

宇宙人は地球を救った英雄として称えられ、その存在を知らぬ地球人は、もはやいなかった。

そんなある日、宇宙人は空を見上げながら。誰かと話していた。

「……ええ、私です。以前報告した件ですが、今のところ順調です。……はい、計画通り地球人の減少は止まり、生息数は増加し始めましたので。……いえいえ、私は地球人が大好きなだけです。星のみんなにも一度、地球人を食べてほしいんです。本当に美味しいですから。……はい、健康状態も改善していますので、より美味しく食べてもらえるかと。収穫はあと五年ほど待った方がいいですね。その頃には、だいぶ数が増えていると思いますので……」

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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