門前典之おすすめミステリー小説7選 – なんでそんなトリック思いつくんだよ選手権、優勝作家。

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バカミス、と呼ばれるジャンルがある。

「バカバカしいミステリ」の略だけど、これは決してバカにしてる言葉じゃない。むしろ逆で、あえて荒唐無稽な設定を使って、論理という武器で突き抜けたエンタメを叩き出す〈知の暴走〉みたいな小説たちだ。

そして門前典之(もんぜん のりゆき)は、そのジャンルの最前線をぶっちぎりで走ってる作家だ。

「そんなトリック、物理的に無理だろ」「いや、でもこの世界のルール上では成立してる…!」と、ツッコミと納得を同時に味わう。そんな奇妙な快感が彼の小説にはある。

ありえない前提の中で、死ぬほどまじめに論理を組み上げていく。それが門前ミステリの真骨頂だ。

今回は、そんな彼の作品の中から、奇想と知性がぎっしり詰まったおすすめの7作品を紹介する。

どれも一筋縄ではいかないけど、ハマる人には超ハマる。

バカミス未体験の人にも、ミステリの可能性を疑っている人にも、この唯一無二の世界をのぞいてみてほしい。

目次

1.そして、笑う者もいなくなった―― 『屍(し)の命題』

こんな「そして誰もいなくなった」は見たことがない。

門前典之の『屍の命題』は、アガサ・クリスティの伝説的傑作を正面から受け止め、破壊し、再構築した〈超バカミス〉である。

雪に閉ざされた湖畔の山荘「美島荘」に集められたのは、亡き教授のゆかりで繋がる6人の男女。なぜか断頭台まで設置されたその場所で、吹雪によって外界から切り離された彼らを待っていたのは、順番に訪れる死だった。

最大の特徴は、トリックの強引さ……、いや、あえて言おう、「狂気」のレベルにある。

死因も犯行手段も時間もバラバラ。誰かが次を殺す、のではない。むしろ「殺人のプログラム」が淡々と稼働しているような異様さ。その構造が明かされるとき、思わず「嘘だろ…?」と声が漏れる。

それが〈〇〇〇〇〇〇〇殺人〉だ。もちろん詳細は伏せるが、これほど突き抜けた発想を真正面から実行してしまうとは、正気の沙汰ではない。

しかも作者は、読者の思考を麻痺させるために、あまりにもシュールな仕掛けを用意している。その象徴が「巨大な兜虫の亡霊」だ。雪の中を蠢く謎の虫。見た瞬間、思わず笑ってしまうほど突飛なこの存在が、物語の根幹を覆い隠すベールとして機能している。

突拍子もない要素を前面に押し出しながら、実はその裏で、しっかりとした論理トリックが展開されている。このギャップこそが、門前典之の狙いなのだ。

この作品の魅力は、ミステリとしての破格の構想力に加え、「論理と不条理の共存」という挑戦的な姿勢にある。読んでいる最中は「ふざけてるのか?」と何度も疑いたくなるのに、読み終えたあとはなぜか納得してしまっている。笑うしかない。でも、その笑いの中に、畏怖すら混じってくる。

『屍の命題』は、完全なる、ミステリの常識に対する挑発だ。バカバカしいのに見事。荒唐無稽なのに論理的。その正体は、ミステリの限界を押し広げる破壊者であり、同時に、極限まで純化された形式美の体現者でもある。

最後に言えるのは一つ。

この狂気に触れた者は、もう普通の〈館もの〉には戻れない。

2.嘘のなかにだけ、真実は潜む―― 『友が消えた夏 終わらない探偵物語』

この小説は、読んでいるうちに、まるで自分の記憶まで書き換えられているような感覚になる。

門前典之『友が消えた夏 終わらない探偵物語』は、ミステリ好きの脳内をぐるぐるにかき回してくる〈迷宮型トリック〉の極致だ。三つの事件、そして複数の語り手。これらがねじれ、混ざり合い、最後には読んでいた世界そのものがぐにゃりとひっくり返る。

舞台は、断崖に立つ西洋館「鶴扇閣」。演劇部の夏合宿で起きる大量殺人と、謎のタクシー運転手による女性誘拐。そして現代、探偵コンビの蜘蛛手と宮村が未解決の記録をもとに真相へと迫っていく。ここまではよくある構図に見えるが、本作はここからが本番だ。

