【自作ショートショートNo.72】『娯楽依存症』

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あるところにとても平和な国があった。

この国は働かなくても暮らしていくことができるくらい豊かだったので、国民たちはみんな毎日を楽しく遊んで暮らしていた。

子供はもちろんのこと、若者も老人もみんな仕事をしていないので、時間だけはたっぷりある。

退屈しないよう、そのための娯楽施設も非常に充実していた。

例えば国のあちらこちらに、広いグラウンドや遊技場がある。そこで各々がスポーツをしたり、ゲームで遊んだりして一日を過ごすことができるのだ。

また二十四時間営業しているバーなどもあるから、朝から酒を飲むこともできる。

他にも図書館や映画館、飲食店など退屈しのぎにうってつけの場所ならいくらでもあった。

このように貧富の差もなく平等で、実に平和な国だったのだ。

それもこれも、すべてはこの国を治める王様のおかげだ。

心優しい王様は、和やかな笑顔に包まれた人々を見るたび、我が国は素晴らしいとしみじみ思うのだった。

ところがある頃から、娯楽に対して行き過ぎた行動を起こす人々が現れるようになった。

何日も食事をせず酒だけを飲み続ける者、まったく睡眠をとらずゲームを続ける者など、各々が行っていた娯楽への中毒のような症状が出始めたのだ。

中毒患者はまるでそれが使命だとでもいうように、永遠に同じ行動を繰り返す。無理やり止めようとすると泡を吹いて倒れてしまう。

そして意識が戻るとそれまで以上に行き過ぎた行動を起こすようになるのだ。まさしくそれは禁断症状だった。

要するにこれは依存症だ。毎日毎日、楽しいと思うことだけを続けた結果、自分の意思で止められなくなってしまったのだ。

そうこうしている間にも、中毒患者は増えていく。

そこで王様は飲酒とゲームを禁止するという新しい法律を作った。

ところが今度はジョギングを趣味にしていた男が、三日三晩走り続けた結果、命を落としてしまうということが起きた。

この由々しき事態に王様は大慌てで、再び新しい法律を作った。ジョギングを禁止するという法律だった。

それからも中毒患者が出るたび、王様はいろんな娯楽を禁止にしていった。読書もダメ、野球もサッカーもダメ、温泉もダメといった風にだ。

当然、まだ無事な国民からは不満の声も上がったが、法律ができたからには従うしかない。賑やかだった娯楽施設は閑散とし、人々の顔から笑顔が消えた。

和やかだった国の空気は一転して、暗く沈んだものになっていった。

一方で王様は、一通りの娯楽を禁止したことでほっと胸を撫で下ろしていた。法律がある以上、依存症の国民は減っていくだろうと考えたのだ。

しかし王様の期待通りにはならなかった。これまであった娯楽を禁止したことで、別の新しい娯楽が生まれてしまったのだ。

それは散歩やおしゃべりといったたわいのないものだったが、ここに楽しみを見出してしまうと、依存症になるかもしれないのだ。

「ええい、こうなったら散歩も会話も全部禁止じゃ!」

ついに王様は外出禁止令まで出してしまった。国民に一歩も外へ出るなと命じたのだ。

これはさすがにやりすぎではないかと家来たちは思い、側近の一人が王様を非難した。

するとその翌日には、家来が王に歯向かうことを禁止するという法律が作られた。

さらにその後も、家来は王を褒めたたえなければならないだとか、王は何度も結婚できるというような、国民を守ることとはいっさい関係のない法律が次々に作られていった。

それでも王に歯向かうことを禁じられた家来たちにはどうすることもできない。

一睡もせずに嬉々として次から次へと新しい法律を作っていく王様。その姿は中毒患者のそれだった。

そう、いつしか王様もまた法律を作らずにはいられない『依存症』にかかっていたのだった。

これからも王様は法律を作り続けていく。平和だったこの国が滅びるその日まで。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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