【自作ショートショートNo.71】『平和な薬』

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「できたぞ!完成だ!」

とある街のはずれにある、モノで溢れた研究所の一室で、白衣を着た男が大きな声をあげた。

「この薬で、たくさんの人が幸せになるぞ。どこにも争いのない、平和な世界の完成だ!」

白衣の男は、長いあいだ人間の心理を研究していた。

はじめは、人間はどんな時に幸せを感じるのかを研究していたのだが、ある時に研究のテーマを変えた。

白衣の男の興味は、人はなぜ争いを起こすのか、というところを経由して、今ではもっぱら、世界から争いをなくす方法を研究しているのだった。

そして、長年の研究が実をむすび、人から争いたいという気持ちをなくす薬を作り出すことに、ついに成功したのだ。

「ううむ、しかしどうしたものか。薬はできたが、こんな小さな研究所では、とても世界中の人たちに行きわたるような数は作れないぞ。世界中の人たちにこの薬を飲んでもらわないことには、世界から争いはなくならないし……」

白衣の男は、頬杖をつきながらしばらく考えていた。

「そうだ!どこかの大きな製薬会社に、スポンサーになってもらえばいいのだ。さっそく、この薬のすばらしさを伝えに行くとしよう」

白衣の男は、薬の試作品をバッグに詰め込むと、研究所から飛び出し、有名な製薬会社へと向かった。

その製薬会社は、研究所がある隣町の、緑豊かな公園のそばにあった。

シンプルで清潔感のある白い建物に入ると、受付の女が、明るく声をかけてきた。

「ようこそいらっしゃいました。お約束でしょうか?」

「突然すみませんな。いや、誰とも約束はしておりません」

女は、感じのいい笑みを絶やさずに聞いた。

「それでは、本日はどのようなご用件でございましょう?」

「実は、世界から争いをなくす薬を開発しましてな。それをこの製薬会社で、大量に生産してほしいのです」

相変わらず笑みを浮かべた女は、驚いたような素振りも見せず、受付に置いてある受話器に手を掛けた。

「さようでございますか。それでは、担当のものをお呼びしますので、直接お話をされてください。廊下を進むと応接室がございますので、そちらでお待ちくださいませ」

白衣の男は、思っていたよりも話がスムーズに進むことを喜びながら、ありがとう、と言って廊下を歩いて行った。

数分後、応接室のドアがノックされ、仕立ての良いスーツを着た、大柄の男が入って来た。

「はじめまして。お待たせして申し訳ありません。わたくし、製薬業務の責任者をしているものです」

「いや、こちらこそ突然押しかけて申し訳ない」

スーツの男は、にこやかな笑顔で言葉を返した。

「いえいえ、とんでもございません。早速ですが、本日は、世界から争いをなくす薬を開発されたとのことでしたね。その薬はどちらに?」

「ええ、その通りです。これがその薬の試作です」

白衣の男はそう言うと、バッグから薬の入った容器を取り出して机の上に置いた。スーツの男は、身を乗り出しながら薬をまじまじと見ながら言った。

「なるほど。見た目は、ごく普通の錠剤といったところですね。どのような仕組みで、世界から争いがなくなるのです?」

「この薬を飲んだ人間は、争いたいという気持ちが、きれいさっぱりなくなるのです。詳しくご説明しますと、人間は、他人と自分をくらべてしまう生き物です。だから嫉妬したり、人に負けたくないと思ったり、自分が誰かより損をするのが許せなくなってしまう。その気持ちがあるから、人間は大なり小なり、他人と争ってしまうのです。この薬は、嫉妬、人に負けたくないという気持ち、損をするのが許せないという考え方が働かないようにするのです」

「ふむふむ、つまり、争いにつながる感情をなくすことで、争いたいという気持ちが生まれないようにすると」

「そういうことですな。この薬を世界中の人たちに飲ませることができれば、世界から争いがなくなるのです。世界が平和になりますよ!」

「それは素晴らしい!ぜひともご協力させてください」

「おお、本当ですか!ありがとうございます」

「ただ、その前にひとつだけお願いがあるのですが……」

「はい、なんでしょう?」

「疑っているわけではないのですが、その薬が本当に効くのかどうか、効果のほどを実際に見せていただきたいのです」

「なるほど、それもそうですな。効果がないものに金を出せなんて言えませんからな。して、どのように証明すればよろしいですかな?」

「そうですね……。まずはご自身でこの薬を飲んでいただいて、安全性を証明していただけますか?」

「よろしい。ではさっそく飲みましょう」

白衣の男は、容器から錠剤を一錠取り出すと、ごくんと飲み込んだ。

すっかり日が落ちて、薄暗くなった応接室から、スーツの男の話し声が聞こえる。

「社長、すばらしい薬を手に入れましたよ。これを飲んだ人間は、嫉妬したり、人に負けたくないと思ったり、自分が誰かより損をするのが許せないといった気持ちを、きれいさっぱり持たなくなるのです。ライバル会社の社員にこれを飲ませれば、当社の敵となるものはいなくなります。それどころか、この薬を国に売れば、莫大な利益をあげることができるでしょう。なにせ、敵国の大統領にでも飲ませてしまえば、外交上の交渉は、すべて我が国の思いのままでしょうからね。いえいえ、別に怪しいルートで手に入れたわけではありません。この薬を開発した博士は、すんなりと交渉に応じて、すべての権利を無償でわが社に譲ってくれましたよ……」

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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