三つの物語は、ページをめくるたびに視点も切り替わって、こちらの頭を軽く混乱させる。どれが伏線で、どれが煙幕かも分からない。だけど、この混乱こそが門前の計算のうちだ。特に「記録書」の使い方が巧妙で、語り手が隠したことや歪めたことがのちに効いてくる。蜘蛛手がそこから巨大な嘘を引っぺがす場面は、思わずニヤリとしてしまうだろう。

もちろん、門前典之らしいトリックも抜かりなし。建築ネタを応用した物理仕掛け、人間を部品みたいに扱う発想。中でも、ある人物の特徴をフルに使ったトリックはインパクト大だ。

でも、本当の爆弾は個々のトリックじゃなくて、全体の構造に仕込まれている。門前典之が仕掛けた罠が解けた瞬間、見える景色は一変するし、そこにあるのはスッキリ感よりも、逃げ場のない真相だ。

そして最大の爆弾が、とあるセリフだ。ワトソン役の宮村が語るたった一言が、こちらの推理を根っこから狂わせてくる。ここがずるいのは、作中の誰かが嘘をついたわけじゃないという点だ。

語り手自身が記録に惑わされていたから、これは「誤情報」なのに、物語的には正しい。だから読んでる側も、誰にも文句が言えないまま、見事に騙される。

信じていたものが信じられなくなる瞬間。ミステリの読み方そのものを考えさせられる読書体験が、ここにはある。

これはもはや〈門前トリック〉という名の魔法だ。

しかも、読者自身がそのトリックの最後の犠牲者なのだから、たまったものじゃない。

3.絶滅危惧種の謎が、最後に笑う―― 『エンデンジャード・トリック』

これは、ただのミステリじゃない。絶滅しつつある「あのトリック」たちへの、愛と抵抗の物語だ。

門前典之『エンデンジャード・トリック』は、古き良き本格ミステリへの熱烈なオマージュであり、同時にジャンルそのものへの反骨の宣言である。

舞台は「百白荘」という、伝統建築と異形のキューブハウスが同居する奇妙な屋敷。かつてこの場所では二件の不審死が起きていたが、5年後、再び雪の中で密室殺人が発生する。被害者の周囲には足跡が一切残されていない。

そう、これはまぎれもない「雪の密室」だ。

探偵・蜘蛛手啓司が挑むのは、ありえないはずの状況で起こる殺人。だがそれだけではない。彼が対峙するのは、「論理によって解ける奇想」というミステリの美学そのものなのだ。

タイトルにある『エンデンジャード・トリック(絶滅危惧種のトリック)』とは、現代のリアリズム志向が主流となったミステリ界ではもはや異端とされる、過剰で非現実的なトリックを指す。

回転扉が逆回転したり、死体が空を飛んだり、「そんなわけあるか!」と叫びたくなる、でも心のどこかでワクワクしてしまうようなアイデアたち。門前典之はこれらを単なる懐古趣味ではなく、ジャンル文化として守るべき芸術と位置づけている。

建築探偵という設定をフルに活かし、読者に「あれが仕掛けだったのか!」と気づかせる快感は、まさに新本格の真骨頂だ。

本書には、「新本格ファンへの挑戦状」という形で、読者へのストレートな呼びかけも挿入されている。これは門前が、この作品を同好の士に向けたラブレターとして書いたことの表れだ。

読み終えたあと、あなたもきっと思うはずだ。

「バカバカしいほど壮大な謎こそが、いちばんロマンチックなんじゃないか」と。

失われつつある奇想のために、この物語はある。

そして、その最後の砦として、この本は最高にクールだ。

4.不可能犯罪と文章迷宮の旅―― 『灰王家の怪人』

これは、読んでいるうちに自分の脳みそがどこかに置いてけぼりを食らうような、そんな一冊だ。でも、それこそがこの物語の醍醐味でもある。

門前典之『灰王家の怪人』は、いわば〈読むロジック迷宮〉だ。主人公・鈴木慶四郎が一通の手紙に導かれて山奥の村を訪れたところから、すべては始まる。目指すは廃業した温泉旅館「灰王館」。そしてそこには、十三年前に座敷牢で起きた「密室バラバラ殺人」という悪夢のような事件の記憶が、今もなお重く漂っている。

