山沢晴雄『ダミー・プロット』巧妙な替え玉トリックに翻弄される、幻の長編ミステリー

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ルポライターの香子は、庁舎勤めの大幹がホテルで女性と一緒にいるところを目撃し、証拠写真を撮って金をせびろうとする。

一方服飾デザイナーの涼子は、自分と顔立ちがそっくりなOLの初子に、替え玉になるよう頼む。

また商社マンの風山は、殺人容疑をかけられた友人のために、アリバイ工作を引き受ける。

登場人物たちがそれぞれ良からぬことを画策している中で、バラバラ殺人事件が起きた。

まずは手首が、次に電車内で生首が、そして占い教室で胴体が発見されたのだ。

警察が捜査するも関係者全員にアリバイがあり、容疑者をなかなか特定できない。

私立探偵の砧順之介は真相を見つけ出すべく、この謎に満ちた猟奇殺人事件に挑むが―。

目次

全員が悪だくみをしている群像劇

『ダミー・プロット』は、2000年に同人誌《別冊シャレード》に掲載された山沢晴雄氏の長編ミステリーです。

ミステリーの愛好家たちからの評価は非常に高かったものの、商業誌ではないことから入手が困難であり、多くの人が読みたいと思いつつも指を咥えているしかありませんでした。

その『ダミー・プロット』が、20年以上の時を経て、ついに出版社から文庫として刊行!

幻と呼ばれていた名作を、これからは誰もが本屋さんで買うことができるのですから、ミステリー好きなら否が応でもテンションが上がります!

内容と見どころを簡単にご紹介しておくと、『ダミー・プロット』は群像劇タイプの本格ミステリーです。

序盤は複数の登場人物の立場から別々の物語が進行するのですが、バラバラ殺人事件を通して徐々に繋がっていきます。

面白いのが、視点人物がそれぞれ腹に一物を抱えているところ。

●香子:ホテルでの写真をネタにエリートを脅す。
●風山:友人のアリバイ偽装工作に手を貸す。
●初子:有名デザイナーの替え玉となる。
●涼子:初子を自分の替え玉に仕立てる。
●大幹:アリバイ工作のために大阪内を奔走。
●壬庚子:大幹の愛人で、エセ占い師。

このように誰もがやましい事情を抱えていて、胡散臭いのです。

いくつもの悪だくみが同時進行するので、それぞれのパートで違ったスリルを楽しめます。

そこにさらに殺人事件が起こり、しかも遺体がバラバラの状態で発見されます。

●手首:涼子の夫の会社に配送される。
●生首:地下鉄の網棚のバッグから発見。顔が潰されている。
●首なしの胴体:占い教室の床で発見。

このように、遺体はご丁寧にあちこちに分散されます。

犯人は明らかにショッキングな状況を仕立て上げていますし、遺体の顔をあえて潰すあたりも、何らかの意図が隠されていそうですよね。

各人物の悪だくみとの関係も気になるところであり、序盤から読者をワクワクさせ続けてくれます。

複雑怪奇な二人一役

画策や謎の多い『ダミー・プロット』ですが、その中で一番の見どころと言えるのは涼子と初子の二人一役でしょう。

二人の人物が涼子としてそれぞれ別の動きをするという「替え玉トリック」に、作中の人々はもちろん読者もかなり惑わされます。

今目の前で行動している涼子が本物なのか、それとも涼子のふりをした初子なのか、読みながらつい疑心暗鬼になってしまい、そこが抜群に面白い!

しかも二人一役には実はもう一枚ウラがあり、それが事件を一層複雑化させています。

そっくりさんが二人いるだけでもややこしいのに、別の要素が絡むことでトリックが深みを増し、簡単には見破ることができないものとなっているのです。

この複雑さゆえに、本書にはところどころに作者の山沢晴雄氏ご自身からのアドバイスが入っているくらいです。

「陰の声」と銘打ったこのアドバイスは、推理が得意なミステリーマニアの方であれば蛇足に感じられるかもしれませんが、自力で真相を見つけることの難しい方にはとても有難いです。

これを読むことで事件や物語を誤解することなく、裏側までしっかり理解できるようになります。

そういう意味で『ダミー・プロット』は比較的読みやすい作品であり、難解な本格ミステリーが苦手な方でも、気負わず読み始めることができます。

あらゆる意味でレアな作品

『ダミー・プロット』には実は、同人誌では『砧自身の事件』というサブタイトルがついていました。

「砧(きぬた)」とは名探偵・砧順之介のことで、作者のデビュー作『砧最初の事件』から登場しているレギュラーキャラクターです。

つまり『ダミー・プロット』は、砧シリーズのひとつなのですね。

他の砧シリーズはだいたい短編なのですが、本書は長編なので、砧ファンにとっては垂涎モノ!

さらに山沢晴雄氏ご自身が本書のことを、「私の書いた全作品中一番出来がいい」とまで仰っているので、もう本当に『ダミー・プロット』はいろんな意味でレア度の高い作品と言えます。

また、過去のサブタイトル『砧自身の事件』からもわかるように、本書において砧は非常に大きなキーマンとなっています。

と言っても、名探偵として鋭い推理を展開するわけではなく、たま~に出てきて調査したり警察にアドバイスをしたりする程度。

にもかかわらずなぜ鍵を握っているのかというと、砧が終盤である方法で犯人と「対決」するからです。

この対決がとても衝撃的で、シチュエーションといい描写といい、非常にビックリな展開!

作品そのもののテイストがガラッと変わったような流れになって、とにかく度肝を抜かれます。

すこ~しだけネタバレしておくと、かなり濃厚な色恋沙汰が絡んできます。

今の時代ではなかなかお目にかかれないような濃さなので、そういう意味でもこの作品はレアです。

文庫化された今、ぜひぜひ読むべきでしょう!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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