阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』- 本格ミステリ大賞受賞作家の最高到達点

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九十九ヶ丘高校のある日の昼休み、2年の男子ふたりが体育館裏のフェンスに空いた穴から密かに学校を脱け出した。

タイムリミットは65分、ラーメンを食べるという彼らのミッションは達成できるのだろうか?

文化祭で販売する部誌の校了に追いつめられた文芸部員たち。肝心の表紙イラストレーターが行方不明になり、昼休みの校内を大捜索するが──。

消しゴムポーカーに熱中する高校生を描いた青春小説、ハリイ・ケメルマンの名作『九マイルは遠すぎる』へのオマージュが込められた占いを扱った短篇ミステリー、そしてこれまでの短篇の総まとめとなる最終話。

高校時代、他人から見れば馬鹿らしいことに青春を捧げた彼らの群像劇と、超絶技巧の本格トリックが組み合わさった、青春本格ミステリー短篇集。

目次

全力で馬鹿らしいことに力を注ぐ高校生たちによる“本格ミステリー”

本作は、高校を舞台に高校生たちが繰り広げるミステリーをまとめた短篇集です。

高校生たちが主人公ということで、他人から見ると馬鹿馬鹿しいことに全力投球で取り組む彼らの姿というのが本作の魅力の一つとなっています。

しかし、ただ高校生活を送るのではなく、ここに”本格ミステリー“の要素が関わってくるのがポイントです。

例えば、外出禁止の昼休みの間にこっそり抜け出してラーメン屋に行く、という“くだらない”行為を、完全犯罪の成立に見立てて描写した第1話「RUN! ラーメン RUN!」。

確かに第三者の目を通して見るとわざわざやらなくてもよいことだけど、本人たちにとっては真剣な挑戦なんだ、高校生のときは何だって全力で取り組んでいたな、と思わずにはいられません。

それでいてトリックの部分は本格ミステリー仕立てであり、満足感の高い一作となっています。

消しゴムポーカーに興じる高校生の姿を描いた第3話「賭博師は恋に舞う」は、麻雀に似たオリジナルルールの消しゴムポーカーを巡る青春賭博小説。

遊びにも全力な高校生たちの姿が描かれています。

全体を通して、青春小説と本格ミステリーという二つの要素がバランスよく合わさっていると感じました。

本格ミステリーながら、それ以外の描写も練られていて引き込まれる

この作品が高校を舞台にした本格ミステリーであるという事はご紹介した通りですが、やはりそれ以外の描写の巧みさについても触れておきたいポイントです。

本格ミステリー以外の部分がリアルに練り込まれているため、本格ミステリーのトリックにも説得力が増しているように感じられます。

まずは何と言っても、第1話におけるラーメンの描写の巧みさです。

彼らが“完全犯罪”を計画してでも食べたいラーメン。食べる描写に気合が入っていることでリアリティが増し、読者の印象に残すことにも成功しているのではないでしょうか。

第3話の主題となっている消しゴムポーカーは、何と著者がルールを生み出して実際に消しゴムで再現し遊んでみたという熱の入れようです。

数人で実際に遊んでみた結果を作品に反映させたとあり、青春小説にも“本格”で挑んでいる姿勢を感じることができました。

文化祭に一生懸命になったり、友達とふざけ合ったり……思わず自分の高校時代の休み時間を振り返ってみたくなる短篇集となっています。

ミステリー初心者から本格ミステリー好きまで、幅広い層にオススメできる作品

ここまで本作をご紹介してきてお気づきかもしれませんが、この作品には“殺人”“や”“死体”といった本格ミステリーにつきもののおどろおどろしい単語は出てきません。

普通の高校を舞台にした作品なので当たり前といえばそうなのですが、それを本格ミステリーというジャンルでやってのけるのがすごいところ。

そのため、「ミステリーは人が死ぬから苦手」「ミステリーはなんとなく読んだことがない」というミステリー食わず嫌いの方・初心者の方にも自信を持ってオススメできる短篇集と言えます。

青春小説として読めるのはもちろん、トリックを考えているのは本格ミステリ大賞(小説部門)に何度もなり、2023年には同大賞の評論・研究部門で受賞をした作家。

入門にピッタリな作品でありながらミステリー部分がしっかり構築されているので、ミステリーを読んだことが無いという方でもその魅力に気づきやすい作品となっています。

もちろん本格ミステリーが大好物という方にも楽しんでいただけるのがこの短篇集。

高校が舞台なのかとあなどるなかれ、しっかり本格派のハウダニット・ホワイダニットのミステリーを楽しむことができます。

著者の阿津川 辰海さんは、2016年に『名探偵は嘘をつかない』で光文社の新人発掘プロジェクト第一期カッパ・ツーを受賞し、2017年にデビュー、その後も発表作が軒並みミステリ・ランキングにランクインしてきた実力の持ち主。

紅蓮館の殺人や蒼海館の殺人といったザ・本格ミステリーを何作も発表している他、アガサクリスティーやエイドリアン・マッキンティ、綾辻行人といった名だたるミステリー作家の作品の解説も執筆しています。

本格ミステリーの名手による青春小説×本格ミステリーの結晶とも言える本作品。

ぜひ読んでみてくださいな!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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