この作品のすごいところは、謎の量だ。過去の不可能犯罪だけでなく、動く死体や、怪しい人影、そして新たに巻き起こる連続殺人まで、とにかく情報量がてんこ盛り。しかもそれが、まるで読者の理解力を試すような複雑な筆致で描かれていく。「なんか難しいかも…」なんて思う頃には、すでに物語の沼に足を取られている。

ただし、これは「わかりにくさ」を売りにしたタイプの作品ではない。むしろ、「わかりにくい」からこそ価値がある。作者は最初から、読者が安易に納得することなんて望んでいないのだ。

難解で、重たくて、ちょっとクセのある文章の裏側に、緻密に設計されたトリックと構造美が潜んでいる。その存在を察知した瞬間、物語にズブズブとのめり込んでしまう。

そう、これは「読む覚悟」が必要な本だ。情報の断片を拾い、物語の背後にある構造を読み解いていく、その知的な作業にこそ、この本の面白さがある。

門前作品の中でも、とくにトリック至上主義の美学が色濃く出た一作であり、登場人物や設定、そして舞台となる旅館までもが、すべてトリックのために用意されたと言っても過言ではない。

ラストにたどり着いたとき、バラバラだったピースが一つに繋がる快感は格別だ。まるで、濃霧の中から突如として全景が姿を現すような感覚。そうなると、あのわかりづらさでさえ愛しく思えてくるから不思議である。

手強くて濃密な本格ミステリを求めているなら、この一冊は期待を裏切らない。

むしろ、どこまでも突き放してくるそのスタンスが癖になるはずだ。

挑戦者よ、灰王館の扉はすでに開かれている。

5.トリックが過剰に暴走する、奇想の密室カーニバル―― 『卵の中の刺殺体 世界最小の密室』

巨大なコンクリート製の卵の中に、右目に包丁を刺された白骨死体が入っていた――。

って、そんな話ある? と思ったそこのあなた、その感覚は正しい。この物語は「そんな話ある?」のオンパレードなのだ。

門前典之『卵の中の刺殺体』は、探偵・蜘蛛手啓司と相棒・宮村のコンビが、三つのぶっ飛んだ事件に巻き込まれるミステリである。まず、タイトルにもなっている「世界最小の密室」。これは文字通り、密閉された卵型のオブジェの中に死体が入っていたという超絶設定だ。

そしてもう一つは、被害者を家具にしてしまう連続殺人鬼「ドリルキラー」の猟奇事件。最後は、吊り橋が落ちて孤立した山荘での密室殺人。どれか一つでも主役級なのに、それが全部一緒にやってくる。

なのに、全部繋がっていく。このカオスをまとめあげる手腕が、実は一番の見どころかもしれない。やってることは完全にB級、いやZ級スレスレなのに、構成と論理はA級。トリックへの執念と整合性への愛がなければ、ここまでの過剰は成立しない。しかもその過剰さに引き込まれてしまう。

何よりこの作品が面白いのは、謎解きの前に「謎の暴力」に殴られる快感だ。冷静に状況を整理して…なんて余裕はない。事件は容赦なく読者の想像力の外側から飛びかかってくる。

正解にたどり着く快感じゃなく、問答無用で浴びせられるアイデアの大洪水に溺れるような快楽。ある意味、ミステリというよりトリック遊園地だ。

「B級本格」なんてラベルじゃ片づけきれない。これは、ジャンルの限界を笑いながら踏み越えていく〈お祭り〉だ。

理屈よりノリと勢いでぶっ飛んだ本格を味わいたい人に、心からおすすめする。

準備はいいかい?

混沌の密室遊園地へ、ようこそ。

6.首と胴体が再会できない夜に―― 『首なし男と踊る生首』

「首なし男」と「生首」が同じ部屋に転がっていたら…それはもう、ただ事じゃない。門前典之の『首なし男と踊る生首』は、そんな悪夢めいた光景からミステリ魂を揺さぶってくる。しかも、その部屋は固く閉ざされた密室だ。

古井戸から折り畳まれた死体が出てきたと思えば、次は首なし男と踊る(ように見える)生首。ひとつひとつが強烈すぎて、ページをめくるたび現実離れした舞踏会に引きずり込まれていく。

