【自作ショートショート No.3】『悪魔にも』

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彼は悪魔を呼び出した。

そう行動するに至った原因も、欲求も確かにあり、多くの労力を注ぎ込み、悪魔召還の術を調べ上げ準備を整えたのだ。

この社会にあっては彼の欲求は叶え得ない、法の正義も彼には味方しなかった。

満月の夜、地下室に描いた血の召還陣の前で呪文を読み上げ、生臭い、濃い煙の中にその悪魔は姿を現した。

「望みはなんでしょうか? ご主人」

悪魔とは思えない姿だった。老齢の背の高い男が、高価そうなスーツを着こなして立っていた。

格式のあるホテルの受付か、どこかの豪邸の執事としてあったほうがふさわしいと思われたが、それゆえに彼は満足した。

角があり翼ともりを持った典型的な姿よりも、かえって真実味がある気がしたからだ。

「どんな願いもかなえましょう。ただし、相応の代償はいただきますが」

代償は決して小さくない、それが彼が調査を続けた結果得た真理であった。

たとえば、3つの願いを叶える猿の手という悪魔は、願いを叶えるがそれを最も願い主が避けたい物事の結果としてもたらす。

大金は最愛の息子の遺産として、その復活は生ける屍の姿をもって。

饒舌な悪魔は願いを叶えるが、そこから不幸にしか運命が動かないようにする。

絶世の美貌を得るが、誰の愛も得られぬようになり、富を築いてもそれを使う文明が滅んで無価値になる。

だが、そうであっても彼は構わなかった。

狂気に差し掛かりつつある彼の願望は、例えどうなろうともこの願いは叶えずにいられようかという段階になっていたのだ。

「私の―」

の、へ続く願いの内容はチャイムの音で遮られた。

彼は無視してもよかったのだが、悪魔の召還に成功し、願いの成就を前にしたことである種冷静になっていたためか、あるいは厄介ごとを残したままでは気分が良くないと思ったためか、ともかくそのチャイムに返答することを選んだ。

「こんばんは」

「……何だ」

彼は不機嫌に玄関を開けてうなった。

悪魔の事を別にしても、深夜に知り合いでもない、青白い顔をした若造を迎えるのに愛想を良くしようとは思えなかった。

だが、その不機嫌はすぐさまに驚愕へと変わった。玄関に居たのは若造だけではない、少なくも10名以上の客人が列を成していたのだ。

「長引くといけませんのでまず僕から。えっと、この度は悪魔の召還をおめでとうございます」

「なんだって?」

「召還を果たしたことで、この悪魔召還証明書をお送りします。証明書の紛失には気を付けてください、再発行には時間がかかりますからね」

戸惑う彼に、若造は免許証ほどのカードを押し付けて列から離れた。

次に前に出て来たのはひげ面の大男で、風呂に入っていないのかつんと、体臭が彼の鼻をついた。

「証明書の発行をもって、あんたには悪魔の管理義務と登録義務、また定期的な報告義務が生じる。月に一度、持参か振り込みかで各種の料金を払ってくれ。ここが申請場所と口座だ」

それからは次々と別々の人物が、彼の前へ現れては書類と申請についての説明を続けて行った。

「悪魔に関しては悪魔保険がおすすめです、なにしろ相手は悪魔、専門家に任せれば一安心」

「クーリングオフサービス実施中っすよ。不満があるならお電話ください、あ、メールでも受け付け中です」

「召還した悪魔の派遣元ですが、これが契約書です。しっかりと目を通しておいてください」

「はあい、今ならうちの悪魔に変えればお手頃な価格でサービス用の悪魔までついてくるわあ」

「悪魔の願いによって我が社に被害が出たばあい、法的根拠をもって賠償裁判を起こさせていただきます」

「我が団体は悪魔の権利を保障しています、虐待や過重労働等が確認された場合、保護する権利があります」

「おいおい!いったい何なんだ!」

さすがの彼も音を上げた。悪魔の召還を知られていただけでなく、まるで家や車でも買った時のように、あらゆる手続きと登録がのべつ幕なしに押し寄せてきているのだ。

「悪魔召還に関する手続ですよ」

最初に並んでいた青年が顔を出した。

「悪魔に手続きだって?」

「はい、今の世の中どこの誰もが悪魔を呼び出してます。もちろん一般的には知られてませんけど。かくいう僕も経験がありますけどね。で、問題は悪魔に頼めば大体のことは叶ってしまうことですよね。誰かを殺してしまったり、経済を混乱させたり、世界をめちゃくちゃにしたり、そうならないように、僕たちみたいな人がいるわけです」

「お、俺だけじゃなかったのか……悪魔を、呼び出せるのは」

「ま、そういうことです。で、そういった混乱を防ぐために世界的に設立された組織が僕たちなんですね、もちろん一般の組織もありますけど。なにしろ、誰かの悪魔のせいで苦しむのは誰だって嫌ですから。悪魔が召喚されればすぐに飛んでいって、登録と警告をするんです。もし、あなたが今地下室にいる悪魔で何かを願って誰かを傷つけたりしたら、いろんな人たちが黙っていませんよ。本人、家族、友人、勤め先、少しでも関係ある人達にも責任が降りかかります」

「悪魔を呼び出しても……好きに出来ないのか?」

「そんなことになったら大変ですからね。昔はともかく、今はこういう感じです。それでは、ご利用は計画的に。悪魔はおしゃべりを嫌うので気を付けて」

若造たちはそれだけ言うと帰って行った。

彼はまず書類を確認し、悪魔を呼び出すほどに焦がれた願いをややこしい手続きや料金、そして報復を逃れ実現できるか思案し、不可能だと結論付けた。

考えれば考えるほど、願いを叶えるよりも早く身の破滅がやって来そうだった。

神秘的に満ちたはずの悪魔の世界さえ、すでに管理され構築され抜け道は閉ざされていたのだ。

世紀の大偉業と思っていたのは彼だけで、世界から見えれば素人が銃を手にした程度の些細な危険でしかなかったのだ。

「お帰りなさい」

「もういい、帰ってくれ」

地下に戻った彼は打ちのめされたまま、悪魔に戻るように言うしかなかった。

悪魔はうやうやしく一礼した。

「かしこまりました」

「君も知っていたのか?」

「はい、おかげで最近は呼び出されてから帰るだけの毎日です」

「それでいいのかね?」

「悪魔と言っても上には逆らえませんから。それに、私個人の報酬はしっかりいただいております」

報酬?と尋ねようとして彼は声が出ないことに気づいた。

「悪魔を返す、という願いの代償、確かにいただいていきます」

後悔よりも先に恐怖が彼を襲った、舌の感覚が次第に消えていく。

もう少しすれば、最初からなかったように……。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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