【自作ショートショート No.7】『父と子』

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「ねえねえ、おとうさん、これはなあに?」

息子は大きな図鑑を抱えて、無邪気そうに私の下にやってきた。

「どうしたんだい?」

「これは、なんていうたてものなの?」

そう言うと、息子は大きな図鑑のあるページを開けて私の方に見せてくる。

そのページにはたくさんの建物の写真が写っている。

「どれのことだい?」

「これだよ、これ。この白くて大きな、天辺に赤色の十字のマークのある建物」

「あー、それは病院という建物だよ」

「びょーいん?」

息子は初めて耳にする言葉を不思議そうに復唱する。

「それはなにをするところなの?」

それからとても興味津々そうに私に尋ねてきた。

「ん~、なんと説明すればいいのかな?」

どうすれば病院のことを息子に正しく理解させることができるのか、私はひどく悩んだ。

「そこはね、ケガや病気を治すところなんだけど……」

「けがやびょーきってなに?」

息子はまたしても現れた未知の言葉に首を傾げる。

「そうだな。まずはそこから説明しなくてはいけないね」

知的好奇心旺盛な息子は、私の説明にウキウキと楽しそうに耳を傾ける。

「体というのはわかるね?」

「うん、わかるよ!」

息子はピカピカの腕を得意げに掲げて見せる。

「ケガというのは、体に傷が入ってしまうことだ。そして病気というのは体の中が壊れることを言うんだよ」

「う~ん、ケガはわかったけど、びょーきっていうのはまだよくわからないなぁ」

やっぱり理解するのは難しかったようだ。

まあ、でもそれは仕方のないことではあった。

なぜなら、病気という概念はとっくの昔に廃れてしまっているのだから。

「からだのなかがこわれたのなら、こわれたところだけ、こうかんすればすればいいんじゃいないの」

「うん、確かにそうだね。でも昔はそれが簡単にはできなかったんだよ」

「えーっ、どうして?」

息子はとても驚いた声を上げる。

「だって、こうじょうに行ってメンテナンスをしてもらえばすぐになおるよ!」

「昔はね、簡単に体のパーツを取り出すことは難しかったんだよ。体からパーツを取り出したら、すぐに死んでしまうかもしれなかったからね」

「じゃあ、むかしのひとたちはからだがよわかったってこと?」

「うーん、半分正解で、半分不正解かな」

「えーっ! どういうこと?」

「実はね……」

「まって、まって、ちょっとじぶんでかんがえてみる」

「うん、じゃあ自分で考えてみなさい」

息子は腕を組んでうんうんと一生懸命考えている。さて、答えはでるだろうか?

「ウーン、かんがえてみたけどやっぱりむずかしいや。こたえはなあに?」

「昔の人たちが簡単に体のパーツを交換できなかったのは、今の君とは違う体だったからなんだよ」

「そうなの?!」

息子はとても驚いた。

「そうだよ。昔の人の体はね、すごく脆かったから、ケガや病気になってすぐに死んじゃってたんだよ」

「えー、かわいそう」

「だからね、人類は体を捨てることにしたんだ」

「いまのおとうさんみたいに、だね」

「そうだね」

息子は、薄暗い室内の中央に設置された巨大な半透明の容器の中で、仄かに淡い薄緑色の輝きを放つ液体に浸された『私』を見て、言った。

息子の目には、今の『私』のあられもない姿が映っていることだろう。

そう、私の脳が……。

2XXX年、人類はケガや病気の煩わしさから逃れるために、自らの肉体を捨て、脳だけを摘出して延命する道を選んだ。

肉体を捨てたことに未練はない。幸いにも、科学の進歩のおかげで、それほど不自由をすることはなかった。

またケガや病気に悩まさることもなくなり、結果的に我々は肉体を持っていた頃よりも長く生き続けられている。

「むかしのひとはたいへんだったんだね」

「ああ、とても大変だったんだよ」

そして、ケガや病気をする肉体がなくなったことで、病院という存在は必要なくなった。

「なら、ぼくはとてもめぐまれているんだね。だって、こんなにじょうぶでかんたんにメンテナンスできるからだをもっているだもん」

息子は、特殊合金で模られたメタリックな自分の体をトントンと自慢げにたたく。

「うん、そうだね……」

私は息子の言葉を素直に肯定することができなかった。

確かに、人類は肉体を捨てることで、より長い寿命を手に入れた。

しかし、それと同時に私たちは生物として最も大切なものを失ってしまった。

それは生殖機能。

人類はより長い寿命を得る代価として、生殖機能、生物として繁栄を犠牲にすることになった。

しかし、いくら肉体を捨て、長い寿命を手に入れたとしても、それは永遠ではない。

脳だけになっても生きられる時間に限りがあることは変わらない。

故に、肉体を捨てた私たち旧人類は決断した、人類の未来をこの子たち新人類に託すことに。

新人類、この子たちの体は特殊な金属で製造されている。

そして、旧人類の男女の脳内に存在する遺伝子データのコピーを掛け合わせることで、新しく生みだされた脳のデータを、新人類の人工脳に上書きしているのだ。

こうして、新人類は生み出された、純粋な肉体を持たない生命体として。

「ぼくたちはしあわせものだね」

表情の読めない機械の顔で、息子は言った。

「……そうだね」

願わくば、この子たちに証明してもらいたい。

純粋な肉体を失った我々人類がそれでも一つの生命体として、幸せであることを。

私たちの決断が、正しかったと。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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