門前典之が用意する現場は、犯人探しより先に、物理的な成立そのものを疑いたくなる代物だ。首のない胴体、巨大な斧、そして転がる生首。この三点セットは、もはや風景というよりパズル。

どうやって作り上げたのか、頭の中で何度シミュレーションしても「無理じゃない?」という結論しか出ない。その無茶な状況を成立させる過程を想像すること自体が、本作の醍醐味になっている。

いわゆるバカミスの中でも、本作は物理的な力技で勝負する「パワー系」だ。言葉遊びや論理のすり抜けじゃなく、建築家らしい工学的発想で真正面から挑んでくる

解決を聞けば確かに説明はつく。でも同時に「いや、それ現実でやったら死ぬでしょ!」と笑ってしまう。この現実感の放棄こそが、本作の快感ポイントだ。

しかも、一発ネタでは終わらない。殺人計画書という不気味な予告から始まり、井戸の死体で感覚を狂わせ、最後に首なし男と生首でトドメを刺す。段階的に常識を削ぎ落としてくるから、気づけばどんな不可能も受け入れるモードに入ってしまう。物語構造そのものが、奇妙な仕掛けとして機能しているのだ。

現実と物理法則をねじ曲げた先に生まれる、奇怪でグロテスクな美。『首なし男と踊る生首』は、その異様な舞踏会への招待状だ。

参加する覚悟があるなら、首を―― いや、ミステリを愛する心を持ってきてほしい。

7.建物が喰らう夜―― 『浮遊封館』

海辺の洋館で学生グループの首なし白骨死体が見つかる、出だしだけなら王道の館ミステリだ。

しかし、ここから物語は一気に広がり、墜落した旅客機から130人の遺体が消え、宗教団体の集会では人々がその場で消失し、全国の死体安置所からは身元不明遺体が持ち去られるという異常事態へと繋がっていく。断片的に見えていた事件がやがて線を結び、恐ろしくも巨大な構図が姿を現す。

探偵・蜘蛛手の視点で進む捜査は、焦点を巧みにずらされながら進むため、何度も立ち位置を失わされる感覚に襲われる。孤立した館という小さな舞台から、やがて日本全土を覆う陰謀へ。そのスケールの変貌は圧倒的だ。

本作を語るうえで避けられないのが、その結末である。詳細は言えないけれど、あまりの残酷さと悲劇性で語り継がれるラストは、衝撃を与えるためだけの演出ではない。積み上げられた論理が必然として導く、冷酷で逃れられない終着点だ。

その瞬間、これまで読んできた全てのページが、破滅に向かうための装置だったとわかる。

そして、この作品のもう一つの核心は「館」そのものにある。建築家でもある作者の、その知識と発想を最大限に活かしたトリックが組み込まれているのだ。無機質な建築の機能が、人間の運命と残酷に絡み合うとき、その恐怖は単なるホラーを超えてくる。

『浮遊封館』は、足を踏み入れたら最後、出口のドアなんて存在しないタイプの物語だ。

館はただ待っている。

あなたがその中に入ってくるのを。

おわりに 常識を飛び越えた先にある、超・本格の快楽

門前典之の小説は、ときに「なんだこれ!?」と笑ってしまうほど奇天烈だ。

でもその裏には、徹底的に考え抜かれた論理と、ミステリというジャンルへの異常なまでの愛情が詰まっている。

ただ変な話を書いてるんじゃない。むしろ「本格ミステリって、ここまでぶっ飛んでていいんだ!」と、新しい扉をバンッと開けて見せてくれてるのが彼なんだ。

「こんな話、アリなのか?」と思いながらも、読み終わるころには「これしかないわ…」と納得させられている。その感覚がクセになる。

普通のミステリじゃ物足りなくなってきた人、本格の限界が見えてきた気がしてる人には、まさに打ってつけの作家だ。

今回紹介した7作品は、どれもその〈門前的狂気〉と〈論理の真剣勝負〉がしっかり味わえるものばかり。バカミスに笑って、驚いて、少しだけ誇らしい気持ちになってほしい。

これは、ミステリ好きにとって一種の通過儀礼であり、最高の快感でもある。

どこまでがバカで、どこからが本気か。

彼の小説は、ミステリの限界を知りたがる者にとっての、最高にふざけた羅針盤なのだ。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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