『タナトスの蒐集匣 -耽美幻想作品集-』- 文豪たちのヤバい短篇だけ集めた耽美幻想アンソロジー

坂口安吾、芥川龍之介、江戸川乱歩、泉鏡花、折口信夫、小栗虫太郎、谷崎潤一郎、夢野久作、太宰治、夏目漱石。
名前だけを並べれば、近代日本文学の教科書か文学史の目次そのものだ。
ところが『タナトスの蒐集匣 -耽美幻想作品集-』に集まっているのは、各作家の代表作を無難に一篇ずつ並べた名作選とは趣を異にし、死、狂気、執着、肉体の損壊、禁忌、性愛といった、人間のめちゃくちゃ奥まった暗部へ潜っていく作品ばかりである。
とにかく選ばれている作品が濃い。教科書で名前を覚えた文豪たちが、実際にはこんなに危ない感情や倒錯や妄執を書いていたのかと、ページをめくるたびに印象を更新させられる。
表題の『タナトス』は、死へ向かう衝動を表す言葉だ。その名を冠した箱へ十人の文豪を収めることで、本書は古典文学をありがたく鑑賞する棚から引きずり下ろし、もっと妖しく、毒気の強いものとして並べ直してみせる。
文学史上の巨匠という額縁をいったん外し、その人たちが本気で書いた欲望の異様さを覗いていくアンソロジーだと思うと、ぐっと面白くなるのだ。
文豪たちが描いた、美と破滅が隣り合う危うい世界
巻頭の坂口安吾『桜の森の満開の下』からして、この本の方向は明快だ。
満開の桜といえば春や祝祭の象徴として親しまれているのに、安吾の手にかかると、人間を狂わせるほど恐ろしい場所へ姿を変える。山賊が連れ帰った美しい女も、華やかな容貌とは正反対の残酷さを抱え、男がその美へ惹かれた先では欲望と恐怖がほとんど区別できなくなっていく。
谷崎潤一郎『刺青』も、美と支配が結びついた作品として強烈だ。若き彫師が求めるのは、ただ整った顔立ちの女性ではなく、男を跪かせ、破滅させるほどの魔性を秘めた存在であり、背中へ彫られた女郎蜘蛛を境に彫る者と彫られる者の力関係まで反転していく。
美しいものを眺めて満足する感覚から離れ、美に屈服し、その毒へ自ら近づいてしまうところまで踏み込むあたりに、初期谷崎の危険な魅力が凝縮されている。
そして江戸川乱歩『芋虫』になると、美や性愛はさらに生々しい形を取る。戦争で四肢を失い、聴覚と言葉まで奪われた夫と、その世話をする妻という閉ざされた関係の中で、献身は支配へ変質し愛情と嗜虐の境界まで崩れていく。
肉体の損壊をここまで露骨に扱いながら、人間が誰かを完全に所有したいと願う欲望へ踏み込むので、読んでいて嫌悪と哀れさと妙な美しさが同時に押し寄せてくる。
この三篇だけでも十分お腹いっぱいになりそうなのだが、本書はまだ序盤である。
しかも、ここでいう耽美は綺麗なものを愛でる趣味とはずいぶん違い、美しいから壊したい、美しいから支配されたい、愛しているから傷つけるという矛盾を何度も見せてくる。
その危うい近さが、十篇を束ねる太い糸になっているのだから恐ろしい。
文豪たちの愛し方はだいぶおかしい
この十篇を続けて読んでいると、死そのものより、そこへ向かわせる感情のほうが怖く感じられてくる。
夢野久作『瓶詰地獄』では、絶海の孤島に取り残された兄妹が、成長とともに信仰と欲望の間で引き裂かれ、楽園だった場所を自分たちの罪悪感によって地獄へ変えてしまう。
三本の瓶に託された文章だけで世界を組み立てる作りも抜群で、どの手記をどう読むかによって、二人の運命そのものが揺れて見えるのが恐ろしい。
太宰治『駈込み訴え』になると、今度は感情の圧がすさまじい。イエスを売ったユダという誰もが知る題材を、太宰は裏切りの物語より、愛しすぎた人間の嫉妬と独占欲の告白へ変えてしまった。
