折原一『異人たちの館』- この館は建物ではなく、文章でできている。

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四季しおり
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

叙述トリックという言葉に、私は何度騙され、何度酔わされてきただろうか。

1980年代後半から90年代にかけての新本格ムーブメントは、論理の純度をひたすら高め、読者の盲点を突くというゲームを洗練させていった。

その流れの中で、クリスティ『アクロイド殺し』を源流とする叙述トリックは、単なる仕掛けではなく、小説という形式そのものを疑う装置へと進化していく。

そして、その頂点に立つのが折原一である。

倒錯のロンド』をはじめとする倒錯シリーズで、彼は読み手の思い込みを徹底的に利用してきた。ただ、「叙述トリックの名手」という呼び名は、栄誉であると同時に重荷でもあったはずだ。技巧を期待され続ける作家のしんどさは、想像に難くない。

その葛藤の末に投げ込まれた一撃が、1993年の『異人たちの館』である。

これは単なる代表作ではない。折原一が自らの技法と対峙し、持てる技術をすべて叩き込んだ決算書だと私は思っている。

目次

五重のテキスト構造という迷宮

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それは、彼女にとってまさに運命的な出会いだった。彼女の子供、淳の一生を本にまとめたらどうかという考えがその一瞬閃いたのだ。

ううん、だめよ。すぐに首を横にふる。

しかし、最初はばかげた、つまらない考えと思えたものが、次第に具体的な形をとり出した。

そう、あの子の生涯を本にするのよ。例えば、『小松原淳・伝』といったタイトルにしたらどうだろう。

折原一『異人たちの館(文春文庫)』25ページより引用

本作を語るうえで外せないのが、五つの文体が絡み合う多層構造である。

現在進行形の叙述。
島崎が書く伝記という作中作。
日記や手記。
インタビュー記録。
そして年譜や新聞記事といった資料。

これらが交互に提示される。

最初は親切な構造だと思う。年譜までついている。長編なのに整理されている。だが読み進めるうちに、妙な感覚に襲われる。どれが一番信用できるのだ、と。

現在進行形の叙述はもっともリアルに感じるが、それは島崎潤一という一人の視点に過ぎない。伝記は整然としているが、それは彼が書いた作品だ。日記は生々しいが主観的すぎる。インタビューは証言が食い違う。年譜は客観的に見えるが、書かれていないことのほうが怖い。

読みながら、情報を整理しているつもりで、実は認識を少しずつ書き換えられていたことに気がつく。そして終盤、何気ない日付や簡潔な記述が牙を剥く瞬間、背筋が冷えるのだ。

叙述トリックは隠す技術だとよく言われる。だが折原一は違う。

彼は情報を出し続ける。出しすぎる。洪水のように。

その中で読者は、自分の思い込みに溺れる。これが本作の恐ろしさだ。

ゴーストライターという自己喪失

主人公・島崎潤一はゴーストライターである。自分の名で世に出ることを望みながら、他人の名義で文章を書く男だ。

彼が依頼されるのは、富士の樹海で失踪した元神童・小松原淳の伝記執筆。広大な館に住み込み、膨大な資料を読み込み、関係者に取材し、淳の半生を再構築していく。

だが、他人の人生を書くという行為は、思った以上に危うい。淳の言葉をなぞり、淳の過去を辿り、淳の視点を想像するうちに、島崎の輪郭は曖昧になっていく。

これには、折原作品に通底する「盗作」や「なり替わり」の系譜を思い出さずにはいられない。書くことは奪うことでもあり、記述は支配でもある。島崎は淳を理解しようとするが、その過程で自分の位置を見失っていく。

舞台となる館は、物理的な迷宮というより心理的な密室だ。外部から隔絶された空間で、資料と証言に囲まれ、島崎は現実と作中作の境界を踏み越えていく。

今語っているのは誰なのか。この文章の主体は誰なのか。その不安が、読んでいる側の足元にも広がってくる。

不在の天才と「赤い靴」の不気味さ

「赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった」

折原一『異人たちの館(文春文庫)』222ページより引用

小松原淳という存在は、本作の中心でありながら不在である。八歳で児童文学賞を受賞した神童。しかし栄光は呪いになる。期待、重圧、監視、周囲の干渉。彼の人生には常に他者の目があった。

神童の物語は美しいが、成長の物語は残酷だ。淳の失踪は単なる事件ではない。アイデンティティの崩壊そのものだ。その象徴として選ばれるのが富士の樹海である。方向感覚を失う場所、生と死の境界が曖昧になる場所。

そして童謡「赤い靴」。このモチーフがとにかく不気味だ。「異人さんに連れられて行っちゃった」という一節が、物語全体にまとわりつく。童謡という無垢なものが、失踪や連れ去りのイメージと結びつく。そのねじれが不気味だ。

タイトルにある「異人」とは何者か。外部から来る者、共同体の歪みを露わにする存在。だが考えてみれば、島崎自身もまた小松原家にとっての異人である。

異人が館に入り、止まっていた時間が動き出す。その構図があまりにも美しい。

再発見というドラマと、迷宮のあと

この作品の魅力は内容だけではない。出版史もまた劇的だ。

単行本刊行後、高評価を受けながら文庫は絶版を重ね、三度目の文庫化という異例の「三次文庫」を経て、2018年の本屋大賞発掘部門「超発掘本!」受賞で再び光を浴びた。

SNSには「最後まで騙された」「凄まじい読書体験」という声が溢れた。その盛り上がりを見ながら、ようやく時代が追いついたのだと思った。

叙述トリックは技巧だと思われがちだが、本作はそれを超えている。これは認識そのものを揺らす物語だ。

綾辻行人の館シリーズが物理的ギミックで魅せるなら、折原一はテキストそのものを迷宮にする。館は建物ではなく、文章でできている。

この小説を読むと、必ず最初から読み返したくなる。どこで思い込んだのか、どの一文で視界をずらされたのかを確かめるために。

優れたミステリがくれるのは、敗北の快感だ。

だが本作はそれに加えて、「小説という形式の恐ろしさ」まで突きつけてくる。

『異人たちの館』は、もはや一時代の傑作ではない。現代の古典である。

この館の扉を開くとき、覚悟はいる。

だが一度足を踏み入れたなら、最後の一行まで連れ去られる。

誰に?

もちろん、異人さんに。

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