相手を罵倒すればするほど執着の深さが露出し、憎悪を語っているはずの言葉から愛情があふれてきて、読んでいる側までその感情の濁流へ巻き込まれる。
個人的に、このアンソロジーのテーマを最も露骨に感じる一本だった。愛と憎しみを別々の感情として整理できないところまで追い詰められた人間が、最後に何をするのか。その危うさが、タナトスという題名と恐ろしいほど噛み合う。
小栗虫太郎『白蟻』は、また別方向へ振り切れた怪作だ。閉ざされた血族、宗教、遺伝、奇形、精神医学といった材料を大量の知識で絡め、理屈を積み上げるほど世界は正常さから遠ざかっていく。
読んでいて難しいし、何を言っているのか見失いそうになる瞬間もあるのだが、その眩暈まで含めて小栗虫太郎を読む楽しさになっている。
折口信夫『身毒丸』や泉鏡花『浮舟』へ視線を移すと、今度はもっと古い因縁や土地の記憶が前へ出てくる。血に刻まれた宿命、死者の執念、海や街道にまとわりつく気配が人間の意思より大きな力を持ち、自分で人生を選んでいるつもりの人物たちが、いつの間にかもっと巨大な流れへ呑み込まれていく。
このあたりは現在の怪談やダークファンタジーが好きな人にも、驚くほど近い感触があると思う。
一気読み禁止、はわりと本気だと思う
『タナトスの蒐集匣』で面白いのは、個々の作品だけでなくこの十篇を並べた順番にもある。
安吾の桜から始まり、芥川の猜疑、乱歩の肉体へ潜り込み、鏡花や折口の幽冥を通過したあと、小栗の過剰な理屈へ迷い込み、谷崎、夢野、太宰と愛欲の濃度を上げていく。
最後に夏目漱石『夢十夜』が置かれることで、それまでまとわりついていた血や肉や叫び声が、夢の映像へ溶けていくような感覚へ変わる。
帯にある「一気読み禁止」という惹句も、宣伝文句だけで終わっていない気がする。一篇ごとの粘度が高く、何本も続けて読むと頭の中が文豪たちの情念で大渋滞するからだ。
今日は安吾と乱歩、次は夢野と太宰、という具合に少しずつ開けたほうが、それぞれの文体や毒をしっかり味わえるだろう。
しかも装幀まで、その遊びに本気で参加している。丑山雨による退廃的な装画と、封印された品物を思わせるデザインによって、古典アンソロジーというより、どこかの収蔵庫から持ち出してはいけない標本箱を買ってしまったような気分になる。
収録作の多くは今ではさまざまな形で読める古典だが、あえてこの十篇を一冊へ集め、同じ美意識のもとに置いたことで、作品同士の間に新しいつながりが生まれた。
それにしても、教科書で習った文豪たちは、思っていたよりずっと危ないのだと思う。人を愛せば所有したがり、美しいものを見れば傷つけたがり、理性を突き詰めれば狂気へ入り込み、夢を見れば死者にまで出会ってしまう。
文学史の偉人として眺めていたときには見えにくかった欲望の異様さが、こうして同じ箱へ並べられることで一気にむき出しになる。そして、それが楽しい。
『タナトスの蒐集匣』は古典への入口としても優秀だが、近代文学の裏側に流れていた悪趣味で妖しい水脈を、一冊でまとめて覗けるところに大きな魅力がある。
安吾の虚無も、乱歩の倒錯も、谷崎の美への服従も、夢野の背徳も、太宰の愛憎も、時代や文体は違うのに、死へ引かれながら生をむき出しにするという一点で奇妙につながっていく。
綺麗だから手元に置きたくなり、危険そうだから開けたくなる。
その二つの誘惑を同時に備えた箱を少しずつ覗いていくうち、タナトスの蒐集匣という題名まで、単なる洒落たネーミングには見えなくなってくる。
十篇を読み終えたころには、本当に妙なものを蒐集した箱を開けてしまったような気分になるのである。
関連記事
江戸川乱歩の短編ベスト10



